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【岡田代表再選決定】 2004年08月31日(火)

 民主党の代表選が9月13日に行われる。その立候補受付が本日行われ、届け出たのが岡田代表一人であったことから、岡田代表の続投が確実となった。正式には、13日の党大会(私も参加します)で承認される。
 岡田氏については、菅代表が辞任して急きょ代表に就任した際、私も5月17日の日記に期待感を表明したが、参院選を経て、予想以上に国民に支持されていることを日々感じる。私はかねて「野党である民主党に対する国民のイメージは、ほとんど代表へのイメージによって決まる」と思っているが、それがプラスの方向に働いている。
 このプラスのイメージが、任期である2年後まで続くかどうか?様々な要因が考えられるため予測は極めて難しいが、小泉政権の支持率が少しずつ下がった場合、岡田代表の人気は、相対的に少し上がるのでは、と希望的観測を持っている。
 岡田代表続投確定に至るまでの1か月、小沢一郎氏をはじめとするベテラン議員(鳩山由紀夫氏、旧社会党グループの横路氏、旧民社党グループの米沢隆氏ら)が色々な動きをした。小沢氏の動きについては色々な見方がなされているが、�_�田体制への影響力を残すためのパフォーマンス、あるいは��安全保障政策についての考えの相違についての苛立ち、といった観測が多い。小沢氏についての私の見方は是非2月20日の日記をご覧頂きたいが、それに付け加えるなら、小沢氏は、自民党時代から今に至るまで、自ら進んでトップの座につこうとしたことは無い。自民党経世会を割って新生党をつくったときも、羽田氏を党首として自らは幹事長となった。小沢氏の視点は常に「自民党を倒すためには何が最善の手段か」ということ。従って今後も、小沢待望論が民主党内で大きな勢力となる、ということでもない限り(私はその可能性は低いと思っている。)、小沢氏が自ら代表となろうとは考えないだろう。また、安全保障政策については、小沢氏や横路氏をはじめとする一部のベテラン議員は、現行憲法の下で実現できるギリギリの線が国連待機部隊であり、短期的にその創設を目指している一方、岡田代表や安全保障政策で民主党をリードする前原誠司氏らの若手議員は、仮にある程度の年数がかかっても、今から憲法改正を目指して行動すべきと考えており、私は世代間のギャップがあるように感じている。しかしながら、2〜3年後の衆院選・参院選で政権交代を目指す上では、安全保障政策は大きな論点とはならないだろうと私は思っている。
 相変わらず、メディアでは多くの識者やコメンテーターが「民主党は寄り合い所帯」と言っているが、私が繰り返し言っているように、旧自民党や旧社会党から来たベテラン議員は、すでに党の4分の1以下になっていて、多くの議員は「自公政権を倒し政権交代を実現することこそ、市民のための真の改革を実現するための第一歩」という思いで一致結束して活動している。
 これから2年間、岡田代表のもとで、まっすぐにひたむきに皆さまに訴えていきます。


県連臨時大会 2004年08月29日(日)

 民主党静岡県連(総支部連合会→リンク集)の臨時大会が開かれた。参院選において、新人の藤本祐司氏は当選したものの、現職であった海野徹氏が落選した責任を取って、細野豪志県連代表と藤田寛幹事長が辞任することを受け、新体制を決定するためのもの。議決権を持つ代議員は各総支部から3名(秘書や党員)。傍聴者を含め約200名。私が司会を務め、細野代表の挨拶の後、津川祥吾衆議院議員が議長として議事を進め、3役として、新代表・鈴木康友衆議院議員、幹事長・榛葉賀津也参議院議員、政策調査会長・岩田政雄県議が了承された。鈴木新代表は挨拶の中で、「党所属の地方議員は、神奈川県が70名、愛知県が128名であるのに、その間の静岡県はわずか8名。47都道府県の中で42位。民主党の地方議員を一人でも増やしていくことが大きな課題」と話した。
 私も、当面は、次の総選挙において自らが当選することが第一であるが、清水そして富士宮において党公認の県議候補・市議候補を擁立することも目指して地道に頑張っていきたい。


甲子園とオリンピック 2004年08月25日(水)

 22日、夏の甲子園において、駒大付苫小牧高校が初優勝した。昼間の時間にテレビ観戦をする時間はなかなか取ることが出来ず、結果もその日の夜になって知ったが、本当に嬉しかった。高校野球では、小さい頃から、いつも地元チームと共に北海道や東北のチームも応援していた。冬はグランドは雪で閉ざされ、満足な練習も出来ないチームが、全国から優秀な選手を集めた強豪チームと一生懸命戦う姿にいつもエールを送ってきた。最近は、東北福祉大附属高校や東北高校が強くなってきて(ある程度、遠隔地からの優秀な選手も集められるようになったためだと思うが)、今年も、ダルビッシュ投手を擁する東北は優勝する可能性があるのでは、と期待していた。その東北が負けてガッカリしていたところが、なんと北海道のチームが優勝するとは・・・。
 私にとっては、例えて言えば、柔道の井上康生選手がメダルを取れなかったショックを吹き飛ばすほどの感動だった。聞けば、駒大付苫小牧高校の選手はみな北海道出身だと言う。今までの甲子園の歴史では考えられない快挙である。どのような監督さんなのか、どのような練習をしてきたのか、興味津々である。
 そして連日のオリンピック。夜中に帰ってきて、ついついテレビにかじりついてしまい、寝不足の原因となっているが、野口みずき選手がマラソンで優勝した感動を、午前3時すぎに視聴率30%を超えるほど多くの人々が共有しているというのは驚異的なこと。私もすっかり酔いしれた。
 柔道や水泳のシーンは、何度も放映されるが、ついつい見てしまう。女子柔道の阿武選手が、世界選手権では3連覇しながら、オリンピックでは2度続けて初戦敗退し、今回初優勝した後「厳しい試練があったからこそ、今があるんだと思います」という言葉も胸にしみる。私の試練なぞまだまだ甘いものかもしれない。さぁ、明日も頑張ろう!


【政権の不作為と官僚の責任】 2004年08月22日(日)

 今日のサンデープロジェクトには平沼前経済産業大臣が出演していた。尖閣列島に関して「海底の資源調査を何故今まで行ってこなかったのか?」と聞かれ、平沼氏は「戦後、今に至るまで、外務省も通産省も対中国関係を混乱させないことを第一に考え、国の領土のことは二の次だった。私が大臣だったときも、何度も経済産業省の職員に聞いたが、やめた方がいいの一点張りだった」という答え。
 尖閣列島近辺の海底資源については、その将来性が言われ出した80年代すぐから中国は調査に着手した。それに対して、日本政府は、中国を怒らせないことが第一で、抗議もせず、自ら調査を開始することさえ遠慮してきた。そういう外交方針が取られたのは、官僚が同調したことも一因ではあるが、多くの自民党有力議員が、対中国関係において、とにかく(表面的な)友好関係維持を優先し、国会議員にとって最も大きな使命の一つであるはずの「国の主権(この場合は領土)の保持」をないがしろにしてきたからにほかならない。
 戦後、中国における反日感情も強い中で、あつれきを恐れずに何らかの政策を実行するという決断は、政府のトップである政権(すなわち内閣)しか出来ない。仮に政権が決断していれば、官僚は、反対していたとしても従わざるを得ないのだ。そういう決断を、自民党政権はしてこなかったし、そもそも、しようとも思っていなかったのである。
 それを、自民党議員は、あたかも官僚のせいであるかのように話す。昔からのいつもの光景ではあるが、憤懣やるかたない。
 他の自民党議員が、海底調査についてインタビューされて「外務省と通産省の情報交換が進んでいなかった。タテワリ行政の弊害だ」と言っていたことも同じ。外交というのは、どうしても色々な省庁にまたがる課題が多い。それを統括するのが、まさに首相と各省庁の大臣なのであり、彼ら内閣が一致結束して取り組めば、タテワリの弊害は相当に回避できるはずなのだ。


クリーンアップキャンペーン/富士山巻狩りまつり 2004年08月21日(土)

 今朝は朝6時から経営者の方々と勉強会。コーチングについの簡単なお話。思えば5年ほど前、異業種交流会でコーチングの普及をしている方にお会いして、コーチングとはどのようなものか根堀り歯堀り聞いたことがあった。今ではすっかり定着して隔世の感がある。
 午前10時にテルサ前に集合して、労働組合の方々とそのご家族50人位で一緒にマリンパークまでの道のりのゴミ拾い。普通に歩いているとなかなか気付かないものだが、よく目を凝らすと、煙草の吸殻やビン・缶がどんどん出てくる。ゴミ問題については、市民としても政治家の卵としても、これからも一層関わっていきたいと思っている。
 夕方、富士宮の富士山の麓、朝霧高原へ。巻狩りまつり(模様はこちら)が行われている。一番の目玉は、日本一の大かがり火。高さ10m。点火されて燃え上がる様は幻想的。その前で、みこしを練る。田村も参加。みこしの上でも火を燃やしているため火の粉が落ちてきたりする中、1時間ほど練り歩いた。7日の御神火まつりのみこしとはまた違った味があり大いに楽しんだ。


巨人・工藤の200勝 2004年08月17日(火)

 ある団体が企画した東京ドーム・巨人戦観戦ツアー(観光バス1台)に参加させて頂いた。馴染みの方が何人かいて、最初からリラックス。東京までバスで3時間。久しぶり(4ヶ月ぶり)の東京でなんとなく懐かしい気持ち。東京ドームというと、8年ほど前に家内と阪神・巨人戦を見にきたことがあったが、それ以外は、B'zやGLAYなどのコンサートばかりだった。 試合は巨人vsヤクルト。巨人の先発は工藤。30代40代でも現役でバリバリやっているアスリートは、本当に敬服する。7回裏、巨人の攻撃のときに2対2。なかなか緊迫したシーソーゲームを展開してきたが、そこで、工藤がいきなり2ラン。最初、目を疑い、そして歓喜!感動!なんとプロ初ホームランとのこと。そして完投で200勝達成。最近は、毎晩、オリンピックで感動していたが、プロ野球で久しぶりに感動した。この試合を観戦できたのは本当にラッキーだった。
 余談だが、ビールの売り子さん。沢山の若い女性が、重いビール樽を背負い、急勾配の階段を昇り降りして、汗を流しながら一生懸命ビールを売っている。スーパードライと一番搾りを売っている人は、エビスやモルツに比べて数も多いし売れ行きもいいが、同じスーパードライや一番搾りでも売り上げが全然違うらしい。一人で一試合300杯以上売る人もいると聞く。どこが違うのか、時折観察してみたのだが、恐らく、ちょっとした笑顔や、手を上げた人を見逃さない目ざとさの違いなのだろう。この激烈な競争もなかなか見ていて興味深かった。


オリンピック 2004年08月16日(月)

 仕事が終って(夜は会合も多いが)夜中12時、1時に帰ってくると、ちょうどオリンピックの中継が始まる。北島康介の金メダルの瞬間を見たい、などとついつい見てしまい、気づくと3時すぎ。そんな日が続いているが、やはり、日本人が世界の中で活躍している姿は胸を打つ。自分の道を極めた人たちは本当に凛々しいし、私も自分の道を極めるべく努力せねば、と大きな刺激となる。
 きっと、日本中で寝不足の人が多いんでしょうねぇ。


夏祭り・その3 2004年08月15日(日)

 各地域での盆踊りも今日が最後。まずは、かんばら祭りへ。仲良くしてもらっている同世代の友人に「お、久しぶりじゃん」と声をかけられる。選挙区全域を田村本人と秘書1人で回っているため、非常に親しくさせて頂いている方々ともなかなか頻繁にお会いできないのは、つらいところでもある。一回一回の出会いを大事にしないといけない。
 清水の盆踊りをハシゴ。その一つでは、自治会長さんが民主党の支持者で感激。別のところでは、同じように(というか私以上に)挨拶回りをしてらっしゃる林芳久仁県議とも偶然お会いして、しばし歓談。参院選の前に、林芳久仁県議が藤本ゆうじ候補を引き回して下さった際に、私もあわせて紹介して下さった方々にお会いしてビールをご一緒させて頂いたり、楽しいひとときをすごした。


夏祭り・その2 2004年08月14日(土)

 今日も夏祭りをハシゴ。富士宮市の村山3区は、山の中の農村地帯にもかかわらず、昨年から来賓で呼んで下さっている。静岡4区内で唯一ここだけである。昨年も、来賓としてご挨拶をさせて頂き、とても感激したことをよく覚えている。そもそも、昨年は、いつどこでお祭りをやっているのか全く情報が無かったため、盆休みのお祭りで参加したのは、この村山3区だけだった。今年は、昨年のことを覚えて下さっている方もいて、楽しいひとときを過ごした。
 ちなみに、今年は望月義夫議員の富士宮担当の秘書も来ていた。彼と初めて顔を合わせたのは、6月30日の富士宮での「みそぎ」(昨年の活動報告参照)。私が昨年からお世話になっている数少ないグループの一つ「平成御神会」(お神輿のグループ)に、彼が入ったのだ。昨年、私がある青年団体に入会しようとするのを妨害されて、結局入会出来なかった、というようなことはあったが、私がすでに所属しているグループにまで秘書を送りこんでくるとは・・・。でもまぁ、選挙は戦いですから、当然といえば当然かもしれない。
 村山3区のお祭りの後は、清水にもどって盆踊りをいくつか飛び込みの挨拶回り。そして、友人・木村歩美さん(→リンク集の「おおぞら教育研究所」)がいる渋川の祭りへ。若手の打上げにも参加させてもらって、夜更けまで飲んで歌って。(様子はこちら。オレンジのたむけんオリジナルTシャツを着てるのが私です。)


夏祭り・その1 2004年08月13日(金)

 ここ1週間は、あらゆるところで地区ごとに盆踊りや夏祭りが行われている。田村の場合は、スタッフも情報網も限られているため、いつどこでお祭りがあるのか知るだけでも結構大変なのだが、支援者に教えて頂いたものを毎晩いくつかハシゴしている。テントの下にいらっしゃる自治会役員の方々や、お祭りのはっぴを着て焼き鳥などを売っている方々へご挨拶回り。地元国会議員は、マイクで挨拶をして全体をグルッと回って、すぐに他のお祭りへ移動するようなので、1日に10ヶ所以上回っているのかもしれない。私は一晩で3〜4ヶ所がせいぜいである。
 ときには、屋台をやっている自治会の女性の方に「今、仕事中なので」と、暗に「挨拶回りはやめてくれ」と言われたりすることもあるが(その女性は何人かで立ち話をしていたのだが・・・)、ご老人の方に「民主党応援してるから頑張れ」と声をかけて頂いたりするととても励みになる。参院選より前までは、輪になって話している人たちのところを挨拶に回ると、「民主党じゃねぇ」「菅さんがねぇ」とサンザン言われ、せいぜい、小声で「陰ながら応援してるから」と耳打ちして下さる方がたまにいるくらいだったが、参院選以降は、「民主党もっと頑張れ!」「岡田さんいいじゃない」と周りにも聞こえる声で声援を送って下さる方が出てきた。格段の変化を感じる。
 小学校時代、静岡に住んでいた頃は、盆踊り自体がすごく好きで、上手な主婦の方の後ろにくっついて踊っていたことをよく覚えている。東京に引っ越してしまってから、お祭りが地元になかったため縁遠くなってしまっていたが、お祭りの雰囲気にふれると、懐かしい血が騒いでくる。私の場合はまだまだ知名度も無いので、あえてスーツにネクタイ(さすがにジャケットは着ないが)という格好をしていて、踊る余裕もなかったが、来年は、清水かっぽれもしっかり練習して、踊りに加われるようにしたいと思う。


富士宮・御神火まつり 2004年08月07日(土)

 今日と明日は、富士宮の「富士山まつり」。今日は御神火まつり。昨年に続いて、平成御神会というグループのお神輿(みこし)を担いだ。(昨年の写真は活動報告にアップしてあります。今年の写真も近日中にアップ予定)
 お神輿をかついで、浅間大社をスタートし、商店街を練り歩く。その間は、見物客からホースやバケツで水をぶっかけられる。あいにくの雨で、見物客にはお気の毒だったが、神輿をかついでいる我々には関係ない。途中、何度か休憩を入れながら2時間練り歩き、浅間大社にもどって来て、そのまま、浅間大社の横を流れる神田川に突入。川を200メートルほどさかのぼって、川から上がり、メインステージの前で終了。川に入ると、水の冷たさはすぐに忘れるほどハイ・テンションになる。なんとなく別世界にいるような感覚。これは他では経験できないもので、すっかり堪能した。
 昨年は、一緒に担いでいる人も知らない人たちばかりだったが、今年は顔馴染みも結構できて、ますます楽しかった。



次郎長道中2日目 2004年08月01日(日)

 今朝は朝4時起き。昨晩は次郎長道中が終った後、軽く飲んでいたので、2時間位しか寝れなかった。起きてすぐ、妻と手分けして長いサラシや浴衣のアイロンがけ。なんとか終らせて、7時すぎに実相寺へ。メイク、かつら、着付け。
 老人福祉施設の松原荘(三保)を訪問。40人位のご老人の前で踊った。涙を流して喜んでくれる方もいて、大いにやりがいを感じた。その後、三保の松原で踊る。海岸沿いの松原で踊るというのはとても気持ちがいい。1時からは次郎長通りで今日のオープニング。暑い中、支援者の方も見に来て下さった。さらに、次郎長の船宿「末廣」、ドリームプラザ、日の出埠頭、と移動しながら、大勢の人に踊りを披露。途中まで、かつらが合わず、頭が痛くなってしまったが、かつらをずらしてもらって随分と楽になった。足は足袋にわらじなので、中には踊っている最中に足をつってしまう人も出る。私も、少し足が痛くなってきたが、踊っているとそんなことも忘れてしまう。
 最後は、7時から9時まで次郎長通りで。商店街やご近所の方々が見て下さる中、最後の踊りを楽しんだ。
 終了後、打上げに参加したい気持ちを抑えて、熱海へ。民主党の若手議員や新人候補予定者と夜中に合流して、3時すぎまで、いろいろな議論をした。党の先輩や仲間と交流することはとても励みになる。


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