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清水みなと祭り・次郎長道中/静岡電装労組定期大会 2004年07月31日(土)

 今朝9時からの静岡電装労働組合の定期大会に来賓として挨拶させて頂いた。参加者は50名ほど。静岡選挙区の藤本ゆうじ氏当選のお礼と、民主党と私自身が次の総選挙で政権交代を目指していく決意を簡単にお話しさせて頂いた。
 その後は、すぐに次郎長通り近くの実相寺へ。そこでメイクをしてもらって、浴衣や足袋のいでたちになって、いよいよ次郎長道中のスタート。まずは次郎長通り周辺の住宅街を踊りながら歩く。そして1時から次郎長通りでオープニングセレモニー。午前中に少し雨が降ったが、我々がスタートするときからは雨は止んだ。梅陰寺で次郎長のお墓にお参りした後、清水駅前の商店街へ。初心者の私は「由比の松五郎」という端役だが、そこでは口上というものをやらせてもらう。皆の前でポーズを取って独特の口調でセリフを言う。「駿河は由比の荒浜育ち/命ひとつの長ドスに/かけて一筋仁義に生きる/噂に残る伊達男/船板三寸、地獄の底からまかり出ました/由比の松五郎でござんす」。そして舞台の上から餅投げ。
 夕方は、港かっぽれのオープニングのステージ前で踊り、最後は7時から9時半まで次郎長通りで。かつらが合わず、頭が少し痛かったが、皆で踊るのはとても楽しい。私の支援者も何人か見に来て下さった。


臨時国会召集【歯科医師連盟の裏献金事件】 2004年07月30日(金)

 今日から臨時国会。会期はわずか8日。土日をはさむので、実質6日間。民主党は、年金法案を廃案に追い込むこと、歯科医師連盟問題を徹底追及することを大きな柱に1ヶ月の会期を要求したが、自公与党に押し切られた。与党が、国会をサッサと終らせて、年金問題や歯科医師連盟の裏献金問題に早くフタをしたい、という意向がミエミエ。国民の世論を無視した、相変わらずの姿勢に強い憤りを覚える。
 日本歯科医師連盟からの裏献金事件については、すでに自民党議員が逮捕され、更に、前日歯連会長から橋本元首相が1億円の小切手を不正に受領していたことが明るみに出ているが、橋本元首相は、派閥の会長を辞しただけで済ませようとしている。
 裏献金・賄賂等の不正が明るみに出た際、以前の自民党であれば、他の派閥の議員が野党と一緒になって追及していた。ある意味で、自浄作用が働いていたと言えなくもないが、今は、自民党内の議員を他の議員が批判したりすれば、それは民主党への追い風となってしまうため、自民党議員はお互いにかばいあうようになってしまった。
 また、ここ数年は、国民の間でも、自民党議員の汚職は当たり前のことととらえ、小泉政権の責任とはしないという雰囲気が醸成されている。
 われわれ民主党は、今回の事件も、自民党政権と業界団体の癒着の、あくまで氷山の一角であり、その癒着こそが、年金をはじめとする国民の生活・将来を無視した政治の元凶であることを、地道に訴えていかねばならない。


ミニ集会/甲子園予選・富士宮西高応援 2004年07月25日(日)

 今、静岡でも夏の甲子園の予選が行われている。23日に、私の地元の富士宮西高校が名門静岡高校を破り感動していたのだが、今日は草薙球場で4回戦。袋井高校との対戦。甲子園の予選を観戦するのは生まれて初めて。私の母校は、スポーツはどれもからっきしダメで、野球も甲子園予選で10年連続初戦敗退、という感じだったので、高校時代にスポーツの応援に行ったことは無かった。富士宮西高の応援団を間近に見ているだけで、気持ちが高揚した。自分も中に入って大声を張り上げたい衝動に駆られた。試合は5対2で勝利し準々決勝進出。とても楽しい試合観戦だった。その試合の後、続けて、やはり私の地元清水の東海大翔洋高の対戦があったのだが、用事があったため、後ろ髪を引かれる思いで球場を後にした。(東海大翔洋も勝利)
 夜は、参院選も終わりいよいよ田村自身の選挙に向けた活動を、ということで、いつもお世話になっている支援者に事務所に集まって頂き、様々な意見交換。2時間がアッと言う間に過ぎた。
 今日の会は、急きょ開いたため、支援者の方々に広くご案内をすることができなかった。今後は、定期的に事務所で会合を開くようにしていきたいと思っている。


★清水みなと祭り・次郎長道中に参加します★ 2004年07月23日(金)

 7月30日から8月1日の3日間、清水で最大のイベント「清水みなと祭り」(→公式HP)が行われます。その一環として7月31日と8月1日に行われる「次郎長道中」に田村も参加することになりました。その様子は次郎長道中瓦版のフォトギャラリーをご覧下さい。
 過去に参加した方からお誘いを頂いて、軽い気持ちで申し込んだのですが、7月12日から日曜を除く毎晩7〜9時に練習があり、本番は朝から夜まで丸2日間。参加者30名ほどの中で私のような初心者は数名である上、なかなか毎晩は練習に参加できない中で、田村も途中落伍せず辛うじて参加できることになりました。役は「由比の松五郎」。列の後ろから3番目、端役ではありますが、みなと祭りにいらっしゃる方、どうぞ冷やかしに来て下さい。スケジュールは以下のとおりです。
【7月31日(土)】
13:00〜13:30 次郎長通り オープニングセレモニー
14:30〜16:00 駅前銀座・清水銀座
19:00〜21:25 次郎長通り
【8月1日(日)】
10:30〜11:00 三保の松原
12:30〜14:00 次郎長通り オープニング
15:40〜16:30 ドリームプラザ
18:10〜18:40 花火オープニング
19:00〜21:00 次郎長通り


引越し 2004年07月22日(木)

 今日、自宅の引越しをしました。2002年の大晦日に清水に来て以来住んでいた鶴舞町(大曲交差点近く)のアパートから、高橋の一軒家へ(一軒家と言っても、買うお金はもちろんありませんから賃貸ですが)。実は、家内が11月に出産予定なのです。今まで住んでいたアパートは、壁の防音がいま一つで隣りに迷惑がかかるため、引っ越すことにしました。参院選が終った後の大安の日ということで今日になりました。
 子供も結婚8年目にして初めてです。結婚当初は、家内もアナウンサーに転職して仕事を楽しんでいたし、お互いに子供はしばらく後でという感じでしたが、ここ数年は、単に私の我がままで引っ張ってきましたので、選挙が終わってから間もなく家内が妊娠して、ホッとしました。
 生まれてくる我が家の子供はもちろん、今の子供たちのためにも、頑張っていかねばなりません。


細野豪志県連代表辞任と県連常任幹事会 2004年07月21日(水)

 今日の午前中は、民主党静岡県連の常任幹事会。牧野聖修議員と鈴木康友議員を除く、県内の全ての民主党国会議員・地方議員が集まった。
 参院選投票日翌日の記者会見において、細野豪志県連代表が2議席独占を目指しながら海野議員を落選させてしまったことの責任を取って辞任すると表明しており、そのことが焦点となった。「そもそも、記者会見よりこの常任幹事会で先に辞意を表明すべきだった」「そうは言っても、もう対外的に表明してしまった以上、それを覆すことは混乱を招く」「選挙の度に、代表が責任を取ってやめるということになったら、これからも代表が次々と入れ替わることになり好ましくない」「戦後処理もしっかりと行って、今後の県連の道筋をつけることこそが、代表の責任だ」などなど様々な意見が出たが、結局は、細野豪志議員・渡辺周議員に県議1人・市議1人を加えた4人の選考委員会が次期代表選出の調整に当たることとなった。
 私も、民主党の次々世代のホープである細野議員が短期間(1年あまり)で県連代表の座を降りることは大変残念だが、昨年4月に「自分自身の衆院選が大変な中、代表をお受けするのは正直気が進まないが、皆さまがおっしゃるなら」ということで代表に就任し、代表として積極的に職責を果たした細野議員本人が「衆院選、5月の県議補選、そして参院選と、十分にお役目は果たした」と言うのももっともかな、という気もする。
 ともかく、県連の一員として、次期代表がすんなり決まることを願うばかり。


【たむけんblog】 2004年07月16日(金)

 blog(ブログ)というものをご存知でしょうか?ネット先進国であるアメリカか韓国では、ホームページの進化形として数年前から広がりだし、昨年の韓国大統領選挙でも大いに威力を発揮したらしい。日本でも、昨年あたりから、急速に普及してきている。
 私は遅ればせながら今年の年初に存在を知り、さらに親友の藤末健三氏(参院選比例で当選)が政治活動開始直後からblogを使った日記を公開して、それを毎日見るようになってから、私自身もいずれは使ってみたいなぁ、と思うようになった。
 1か月ほど前に、選挙情報サイトとして有名な「Election」が、議員と候補者を対象としたblogサイト「ele-log(エレログ)」をオープンし、早速私も登録した。書き込む内容は基本的にはこの「たむけん日記」とあまり変わらないが、blogのいいところは、管理人(田村のblogでは田村自身)の書き込みに直接、他の方がコメントを書き込んだり、さらには、他の方のサイトに引用のためのリンクをすること(「トラックバック」といいます)ができること。
 blogを使っている人(bloggerという)同士のネットワークが相当広がっているようなので、これからの展開が楽しみ。
 私のblogは「たむけんblog」。この日記を読んで下さっている方々のblogと相互にトラックバックしあう、なんていう日が来れば、ますます楽しそうだ。


同志 2004年07月15日(木)

 昨晩遅く、大学時代からの親友が訪ねて来た。彼とは、私が政界への転身を決意した5年前頃から、お互いに「政治を変えねば」と意気投合していた。その後で小泉政権が誕生し、彼は小泉改革に期待したいと政界への転身を辞めたという経緯があるが、その彼が再び立ち上がる決意を固めてくれた。今日は、新人候補がどのような生活・活動をしているのか見学に来てくれた。
 お互いに忙しいスケジュールをぬってなので、昨晩夜中に東京から来て、今日の昼前に帰るという強行軍。寝る間も惜しんで、できる限りのアドバイスをした。それなりにはお役に立てたようで、親友としてとても嬉しい。
 一人でも多くの同志と政権交代に向かって頑張っていきたい。


【自公vs民主】 2004年07月14日(水)

 参院選が終わり、各新聞では選挙を振り返る特集が掲載されている。私もすべてに目を通しているわけではないが、昨年の衆院選と今回の参院選で明らかになったのは、自民党の公明党・創価学会への依存がより一層強まったこと。公明党が「実現力」をキャッチフレーズにしていたが、「ある意味」それは真実を表している。
 しばしば、「民主党は旧社会党から旧自由党までバラバラ」ということが言われるが、それに対して、私は機会があるたびに、「民主党衆議院議員の中で、当選4回以下、すなわち、日本新党・さきがけの時代以降に議員になった人が4分の3。旧社会党の人は、世代的にもベテランのごく一部であり、民主党議員の大半は保守系になった。派閥の集合体でしかない自民党の方がよっぽどバラバラ」と説明してきた。
 それに付け加えるなら、自民党と民主党を比較するのがそもそも間違っていて、「自民党+公明党」と民主党を比較すべきなのだ。そのとき、今の政権与党(自公)は、憲法をはじめとするイデオロギーでも、民主党よりはるかにバラバラであるし、その溝は埋めようがない。民主党は、あくまで単独で政権を取ることを目指しているし、それが日本の未来のためになると私も信じている。


アクセス40000突破! 2004年07月13日(火)

 ホームページのアクセスが、今日、4万を突破致しました。2月22日に3万を超えて約5ヶ月でした。途中、日記の更新を数週間怠ったりした中でも、引き続きHPを見続けて頂いた方、本当に有難うございます。
 参院選が終わり「次は自分の番!」という、いいタイミングでもあります。日記以外の部分の更新を含め頑張っていきます。引き続きどうぞよろしくお願いします!

PS 4万をゲットした方、ぜひご連絡下さい。


参院選・民主躍進!/いよいよ「次」へ! 2004年07月12日(月)

 昨日の参院選、民主党は躍進しました。政権交代に向けたホップ(昨年の衆院選)、ステップ(今回の参院選)、ジャンプ(次期衆院選)の過程の中で、大きなステップとなったと思います。全国で、民主党候補を応援して下さった方々、本当に有難うございました。
 私がトップページにリンクをはって応援した、友人の藤末健三氏(比例)、色々とお世話になっている浅尾慶一郎氏(神奈川)、僕の友人が何人かスタッフに入っていた蓮舫氏(東京)は順当に当選しました。御支援頂き、有難うございました。
 特に友人の藤末氏は、私も選挙期間中に丸一日、選挙カーの遊説を担当したこともあり、喜びもひとしおです。藤末氏のポスターは、私の選挙区内におそらく200枚以上貼られていて、藤末氏の支援者の多さを実感しましたし、私の支援者も藤末氏のことをお伝えした方はほぼ皆、藤末氏に投票して下さったようで、とにかく嬉しかったです。
 そして肝心の静岡選挙区。当初の予想通り、自民新人の坂本由紀子氏がトップで早々と当確が出ましたが、2位を、同じ民主党の現職・海野徹氏と新人・藤本祐司氏が最後の最後まで争い(全国で確定したのも最後)、わずか7000票差で藤本氏が振り切るという歴史に残るような激戦となりました。定数2のうち1議席は維持しましたが、様々な意味で波紋を起こした選挙でしたし、今後の静岡民主党の展開が気がかりではあります。 
 また、候補者と面識は無いが個人的に大いに注目していた選挙区で、福田・中曽根・小渕の自民王国・群馬で新人がトップ当選を果たしたことや、激戦が伝えられていた秋田・滋賀・奈良・岡山・長崎・大分の1人区での快勝は、政権交代への着実な前進を大いに実感したものの、山形(私と同じ官僚出身の女性。選挙戦を中心で支えた近藤洋介衆議院議員は馴染みの方)、香川(私と同じ年の女性。選挙戦を中心で支えたのは私の同志・小川淳也)、佐賀(日銀出身)は、本当に僅差の惜敗であり残念でなりません。ぜひとも、私と一緒に次の衆院選を目指して欲しいと勝手ながら願っています。
 ともあれ、参院選が終わり、ある意味で、今日は私にとっては私自身の選挙戦のスタートです。5月の県議補選とこの参院選で得たことをしっかりと糧にしながら、頑張っていきます!


政党車 2004年07月06日(火)

 国政選挙では、候補者の名前をドーンと書いた看板をのせた選挙カーと、あともう一つ、政党の名前を書いた看板をのせた政党車を使うことが認められている。今日は一日、民主党の政党車を私が担当した。
 朝7時から9時まで清水駅前で街頭活動。車のスピーカーを使えるのは朝8時から夜8時までなので、8時まではひたすらマニフェストを配る。我々が活動し出してしばらくすると、数人の中年の女性の方々がかたまって、我々の政党車を指差している。何か問題が?と一瞬心配になったが、しばらくすると女性党の車がやってきた。8時ちょうどから田村がマイクで話しだすと彼女たちは去っていった。早いもの勝ちの世界でまずは一安心。
 駅前街頭終了後は、ひたすら、住宅街の細い道に入り込みながら、話し続ける(ウグイスの男性版をカラスと言います)。思えば、一昨年、財務省を辞めて議員秘書をしていたとき、議員とともに山形の近藤洋介候補(現議員)の応援に行った際、「君も練習で話せ」と急に言われたのがカラス初体験。意味も無く緊張して数分ともたなかった。昨年の総選挙では、3日目から声が枯れてきてしまったため、カラスはほとんど出来なかった。今まで、なんとなく苦手意識があったが、今日は、とにかくしゃべり続け、だんだん調子に乗ってきた。
 手を振ってくれる人がいると、車を降り、民主党と参院選候補のPR。1週間前に選挙カーで回ったときよりも、格段に反応が良くなっていることを実感。


若手官僚が霞ヶ関を去っていく〜「論座8月号」〜 2004年07月05日(月)

 発売したばかりの「論座8月号」(朝日新聞社)の中の「若手官僚が霞ヶ関を去っていく」という記事に私のことが少しのっていますので、どうぞ本屋ででもご覧下さい。
 勝手連BBSでも少し議論になりましたが、私も、この記事にあるように、霞ヶ関は、やりがいを求める人たちをどんどん中途採用できるような人事システムに変革すべきと考えています。
 なお、「40代以上は右肩上がりの成功体験しか知らないですから危機意識がない。何を言っても新人の遠吠えです。大蔵省でも若手の3分の1はこのままではいけないと思っていますが、行動できる勇気はないんです」という私のコメントが載せられていますが、正確には、「40代以上の先輩は、80年代までの成功体験がしみついていて、危機意識が薄い方が多い」「若手の3分の1はこのままではいけないと思っているし、その中には、やはり政治を変えなければと思っている人もいるが、選挙となると博打になってしまうので、そこまでは踏み切れないという人もいる」というようなことをお話ししました。30代20代の官僚には、私も尊敬する仲間が結構いますし、彼らのことを「勇気がない」とは決して思っていませんので、念のため。
 ちなみに、記事の冒頭に取り上げられている「風雲友」の人たちや経産省出身の福島伸享君も私がライターに紹介しました(リンク集に入ってます)。また、財務省の後輩、高田英樹君の、英国財務省を参考にした霞ヶ関改革提案についてはこちらをご覧下さい。
 ついでですが、この「論座」に「イラクの教訓・真のアラビストがいた時代」という記事を書いている内田優香氏は、古くからの友人。在イスラエル大使館調査官の経験もある中東のプロで、今は民主党政策調査会スタッフ(要は党職員)。彼女のような優秀なスタッフを民主党もどんどん増やしていくことは、民主党の政策立案能力の向上にとても大切なことだと思う。


参院選も後半戦へ 2004年07月01日(木)

 参院選もいよいよ後半戦に突入しました。
 私は、朝、駅頭でマニフェスト(ダイジェスト版)を配ったり、昼間は選挙カーに乗ってカラス(ウグイスの男性版)をやったり、街頭演説をしたり、すっかり日に焼けました。候補の選挙カーは、県全体を走り回るため、私の地元(静岡4区)に入るのは本番中にトータル3日にもなりません。その限られた日程で、できる限り広い範囲をカバーするため、どうしても選挙カーのスピードは速くなってしまい、支援者の方々がせっかく家から出てきて下さっても、もう選挙カーは遥か遠くということも多く、申し訳なく思っています。
 それでも、多くの方々に声をかけて頂いたり、手を振って頂いて、候補者はもちろんのこと、私もとても元気づいています。
 皆さまの民主党へのご期待になんとか応えられるよう、私も頑張ってまいります。


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