日々の泡・あるいは魚の寝言

2005年09月30日(金) 気分転換とか、自由な空とか

☆今日は、十月にある会議のための資料をさがしに、ちょっと街を歩いていました。
そのぶん、続行中の仕事の方は遅れたけれど、まあ気分転換にもなったからいいか、と、思うことにしました。

今やっている仕事は、どんどん原稿を磨いてゆく作業で、なおかつ元の原稿が長編異世界ファンタジーなので、やっていてさすがに疲れます。元が神経質な人間だということもあって、設定ミスや記述ミスのチェックに手がかかったりとか。
ゲラやっているときくらいに、神経を使ってるのが自分でわかる。

担当の方は、古いおつきあいの方だけど、これがその方とは最初のお仕事の本になるから、ちゃんとしあげないといけない、と思うし。
なかなか重圧が^^;

今日、ひさしぶりで、重い紙の束から離れてひとりで外に行ったら、なんだかとても気分が軽くて、街の風から、エネルギーを補給したような気がしました。
同時に、家にある仕事が気がかりで大切さが身に染みて、「明日からまたがんばろう」なんて、心の中で、再度誓うような気分になれたり。

☆スターバックスのタゾチャイティーラテがどうしても飲みたくなったので、帰りにスタバによって、熱いのを飲んできました。
飲みたいときに飲むもの、食べたいときに食べるものって、ほんとに美味しいなあ。
で、そんなとき、ささやかに、「おとなのヨロコビ」を感じます。

子どもの頃にはそういう自由はなかったですからねえ。今はとりあえず、「真夜中に北京ダックのフルコースを食べたい」とか、そんな望みでなければ、普通に食べたいものは、なんとかして食べられるし。
行動の自由と、自分のお金は、子ども時代にはなかったですしね。
(あと、おとなの喜びは、夜更かしができることと、どんなに遅くまで本を読んでいても、怒られないこと!)

おとなになってみると、「おとなのほうが絶対楽しいよ」と、子どもに胸張って自慢したくなるけれど、でも、子ども時代は、「おとなになりたくないな」って思っていました。
なくしてしまうものや、お別れしなければいけないものが、とてもたくさんあるような気がして、時間が進むことが怖かった。

ずっとずっと年を取らない魔法があって、今のまま、家族や大事な人たちと、同じ時間の中で生きていけたらいいのにな、なんて、夜、ふとんの中で祈ったこともありましたっけ。




MSDミュウ・スイートドリームの月子。
十月の仕事の予定を立てながら、今日、関節に革とか貼って、ゴムのテンションをあげる作業をしました。一時間と少しくらいの時間かかったかな?
手先だけ動かす作業はいいですね。これも良い気分転換になったな。

間接に貼る革そのものは、数日前、ちょっと休んでいるときに、切って用意していたもの。
お人形の細工は、一気に仕上げようとすると、とんでもない労力と時間がかかる(すると仕事の方にしわ寄せがいきかねない!)ので、少しずつ、ちょこちょこ積み重ねておくのがいいなあと、それなりに学習してきた、自由業のわたくしです。
今の仕事が終わったら、貼った革を丁寧に整えて、仕上げないと^^
今度はみじかく十分くらいの作業になるかな。

さあ、明日はまた長編と格闘。
月曜日までには、担当さんにお返しする予定。
そして、十月の打ち合わせの日にちを設定していただかなくては。

☆おとなはひとりで生きていかなければいけないけれど、自分の足で歩かなければいけないけれど、でも、空の広さを、本当に感じることができるのは、胸一杯に空気が吸えるのは、おとな、なのかもしれません。
世界は広いけれど、その広さは怖いけれど、もうかばってくれる人たちはいないけれど、ひとりで歩き出せば、どこにでもいける自由な足を自分が持っていると気づくことができる。
誰かに守られなくても、道を教えてくれる「おとな」がいなくても、ひとりでたてるということに気づくのは、とても幸せなことなのだと思います。

子ども時代の、今はもう二度と帰らない、日だまりの中にいたような安心感と優しい空気には、背を向けなくてはいけないけれど。
あのときも幸せだったけれど。

でもやっぱり私は、ふりかえる幸せよりも、今の自由が好き。

☆でも実は、今日は少し歩きすぎて、足が痛い ^^;



2005年09月28日(水) 秋のスープと大きな鳥と

…涼しくなった、うれしいな、とばかりに窓を開けて夜風をがんがん浴びていたら、早速鼻風邪ひきましたよ^^;

原稿もって外に行った方が仕事がはかどるのはわかってるのですが、そういうわけで、家でベッドに寝そべって、お仕事しています。
まあ家だと好きな音楽ききながら仕事はできるんだけど…。
パソコンをステレオのかわりにして、ずっとMP3プレイヤーで音楽を再生しています。

体を温めないとな、と思って、さっき昼下がりに、家にあったカップスープのもとをベースに、野菜のスープを作りました。
生ショウガの刻んだのと、シシトウと、タマネギセロリ、その他冷蔵庫の残り野菜を刻んだのに、ごりごり黒胡椒と岩塩を削っていれて。唐辛子の粉とかも、ちょっとふっちゃって。
辛くてあったかいのを飲んだら、少し汗ばんで、だいぶ気分が良くなりました^^
それと同時に、朝つけたまま忘れていた、オンブルブルウの香りがたって、ちょっと楽園の気分になったり。
あらいま気がつくと、風邪薬を飲んでいないのに、くしゃみ鼻水がとまってるじゃないですか。やった。

しかしこういうのがおいしく感じるとは、秋になったんですねえ…




洗濯機の上のレニ。
彼女の夏のお昼寝場所の一つなのですが、そろそろここにもいかなくなりました。

☆菅野雪虫ちゃんのこと。
十年越えの友だちの、雪虫ちゃんが、このほどめでたく講談社の新人賞を受賞しまして…。
(創作教室のお弟子さんだった、工藤純子さんが受賞できなかったのは、残念だったのですが。でも最終まで残ったのは、立派だったと^^)。

まあなんていうか、菅野嬢とはつきあいが長すぎて、今更ここに何を書いたらいいのやら、というのが本音です(笑)。ただ、ひたすらほっとした、安心した、というのが、やはり一番の気持ちかなあ…。
認められるべき才能が、やっと日の当たるところに出てきた、という感慨があるだけです。

私とはまるでレベルの違う、大きな才能を持った人なので、今後のことはただ楽しみにしているだけです^^ 大きな鳥が、ついに地上から飛び立ったのを、みているような気持ちかなあ。

百年後、たとえば、私の名前が残っていなくても、彼女の名前と本は、残っていると思います。
それは、私がまだ新人作家だった頃、同人誌季節風で、彼女の詩にであった時に、すでに予言していることなのですけどね^^



2005年09月26日(月) ひきつづき原稿を読む

いまだ、自分の原稿を読みなおしつづけているわけですが。

熟読しつつ読み返したり内容をチェックしたりしているから、いつまでたっても終わりやしない。
でもこれが、面白い(笑)。自分で書いた話なんだけど、面白いじゃないの、どうしましょう。

でも、手をふれてはいけないはずの原稿なんだけど、ついやはり手を入れたりして。今の方が達者になっている技術もあるものなあ。

2005年秋の私が読み返すというのは、しあげるというのは、この原稿は、幸せな作品として本になるのかもしれません。

…でも早く、読み終わらないと^^;



2005年09月21日(水) べっ甲の…

☆長いつきあいのお友だちに、とても喜ばしいことがありました。
お祝いなんにしようかな、と、ここのところ、ずっと、プランを練っていたのですが、せっかく私は長崎に住んでいるし、彼女は着物を着る人なので、べっ甲のかんざしにしました。
繁華街浜の町のべっ甲やさんにいって、いろいろとみて。
シックで重たい本べっ甲一本よりも、張りべっ甲のかわいいのを何本かの方が、彼女も色々あわせやすくて楽しいだろう、とか想像しつつ、お店の方に包んでいただきました。
長崎の古いお店でお買い物をするのはひさしぶりだったのですが、ゆったりした長崎弁と、のんびりしたお店のようすと、商店街にあるお地蔵さんから、店のほうへと漂ってくる、お線香の匂いに、なんだか癒されるような気がしました。
最近、街を歩くといっても、長崎県外の話ばかりだったのですが、もう少し、近所も歩いてみようかな…

それにしても、おめでとう。ほんとによかった。

☆あとは、来月の会議のための資料のコピーをやいたり。
これは明日、童心社H氏にファックスしないと…。
十月は、仕事の流れによっては、二回の上京になるかもしれない…。

☆新シェーラ6も、そろそろ全国の書店さんにでまわったかな^^
ぼちぼち、シェーラ関係のことで、サイトの更新をしなくてはいけません。
あと数日のうちには。

でもその前に、偕成社のお仕事を終わらせないと…。




あんず。
これもホテルで撮った写真。
背景は、布製のトランク。さりげに猫の模様なのですが…これだとちょっとわからないですね(笑)。舶来もの。お気に入りです^^

☆<香水日記>
博多滞在中は、お買い物らしいことはしなかったのですが、かもめの出発までの間、少しだけ歩いた駅ビルの香水やさんで、ラウラの小さな瓶を一瓶買いました。
バニラなあたりが、アリュールに少し似ているのかな…
おとなっぽいフルーティ、という感じで、もう少し寒くなったら、さらにきれいに香りそうな予感がします^^
ケルンで、ラウラについての解説を読んでいたら、今の自分の心境に沿うもので、少しだけ嬉しかったりびっくりしたり^^;
最近の私の心の中のキーワードは、<幸福>と<穏やかな湖>だったりしたので。どういうシンクロニシティなんだろう…。

>つきのさん
メールどうもでした^^ お原稿、お待ちしておりますv



2005年09月20日(火) 博多もまだ残暑でした

☆私は何度も書いてますが、暑さにはとにかく弱いわけです。
アレルギー反応が起きたみたいに、具合が悪くなってしまう。
吐き気と寒気と冷や汗と、てのひらがしびれる感じ。
もうどうしようもないので、暑い朝は、部屋にクーラーかけて、カーテン締めて休むわけです。二度寝です。自由業はこういうときは、ありがたい。
クーラーが効いてきた頃に起き出すわけで。
ほんと、夏の間は、半日くらいしか、人間として動けなかったですね。
今年の夏は、春先の病気のせいもあったのか、よけいにだるかったです。

でも、このアレルギー反応っぽい気分の悪さというのは、心因性の、つまり自己暗示で具合が悪くなっているという可能性もあるので、なんだかなあ、と、思っています。
心因性じゃないか、と自分で思うのは、つまり、屋外で行動し始めれば、多少暑くても元気に動けるから。そして、いっそ昼からお風呂に入って汗を流してしまえば、わりと元気になるからです。

でもまあ、理由はどうあれ…
秋になれば、元気になるのはわかっているので、今からは絶好調です^^
一日が二十四時間、人並みにちゃんとある日が帰ってくる。

特に今年の秋は、ほんと、穏やかに幸せな秋の始まりで、嬉しいな。
人生で、一番大切なのは、やはり、心の安定なのかもしれません。それと夢と、多少の幸福などきどきと^^

☆博多から帰る日は、なかなかの残暑で、蒸している日で。
私はちょっと今回だけは贅沢をして、グリーン車に予約した切符を切り替えてもらうことにしました。
三時少しすぎ発の、その電車に乗るために早めに駅に向かうその前に、ホテルで、お弟子さんの一人、つきのかりんさんとお昼をいただきました。

つきのさんは、福岡に地震があった半年前のあたりから、ちょっとご無沙汰していたので、懐かしくなって声をおかけしたのですが、快くホテルまでご足労いただけて、本当に嬉しかったです。
お元気そうだったのも、ほっとしました。
今年これからの原稿執筆の予定や、今までの彼女の半生などをうかがいつつ、寿司バー(だったのです、ホテルの和食のお店が)でいただいたお昼はとても美味しかったです。
私はひとりでご飯をいただくのは嫌いじゃないというか、むしろ好きなほうなのですが、お話が楽しい誰かと一緒の時間ももちろん大好きで、とくにつきのさんは、勘の良い、心配りのできる方なので、いいお昼のひとときを過ごさせていただけましたね^^
ありがとうございました、つきのさん。
応援していますからね^^
無理なく楽しく、がんばりましょうね。
そして、また寿司バーに(笑)、いきましょー♪




その寿司バーの熱いお紅茶。
その前の日の夜と、つきのさんと一緒のお昼にいただいたのですが、一流の喫茶店の紅茶のように美味でした。特に、夜にいただいたときの、「私はお紅茶好きなんですよ〜」と語ってくれた、お店の若い女性がいれてくれたお茶は、超絶品…。
お湯の温度といい、風味といい、なにもかもが^^
あのお紅茶は、もう一度いただきたいですね。
写真はその夜のお茶です。なにげないようなカップにいれてくださったんですけどねえ…




かもめ号。
急いでとったので、なんか欠けてます。露出も真っ白。
グリーン車はさすがに快適でした^^;
私ももう年だしなあ、普通にグリーン車で移動でもいいのかな。
どうしても、先入観で、「私にはまだ贅沢だ」と思ってしまいます。
運転席との間のガラス窓が、駅に停車時だったかしら、ときどき、湯気がかかったように曇るんですね。
みたとたん、「ひょっとして万博のゴンドラと同じ?」と思いました。不思議ですねえ。魔法みたいに、一気に曇るんだ…。

長崎には、夕方には帰り着きました。
なんだか移動したりないような気がして、そのまま弟の職場の長崎放送まで、おみやげの辛子めんたいこを届けに行って、話し込んだりしたのでした。
暗くなった頃、ようやく家に帰って、その日は休んだのでした。




ホテルのベッドサイドのテーブルで。
SDC紅のあんず嬢。

博多滞在中は、暑かったこともあって、ほんとに観劇しかしなかった(それも劇場までの移動は、どこへも寄り道せずにタクシー。帰りも寄り道なし)ので、お部屋で少しだけ、この子の写真も撮れました。
考えてみれば、涼しければ、博多の街を放浪していたと思うので、ある意味、休養の二泊三日になってよかったということなのか…。
ホテルからは、ほとんどでなかったですね。



2005年09月19日(月) スケッチブックボイジャー

☆突然ですが、博多にいます。
今日が福岡での千秋楽だった演劇集団キャラメルボックスの「スケッチブック・ボイジャー」をみるために、昨夜から博多にきていました。

今回はオフの旅行なので、大きなパソコンはお留守番。この日記はりなざうを両手の親指でちまちま打ってかいています。

ちなみに本日の朝昼兼のごはん。ホテルのパンやさんにて。
巣籠もりたまごふうのホウレン草のパン美味でした。




チケットを手配した段階では、お仕事終わって打ち上げの観劇になるはずの予定だったのに、お仕事中断しての小旅行になってしまって、ちょっと鬱々としながらメルパルクホールにいったのですが、いってみたら、さすがにとても楽しかったです。
開演前から、おしばいする人達も見る人達も、楽しもう楽しませようという気持ちで一杯という感じで、楽しげな雰囲気があたりにみちていて、お祭りみたいな感じで。私にとっての初キャラメルボックスで内心どきどきしていたのですが、あったかい気持ちで見ることができました。
わらえてなけて、いい気分転換になりました。
お仕事頑張ろうというモチベーションが、さらにあがりました。

ストーリーが、「そういう話」だったし、とか説明したいんですが、あの話っていろいろ感想を書くと、何書いてもネタばれになっちゃいそうだし、うーんうーん。
キャラメルボックスの公開している粗筋とかみても、あいまいにしかかいてないので、詳しい話をかくのはやめておきますです。

ただ、とても楽しかったです。元気で健やかで、前向きで。終盤の怒涛の展開はすごかったですし。なんともかわいい、気持いいお話でした。
最後はほろりときて、泣けてしまって、目がパンダになってしまいましたよ。

しかし、耳で聞く美しい言葉、心に響く生きているせりふは、よいですね。私はもともとシナリオだけを単体で読むのも好きなくらい、言葉そのものが好きなのですが、舞台で人の喉が発する声というのはまた違うのだな、と今日いまさらながら知ったような気がしました。

見終わってすぐ、会場の外で、私にキャラメルボックスをすすめてくださった、岩崎Sさんにメールしました。本当にありがとうございました、Sさん。お見立ての通りでありました。さすが!
観劇の弟子として、あとをじわじわついてまいりますので、いろいろ教えてやってくださいまし。

☆出立の前、土曜日深夜は、風の丘の管理関係のチャットの日でした。零時を回ったころ、常連某女史に無事に男の子がうまれたと旦那様の京ぽんからカキコが。一同わっとわきかえりました。
新しい時代を作る男の子。ようこそこの星へ。
音声チャットだったら、あの場でだれかうたっていたかもしれません。
お母さんもお父さんも赤ちゃんもおめでとうございます。幸せなことがたくさんありますように。



2005年09月16日(金) がんばっていたのだなあと

☆ひきつづき、以前に書いた長編(四百字詰めで三百枚台かな? 四百はいかないと思う)異世界ファンタジーを読み返している私なのですが…。

なんかこう、昔の私、偉いなあとか、うまいじゃないですか、とか、妙なところで感動したりして^^;
このお話、自分でいうのもなんですが、たしかに「うまい」んですよ。客観的にいって。おもしろいんですよ、この原稿は。

十二才の女の子の一人称で書いてあるんですが、その子の背丈で、世界の歴史と地理の広がりが、ちゃんと説明してあるんですね。で、対比して、儚い小さな存在であるその子の、だけどそれなのに、歴史がらみの大きな事件に巻き込まれてしまって命がけでがんばる、その「命がけさ」がよく描かれているなあ、と。
また、一人称ゆえの演出というのがありまして。それはつまり、本人が口にしている言葉と、実際の行動との間に違いを見せることによって、微妙な揺らぎを見せたり、キャラクターに深みを出したりするテクニックがあるのですが、そのへんもうまいですね、昔の私。

これがほんとの自画自賛なんですが、わかってるんですが、正直、ほっとしたので、日記に書かせてください、あと少しだけ、自画自賛^^;
文章がうまいし、砂漠が広がる大陸の都市の描写とか、よく書けていて、2005年の今の私は嬉しいなあ(遠い目)。
そういや、これを書いていた頃、砂漠関係の本を集めまくっていて、読みこなした資料の脳内の蓄積が、当時並行して書いていた、旧シェーラを書くときに役に立ったのでした。

☆でもさすがに、今の私の目で見ると、登場人物の思考の論理の詰め方が甘いとか無理があるとか、そういうのはちらほらと。そのあたりだけは、できる限り、なんとかして、今の私がフォローを入れたいな、と思っています。

ああ、だけど。丹念に作られた年表や、地図をみていると…
当時の私に電話をかけて、細部をレクチャーしてほしくなる^^;
昔の自分が作った設定を、どこまで今の私が思い出せるか、いかせるかが勝負のような気がする。広いなあ、この砂漠の大陸は。

原稿の紙はもう変色しつつある感熱紙。打ち出したワープロは、今はもう我が家にはない、キャノンのワープロ専用機。
原稿に書きこまれた、編集の方の鉛筆書きのはてながいくつもついた書き込みと、自分が他の紙(コクヨの原稿用紙!)に手書きで書いて切り貼りした、書きたした部分のその紙が、なんとも懐かしいです。

「昔」とはいっても、つい「数年前」のことなんですけどね^^;
でも、とても遠くまで来たような気持ちがします。




「このお花、なあに?」
あんず(SDC紅ちょこっとカスタム)と、名前を知らない外国の花。



2005年09月14日(水) 心にこんぺいとう

☆夏の暑さで、元もと遅れていた仕事のスケジュールがさらに遅れてしまって、それだけはかなり頭痛いのですが、それ以外はなんだか満たされた気持ちの秋の始まりです。
こういった穏やかな秋は、数年ぶりのような気がします。

穏やかな上に、心の中にこんぺいとうを隠し持っているような感じで、楽しみなことや楽しいことがいろいろあるし^^
お仕事でも。わたくしごとでも。

☆最近の自分の課題は、いろんなことで無理をしない、ということです。
仕事も、人間関係も、今まで時間の限界を超えて詰め込みすぎていたので、それをなるべくゆるやかに、「意識して」減らすようにしています。

今年春先、不正出血と下腹部痛で、それなりに苦しかったのと、周囲やお仕事関係に心配されて叱られたので、少し反省しました。
一応私にも、多少の学習能力はあったようです…。

☆それにしても、いい秋だなあ^^




愛機ラヴィ。
だいぶあちこちはげてきてしまった…。

☆<香水日記>
ここ数日は、ラクロアの今年の限定品、オーフローラル ブルーを、シャワーの後などにつけています。蒼い貝殻のような瓶だけでも麗しいのですが、香りが優しい。癒されますね。優しい花と果物と、少しだけ石鹸のような香りです。

なんていうのかなあ。夏の旅行でいった遠い海で遊んだ記憶を思い出すような、素肌の砂と潮の匂いを想い出すような、海辺の光のまぶしさを目の奥に感じるような…そんな、柔らかい懐かしい香りです。

☆新シェーラ新刊の関係で、ひさしぶりに、ちょこっと予定表を、更新しています。



2005年09月12日(月) 今日のいちにち

☆まだ残暑が続くので、あーもー、とか文句いいながら、暮らしていました。文句いったってしょうがないんだけど、いいたくもなるなあ^^;

今日は杏実さんのお原稿の再読をきっちりと読み上げて、真っ赤になった原稿のコピー(ごめんよう)を、郵便局から発送しました。
アドバイスは長くなりそうだったので、じっくりパソコンでさっき書き上げて、メールで送りました^^
真夜中だから、彼女はもう寝てしまっていることでしょう。
明日起きて、びっくりするかな^^

ほかの人の書いた作品を読んで、「どうしたらもっとおもしろくなるかなあ」「わかりやすくなるかなあ」と、腕組みするのって、好きです。
ある意味、自分で作品書くより、楽しんでいる…いやいっそ、そっちが才能あるかもしれないです。
すでにあるものを演出すること。アレンジを加えること。
そういうのが、とても好きです。

もっというと、ものの「いちばんよいところ」を発掘する仕事が、ちょっと宝探しみたいで楽しいのかもしれません。
だから、書評を書くのも楽しいのかもしれない。

☆明日からは、少し前に書いた長編ファンタジーの原稿を読み返します。
自分の作品で、「宝探し」。
時期的にいうと、大体、「百年め」「やまんば娘」「はるかな空の東」あたりが出版されていた頃に書き上げていた長編ですね。
当時から、活字にしていただける予定の作品ではあったのですが、その後、動きがゆっくり進んでいて、ついに、本格的に動き出すことになったので^^

…それは嬉しいけれど、待ち望んでいたことだけれど、ああ、だけど、正直いうと、あのころひたむきに書いた作品と、いま再会するのって、なんだかとても、おそろしい。
ひたむきに書いた作品だけに、おそろしいよう。
なにがいちばんおそろしいって、本にしていただける予定の出版社の方に、「この作品は、なるべくこのままで。直さないでください。手をふれないように」といわれてしまっているというあたりが…。
直したい、きっと直してしまいたくなるのに…。
絶対、読んだら、苦悩しそうな予感が…。
どんなに編集の人が、今の形のあの作品を、褒めてくれようと、気に入ってくださろうと、作家本人は、いつだって、新しい手で直したい、手を加えたいものなんです^^;

でも、懐かしいキャラクターたちと再会するのは、やはり嬉しいですね。面はゆくも、てれくさくもあるけど、懐かしい。
まるで、故郷に帰って、幼なじみに会うようで。

こわいけど、おそろしいけど、少しばかり気恥ずかしいけど、明日からは、昔の私が書いた言葉に会ってこようと思います^^

あの頃の大事な夢の一つは、あの作品が本になることだった。
それを本当に、祈って、願っていました。




りや猫。
キッチンの椅子が好き。

☆某おひめさま
森田療法の方の言葉で、「あるがまま」というのがあります。
そのときそのときの自分の現状を認め、おだやかに肯定してあげること、といっていいのかな。私はそんな風に理解していたけれど。
つまり、今の自分が苦しいのなら、「ああ私は苦しいのだなあ」と、認めてあげる。その現状をいとおしむように思ってあげる。
無理して、変化しなければ、と、自分を追い込まない。
「痛んでいる自分」の存在を否定しない。
苦しかったり辛かったり、痛い状態のままの自分を認め、いつくしむこと。
心をとどまらせずに、「流してゆく」こと。「治そう」「治さなきゃ」と意識しすぎることで、痛い苦しい状態の自分の現状にこだわらないこと。
軽い心で、生きてゆく。

それができると、ふうっと痛み苦しみを忘れる瞬間が来ます。
私はそうして、何度も立ち直ってきました^^ 経験者は語る(笑)。
焦らずにね^^

☆雨子さん
雨子さんのかく言葉の中の、方言は、とてもチャーミングだと思います。ていうか、かあいい^^
雨子さんも、「あるがまま」に生きていこうね。

☆癒し系某お兄さん
こないだ電話で話していたとき、ちょこっとでた方言の一言が、なんか萌え〜でしたよ(笑)。また長電話しましょうねvとか。

☆<BGM日記>今MP3プレイヤーが鳴らしているのは、ちょうど、「少年よ」(笑)だ。これけっこう癖になりますね。あとは最近のプレイリストには、aikoの「キラキラ」とか、ZABADAKにキャラメルボックスのサントラに、ケツメイシ、って感じです^^

☆<香水日記>今日は、ミスディオール シェリーをつけていました。コピーとかみると、若向けっぽいんだけど…香りの成分とかみると、甘そうなんだけど…フルーツが香る、とか書いてあるんだけど…

かなり凛としたふうのある、お洒落な香りですね。
おとなっぽい。
学生さんには難しい香りじゃないかなあ…

他のどの香りに似ているとか、ちょっとうかばないけど、シャネルの香水っぽいなあ、と、思いました。
でも、シャネルほど、「強い」香りではない。どこかしら、明るい、穏やかなイメージもあるんですよね。

私はこの香りは、好きですね。
秋冬、使おうかな^^
この香りみたいな気分で、毎日を暮らしていたいし。



2005年09月09日(金) いちにち

☆今日は、朝からまた暑かったので、ぐったりとして遅くまで起きずにいたのですが、円山夢嬢、椎名かえる奥様、ポプラのN嬢から、愛をこめたおはようメールが届いたので、のそのそ起きあがりました。

もう、九月九日なのになー。暑いなー。空が真っ青で、まぶしいなあ。
いつになったら、秋になるんでしょう。
お人形と自分のために、楽しみに、秋のお洋服を用意したりしているのに、いつになったら、袖が通せるのやら。

☆午後からは、いろんな用事があって外出し、そのまま夜になるまで駅ビルの喫茶店で、児文協の短い論文のゲラを読んでいました。
アフタヌーンティーが駅ビルに入ったのは、ほんとありがたいです。あそこは美味しくて、店内が明るくて、ゆったりできる^^
今日は限定のティオレのマロン味(といっていいのだろうか…)をいただきながら、じっくりチェック。
長崎中央郵便局のポストに投函しました。
杏実さんの原稿の再読も一緒にしていたんですが、今日はまだ終わらなかったので、明日に持ち越し。

☆お仕事一つ終わって、のんびりと、夜の長崎駅界隈を歩いていましたら、ふっと何度も、ああ、幸せだな、と思いました。
まだ夏の名残のある、あたたかいしめった空気は、呼吸するとかすかに甘くて、それに、通りすがりの若いお嬢さんたちの香水の香りが混じったりすると、「あれはなんの香りかな」なんてふっとほほえんじゃったりして。
車が行き過ぎる音が聞こえるのも、遠ざかったり近づいたり、体に響く感じが良くて。人の足音も、リズミカルできいていてあきない。
駅の夜景は、明かりがきらきらしていて、きれいだし。
つい、写真撮っちゃったりして。




いま、「ここ」にいること。
いま、「ここ」で生きていられることが、本当に私は好きで、幸せだな、と、思いました。
この気持ちは、幸福感というよりも、感謝の想いに近いのかもしれない。

いつか未来に、私が死んだとき、私がみている感じている、「私視点の」世界は、いっしょに滅びてしまうわけですが、私は私の目がみている、耳が音を聞き、鼻が匂いを感じる、この世界がとても好きです。
ここに生まれてきて、よかったなあ、と、思います。

今日は少しお古のサンダルを履いていたのですが、このサンダルは、履き心地がふわりと優しいのです。一歩歩くごとに、ふわふわ柔らかい感触を感じで、それもまた一歩ごとに、とても幸せな夜でした。



2005年09月06日(火) 台風の日

☆台風が、九州の上を縦断していくというので、前日から、植木を避難させたり、お風呂にお水をためておいたり(マンションなので、たまに水害などがあると、停電して、水洗トイレの水が流れなくなることがあるんです。そんなとき用の水)、いろいろしてました。

今日は、買い忘れた野菜があったので、軽い気持ちで、家の外にでました。窓ごしに空をみるぶんには、外で吹き荒れる雨風は、さほど強いようには見えなかったのですが…
外に出て、傘を差して歩き出して、いくらも時間がたたなかったと思った、ある瞬間。
まるで効果音を誰かが用意していたかのように、すごい音の突風に吹かれて、あざやかに、おちょこになる傘!
ほとんど、テレビのニュースの中の、「台風の中、街を歩く人」の情景、そのものでした。
そこは道路の真ん中でしたので、とにかく傘をどうにかしないと、車が来ても見えないし、かといってたたもうにも風が強いしで。
本当に、「いま車が来たら」と、恐怖を感じました。
いい年をして、「台風の日には外に出ない」ということを、今更ながら、身をもって学んだ気がします。なさけないなあ。

結局、そのまま雨風の中をお店にゆき、お買い物をして、がんばって家に帰ったのでした。
もう傘を差すのはあきらめたので、びしょぬれで、野菜の入ったビニール袋抱えて。

☆今回の台風、長崎市内の我が家にいる分には、ほんとうに、外に軽く飛び出しちゃうくらいに、静かな台風のように思えたのですが…
亡くなった方々のご冥福をお祈りします。行方不明になっている方々が、一刻も早く、助け出されますように。

☆買い物のあとは、涼しい家の中で、いまのうちに、とお仕事や打ち合わせ、いろんな連絡などをしていました。お仕事や打ち合わせの内容は、もう、遅い秋から冬モードです。
この涼しさのまま、素直に秋になってくれればいいんだけど…
いつまでたっても、室温が三十度越えている状態というのは、ほんともうそろそろ終わりにしてほしいものです。

☆サトカヨちゃん、杏実さん。メールどうもでしたv
でも私はちゃんとした人というわけでもないのです。
性格が「くれよんしんちゃん」の風間くんの類似系なだけだと思います。
自分では、ときどき、自分の融通の利かない性格に疲れたりもするし。
…そういや、風間君もお人形仲間だったような^^;

☆あ、そうだ、杏実さん。
お原稿、拝読してます^^ やっぱり、この路線が向いているのかもしれない。
で、今回、他の作品とも共通する「直すべきところ」が私の方にはっきりみえてきたので、たぶん対策を教えてさしあげられるとおもうので、ちょっとまっててくださいね。明日かあさってには、お手紙かけるかな…と。

☆雨子さん。
メイちゃんと相談して、香水わけわけしてねv
で。「私なんて」みたいな(意味の)言葉は使わないくせをつけてみようね。その言葉を何回も使っていると、結果的には、まわりの人は遠ざかっていってしまうものだから。
あれは使うと不幸を招く、呪いの言葉だくらいに思っていてほしいなあ。

☆癒し系某氏。
ご無事なご帰還なにより^^ ほっとしました。
お昼のメール、ありがとうございました。あのメールが届いたとき、私は家の外で、まさに、雨風と戦ってた、と、いうわけなのでありました。
…たしかに、あの瞬間は、大丈夫じゃなかったかもしれない。




2005年09月05日(月) ある夜のメール

台風接近とともに、台風は心配ながら、気温が下がってきたので、復活してきた私です。
まったくもう、今年の九州の夏は、ハードすぎ…。

ええと元気になってきたところで、ここで、旅行中にいただいたあるメールについてのお話をさせていただきたいと思います。

Thu 08/25/2005 15:47:21に、サイトの方に、ある訪問者の方から、私がかもめ亭への投稿した文章について、丁寧な感想のメールをいただきました。
かもめ亭[1454][2005/08/06(Sat) 11:20:31] [1455][2005/08/07(Sun) 22:11:11]あたりのやりとりについてのご感想とご批評です。

具体的には、私が書いた、
「おとなの本好きの、それこそミステリ読んだりする人も、そりゃ新刊は楽しみにするでしょう。お小遣いを削って買えば、痛いでしょう。でもね、子ども時代に、子どもの本を愛したその愛に比べれば、おとながおとな向けの本に向ける愛情は、はるかに薄くて、比べものになりはしません。
子ども時代の読書の記憶、あの頃みたいに深く物語を愛することは、おとなにはもうできないですからね^^; 
少なくとも、私はそうでしたし、同じようなことを書かれている作家さんのエッセイもいくつか読んだ記憶があるので、「そういうもの」なのではないでしょうか。」

という部分について、「おとなも子どもも、本に対する愛情の深さにかわりはないのではないでしょうか。また、このいい方ですと、子ども時代に本を読まずに、おとなになってから読書に目覚めた人々を傷つけることにはならないでしょうか。そして、村山さんのご投稿のその部分は、自分のように子ども時代に読んだ本もおとなになってから読んだ本も同じに愛している人間にとっては、まるでおとなの自分が本に対して持っている愛情を否定されたようで、心が傷つき、痛くなる文章でした」という主旨の、礼儀正しい、きちんとした内容のメールをいただいたのです。
(この文章は、抜き書きではありません。いただいたメールからの勝手な抜粋はいろんな意味で避けたかったので、私が意味を読み取って、私の文章でまとめなおしたものです。意味を取り違えていた場合、申し訳ありません)。

ちょうど、飛行機で移動していた日でしたので、私がメールを拝読したのは、台風接近中の新宿の夜でした。窓ガラスを打ち流れる雨をみながら、素直に反省して、「しまったなあ。たしかにそのとおりだなあ」と思いましたので、その夜のうちに、その方に返信させていただいたのが、以下の文章です。
自分で書いたものですので、その方の名前を伏せさせていただいている以外は、編集せずに、掲載したいと思います。
メールをいただいた方以外にも、不愉快な思いをさせた方がいらっしゃるかもしれませんし、今回の私の返信の文章は、いつ誰に対しても常に変わらない、普遍的な思いを書いたものですので…。

「こんばんは、**さん
児童文学作家の、村山早紀です。
メール、ありがたく拝受いたしました。

まずは、お心を傷つけてしまいましたこと、
心から、お詫び申し上げます。
意図的にしたことではないといいましても、
私も仕事で文章を書かせていただいている人間ですので、
さらに細心の注意を払って、文章を書くべきだったと、
反省しております。

すぐにも、日記などで、このことについてふれさせて
いただきたいと思いましたが、
あいにく、今は旅先で、慣れ親しんだノートではなく、
小さなモバイル機でアクセスしておりますので、
月末に帰宅後のことになりますが、お許しくださいね。

私の落ち度にもかかわらず、丁寧なやさしい文面のメールを
いただけましたこと、感謝しております。

おとなとこどもと読書についての問題は、
あのとき、掲示板の話題の流れの中で、
子ども読者をやや軽んじているように思われる投稿者の方が
いらっしゃったので、その方に対しての反論の流れの中で、
深夜でもあり、言葉がきつめになってしまったように
思います。
言葉たらずの面も多くて、
今読み返しますと、内心忸怩たる思いがあります。
「子どもが本をどれほど愛しているか」ということを話すのに、対比して、
おとなの本への愛情を軽んじて書くというのは、よいことでは
ありませんよね…。
冷静で落ち着いた投稿を心がけなくてはならないな、と、
あらためて思いました。
(あのときは、実は常連の女子大生の女の子のフォローも入って
いたのでした…。常連さんを心配させてしまうとは、まったく、
サイト管理者として恥ずかしいことです…)。
そのことにきづかせていただけましたこと、重ねてお礼を
申し上げます。

今後もなにかお気づきのことがございましたら、
お知らせください。
またこのような内容でしたら、メールではなく、
掲示板にご投稿くださっても、歓迎いたします。
私もなるべく視野をひろくとはおもっているのですが、
どうしても、気づかないことや、うっかりすることもあります。
そんなとき、違った視点で、問題点を指摘してくださる方が
あれば、自分で考え直すことも、反省することもできますので。
もちろん、内容によっては、丁寧に反論させていただくことも
あるかと思いますが、そのときも、非礼にはならないように、
心がけるつもりでおります。

いま私は都内新宿方面に滞在しているのですが、
台風の風雨がさすがに強くなってきたようです…
**さんお住まいの地方は、大丈夫でしょうか?
何事もなく、通り過ぎてくれるといいですね。」

このあと、メールの方からは、心のこもった、暖かいご返信のメールをいただいております。ありがたいことだと思いました。

上のメールに加えて、書いておきたいのですが、こうしてWEB上で、言葉を発信している以上、それを読んだ人が「傷ついた」のならば、少なくとも、その一点だけは、確実に、こちらの落ち度になるのだと思います。
もちろん、こちらに「傷つける」意思がなくてしたことの方が多いはずですが、ではなぜ、「傷つけないですんだはず」の人を傷つけてしまったのか、それを回避する方法はなかったのか、事前にこちらで気づいて訂正することがどうしてできなかったのか、などなど、サイト管理者側には考えるべきことはたくさんあるだろうと思うのです。……ましてや、私は言葉で食べている職業の人なのですから。

今度の「子どもとおとなと読書」のあの部分についての事情やこちらの意図は、言い訳しよう説明しようと思えば、いくらもできてしまうわけです。
だけど、それをしても、「傷つけた」という事実は消せないわけですから。
そしてたしかに、私のあの部分の文章は、「もっと違う書きようもあるだろうに…」と、今読むと私自身が困ってしまうような書き方になっています。
あらためて、本当に申し訳なかったと思っています。今後も、気をつけていきたいと思います。**さん。

くりかえしになりますが、**さん、メールを本当に、ありがとうございました。ある意味、書きにくい内容のメールだったと思います。勇気を持って出していただけましたこと、感謝いたします。

**さんに限らず、こういったご指摘はいつでも歓迎いたします。
(できましたら、掲示板へのご投稿の方がありがたいですが。
メールでいただきました場合でも、もちろんありがたく拝読いたしますし、いただいたメールからわかるさまざまな情報なども、私個人の手元にとどめて、外に出すことはいたしません)。

☆台風がまた近づいています。
被害がなくて、雨だけ降らせる台風って、無理なものなのでしょうか…。





2005年09月02日(金) ばてばて

すみません、長崎の暑さに負けて、またちょっとネット落ちしてます。
音信不通だったり、メールがとだえがちだったり、掲示板へのレスが遅れたりしてますが、許してくださいまし。

…九月に入って、最高気温が三十四度とか五度とか、信じられない^^;


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