日々の泡・あるいは魚の寝言

2002年01月30日(水) 姓名判断

今日の日記の内容は、ちょっとオカルトなんで、そのつもりで読んでください(笑)。オカルト信じない人は、ごめんなさいです。
オカルトというか、占いの話なんですが。

私は、児童文学作家ですが、ちょっとだけ、アマチュア占い師でもあります。
何ができるって、姓名判断ができます。十代の頃からやってる。私が付けた名前を持てば、ばっちり運が開けます…とかいって。
あとは、人に進むべき道を教えることができるなあ。行動するべき時期を教えることもできる。これは占いじゃなく、勘が働きます。これでいろんな人に道を開いてきました。<思いあたる人は、多数いるはず。今日もまたひとり(笑)。

だけど、自分の未来を読むことはできない。自分を幸福にはできないなあ。
占いも勘も、今ひとつ、自分には生かせない。

姓名判断に基づいて、筆名を考えるとき、できれば、他人に考えてもらった方がいいという話があります。
なぜか。
自分でつけると、その人本人がもともと持っている運からのがれられる名前が付けられない、といわれているからです。
私は自分で、筆名をつけました。まあ、本名も、そこそこいい画数を持つ名前ではあったんだけど、自分の運命は自分で切り開いてみたかったし、新しい人生をつくるような気持ちにもなれそうだったし。大体、姓名判断自分でできたしなあ。
そいでまあ、つけた名前が、今の名前です。デビュー前に付けた名前ですが、この名前に切り替えてからは、あっというまにプロになったような。
そう、私が、姓名判断を好きなのは、自分で運命を変えることができる占いだから、なのです。四柱推命あたりとは、そこが違う。いうなれば、お札や護符のような占いなのですね、姓名判断は。

だけどだけど。この名前は、めいっぱい、お仕事仕様の名前なのです。
運がついてくるかわりに、私生活を犠牲にした孤独な暗示がある名前。それでいいと思ってつけたんだけどねえ…。
たしかに、お仕事には恵まれています。でも、人間関係があれだなーとか。
ええええ、どうせ、総格25ですよ。内格9ですよ。自分でつけたから、誰にも文句が言えないやい、ちくしょう〜(涙)。
ついでにいうと、この「人間関係を犠牲にしたお仕事仕様の名前」というのは、本名もそうでして、ただ、本名は凶数が勝っていたので、そのへん調節したのでした。そう。それくらいなら、占いの知識を持っている私にはできた。
だけどたぶん…私じゃない他の占い師さんがつけたら、もっと完璧にいい名前、バランスのとれた名前にしたんだろうなあ。総画31とかにしたんだろうなあ。

今日、なんとなく気晴らしに、街の占い師さんに運勢を見てもらいました。
私の名前の画数を見て、「これは……すごくいい名前ですね」
あたりまえだい。
「お仕事の運がすごくいいですね。努力した分の二倍三倍帰ってくることでしょう」そういう名前だからね。
「今年は星の年回りからしても、すごくいい年になりそうですよ」ありがとう。
「でも、人間関係のトラブルが多い暗示ですね」うう…。
「慢心に気をつけてください」はい…。

たまには、占い師さんにみてもらうのもいいもんです。
慢心には気をつけよう。
そうそう。一ついいことをききました。
「どんなに強い運を持っていても、行動しなければ、その運を生かせません」

占いは、あたるも八卦、あたらないも八卦。
信じるのも信じないのも、その人次第です。
昔の日本の貴族のように、「今日は何とかの日だから、あっち方面には外出できない」とか、「今日は何とかの日だから、家を改築できない」とか、そんなふうに自分を縛ることになるのなら、占いは害でしかありませんが、ま、姓名判断みたく、お札みたいなものだったら、悪いことはないんじゃないかな、と思います。
自己暗示を働かせるためのアイテムとしてとらえるやり方もあるからね。

なお、私は姓名判断は、アマチュアだし、頼まれてもふだんはやりません。気が向いたときに、気が向いた人のをみるだけです。だから、占いの依頼はおひきうけしておりませぬ。
そーですねえ。いつか、小説が書けなくなったら、姓名判断で食べていこうかな…。ははは。とかいって。いやあ、今日も占い師さんとの対話が楽しかった(笑)。計算間違いを指摘したりして。<おい

なんだか怪しい児童文学作家な私なのでありますが、そういえば、私の死んだ伯父は、アマチュア奇術師で、故引田天功の弟子だか孫弟子だかにあたる人物だったのです。死んだ父親は、手相占いの浅野八郎と知り合いだった。そーゆー血筋なんですかねえ。

「行動しなければ、自分の運は生かせません」
かあ…。
深い言葉だなあ。
でも、私は何を「行動」すればいいんだろう?
私自身の進むべき道は、いつだって、私本人には見えない。




2002年01月26日(土) 繁華街のバス停の…

ここ数日、外出する機会が多いのですが、昨日、ふと思ったこと。

夕方、繁華街のバス停に集まっている、帰宅途中の人びと。
この、みんなひとりひとりに心があって、嬉しかったり辛かったりして、生きているんだなあ、と。

まあ、当たり前のことなんだけど、ふだんはつい忘れがちになることだから、昨日はそれに気がつけて、よかった。

前の日記にも書きましたけれど、ここのところ、私は滅入っているのですが、同じような経緯で滅入っているような人もこのひょっとしたらこの中にはいるんだろうな、違う理由ででも、とにかく真っ暗な気持ちの人もいるんだろうな、とか思うと、人間が生きているということは、すごいことだなあ、と、思いました。
辛くてもとにかく生きていくって、大変なことだよねえ。
ましてや私は、しょせん人間関係の悩みだけれど、私の百倍も二百倍も深刻な、ほんとのほんとに生きるか死ぬかの悩みを抱えて、やっと呼吸している人だって、いるわけだろうから。

私はいつもは、イケイケの人で、上ばかり向いて生きてきました。
がんばろう、努力しよう、うまくいかないのは自分が悪いからだ。だって、望めばたいていの夢は叶うはずだから。…ってな感じで生きてました。
狼は生きろ豚は死んでもしょうがないよね、なんてね。
向上心がない自分は許せないし、だからがんばってきたし、だから、がんばれない人のことは理解できないし、馬鹿にしてたかもしれない。

でも、昨年の暮れあたり、体の具合が悪くなったりとか、それに付随していろいろあったりしてから、ちょっとそういうもんでもないかもなあ、と思ってきていて。
今は、少しだけ、ゆっくり歩いて、少しだけ、周りを振り返る余裕もでてきたような気もしています。周りの景色も、人々の姿も、それなりにいいものですね。振り返る分、こちらの速度は遅くなるけどね。仕事は、遅れちゃうけど。

がんばって生きていこう。人間、死ぬまでは生きてるんだし。

忘れていた大事なことに気づけるのなら、たまには、病気になることも、滅入ることもそう悪くはないのかもしれない。

夕暮れのバス停に集まった人々は、お互いが会話することもないままに、それぞれの家に向かうバスに乗り込んでいって、私もまた、家に帰ったのでした。



2002年01月24日(木) 指輪がまわる

ここ数日、ちょっと人間関係で悩んでいて、仕事しながらたまに泣いたりしていたら、指がやせてびっくりしました。
指輪のサイズでいうと、各指が一号ずつは減っていると思う。
指輪がくるくる回るから。
仕事の途中、キーボード叩いていたら、指輪が抜けて飛んだのは驚きでしたねえ。
ふうん。人間って、こんなのでもやせるんだ。小説みたい。
…でも、どうせ、やせるなら、ウエストの方が。

今日、とある人とメールのやりとりをしていたら、その人の隠していた悲しみにふれてしまって、それがまるで、一言一言、シンプルなのに、字に苦しみや悲しみがにじみでるような言葉で書いてあったので、私は、「ああ、きいてはいけないことをきいちゃったな」と、知りました。
その人に昔あったことは、部分的にしか知らなかったけど、そりゃ当時、落ち込んでたのと、立ち直るのに時間がかかったことは、知ってたけど。
今も、心の底で、悲しみが今も、息づいていたとは気づかなかった。
だって、ふだんは、幸せそうに生きてるからね、彼。

誰でも、みんなそれぞれに、何かの傷を抱いていきているんでしょうね。
でも、それを表にださないから、周りの人々はそうと気づかなくて。
私だって、今夜もちゃんと仕事をしている。さっき、仕事を終わらせたよ。
まあ、今の私の悲しみは、自業自得だってわかってるから、いいんだけれど。

今夜、日本中で、悲しい夜を過ごしている人は、どれくらいの数いるのかなあ?
みんながその傷を、明日までも持ち越すのかなあ?
メールの彼みたいに、ずっとずっと傷が残る人も、その中にはいるんだろうなあ。
メールをくれた、彼、ありがとね。君の言葉、大事に覚えてるからね。

あと。まるで駅伝を応援する人のように、携帯メールを送ってくれてた森江さん、ありがとう☆ 仕事、ちゃんと終わって、さっき、出版社にメールだしたよ。
お礼といっちゃなんだけど、またいつでも、いろんなこと、相談に乗るからね。
あ、そうだ。昨日久しぶりに、メールくれたあきさん。君の人生の春、私は本当に本当に、嬉しいです。早く、かもめ亭に遊びにおいでね。

#ええっと。すでにお気づきの方もいるでしょうが、ホームページトップに、日記へのリンクをはりました。よくさがすと、ちっちゃいアイコンがありますので…。
たまーにしか更新しない日記ですが、よかったらそこからきてくださいね。

って、こんな暗い内容の時に書くことでもないような気がするんだけど…。



2002年01月18日(金) 野良猫は野良猫として

このところ考えていることですが…。

誰かを好きになるのは、相手が男女問わず、年齢も問わず、素敵なことだと思います。愛情、友情、思慕、尊敬、なんでもOK。親子関係でもありですね。
だけど、どんなシチュエーションでも、相手に、「ずっとそばにいてほしい」と思ってしまうのは、依存じゃないかなあと、このごろ思うのです。
これは、依存する側も、される側も、辛いですよね。
わたしは今までに、そのどちらも経験があるので、いろんな状況を想像しただけで、どちらの立場での辛さも身にしみてわかっちゃうのだ。

年末から、体の具合が悪かったり仕事が異常に忙しかったりして、いろんな人に、これまでにないほど頼り切ったり、ぐちったりしてました。
でもそれもそろそろ終わりにしなきゃと思っています。
やっぱり、他人に甘えるのは、私のキャラじゃないんで、ここへきて無理がでてきたというか疲れたというか…「そばにいてほしいよう」「さみしいよう」と甘えたくても、甘えない方が、私には楽だと思いだしたというか…。
もちろん、みなさまへの感謝と愛は変わりませんが。
私のスタンスが変わったというだけで。

あ、でも、今度のことを通して、前よりは少しは、人に心を開くことを覚えました。
人に楽に愚痴を言えるようになったぞ。
悲しいとか辛いとか、ずいぶんいえるようになったぞ。

思えば、この日記を書き始めた頃は、悲しい話は、自分の心の中で昇華させて、作品にしてから書いていたのでした。
今は生のままの感情でも、書けるときがあるもの。

ネットをはじめる前は、怪我した野良猫みたいに、じーっとうずくまって心の傷をいやしていた私でした。今は少しは、優しそうな人には、にゃあと甘えるぞ。いたいようといって、なでてもらうくらいはするぞ。

多分、一生私は、このまま野良猫のままですが、野良は野良として、楽しく誇り高く、生きていこうと思います。



2002年01月17日(木) 誕生日

1月17日は、私、村山早紀の誕生日です。
生まれ年は違うけど、山口百恵やアル・カポネと同じらしい。

去年の今頃は、1月8日に、猫が死んだばかりで、まだ泣いていたと思います。
あの頃は、「また笑える日が来るのかな」なんて、悲観的なことを考えていたものですが、今はそれなりにのりきっていますね。気がついてみると。
でもやっぱり、死んだペルシャ猫の、好物だった鶏のささみの話を家族としたりすると、お互い涙ぐんだりした今日なのでした。

一年前の、今頃、私を励ましてくださったみなさん、ありがとう。
今の私は、こんなに普通に、元気です。

で。今年の誕生日。
とくに記すべきことはなく、仕事してました…。
産経新聞の新刊書評で、ダイアナ・ウイン・ジョーンズの「魔女と暮らせば」を頼まれていまして、せっせと読んでいたのです。
面白いけど、やたら長かった…。さっきやっと読み終わったよう(涙)。
産経のT記者ったら、私にこの本の書評を頼むときに、
「薄いですよ、すぐ読めます」といったけど、たしかに薄いが、字組といい字といい、昔の児童書なみに、詰め込んであるじゃないかあ!!!
一冊読むのに、半日かかったよ…。
〆切は明日の朝なんですが、書評は、朝起きてから、書こうと思います。
なんだかまだ、頭がまとまらないので、寝ているあいだに、無意識に働いてもらおう。
今現在の印象としては…面白かったけど、オタクっぽい、かなあ?
物語の運びが巧みで、どんどん読めるのに、なんか軽ノリだなあと思っちゃったのは、登場人物のビジュアルに美男美女が多いからかなあ??? ギャグが漫画みたいだからかなあ??? なんだか、美少年や美青年が好きな若い女性に好まれそうな本多と思ってしまいました(それが悪いとはいわないけど)。
子どもには勧めたい本ですが、私としては、もすこし暗め重ための本がこのみかもしれないなあ。

で、読書に追われているあいだ、友人知人のみなさまから、「お誕生おめでとう」メッセージが、いろいろととどきまして、うれしゅうございました。
みなさま、私みたいなのの誕生日を祝ってくださって、ありがとうございます。
みなさまが寄せてくださった言葉の一つ一つが、心が寒いときに、私を暖める灯りになります。感謝しています。
みなさまにとっても、今年一年がいい年でありますように!



2002年01月15日(火) 酷評とロシアの腕時計

さてさて。
仕事が、少しだけ一段落して、私に時間がもどってきました。
(ごく短期間のことですが…)。
今後、ホームページ関係のことをしたり、買っていたビーズのキットで指輪を作ったり、書評用の本を読んだり、お茶を飲んだり、と、のんびりしたいと思ってます。あ、また、温泉にも入りにいきたいな♪ 入浴料が千円を超すのは高いような気もするけど、ビル街にあって、バス代150円でいけるってのは、それを補ってあまりある利便性だもんなあ。

今日は、とりあえず、通信講座(児文協で講師をさせていただいているあれですね)のお弟子さんの作品を二作読んで、感想をお送りしました。
一作は、かもめ亭の常連でもある椎名かえるさんの作品なので、読んですぐにメールで送れるんですが、もう一作は年輩の女性の方で、郵便を使わないと送れないので、今日は午後から郵便局で、その人の分の添削をしてました。
うちの近所の郵便局は、わりと大きくて、書き物机や自動販売機があるので、そこでコーヒーを買って、のみながら、お手紙書いたりすることがよくあります。
まわりに、誘惑するようなものがないし、適度に人がざわついているので、神経集中しやすいんですよね。書いた後、すぐに、封をしてだせるというのも、いい。

ちなみに、郵便で添削する場合、私は、原稿をコピーして、それに赤で書き込み、手紙を添えて、原稿といっしょに返してます。
他の先生方はどうしてるのかなあ? きいたことないから知らないけど。

何回も、読んでいるうちに、お弟子さんたちの作品の、よいところ悪いところが見えてきたので、今日はちょっと、郵便で送っている人宛の手紙には、きつめのことを書いてしまいました。たぶん、読んですぐはめげることでしょう。怒るかもしれない。でも、時間がたつうちに、私がいいたいことはわかってくれると信じて書きました。
私自身が、新人時代やデビュー前に、他人からもらった評価をそのときはなかなか受け入れられなくて、でも、時間がたつごとに、「なるほど」と思えるようになった経験があるから、わかることです。
(ていうか、わからないタイプの人は、プロには向かないかもしれない…)。

作品を酷評されても、反論しないのが(正しい)プロです。
まあ、あきらかに読んだ人の「記憶違い」とかで、いわれのない酷評をされた場合には、まだぎりぎり反論も許されるでしょう。
でも、それもほんとは、かっこいいことじゃないんだなあ。

相手のよみそこないで、酷評された場合は、「誤読を誘った私の書き方がいたらなかったんだ」と、反省するのがプロでありましょう。
趣味の違いから酷評された場合は、「趣味が違う人が読めばこう読めるんだな」と、うなずいて参考にしましょう。
相手に人生経験が足りなくて、酷評された場合は、「いつかわかってくれるよ」と信じましょう。
ていうか、そう言う人に私はなりたい(笑)。なろうと思ってる。

大体、作家がへたに反論すると、次からはまともな感想が聞けなくなって、損をするものなのです。
私にも、若い頃に、苦い経験があります。
友だちや、同業の先輩から寄せられた作品に関する感想に、つい、反論してしまった。それは、今思っても、それなりにまともな反論だったんですけれど、それっきり、そのふたりからは、ほめ言葉しか聞けなくなっちゃった…。
それ以来、私は、どんな酷評も、誤読も、黙ってきくようになりました。
ま、あきらかな誤読なら、相手が友だちなら、反論することもあるけどね。

で、添削をするために、私は郵便局に行ったのでありますが、ついでに、時計屋さんを経由しました。
連休中に買ったロシアの腕時計に、電池をいれるためです。
そう。時計は止まっていたのです。それでもかわいいから買ったんですが…。
赤い小さな文字盤で、ガラスにはちょっとカットが入っていて、針は金色。ベルトは金メッキで、唐草模様の透かし彫りになっています。

蓋を開けた時計屋のおじさんは、びっくり仰天。
「あの〜これ、手巻きの時計ですけど?」
「ええ、なんですって?」
…おいおいおい。
時計を買った輸入雑貨屋さんのお姉さん、胸を張って、「電池で動きます」といった君、手巻き式だってさ〜。
実は、最初時計を見たとき、私は、「あ、手巻き式だ」と思ったのです。でも、お店の人がそうじゃないというから、時計屋さんにもっていったのですが…。

時計屋のおじさんは、きちんと蓋をし直して、ねじを手で巻いて返してくれました。
何もしなかったということで、料金は無料です。
そして、笑顔でいいました。
「手巻き式もいいものですよ。電池と違って、一生ものですからね」

なんだか、楽しい気持ちになって、お店を出ました。
手巻き式の時計は、一生もの。
そういえば、中学生の時に買ったディズニーの時計は、今も動いてます。
この時計もそれくらいもつのかしら?
金メッキは、あんまりたたないではげちゃうかもしれないから、大事に使おう。
よそ行きの時計だね。
でも、毎日、植木に水をあげるような気持ちで、ねじを巻きましょう。

あ、ただたったひとつ、難点が…。
私は、手首が細いんです。手も小さくて、柔らかいんです。
ロシア人の女性向けのサイズの時計は、ベルトがおおきすぎます(涙)。
とりあえず、留め金をつけはずしする必要がないんですけど…。
おとさないようにきをつけなきゃなあ。
服の上から、ブレスレットみたいにしてつけるしかないかも。



2002年01月14日(月) ミルカフェどうした?

…うう、今夜(02年1月14日夜9時台)は、重くてどーしよーもない…。
開かないコンテンツもあるし。かもめ亭にも入れないし。
チャットの過去ログを作りたいんだけど、怖くて作れない。
下手にいじったら、CGIがどうにかなるか、ログが壊れそうで…。
困ったなあ。

困ったって書いてもしょうがないんだけど、日記は別サーバだから、こうしてかけるので、つい愚痴を書いてしまうのでした。
明日には復旧してるといいなあ。

めでたくシェーラ10の第一稿が書き上がったので、連休のうち二日間は、学生時代のお友達と遊んでました。
雑貨のお店をのぞいて、美味しいもの食べて、温泉とか入っちゃって。
彼女も仕事が忙しいので、久しぶりにゆっくりした、といってました。
私もいっしょにホテルに泊まって、話し込んだりしてね。
朝から同じ喫茶店に、三回もいって、話し込んだりして。
学生時代の友人って、いいですよね。気分が元にもどるから。
しかし、お互い相変わらず、年齢不詳なのでした…。
昔、お互いに好きだったゲームのリメイク版が発売されていて、買おうか買うまいか迷ったりしました。今は昔と違って、楽に購入できる身分なのですが、ちょっとおもちゃやさんが混んでいて、人に疲れちゃって、買うのやめちゃった。
でもいつかそのうち、買おうっと。
…17日のお誕生日記念とか。
ううしかし、この年で、誕生プレゼントがワンダースワンカラー&ロマサガ1ってのも相当(^^;)。

ロシア製のかわいい腕時計を買ったのと、左の小指にするための指輪を買ったのが、ちょっと楽しかったな。
あとは、彼女に携帯電話の機種変更をさせたのが、楽しかった♪
ふっ。やっぱり私って、人にお金を使わせる才能があるのね。<?

またあそぼうね、くにちゃん☆
で、やっぱりいつか、ミッキーも誘って、豪華客船の旅にいこう。

ところでみなさん。
年末くらいから、仕事が忙しいのやらなにやらで、私は、ちょっと今、気持ち的にすごく疲れています。もすこししたら復活しますので、待っててくださいね。
メールもいろいろいただいているのですが、返事がかけない状態です。
こちらからの用件で、メールを打つのも、ちょっと無理な感じです。
時として、郵便物も、封を切るまで時間がかかることもありますので、急ぎの場合は、メールか電話でお願いします(返事を書かないときも、読んでますので)。

メールは…。
いただくと、すごく嬉しいのですが…。
打つ方はおひとりでも、受ける私の側は、たくさんの人々から、大量に受信しているものなのです。ひとりひとりに返信するのは、みなさまが想像している以上に、時間がかかる作業であることを、ご想像下さい。

でも、くり返しになりますが、メールをいただくということそのものは、とてもとても、嬉しいんですよ。

まあ、ここ数日で元気になる予定ですので、もう少しお待ち下さいな。
そしたら、いろいろと、ホームページ関係のこともいたします。
乞うご期待。





2002年01月05日(土) 私の祈りは

私の祈りは

道ばたで 誰にも気づかれずに死んでゆく子猫のために

まちがったことをしていないのに
おとなたちにわかってもらえずに泣いている
子どものために

どこか遠くの国で
守ってあげたい誰かのために 何もできずに
無力な自分を 呪っている人のために

それからまだ 私に祈りの時間があれば

私の本を読んでくれている人のために

私が大好きな人のために

私は 私のためには祈らない
私のためには 言葉はいらない

私のためには 誰も祈らないで

私は 私がとるにたらないものだということを知っている
自分に 生きているだけの価値がないということをわかっている
自分の弱さも醜さもみんな知っている

だから 誰かに優しい言葉をかけてもらうたびに
もうしわけなくて 身が縮んでいく
誰かに 愛情をそそがれるたびに
心が 傷だらけになっていく

だから 私のことは 放っておいて
そこにいるのがわかっていても 黙って微笑んでいて
見えないふりをして 声もかけないで

誰かが幸せならば 私は 生きていけるから
それは知らない人でもいい 遠くの人の話でもいい
どこかで誰かが笑っていられるなら そんな話を聞けたなら
私も幸せでいられるから

いつか私は 少しずつ消えてゆき 日に透けてきらめく埃のようになって
私の祈りの言葉だけが この世界に残ればいい
私の言葉と 思いだけが 風のように世界をめぐればいい

その時はじめて 私は本当に 自由になれるのかもしれない


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