CORKSCREW Diaries(米国編)
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2001年09月30日(日) 胸を張って誇れるモンが自分にどんだけあるのか? って 


名前と誕生日とキュートな指紋くらいあれば十分だろう

title from BUMP OF CHICKEN「グロリアスレボリューション」

結構自分にも激しいところってあるんだなって、
以前の日記を読み返しながら思う。
普段僕は確かに、大人しくしているし。(勿論意識してだけど)
あまり人に対してどうのこうの言う事は少ない。

自分にこういう激しい部分が隠されているって言うのは、
それなりに分かっているわけで、
日記をはけ口にしている感は、無くはない。
それを隠してセルフコントロールを効かせている。

そういうことが出来るようになったのは、
自分自身が成長したことって言えるのだろうか。
まあ確かに、心の中でアッカンベーしながらも、
話を合わせたりすることも多々ある。

自由に生きるって事は、それなりに覚悟と勇気が必要。
僕にはそれだけの覚悟も勇気も、まだ無い。
だからしばらくはこのまま矛盾を抱えながらも、
日々を過ごしていくしかないんだろう。





2001年09月27日(木) 日ごと生意気になってやろう 大言壮語もはいてやろう


忙しい。
仕事との引継ぎだの、
たまった仕事だの、様々なものが僕の前にある。
仕事に生きるつもりはさらさら無いが、
さすがに今は、ヤらねばならないときである。
時々はそういうときもあるのだ。
別にいいのだ。
またライブも旅行もちゃんと行ってやる。
メリとハリよ。お仕事は。
後で遊び倒すために今は働くのだ。


title from BUMP OF CHICKEN 「BATTLECRY」




2001年09月26日(水) 容易く自分自身を値踏みしやがって 世界の神ですら君を笑おうとも俺は決して笑わない


title from BUMP OF CHICKEN 「グングニル」

未だに僕はあの世界を旅したことが忘れられない。
だけど、今の僕の前にあるのは、またしても狂いそうな現実。
仕事がたまっているのは仕方が無いとしても、げんなりする。

もうひとつ。
この日記に何度か出てきたK先輩のことだ。
先輩自身もこの日記の愛読者(?)ゆえ、
ちょっと憚られる気もするが、この際書いてしまおう。
先輩は現在、人事に関して上の人間が何も考えていないことに怒って、ストライキ中。(こんなに簡単なものじゃないって怒られるかもしれないが却下)
これに関する外野はとても五月蝿い。
とても五月蝿い。ウザえから勘弁してくれと言いてえぐらいだ。
ストライキがいいことだなんて思わねえ。
迷惑被ってんのは事実だろうから。
だけどいいじゃねえか、人のことなんざ。
大事なのは自分のことだろう?
そんないねえ人のこと言ってるぐらいなら仕事をさっさとやって、
少しでも早く帰ること考えたらどうだい?
そして自分の人生楽しんだらどうだい?
何も文句を言わずに黙々と従うって言う日本人の悪しき慣習が正しいなんて思えねえぜ。K先輩の如き人材を使いこなせねえ日本にちょっと絶望した。
馬鹿馬鹿しくって涙が止まらねえよ。

僕はストライキなんて出来る度胸は無い。
苦労して手に入れた職をそんなに簡単には手放せない。
って言うかただ臆病なだけさ。
多分気にくわねえ人事でも、従うんだろうさ。
くだらねえ生き方だなって、本当に思う。
だけど自分自身に実力がないんだから仕方ねえよ。
自分が独立して生計たてられるようになったら、
すぐにでもこのくだらねえクズ社会に三行半叩きつけてやるさ。
Prove yourself!

と言うわけでK先輩、僕の立場は申し訳ねえけど傍観者を貫くつもり。
自分がやれることをやるだけさ。
僕は無茶だな〜なんて心配してるけど、応援してるよ。







2001年09月25日(火) ICELAND TOUR 16/09/2001-23/09/2001 CONTENTS


ICELAND TOUR 16/09/2001-23/09/2001

001 16/09/01 WORLD END
002 17/09/01 HIGHWAY 01
003 18/09/01 DRIVERユS HIGH
004 19/09/01 RAINING
005 20/09/01 神々の黄昏
006 21/09/01 Making the Road
007 22/09/01 TO THE WORLD


COPENHAGEN to REYKJAVIK to LONDON
going back from BANKOK to KYOTO
All the world I've seen
All the world to see is next you!!





2001年09月23日(日) ARRIVAL from WORLD END


無事に帰ってこれました。
タイ国際航空は思いっきりイラン上空辺りを飛んでいましたが、
別に大丈夫でした。
アイスランドは、とにかく凄かった。
オーロラは残念ながら見られなかったけど、
だけど、そんなの、全然問題じゃないぐらい。
感動した。凄い感動した。
また一杯書こうと思っています。
今は、とりあえずこんなところで。




2001年09月22日(土) 007 TO THE WORLD


007 TO THE WORLD

僕らの長かった旅も遂に終る。
全てを自らの手で創り上げた、そう自信を持って言える。
それは大きな自信となり、その自信が僕の血や肉となるのだろう。
京都からバンコクへ、バンコクからコペンハーゲンへ、コペンハーゲンからレイキャヴィークへ、レイキャヴィークからロンドンへ。地球のほぼ裏側まで旅した。日本で沈み込んだプレートは、アイスランドで浮き上がっているんだ。
それを確かめるために旅をした。
そう、自信を持っていい。
このさいはての地まで来て、これだけ自由に旅を創造した日本人、そうはいないんだから。それだけ僕らは、成長したって言うことなんだ。

世界が僕を呼んでいる、なんて格好良いことは言わない。
僕が世界を呼んでいるんだ。求めているんだ。
だからもっと旅に出たい。世界を知りたい。そう思っている。

朝、いつもの朝食を取る。泣いても笑っても最後の朝食。朝食後、ユースのインターネットサービスで日本に向けてメールを打つ。便利な時代になったもんだ、本当に。勿論日本語で入力は出来ないんだけど。
本当は、最後の朝、飛行機に乗る前に、もう一度ロンドンの町を歩いてみたかったけど、残念ながら時間がなかった。そう、11時半には、ヒースローに到着しなければならない。10時過ぎには市内を発つ必要があった。別れは惜しい。たった一日しかいられなかったロンドン。一日でやれることは全てやれたと思う。でも・・・ええい、そうは言っても後悔の無い旅も人生も無い!

来たときは夜だったから周りの景色はほとんど見れなかったロンドンのUNDERGROUNDだけど、昼間に見た周りの景色はとても綺麗だった。英国的風景が僕の前に広がっていた。所々の駅にはUNICLOの看板が見える。9月の終わりにオープンらしい。ちょっと行きたかったもしれない。

ヒースローにUNDERGROUNDは到着した。
地下鉄が直結しているのは大変ありがたいって思う。
ソウルの空港も昔は直接地下鉄で行けたんだけど、今はリムジンバスでしか行けない。早く地下鉄を延長して欲しいと思う。まあ、話ではワールドカップには間に合わないって言う事らしいだけど。

ロンドンの入国チェックは厳しかった。
テロの影響って言うのが大きいんだろう。飛行機に乗るまでに3回も荷物検査があった。やり過ぎる・・・に越したことは無いんだろう。これぐらいはいくら何でも甘受しなければならない。この大変な時期に旅行者をやるんだから。

そして飛行機は飛び立つ。
まずはバンコクへと僕らは向かう。
食事のタイカレーが非常に美味い。これまでの食事でひょっとすると一番かもしれない。機内食が一番ってどういうことやねん! と言う気もするんだけど。が、調子に乗ってカクテル三杯も飲んでしまったのがいけなかったみたいで、トイレの住人となってしまった。やっぱり飛行機内は滅茶滅茶回るのが早い! タイカレーを戻すなんて勿体ないことだけは出来ん! と思ったので必死こいて我慢したんだけど、まるで旅行初心者みたいなことしてしまった。情けない。

でなんだかんだでどうも寝られなかった。
やっぱり飛行機の中で眠るのは苦手みたい。何処でも寝られる人が本当に羨ましいって思う。仕方ないから本読んでいたんだけど、結構読書がすすんだ。読む度に何となく気分悪くなっていくんだけど。バンコクまでの機内は真ん中だったから、窓の外の星空は見れなかったし。

やがて飛行機はバンコクに到着した。
「やがて」なんてそんな接続詞では片づけられないぐらい長かったのだけれども。ヨーロッパは遠い。だけど、まだ行きに比べればマシだったかもしれない。

バンコクで僕はもうへろへろだった。待ち時間は3時間。
3時間はそれ程長い時間ではない。が、体力の限界と言った感じの僕にはもう辛かった。まあ、ラッキーなことに、今回も機体はJALだった。素晴らしい。もう英語は使わなくてもいいんだな、ちょっと寂しいけど。

仕事場へのお土産はなぜかここバンコクで購入。
帰国後、「あ〜バンコクは暑かった!」なんて言って持っていくと、
「あれ? アイスランドに行ったはずなのに、なぜタイランド?」
と当然のツッコミが返ってくるのである。
北極圏から赤道直下へ。またこれも面白い。

そうして飛行機は日本へ向かう。
JALに乗ったらもう本当に日本国内と一緒。機内は欧州から戻ってきた人とタイから来た人とクッキリ客層が別れてた。 大体Tシャツなのがタイ帰り。セーターとかパーカーとか着ているのが欧州帰り。機内は結構寒かったから、Tシャツだけでは寒かったかもしれない。
機内食も焼鳥丼を食べて、蕎麦を食べてもうすっかり日本モード。やはり日本食が一番だと実感。日本の新聞を読んで、ヤクルトがまだ優勝していなかったことに驚いたが、まあ個人的にはどうでもいいことだった。テロに関しては、水面下で作戦が進行しているのだろう。着々とテロ包囲網が展開されているのが見て取れた。大変な時期に旅行に行ったと思うけど、ちょうど隙間の時期で、タイミングとしては悪くなかったと思う。

世界の果てまで僕は旅をしてきた。
いや、世界の果てという言い方はアイスランドの人にとって大変失礼かもしれない。彼らにとっては、日本こそが、世界の果てかもしれないからだ。
なんにせよ、僕らは地球の裏側まで行ってきたわけだ。
この旅で見たもの、感じたこと、いろんなもの、全てを、僕は一生忘れない。
忘れてなるものか。そう思っている。
この旅はこうして終る。
けれども次の旅はまた始まる。
次はどんな出会いが待っているのだろう。




2001年09月21日(金) 006 Making the Road


ロンドンの空は予想に反して青かった。
英国には曇り空が良く似合うなんてイメージがあったものの、
晴れたロンドンの街はとても素敵なところだった。
産業革命以降、世界はここから動いてた。
Making the Road 彼らは道を造ってきた。
そして僕らも道を造っていくのだ。
未来に続く道。
21世紀から31世紀に向けて。

いつもの如く早起きして、朝食を。
朝食はイングリッシュ・ブレックファスト。
イギリスの食事は朝食に限るとは良く言ったもので、
美味い。
まあそうは言ってもしょせんはユースの朝食。
ベーコンをカリカリに焼いた油で目玉焼きを作ると言った
本格的なイングリッシュ・ブレックファストとはいかない。
それでも美味い。
ハッシュポテト美味し! 好きな僕にとってはもうたまらないものがある。
さすがにロンドンのユースだけあって、日本人の姿もちらほら見える。
アイスランドとは違うと実感。
ここロンドンの人口だけでアイスランドの総人口よりも遥かに多いのだから。

ロンドンでの滞在時間は、僅かに一日。
お上りさんモードで観光地巡りの予定である。
今日の目玉はなんと言っても大英博物館!
ここに行くためにロンドンに寄っていったようなものだから。
世界各地から集められた数々の展示物! 本当はここだけで一日かけて回りたいぐらい。
大英博物館を最優先させるべく、ユースの場所を選んだのである。

大英博物館の開館時間は10時。
またも開館時間まで待つ羽目に・・・折角早起きしているのに。
しかし大英博物館は広かった!
噂には聞いていたが本当に広い! 所々工事しているし。
でも迫力が違うね。
ギリシャ・ローマ時代の彫刻も、
ロゼッタ・ストーンも、
エジプトのミイラも。
いろいろ博物館見てきているけれども、スケールが違いすぎる。
僕はヨーロッパの歴史をちゃんと勉強しなかったことを少し後悔した。
帰ってから歴史をもう一度学ぼう。
そんなことを思った。
それはいいのだけれども、大英博物館のレストランで食べた
「The BENTO BOX」 これが如何ともし難いほどどうしようもなかった・・・
久しぶりに日本食が食べれるかと思ったのに〜あんなに芯が残ったご飯食べたの久しぶりだよ。
これで2000円って言うのはちょっと・・・
BENTO BOXはかなり人気メニューらしく、隣の日本人も頼んでいる。
僕らが注文するとウェイターは「Oh, very good」なんて言ってたけど全然ベリーグッドじゃない。
後に来た日本人も注文してた・・・ 
「やめといた方がいいですよ」って忠告しておくべきだったか。しかし僕らよりもずっと英語力上そうだったのにな。ううむ、恐るべしBENTO BOX!!!  やっぱり日本人のココロをくすぐるんだな。


そしてニッポンジン観光客と化した僕らは次の目的地、
ウェストミンスター寺院に向かう。今回はバスで移動。やっぱり周りの景色が見られるのはうれしい限りだね。途中でバッキンガム宮殿の衛兵交代式をやってた。・・・素通りしたけど。
ウエストミンスター寺院に到着前、ビッグベンの前で写真を撮る。
すげえ観光客してるよ・・・
だけど建物それぞれに、すごく歴史を感じた。
日本の古い建物とは、また違った感動だった。
なんて言うか、すごく、重厚で、荘厳なのだ。
こういう建物が並ぶ街を見たのは初めてだった。
日本はほとんど太平洋戦争で破壊されてしまったから。
歴史を感じた。流石はロンドン!
でもまあ、所詮は人の造りしもの。
広大なアイスランドの自然を見てしまった後では多少物足りなくもあったかもしれない。


ウェストミンスター寺院の後はロンドン塔へ。
元要塞で監獄でもあるこのロンドン塔。今はすっかり観光地化してしまっている。
テロ事件後にも関わらず、入り口は人で溢れかえっていた。観光客恐るべし。
タイで作ってきてもらった国際学生証を使って学割で入る。しかも二人分まとめて。悪人である。
しかし高い! 入場料8ポンド(1600円ぐらい)は高い!
内容は・・・あんまり大したことはなかったし。武器や宝石の展示があったけど特に感動は無し。
もう今回だけで十分かな、って言う感じ。しかしちゃっかりロンドン塔越しに見えるタワー・ブリッジで写真は撮ってたりする。タワー・ブリッジはなんか橋桁だけが妙に新しくてちょっと興ざめだった。
でも写真だけはきちんと撮って帰る辺り観光客根性のなせる業である。

昼ご飯があまりにも貧しかった反動か、(本当に朝食以外食事はハズレだらけである)小腹が空いたので、ロンドンのマクドナルドに入ってみることにした。マクドナルドはさすがに全世界共通! 日本と同じ物が食べたかったらここに来るに限る! と言うことで行ったのだが、英国オリジナルのチキンクレープなるものを食べてまたもや失敗する羽目になってしまった。一緒に頼んだファンタオレンジはどうも粉っぽく、マクドナルドでも失敗・・・もうどうしようもない。
それはいいけれどもここロンドンでもマックは高い! 
日本よりマクドナルドが高いなんて・・・
マックの価格差を物価水準に勝手にしている僕としてはまたもショックを受けたのだった。
まあここまで既に分かっていたことではあったのだけど。
ただ物価は高いけれども交通機関や宿泊の費用はそれほど高くない。だから旅はしやすい。食費は抑える事だってできるのだから。日本は物価自体は欧州とそれほど変わらないものの、そういった費用が高いように思われる。その辺り、もっと改善を望みたいところだ。

さて最後に目指すは自然史博物館。ここは16時半を過ぎたらなんと入館料無料なのだ。無料の甘い響きに誘われて僕ら以外のお客さんも結構来ていた。入ってすぐに恐竜(ブラキオサウルスか)の骨格模型がででんと置かれていて、もうこの辺は迫力十分だった。が、情けないことに館内で変なところに入ってしまい、警備員につまみ出されてしまった。やはり無料で入ろうとするなんて虫が好すぎるのである。時間ギリギリだったから仕方はないんだけどね。

ロンドンには多くの博物館が存在する。
大英博物館を筆頭に、自然史博物館、科学博物館、海洋博物館。
博物館マニアの僕としてはもうたまらないものがある。今回は時間がなかったせいでほとんど回ることが出来なかったけど、これは次回の課題としておこう。いいんだ。今度またロンドンにやって来る楽しみが出来たんだから。

そしてハイドパークを歩く。ロンドン市内にはこう言った公園が数多くある。市民の憩いの場所になってて、サイクリングしたり、散歩したり、ジョギングしたり、いろんな人がいる。面白いのは乗馬用のダートコースも整備されていること。騎兵隊がれっきとして存在するこの国ならではっていう感じがする。さすがに一日歩きまくって疲れたので、ハイドパークを横断する元気は僕らにはなかった。でもいい所! 芝生に座って日向ぼっこでもしたい。

そして、ベーカー街221Bに向かう。そう、言わずと知れたシャーロック・ホームズの探偵事務所があった場所だ。勿論、シャーロック・ホームズは物語上の人物だけど、ベーカー街221Bは現実に存在する。そして今なお、世界中からシャーロック・ホームズファンが訪ねてくるのである。小学生の頃シャーロック・ホームズを読み倒した僕も例外ではなく、ロンドン来たらとりあえず来てみたい場所だった。川上はんはまたしてもあんまり興味なさ気だったがいいのだ、僕は行きたいのだから、ちょっとぐらい寄らせてよ、ね。
とハイドパークの南のバス停から、バスに乗り、ベーカー街に向かった。トラディショナルな2階建てバスの2階の一番前に陣取って、ロンドン市内を行くのは気持ち良かった。時刻は6時過ぎ、通勤渋滞に巻き込まれたけど、余計とゆっくり町並みを見渡すことが出来た。ロンドンのバスはすごく乗りやすい。路線図が分かりやすいって言うのもあるけど、手軽に乗れるのはとても嬉しい限りだ。
ベーカー街221Bに現在銀行が建っている。ちゃんと壁にはベーカー街221Bのレリーフが飾ってるのがすごく嬉しい。当然写真に収める。隣にあるシャーロック・ホームズ博物館なるちょっと怪しげな建物の前でもちゃっかり記念撮影。(しかし何でもかんでも博物館にすればいいってもんでもないでしょうに) さすがに六時半では博物館は閉まっていたが、やっぱり来てんだね、僕みたいな人たちが。写真を撮っては帰っていくのだった。でもこれで僕はもう満足! とりあえずは。後は旅行最後の夕食を食べるのみ!

そして地下鉄に乗って一旦ユースに戻る。
街の中心部にあるユースってのは大変有り難い! 場所がいいと遅くまで行動できるからね。
最後の夕食は、中華を食べに行くことに! 今まで食事に関しては失敗しまくってきたから、ここで起死回生の一発を! ってな訳で中華である。やっぱり中華料理は何処でも美味いっしょ。ここロンドンも中華街って言うのはちゃんと存在している。中華街が賑わっているのはどこの国に行っても同じらしい。週末ってこともあったのだろうけど。
行ったのは安くて美味いが店員のガラが非常に悪いことで有名な「WONG KEI」である。まあこまったことに中途半端な時間にマックを食べたせいかお腹の空き具合が今一つということが難点だったのだが、北京ダックラーメンと炒飯は非常に美味かった。しかも安い。(ロンドンの物価からすれば)最後の夜にして一番まともなもの食べたって言うのは・・・しかも中華だし。と言うのは置いておいて素直に美味しかったことには感謝しよう。しかし店員の態度はかなり悪かった(おっちゃんの方は。若い店員はそうでもなかったが手際が死ぬほど悪かった)・・・噂は本当だった。でもいいのだ。美味けりゃ。余程もうかっているのか店内改装したみたいだし。

そして長いロンドンの一日は終った。
僕らの旅も終わりに近づこうとしている。
一日しかない時間をかなり目一杯有効に使えたんじゃなかったかなって思ってる。
もう少し時間さえあればライブハウスやジャズクラブ、劇場とか行ってみたかったんだけど、まあさすがにこの滞在期間では無理。アイスランドのオマケだったしね。
でもロンドンはなかなか素敵な街だった。






2001年09月20日(木) 005 RAGNAROK


005 神々の黄昏 2001/09/20

いよいよアイスランドを旅立つ日がやって来た。外は今日は晴れ。何でもっと早く晴れてくれなかったんだろう。って天気の神様にちょっと文句を言いたくなった。でも天気がいいのはいいことだ。

昼間のレイキャヴィークを歩くのは初めてだったんだけど、こぢんまりとした綺麗な街だった。色とりどりの屋根を持った家が並んでいて、それが整然と配置されているのだ。長い歴史を持つような建物とかは無かったんだけども、素敵な街だった。人口の少ない街とは言え、さすがは一国の首都だけのことはある。

しかし行くつもりだった国立博物館は閉館中。そして国立民族博物館に行ってみたのだが、どうにもこうにも大したことなく、20分で見終えてしまった。10時開館まで30分ぐらい暇を潰してやっとのことで入ったのにそれは無いなあって思ってしまうのだった。やっぱりアイスランドは自然が一番素晴らしい。とても暮らしやすそうな国だけどね。 でレイキャヴィーク一高い建物、ハルグリムス教会に登る。登るって言ってもエレベーターなんだけど。地上73メートルから見たレイキャヴィークの町並みはやっぱり美しかったよ、本当に。

そして買い物をして食事をする。買い物をするためにショッピングモールに行ったんだけど、まああんまり大したものははっきり言って無かった。食事もねえ、ハンバーガーを食べたんだけど、まあまあ美味しかったんだけどそれ程食欲も無くって、なんか今一つ不満足。カフェの女の子がとてもチャーミングだったので、良しとすることにしよう。

そして僕らは空港に向かった。街と街の間は、当然のごとくまた何もない荒野が広がる。最後にこの風景を目に焼き付けなくっちゃって思いながら僕は運転した。そして車はケフラヴィーク国際空港に到着した。

いよいよ出国は近い。アイスランドの出国審査はもうあっけないほど早く終った。ヒースローとはえらい違いだ。そりゃあまあ英国はテロの標的になるって言うのもあるんだろうけどさ。そして地元のテレビ局? かなんかが撮影やってて、余程東洋人が珍しいのか、金属物チェックのゲートをもう一度くぐり抜けてくれと言われた。今ごろどっかで放送されているのかも。テロ事件をモノともせずにアイスランドまでやって来た東洋人ふたりってさ。

早めに来たのは免税店で買い物をするって言うのもあったんだけど、空港の免税店、高い! 免税のくせに市内よりも値段が高いとは一体どういうことだ! と断固抗議したくなってしまったのであります。まあここまで来ちゃったらどうしようも無いんだけどね。と言うことで適当にウール製品やらなんやら買って、そんで飛行機に乗り込むため出国審査を受けたのです。
・・・それはいいんだけどねえ、アイスランド航空、行きもそうだったんだが、帰りも思いっきり運行が遅れた。(まあ30分ぐらいなんだけど) アイスランドからロンドン滞在せずに直接日本に帰る予定にしていたらさぞかし気がもめたことだろう。もう、アイスランドに行くにはアイスランド航空しか無いって言う独占状態がもたらしたものなのかな〜 とは言え無事に飛行機は離陸した。

アイスランドから英国までは3時間程かかる。大阪からソウルよりもよっぽど遠いのだ。コペンハーゲンからアイスランド行きの飛行機は結構混んでいたけど、ロンドン行きは空いていた。テロの影響? 英字新聞を読んでみたけど、この時点では自体はまだそれ程動きは見せてないらしい。まあ、着々と水面下では作戦立案が行われているんだろうけど。

そして空はだんだんと黄昏ていった。雲の上から見た夕陽があまりにも神々しい。そして寂しさがこみ上げてきた。さらばアイスランド。また来たいなって思った。こんな遠くの地には、またって言ってもそう簡単に来ることは出来ないんだろうけど。10年後に来たとしても、あの自然はきっと僕らを暖かく迎えてくれるはずだ。涙が出そうになるのを必死でこらえながら、飛行機の窓から僕はずっと夕陽を眺めていたのだった。



そしてロンドンへ

そして僕らはロンドンに着いた。ロンドンだけでアイスランド全体の人口の数倍あるんだよね。ヒースロー空港は大きかった! 英国は相変わらず健在! 
ヒースローにはいろんな国の人々が入り乱れていた。さすがロンドンと言うべきだろうか。ロンドンの滞在期間は2泊3日とは言え実際に動けるのは明日だけ。短いから観光客をしてしまうんだろうけど、まあ致し方なしと言うところか。面白かったのは、早速僕らを迎えてくれた入国審査官のお兄ちゃん、紫のシャツに黄色いネクタイだったんだよね〜。これでいいのか公務員?! 英国よ! 入国審査官って制服無いんかねえ? 日本もタイもデンマークもあったぞ! ユースのフロントの兄ちゃんもそうだったけどイギリス人はファンキーだよ、案外。ちょっと英国人に対するイメージ変わったなあ。アイスランドの人っていたって真面目そうだったもの。

そしてインフォメーションでユースの大体の位置を確認し、地下鉄の切符を買う。明日は市内観光の予定だって言ったら、一日乗車券を薦めてくれた。至れり尽くせりだね。一日乗車券は安い! 英国もアイスランドも物価自体は高いけどインフラは整備されていて交通費、宿泊費は割と安く上げることが出来るのは素晴らしいと思う。さてさて時間はすごく遅くなってしまったんだけど、無事にこの日はユースにも到着。地下鉄一本で行けるのは嬉しい。明日は一日ロンドン観光。おのぼりさんモードでやります。








2001年09月19日(水) 004 RAINING


004 RAINING 2001/09/19
Reykjavik~Pingvelllir~Geysir~Gullfoss~Krisuvik~Blue Lagoon

今日も外は雨が降っていた。
昨日に続いて今日も雨だった。
オーロラ、結局見えないのかな。不安になる。
ただ、今までこの国が与えてくれたものって、計り知れない。火山岩で覆われた広野を走るだけでもう、飽きることなんて全然無かった。

目が覚めたのは7時。
いつも日本ではいつまでも布団の中で寝ていたいって思うのに、
アイスランドに来てからそう言ったことは全く無かった。時間が惜しい。とにかく時間が惜しい。今まで一秒たりと無駄にすること無く旅をしてきたから。
アイスランドなんて、そう簡単には来れない。なるべくやり残したことを作らないように、旅を終えたかった。

それでもちょっと早く起きてしまったので、
朝からお風呂に入らせてもらった。
朝風呂! 日本にしかない麗しい習慣である。(たぶん)
しかも出てくるお湯は全て温泉の湯!さすがに総天然檜風呂とはいかないけれども。毎日温泉に浸かれるこの国の人って本当に幸せだなあ。ここに住んでいたら一日三回ぐらいお風呂に入っているかもしれない。

朝食は今日もコンチネンタル・ブレックファスト。
美味。美味である。僕は日本では基本的にオレンジ・マーマレードはあんまり好きではないんだが、ここアイスランドのオレンジ・マーマレードは美味しかった。トーストをいっぱい焼いてたらふく朝食を食べた。お昼になるまでお腹空かないようにね。
健全な食欲は健全な肉体に宿る!(by 終くん)

さて、本日の予定は、レイキャヴィーク周辺の観光だ。昨日までのような片道400kmと言った無茶なドライブをする必要はない。
まず行くところはシングベトゥリール。
とても荘厳な響きを持つ地名だ。
ここシングベトゥリールは、ユーラシアプレートと北アメリカプレートの境目である。日本で沈み込んだプレートが、ここシングベトゥリールから上がっているのだ。地面からニョキッと生えているように見えるプレートは、遥か遠く彼方の日本からやって来ているってことを考えるだけでも、すごく不思議な気がする。こんな遠くの地に来たのに、だ。アイスランドの人々は、日本でプレートが沈み込んでいることを果たして知っているのだろうか? 

そして僕らは次の目的地ゲイシールに向かう。
距離的には、シングベトゥリールより30kmぐらいのところなのだが、道は未舗装路。舗装路では時速130キロで走って行く僕らだが、さすがに未舗装の道では大してスピードは出せない。この雨の中、またスピンでもしたら大変なことになる。
リッジ・レーサーから一気にセガ・ラリーに変わってしまったみたいだ。この時点での運転は僕が担当したのだが、まあ大変だった。道に出来た水たまりをよけきれない。ヴィッツは悪路を走るようにできた車じゃないし・・・
とにかく慎重に走った。外の景色は天気も悪いせいか、遠くは靄がかかっていた。ナウシカに出てくる腐海ってこういう世界を言うんだろう。外は、相変わらずの溶岩台地だった。短い草木以外は生えていない。そう、何度も書くが、アイスランドには森というものが無い。少なくとも僕らが通った道には森林と言うものは無かった。それが今まで行った土地とは一番異なる点だ。

ゲイシールは世界的にも有名な間欠泉だ。
数分に一度、30mの高さにお湯が噴き出すのだ。それはもうすごい迫力!
まさにアイスランドのシンボルと言ってもいい場所である。しかし、いつお湯が噴き出すか分からないということも有って、結構、写真撮るのに苦労したなあ。さすがにここはものすごく有名な観光地で、雨の中というのに人は一杯来ていました。ゲイシールは、こうして人がたくさん来ている昼間は勿論、夜の間も一晩中、熱湯を噴き出しているんだろうな。ライトアップの設備なんて無かったけど、ずっと数分置きにお湯を吹き上げ続けているゲイシールの姿をまた、僕は日本でも思い出し続けるんだろうなって、この時感じた。


さーて自然は素晴らしかったんだけど、全然素晴らしくなかったのはこの日の昼食。まあ適当に食べるところなんてゲイシール付近のドライブインみたいな所しかなかったわけでありまして、まあ僕は本日のスープとパン、川上はんはサラダとコンボチキンのセットを頼んだんだけど・・・どっちもかなり今一つ!!! スープなんて絶対俺に作らしたほうが美味い!!! と断言できるような代物でありまして、川上はんのチキンコンボもなんか冷凍食品を使ったんだろうけどジューシーさの全く無いパサパサチキンでありました。しかも高い! 食後に食べたソフトクリームは美味しかったんだけどね。

次はアイスランド最大の滝、グトルフォスに。
川上はんは滝には全く興味が無いらしく、今日のルートには全然入っていなかったのだが、地図をよく見るとゲイシールのすぐ近くじゃん! せっかくだから行かねばと行くことにした。興味無さ気な川上はんを尻目に行ったのだが、いやあ、本当に壮大な滝だった。雨が結構激しくなってきたので、あんまり長いことはいられなかったのは残念。天気が良かったら、ものすごい景色がきっと見られたんだろうな。

そして出来たらということで、遂に氷河に足を伸ばしてみることに。
今まで回ってきたのは、火山とか地熱地帯とかとか、どっちかというと、アイスランドの「火」の部分ばかりだったんだけど、やっぱり氷の部分も見ておきたい。ただし、氷河に至る道は未舗装路。おまけに、天候は雨。いけるところまで行こうと言う事で、足を伸ばしたのだけど、ダメだった。途中で、すごい大きな水たまりがあって、さすがにこれを越えるのは無理。 あ〜あ天気が良かったら氷河までは目と鼻の先だったのに〜

気を取り直して、レイキャヴィークに戻った。
今から戻ったら温泉プール、ブルーラグーンにも十分間に合うだろうし、夜はまたレイキャヴィーク市内を歩いたらいいんだし。
レイキャヴィークの宿に着いたのは午後4時半ぐらいだった。今からならアイスランドの誇る温泉プール、ブルーラグーンに十分行けるだろう。川上はんはあんまり乗り気じゃなさそうだが、ブルーラグーンは何と言ってもアイスランドでも超有名な観光スポットだからね、時間があるなら行ってみたかったのだ。そして幸いにして、観光シーズンをぎりぎり外れたとは言え、今はまだ9月。日が沈むのも遅く、ブルーラグーンも9時迄営業しているということで、ブルーラグーンに行く前にクリースヴィークと言う地熱地帯を経由して行くことにした。アイスランドはもう本当に地熱地帯だらけ。あちこちで温泉が湧き出てるからもう温泉好きな日本人としてはもう楽しくて仕方ないのである。

クリースヴィークに至る道のりは相も変わらず険しかった。道が舗装されていなかったのだ。またしてもセガ・ラリーの世界だ。幸いにして、レイキャヴィークに向かうころから雨はやんでおり、水たまりは依然として残っていたものの、大分走りやすかった。いくらヴィッツの基本性能が高いとは言え、悪路を走るよう作られているとは到底思えない。大丈夫かちょっと心配になる。もちろん、そんなこと考えてる余裕なんて無いんだけど。

小一時間程走っていると、湖が見えてきた。
そして、湖畔からは煙がもくもくと立っている。おおっ! あれがクリースヴィークか!? とりあえず近づいてみることに。地図にも載っている観光地にも関わらず、人気はほとんど無い、高さ2メートルぐらいのちょっとした崖を無理やり降りて、湖畔に近寄ってみた。すごい! 時間があったら川湯温泉みたいなこと絶対やるんだけどな〜
・・・後で分かったんだけど、実はここはクリースヴィークでも何でもなかったのだ。でもすごく雄大な風景だった。大きな湖の側で沸立つ温泉。自然は素晴らしい。そして日本だったら観光地化しているようなこんな場所が、ごく普通に存在してしまうアイスランドって・・・ 結局ホンモノのクリースヴィークはもう少し先にあった。こっちはちゃんとした駐車場もあって、(さっきのところには当然あるはずもない)看板もあったりして整備されていた。でもさっきの場所の方がずっと素敵だったな。湖畔、って言う事もあって。人一人いなかったし。好きなんだ。こういうマイナーな場所ってね。

クリースヴィークを通過して、そして僕らはまた悪路を進む。一応、海岸線。本当に、何もない。さいはての国。相変わらず火山岩に覆われた荒野だった。遠くに見える海岸線に白い波が打ち寄せるのが見えた。白い波しぶき。通っている車は我々だけ、そして車一台通らない道。もしここで車が故障したら・・・生きて帰ることなんて不可能なんだろうなって、ちょっと思った。道端にケルンがあったりして、妙に神々しい。賽の河原ってこういう感じなのかも知れないな、合掌。

そしてようやく舗装された道に出た。羊の群れを追っている人々が見えた。なんか久しぶりに人に会ったのでちょっと嬉しくなった。羊の群は我々の車なんて全くお構いなしに道路を渡っている。後ろからゆっくり追い掛け回す僕ら(笑) ラヴリーシープだった。羊の肉なんてもう食べられねえななんて思ったりした。(しかしこの日の夕食にちゃっかりラムを食べていたりして)羊が道路を渡るので注意って言う標識が実際に役に立ってるの初めてだったりする。(北海道にも確かあるはず) しかし後ろからゆっくり追いかけてた僕ら観光客とは違って、前からやって来たタクシーはクラクション鳴らして羊を車から追いだしてしまった。まあ地元の人だから、仕方ないよねえ。

そしてまた未舗装の悪路を抜けて、やっとのことでブルーラグーンに到着! 7時前ぐらいだった。普通の道で来たら40分で辿り着けるのに、ここに辿り着くまでになんと2時間! まああちこちで写真撮りながら来たって言うのもあるんだけど、でも充実した2時間だった。普通にここまでやって来なくてよかったよ。
ブルーラグーンはアイスランドが誇る温泉プール。なんと1ヘクタールの広さを持つ温泉なのだ。温泉の鉱物が溶け出していて青い色(実際は青みがかった乳白色)をしていることからブルーラグーンと名付けられたんだって。温泉プールなんて書いたけど、温度はちゃんと40度ぐらいあって、プールって言うよりもすごく広い温泉! 勿論日本じゃこんなところあるはずもない。とにかく壮大なのだ。勿論水着着用は義務づけられていて、男女混浴。こんだけ広いと温泉って意識はあんまり無いんだけどね。泳いでみたりなんかもしちゃったりして、楽しんだのだ。とは言え、それなりに熱いので、そうそう長くは入っていられない。1時間ぐらいで退散することにした。ブルーラグーン、所詮人工の温泉だろう、ってふたりとも最初はちょっとバカにしていたはずなのに、こんだけスケールが大きくなると感動だった。恐るべし、アイスランド。

帰り道はもう真っ暗だった。天気はどうも今一つ。曇ってて星は見えない。と言うことはオーロラは見えそうにもない。オーロラツアーとか最初は言っておきながら、オーロラ見えなかったのは残念だった。でもいいのだ。アイスランドはオーロラだけじゃない。これだけの圧倒的な自然が見られたのだから、満足だった。もっと時間が欲しかったけど、もう明日はこの地を立たねばならなければならないのが、すごく残念だった。
そしてアイスランド最後の夜は更けていく・・・





2001年09月18日(火) 003 DRIVER'S HIGH


2001/09/18 Akureyri~Myvatn~Akureyri~Reykjavik

アイスランドに来て二日目。
最初の夜は疲れもあってかぐっすり眠ることが出来た。しかし何と言ってもここアイスランドと日本の間では9時間もの時差がある。六時半ごろには目が覚めてしまった。日本だったらお昼の三時である。まあ当たり前なのかな? 朝が遅い?アイスランドでは、当然こんな時間では誰も起きていない。ううむ、朝食は一体何時からなんだろう? 今日は何せ周辺を見て回った後レイキャヴィークまで戻らねばならないというのに。

・・・朝食は8時過ぎからだった。
昨日は疲れすぎて朝食時間とか聞く気力すらなかったから仕方ないか。
でも案外遅いような気はするな。
朝食は、コンチネンタル・ブレックファスト。
トーストに、ジャムやチーズが並ぶ。
コーヒー、紅茶は、勿論飲み放題だ。

泊まった宿はゲストハウス。
一般のご家庭を旅行客に向けて開放したようなところだった。
だから朝食もなんだか一般家庭の朝食みたい。
お風呂もトイレも共同使用だったけど、清潔に整備されてるいい宿だった。
朝食はとても美味しかった。ヨーロッパの朝食は総じて美味しい。
なんだかコーヒーも紅茶も一味違うのだ。普段はそんなにしっかり朝食をとらない僕だが、今回の旅はたっぷりと朝食を楽しめた。と言うか、今回の旅は常に朝食が一番美味しかったのである。

スケジュールとしては今日が一番ハードな日になりそうだったので、早出をしたかったのだが、なんだかんだで時間はもう9時半ぐらいになってしまっていた。
今日の予定は、ここアークレイリの街から東に100km程の所にあるミンヴァートン湖まで行くこと。風光明媚なところで、近くにはアイスランド有数の地熱地帯ナウマヒヤットルがあるのだ。ミンヴァートン湖まではアークレイリから片道100km近くある。最低でも1時間は見ておいたほうがいい距離だ。

そして荒野を僕らはひた走る。東に東に走る。
外の天気は、残念ながら余り良くはなかった。小雨とは言え雨が降っている。車の移動だからそれ程は気にはならないが、運転にも多少は気を遣うし、降りて周りを歩くのも大変だ。そして、やっぱり天気が悪いと景色がどうしても見えにくい。遠くまで見渡せないのだ。

それでも車を一時間半ぐらいで、ミンヴァートン湖が見えてきた。
美しい湖だ。火山が近くにあるから、これだけの高緯度にありながら、冬でも凍らないと言う。その火山の作り出した地熱地帯、ナウマヒヤットルへ向かう。ミンヴァートン湖のすぐ東側なのだ。

ナウマヒヤットルの遠景はすごかった。もくもくと蒸気を出しているところが何ヶ所もあるのだ。そして地下からぶくぶくと溶岩を吹き上げている姿がありありと分かる。硫黄の匂いが強烈に漂い、そして草一本生えていない。そんな場所だった。とっさに僕は、アニメ「妖怪人間」を思いだしてしまったのだが、まさしくそこは、妖怪人間を生み出したところのような場所だった。世界の果てに来たことを、またしても実感したのだった。

それからミンヴァートン湖を一周して、再びアークレイリへ戻る道のりに入る。実はミンヴァートン湖周辺にはもっともっと見どころがあったらしいのである。2500年前に出来たクレーターとか、アイスランドで最も美しいゴーザフォスの滝とか、今日中にレイキャヴィークまで戻らなければならないのでカットされてしまった。特に滝。川上はんはナウマヒヤットルに夢中で、滝の方は見る価値なし!と歯牙にもかけなかったが、ここは寄っていくべきだった〜。あ〜あ、もうちょっとアイスランドの予定を、人任せにせずに自分も調べておけばよかった〜。とゴーザフォスの滝に関しては思ったのであった。

しかしただでさえ時間が無いのに、間違った道を進んでしまったみたいで、50km分ぐらいロスしてしまう。3・40分はロス。これは痛い。気付いたときにはもう遅く、引き返すことは出来ない状態だったのだ。一体どこで標識を見落としたのか? と後悔しても遅いんだけど、外国ではこれが怖い。ちょっとナビゲーター失格だな。

おかげでアークレイリの街に戻ってきたのは午後2時過ぎになってしまった。でもまあなんとかレイキャヴィークには帰れるだろう。道は昨日と同じだし、日没時間も分かっている。まあ、8時ぐらいに着けばいいのだ。

すっかり遅くなってしまった昼食をとるためアークレイリの街を歩く。まずはインフォメーションで今夜の宿の予約を入れる。レイキャヴィークに辿り着けさえすれば後は何とかなる。昨日のゲストハウスが予想以上に良かったので、今日の晩もユースホステルじゃなくてゲストハウスにすることに。値段的には一人4000円弱程の予算で泊まれるのだ。部屋に風呂やトイレは付いていないが、そんなに不便なものじゃない。しかもとても清潔感溢れていた。下手なホテルより絶対いい。ゲストハウスの清潔さだけでもこの国の生活水準の高さがうかがえた。

時間がとにかく無かったから、アークレイリの街をゆっくり歩くことは出来なかったが、こぢんまりとした素敵な街だった。昼食はちょっと贅沢にレストランで食べる。川上はんはロブスターのグラタン。僕はサーモンのムニエルだ。味はなかなかのものだったっけど、やっぱり鮭は塩ジャケに限る。などと不遜なことを思ってしまった。ここ最近、特に韓国に旅行しているときなんかは、日本料理を食べたいなどと思ったことは一度もなかったのだが、ヨーロッパはさすがに和食が懐かしい。と言うか、米の飯が食べたくてたまらないのである。値段は高い! ちょっとしたものにも関わらず2000円ぐらいする。日本だったら1000円ぐらいだろう。大体マクドナルドが日本よりも高い国は初めてだ。僕は物価水準をビックマックセットの値段で比べてみるんだけど、ここは700円ぐらい! ちなみに・・・
香港では200円
韓国では300円
シンガポールでは350円
オーストラリアでは400円
ロンドンは600円
って感じで〜す。ね、高いでしょう? 
そして帰りにはHOTEL BJORKなるホテルの前で写真撮影。ちなみに歌手のビョークとは全然関係ないと思われる(たぶん)
BJORKって結構アイスランドでは珍しくない姓なのかな?


さてさてそんなんでアークレイリを出たのは、もうすぐで午後三時半になろうかという時間。レイキャヴィークまでは5時間は見ておいたほうがいい。ってことは着くのは8時半頃の予定。まあ日が完全に暮れるのは8時を回ったぐらいだから、何とかなるさって思ってたけど。さあ、ここからは今日初めて僕が運転! 日没前に帰らなきゃ! と気合いが入る。基本的に同じ道だから、注意するべきなのは昨日横滑りに一回転したあのポイントだけだ。後はひたすら、走るだけ。行くぜ〜!!!

・・・僕は案外走り屋さんなのかもしれない。
何もない道を走るのがこんなに楽しいとは思わなかった。道中の平均時速は100km!(トリップメータで調べた) 一旦停止したときの初速も勿論含んでるからこれ、まさにクレイジー。カーブだろうがなんだろうがスピード落とさず、普段は120km/h そして気付いたときにはMAX160km/hを越えていた・・・ 佐々木のボールを越えた! なんて感動。スピードオーバー何キロなんだろう? アイスランドだから出来るこの芸当。まさかネズミ取りなんてやってねえだろうし。DRIVERユS HIGH! ってさすがにこれだけのスピードで走ると怖いんだけどね。日本じゃ、こんなこと出来ないだろうね。すげえ、貴重だった。それにしても一日600kmも走ってる外国人って一体・・・ まあ道中信号が一個も無かったから良かったんだけど。

ひたすら走りまくったおかげで(道中写真を撮りながら)400kmをなんと4時間半で走破に成功! レイキャヴィーク市内に8時前に辿り着けてしまった。400kmって直線距離で京都-東京ぐらいでねえの? またアホな伝説を作ってしまった。

今宵の宿はGuesthouse Svala アイスランド最大の教会であるハルグリムス教会のすぐ側にあるゲストハウスだ。白い建物の、これまた清潔な宿だった。アイスランドって国は駐車違反に甘い国らしく、自動車はほとんど路上に置いてある。僕らの車も宿の側の路上に置いておくようにご主人に言われた。まあ確かに、本州の半分ぐらいの大きさに、人口27万人しか住んでいないんだもんね。人口密度は低いよね〜。羨ましいの一言に尽きる。

夕食はレイキャヴィーク市内で。
昼間にちょっといいものを食べてしまったので、多少は軽いものをと思っていたがあんまり無い。たまたま入った店で鴨入りヌードルスープを食べたのだけど、なんか麺って言うより春雨みたいなもんだったし、でどっちかって言うと結構和風な味付け。温まったし、美味だったけど、なんとなく??? という感じ。この日は珍しく夕食でビールを飲み、そして宿に帰って寝たのでありました。

・・・書くの忘れてた! 
そうそう、レイキャヴィーク市内では普通のご家庭でもお湯の方の蛇口をひねったら温泉のお湯が出るのだ。そして硫黄の匂いがぷ〜んって漂うんだよ〜。だからこの街の人は毎日温泉に入っているって訳。羨ましい! 世界第二位の長寿国を保っている秘訣は、こういうところがあるんだろうな。
やっぱりアイスランド最高!
それでは、おやすみなさい。







2001年09月17日(月) 002 HIGHWAY 01


 少し遅れて飛行機はアイスランドに到着した。日本を発ってから丸24時間。僕らは移動にそれだけ費やしたことになる。いよいよ、世界の果てまで僕らはやって来たのだ。

 ケフラヴィーク国際空港は予想以上に小さい空港だった。名古屋空港の方が余程大きい。レイキャヴィークからして人口10万人しか無いのだから仕方ないのかもしれないが。

当然、日本人の姿は見当たらない。日本人どころか東洋人の姿すら見当たらない。そんな中、黒髪の(多少染めてはいるが)我々の姿は異様に目立つ。さすがにじろじろ見られたりすることは無かったと思うが。
そして入国審査はあっさりと終了した。コペンハーゲンで厳重に審査されてるからまあこんなもんなのだろうか。税関(らしきもの)でパスポートを見せるように言われ、見せたら、もうOKだった。「君たちは何処から来たのかね?」 と聞かれ、「日本だ」と答えたら、「うーん、そうかそうか」と頷いていたけど、日本って何処か分かってんのかな〜? ちょっと疑問だ。
 
空港でしなければならないことは、まずはインフォメーションにて地図を入手することだった。なんせアイスランドに関する情報は非常に少ないのだ。情報を得ることが先決だった。今日の一応の目的は、車をレンタルして北方の街アークレイリに向かうこと。距離は400km。片道5時間かかる。ただこの日のうちにアークレイリに辿り着きさえすれば、明日以降の予定が大分楽になるのだ。
インフォメーションの人の話によると、
「アークレイリ? 5・6時間はかかるぞ、君たち正気かね?」
長旅だが混み混みの飛行機であんまり寝られていない。それに、そんなに簡単に車が借りられるかも分からなかったので、一度引き下がり、まずはレンタカーをあたってみることに。

が、・・・車はあっさり借りられた。
とにかく一番安いやつで、遠くまで行くから距離の制限の無いやつで!
(向こうの国は基本的には距離に応じて値段が加算されるらしい)って注文を出したところ、三日間で19800isk-25000yenってところで借りられた。
思ったよりも安い! アイスランドは物価が超高いと聞いていたのでこれはラッキーだった。
ちなみに、車種はトヨタのYARIS、そう、ヴィッツの欧州ブランド名だ。
アイスランドまで来てトヨタかよ〜なんて思うはずも無い。
だってヴィッツの基本性能の良さは重々承知しているからね。
ちなみに、アイスランドでは、割合が半分以上を占めるぐらいじゃないかって言うぐらい日本車が多かった。トヨタ、日産、本田、三菱、スバル。ディーラーも日本メーカーのものが一杯あった。ロンドンではそれ程でもなかったけど、アイスランドは多かったな〜。あと現代の車も結構見たな〜。やっぱり過酷な環境だからね、基本性能の良い日本車が好まれるのだろうか。

無事に車を借りることに成功したので、思いきってアークレイリまで行くことに。 ということで今夜泊まる宿の予約だけはインフォメーションで入れておく。アークレイリに着くのは早くても7時。勿論その時間帯にはあちらの街のインフォメーションはすでに閉まっているだろうから。宿のあてなんて勿論無い。BOOKING FEEが500ISKかかるが、今晩の宿さえ確保しておけばとりあえず安心だ。勿論、無事に着けるかどうかは分からないんだけど。

と、ここまではとんとん拍子にはコトが進んでいる。
車は借りたし、宿も確保した。宿はともかく車が無事に借りられるか、借りられたとして安く上げられるのかは僕らにとって一番の懸念されていたことで、この問題がクリアーされた時点で僕らの旅の成功はもう約束されたようなもんだ!
そして僕らはレイキャヴィークの街に向かう。
眼下に広がるのは火山岩におおわれた荒涼たる大地。生えているものは苔のみだ。草や木も全く見られない。遠くに見える海岸に波が激しく打ち寄せている。まさしく世界の果て!!!! しかし凄いところに来てしまった。 


だがしかし物事はそこまで順調に進まなかったのである。
道に迷ってしまったのだ。
時間に余裕がなかったこともあり、地図の確認はおおまかなところでしか出来なかった。とりあえずは、国道1号線に入らなければならなかったんだけれども、どうも曲がる標識を見落としていたらしい。結局、レイキャヴィーク市内で迷い混んでしまう。現在位置が何処なのか、さっぱり分からない。後から考えると、レイキャヴィークは小さな街なんだから、間違えようが無かったんだけれども、やっぱり初めての土地は、ね。途中で2回ぐらい道を聞いて、やっとのことで正しい道に入ることが出来た。アイスランドの人は、英語は全然問題なく話せるみたいで良かった〜。 とても礼儀正しく親切に教えてくれました。しかし僕らがアークレイリまで今から行くと言うと、「本当かね君、あそこは滅茶滅茶遠いんだよ、大丈夫かね」と不思議そうにこのcrazy JAPANESEをみつめたのでした。そんで結構不安になってしまったのです。でも宿の予約は取ってしまったし、もう道を間違えるのは許されないぞ、と。言う感じ。


そうそう、アイスランドは車は右側通行。
ということで、当然、左ハンドル! ついでに言うと、オートマなんてものは無いのであります。僕は日本でもミッションなんて車はここ2年ばかり運転していない。まあ当然のごとく、まずは川上はんが運転していくのであった。だけど途中からもう、じぶんでたまんなく運転してみたくなるんだよね。
だって道はHIGHWAY。レイキャヴィークを出てから、信号なんてものは一個も無いのだもの。地平線の彼方まで延々と続いていく道を、僕らは進んでいくのだ。高い山の間をすり抜けて、いくつもの湖を河を越えていく。小さな街も越えていく。アイスランドの大地に森は無い。あるのは大地だ。びっしりと苔の生えた大地。不毛の大地。どれだけぼーっと見つめても全く飽きることが無い。こんな体験、初めてだった。そしてその感動は、アイスランドを去るまで続くのだった。運転を交代した僕は、HIGHWAYを突き進む。さすがはベストセラーVITZ、ものすごく運転はしやすい。しかも燃費は抜群だった。おまけにCDが標準装備されていた。でも、掛ける音楽はなぜかJAPANESE。洋楽も持っていったけど圧倒的に数は少なかったので。




遠く遠く彼方へ道は いつまでも ただ伸びているよ
oh その先へ向けて
KEYを片手に飛び乗った車はいつでも発進OK!
さぁ飛び出して行こう

遠くへまた遠くへとずっと
進んではそして超えていって
僕らは何か見つけるんだな

from「HIGHWAY 98」




快調に進んでいたそんな僕らを襲ったのは、運転を再び川上はんに返した直後のことだった。急に砂利道に変わった道路でのことだった。それまで100km/hで飛ばしていた車が、砂利道に入った瞬間、コントロール不能! 砂利道に足を取られてしまったらしい。水平に一回転した後、やっとのことで車は停止した。コースアウトする寸前だった。心臓、止まるかと思った。幸いにして、道からはみ出さずにすんだ上、車のダメージはそれ程無かった(様に見えた)ため、なんとか元通りの道に戻ることは出来たんだけど、荒野のど真ん中で車が故障して動かなってしまっていたら・・・考えただけでも心が寒くなる一瞬だった。
どうやら、速度減の標識は出ていたらしいが、砂利道になる標識を見落としていたらしい。僕は助手席で速度減の標識には気付いていたものの、ドライバーに告げられなかった。どちらにしろ痛恨の見落としだった。まあ何事もなかったから良かったんだけど。

肝を冷やした僕らは、その後は、安全運転を心がける。目的地のアークレイリには後僅かだ。時刻は午後7時を回っていたが、外はまだまだ明るい。空港から5時間、無謀といえば無謀だけ。
ああCRAZY JAPANESEふたり。
極東の国日本からよくぞここまでやって来たもんだ。

午後八時過ぎ、やっとのことでアークレイリの街が見えてきた。
外はまだ明るかった。予約を入れていたゲストハウスも無事に見つかった。そして、晩ご飯、食べる様な余力もなく、ベッドで就寝。ひょっとしたらこの日はオーロラが見えたのかもしれない。だけど飛行機で24時間、車で6時間。もう僕にはオーロラを見るような体力なんて全く残されていなかった。その後、アイスランドの天候は今一つで、オーロラを見られるような条件は結局揃わなかったから、ちょっと惜しいことしたかもしれない。でもこの日僕らに必要なのは休息だった。僕は泥のように眠った。そう、夢を見ることもなく、僕はこの日はぐっすり眠ったのである。とてつもなく長かった一日は、こうして終わったのだった。





2001年09月16日(日) 001 WORLD END


001 WORLD END

アイスランドに行こう。そう言ったのは川上はんだった。
夏休みは欧州に行こうぜという話になっていたが、なかなか候補地が決定しなかった。
折角9日間も取れるのだから遠くに行かなければ勿体無い。
二人とも欧州は初めてだから、まあ最初は無難にロンドンとパリにでも・・・
と言うのはどうも無難すぎて面白味に欠けるような気がした。
そんな時に出てきたのが、「アイスランド」だった。
北極圏に近い国。火山と氷河の国。
日本で得られる情報はほとんど無い。
「地球の歩き方」でもアイスランドに割かれているページはごく僅かだ。
まさしく、世界の果て。しかしアイスランドはとても豊かな国だと言う。
素晴らしい。
本当に素晴らしい。
と僕は思った。
僕にはアイスランドに行くなんていう発想は全く出てこなかった。
ちょっとひねって、北欧なんて言う選択枝は見つかっていたものの、
アイスランドだけは無かった。
アイスランドに行こうと言った川上はんは凄い奴だ。
本気で僕は彼を尊敬する。
まさしくコペルニクス的発想の転換。
そう、アイスランドこそ、この僕が求めていたものだったのだ。

旅行はやっぱり個人旅行に限るって僕は思っている。
パックツアーは確かに楽だ。
それなりの効用は得られると思う。そう、8割ぐらいは。
個人旅行は違う。失敗したら大失敗に終わる。
けれども、上手く行ったらそれこそ150%のそんな効用が得られるのだ。
自分ですべて考え、決めて、行動するからそれだけのものを得られるのだ。
アイスランド紀行は、近年希に見るほどの大成功だった。
途中でさまざまな細かいミスとかも有ったけれども、
これほどすばらしい旅行が出来るとは思わなかった。
それは、ホテルも、レンタカーも、その日の行動もすべて自分たちで決めた。
お仕着せなんかではなく、自分で全て決めた。
少ない資料から、導き出した答えだ。
まあ細かいところは大体僕がやってたんだけど、
川上はんはアイスランドに行こうと言い出しただけで今回のMVPは決定。
それだけ、彼の発想は素晴らしかった。
僕の役目はその発想を具体的に実行することだ。
それも、旅のしやすい先進国と言うこともあってか、ほとんどすべてうまく行った。
自分で全て行動したから、かなり自信になった。
そう、それだけでも、今度の旅は良い経験だったと言える。


バンコク行きのタイ航空に乗るところから僕らの旅は始まった。
バンコク経由でまずはコペンハーゲンに行き、そしてそこからレイキャヴィークに向かうのだ。
なぜコペンハーゲンなんかでトランジットかと言えば、
コペンハーゲンで乗り継ぐのが一番効率よくアイスランドに到着が出来るから。
アイスランドは元デンマーク領だった、ってのはあるかもしれない。
長い長い飛行機の旅。世界の果てまで行くのだから、仕方が無いか。

バンコク行きのタイ航空は、日本航空との共同運航便と言うことで、毎日日替わりでJALとタイ航空の機体が交互で運行している。今回の行きは、運がいいことに、JALだった。
JAL! JALなんてもう二度と乗れないと思っていたが、まさかここでJALに乗れるとは・・・
ただ、機体は古かった。DC−10だもん。あんまり広くは無かったし。
まあ、さすがはJALだね。至れり尽くせり。当然の如く日本語は通じる。
バンコクまでは5時間。
テロの影響か、飛行機は空いていた。横になって寝ようとしたんだけど、やっぱり興奮してるからかな、あまりよくは寝られなかった。機内食は、鶏の唐揚げ。ご飯ものはもう欧州行ってしまったら食べられないだろうから、今ここで味わっておこうと思ったのだった。

そしてバンコクに到着。
ここまで5時間。5時間って言うのも長い! こんなに長い間飛行機に乗ったのも久しぶりだ。
しかしここからコペンハーゲンまではここまでの倍以上もあるのだ。
と思うと結構暗澹たる気分になった。長すぎる・・・

そして乗り換えだ。欧州行きのターミナルでは深夜と言うのに人でごった返していた。
隣のローマ行きには結構日本人が並んでいるが、こっちのコペンハーゲン行きには日本人はほとんどいない。大体バンコク−コペンハーゲンなんて言うマイナーな(あくまでイメージ)路線誰が乗るんじゃ!
と僕らはたかを括っていたのだった・・・

・・・が、それは甘かった! 飛行機はすし詰め状態でほぼ満席だったのだ。
空いた飛行機で横になって寝ながら行く! と言う僕の野望? はあっさり崩れ去った。
間抜けだ、あまりにも間抜けすぎる。
バンコク−コペンハーゲンなんてマイナーっぽいのにぃー!!!
と言う考えは実際に甘いみたいで、コペンハーゲンは北欧の玄関口として、結構重要な地位を占めているらしい。タイ航空とSAS(スカンジナビア航空)はスターアライアンスで業務提携もしているみたいで、バンコク−コペンハーゲン−北欧諸国と言うルートは結構あちらではメジャーなのかもしれない。
おそるべしコペンハーゲン。カールスバーグだけじゃなかったのね・・・

行きとは打って変わって今度は最新鋭の大きな飛行機だった。
が、搭乗時点で日本時間午前二時。もうかなりグロッキーになっていた。
早速夕食? が始まるが、当然そんなもの食べる気力など無い!
スチュワート(スチュワートなんてカンタス・オーストラリア航空以来久しぶりだわ)が
「おまえ本当に夕食食べないのかよ?」なんて聞いてきたけど。
ごめん、食べる気力なんて全く無かったわ。頭痛くて。
食欲魔神の僕がこんなんなるとは珍しい・・・それぐらいこのときはグロッキーだった。

しかし寝られない。
昔からスキーツアーのバスとかでも寝られなかった。
育ちがいいのさ、なんて嘘ぶいたりしてるけど、実際、横になんないと寝られないのだ。
今回は飛行機空いていないか期待したのはそのせい。
しかし飛行機はほぼ満席。しかも3つ並んだ席の窓側って言う身動きがきかないところに座ってしまった。辛い。結局数時間まどろむことしか出来なかった。どうしても座ったまま眠るって言うことって出来ないなって思う。

そうは言っても多少眠ることは出来た。
目を覚ましたとき、機体はイランかトルコの上空辺りを飛んでいるぐらいだったのだろうか。
空はまだ暗かった。
そして、星がとても綺麗に瞬いていた。
あんな綺麗な星空を見たのは、初めてかもしれない。
北斗七星・カシオペア・北極星 
遥か下の陸地では街の灯りがぼんやりと見える。
飛行機の翼の先では星が輝いている。
機内は数箇所のランプが点灯しているのを除いて静まり返っている。
アイスランドまでの道程は、まだまだ長いのだけれども、
この幻想的な光景を、僕は忘れることはないだろう。
それほどまでの綺麗な星空だった。


それから僕らは、機内で夜明けを迎えた。日本時間ではもうお昼過ぎだ。
なんだかとても不思議な感じがする。雲の上から見る朝焼け。
欧州は、もう目と鼻の先だ。


そして飛行機はコペンハーゲンに降りた。午前7時頃だ。天気は悪かった。外は曇っていて、今にも雨が降りそうだった。欧州って、なんか曇りって言うイメージがある。まさにそんな感じだった。乗り換え時間が一番短い便を選んだものの、ここでの待ち時間は4時間近くある。
勿論、4時間ではコペンハーゲンの町に出るには短すぎる。
で、アイスランド航空のカウンターがどうもよく分からなかったため、
ひょっとしたら必要なかったのかもしれなかったのだが、デンマークに入国することに。
デンマークの入国審査官のおばさんは厳しかった。あれやこれやと聞かれた。こっちはたった3時間の滞在だって言うのに〜。ついでに言えば入国しなくても多分乗り換え自体は出来たんだよね〜。今思うとだけど。なんせ違う航空会社乗り継ぐの初めてだったもので・・・

でもコペンハーゲンの空港はなかなか素敵な空港だった。
造りがお洒落な感じで。なんかとてもモダンな空港だった。
ちょこっと空港の外に出てみたり、空港に直結している鉄道の駅に行ってみたり。
空港と鉄道が直結しているのは非常に便利だ。
アジアの空港は基本的にエアポートバスを使わなければならないのが不便。
渋滞とかに巻き込まれるとえらいことになるし、空港から市内に出るときどの辺で降りたらいいのかが非常に分かりにくい。鉄道が一番だね。って思う。
まあもっとも関空みたいに遠くにありすぎても困るが。

そしていよいよアイスランド行きの飛行機に乗り込む。
アイスランドに行くためにはアイスランド・エアーに乗るしかない。
独占企業だね。
だからかどうか分からないが、いきなり飛行機は出発が遅れた。おいおいおい。
やっぱり競争がないとダメなのかな〜。
だけどアイスランド航空、日本じゃマイナーだけど、北米や欧州各国から結構飛んでいるんだよね。言うほどマイナーではないのかもしれない。
だけどアイスランドに行く人ってどんな用事で行くんだろう?

コペンハーゲンからアイスランドまでは約3時間。
大阪からソウルに行くよりも遥かに遠い。さすが世界の果て!
日本を出発してから一体どれだけ時間が経ったんだろう。
そして眼下にアイスランドの大地が見えた! 遂にここまで僕らはやってきたのだ。
長旅の疲れはもう限界に達しようとしていたが、僕の頭の中では期待でいっぱいだった。
今回の旅は、どんな旅になるのだろうか。
丸一日かかってここまでやって来たけど、だけど、まだ旅は、始まったばかりなのだ。










2001年09月15日(土) この音楽を道標に


二日間のライブは無事に終わった。
詳しくはまたレポートに書くが、
感動した。
久しぶりに最初から最後まで力を抜かずに見た。
それだけのことをさせてくれるだけ、素晴らしかった。

忘れかけていたものを僕は思いだした。

例え飛行機が撃墜されようとも、悔いは決して無し。
マグマに飲み込まれようとも、悔いは無し。
昨日今日のメロディは、
道標として僕の中に刻み込まれた。

さあ始めようか天体観測。
オーロラを見に、行ってきます。
今度の旅は、僕に何を刻みつけてくれるんだろうか。




2001年09月13日(木) 日記で遺言


明日を終えたら遂に夏休み。
ライブ×ライブ×旅行と盛りだくさんな日々が僕を待ってる。
明日は、ライブ。
待ちに待ったライブ。
ずっと待ってた。
会いたかった。
まあ、8月に幸運にも行ってしまったので、
それ程のことはないんだけど。
でも、また会えるのは嬉しい。
年内にもう一度見られたらいいな。
なんて僕は思ってる。

そしてオーロラツアー。
待ちに待った旅行。
初の欧州行き。
飛行機飛ぶかちょっと心配だけど。
たぶん、大丈夫。
撃ち落とされたっていいさ。
旅の空で死ぬなら本望。
僕が死んで泣くような恋人がいるわけでもないし。



・・・もし帰ってこれなかったときの遺言。
この日記を読んでそうな人に送ります。


両親へ

今まで大変お世話になりました。
本当にお世話になりました。
今僕がこうして生きているのも、
無事暮らしているのも、
お父さんお母さんのおかげです。
生まれてきた悲劇を憎んだときもありましたが、
今は、感謝しています。


ロビン様
最近連絡しておらずごめんなさい。
うちのプレステ調子悪いけど使ってくんろ。

生臭坊主様
色々大変お世話になりました。
あんまり目茶ないで下さいね。

ゆみっぺさま
あんまり悩まないで下さいね。
幸せをお祈りしております。

Kセンパイ
アホやこいつと思って読んでんだろうな・・・
がしかし大マジ・・・いやあやっぱり冗談で書いております。


・・・何書いてんだかよく分からなくなってきました。
この遺言がどうか役に立ちませんように。


って日記はまだまだ続きます(たぶん)
とりあえずはライブのレポ書かないと。






2001年09月12日(水) テロリズムで歴史は決して動かない


と言う表題はかのヤン・ウェンリーの言葉ですが、まさしくその通り。
世界を震撼させた、アメリカの事件。
もう世間はこのニュースで一杯です。
それも当たり前。
自然災害でなく、テロで千人単位の人間が死んでいくんですから。
しかし10台もの飛行機を同時にハイジャックなんて、
アメリカのセキュリティ体制は一大どうなっていたのか?
それともそれをかいくぐって同時に成功させたのか?
大国アメリカでこんな大規模なテロが成功してしまった戦慄の事実ですね。
こうやって評論家風に書いていられるのもここが日本だからであって、
日本でこんなテロが行われた日には、
もうすっかり恐慌状態になってしまってしまいますね。
こんなことをしてアメリカがただ黙って見ているはずもないし、
一大何を考えてこんなテロを実行したのか疑問です。
ってまあ狂っているとしか考えられないからこんなことするんでしょうけど。

で、当然のごとく株価は10000円を割ってしまいました。
アメリカの経済は悪化するだろうし、
それが日本に波及するのは必至ですね。
小泉さんの改革には、もう次々に問題が突きつけられますね。
それにも負けずに頑張って欲しいものです。

で、肝心のオーロラツアー
来週からなんだけど、行けるのだろうか?
行くのは欧州だから、大丈夫だとは思うんだけどな。
台風で欠航という以前にこんな問題が出てくるとは・・・






2001年09月07日(金) この部屋をキミでいっぱいにしてしまいたい。キミだらけにしたい。


title from heart bazaar 「collector」


表現者としての僕は、
はなはだ未熟で、
気分が乗らないとなかなか文章を書くことが出来ない。
その一方で、
矛盾するようだけど、
自分自身の環境が劣悪になればなるほど、
感性が研ぎ澄まされて行くのが分かる。
椎名林檎は、
ハートバザールのボーカル石井皐月の家庭環境の悪さが、
表現者の身の上としてある意味羨ましいと言っている。

論点、多少ずれているかもしれないけど、
悩んだり、苦しんだり、辛い思いをしてるときの方が、
そう言った想いを、色々体験してきた方が、
きっといい表現出来んだろうな。
無理して自分をおとしめる必要はこれっぽっちもないけど。




2001年09月03日(月) 最高の専制君主国家体制か最悪な民主主義国家体制か


世の中に絶対というものはあり得ない。
正義という言葉、それだって、各人には各々それぞれの正義がある。
それはある一面から見たら完全に正しくもあり、
そして別の一面から見れば完全に間違っているものとも言える。
それぞれが自分の正義を信じて譲らないから、戦争って起きるのだ。
戦争なんて大それたものじゃなくても、
ちょっとしたいざこざだってお互いの信じる正義を譲らないから起きるんだ。
思うに自分の正義を譲らない人は多いのだ。

で何処かでよく見かけたトピックに戻るんだけど、
このトピックは、どちらもそれぞれに正義を持っている。
どちらがいいのか、と言われれば、どちらも一長一短。
英明な専制君主は3代続いたら奇跡のようなもので、
絶対に暗君というものが登場する。
最高の才能を持った元首を洗濯できるシステムがやっぱり一番望ましい。
となると民主主義体制になるのだろうか。
されど、日本のこれまでの首相で、有能だったなんて連中、
数えるほどしかいないんじゃないだろうか。
でも、最悪の君主によって最悪の統治が行われる可能性が少なくないと言う可能性をかんがえたら、やはり民主主義体制の方がマシなんだろうか。
確かに、言われるように、
僕らに対する言論の自由は認められているのだから。

煮詰めないと難しいネタでした。
ということでこれに関してはまた宿題にします。






2001年09月01日(土) ハートバザール!


ライブ、素晴らしかった。
まさか招待ライブで3時間もやってくれるとは。
ハートバザール、SOUL LOVERSでそれぞれ8曲ずつ、
トリのクラムボンに至っては11曲!(アンコール付)
浜松まで遠征した価値は十二分にあった。
が、ライブ終って駅についたら9時10分前・・・
我々の予定終了時間は8時前・・・
それならば快速乗り継いで帰れるんだけど。
京都まで帰れねえぞ、どうすンだ?
途中まで新幹線で帰るか・・・って新幹線そんなに高いのか?

・・・仕方なく、4時発の大垣夜行を待つことにした。
駅のホームで3時間ぐらい過ごした。
そしてやって来た夜行は・・・
超満員だった。
通路まで全て一杯だった。
さすがに18切符使える時期だけのことはある。
鈍行列車はゆっくり停車しながらすすむ。
スロウライダー、HEY, HEY
当然座席なんてものはなく、
通路に紙を敷いて過ごした。
ヂベタリアンだよ。
地獄の3時間だった。
大垣着は7時ぐらい。
京都着は9時。
それまでほとんどまどろむようにしか寝られず。
やっぱり、金持ち社会人喧嘩せず。
無理せず新幹線乗ったほうがいいやね。
いくら2300円で帰れるからと言っても、無茶すぎた。
年甲斐もなくまるで学生みたいなことしてしまった。
もう二度と乗るもんか! 
大垣夜行のバカ野郎!!
お金のある社会人がやっちゃいけませんな。
育ちのいい僕は、夜行バスとかでも寝られないんだから。
(抗議等は一切受け付けません)







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