unsteady diary
riko



 他人のために

昨日はTDLに友達と出かけたのだけど、
生理痛で、肝心のパレードのときに座り込んでうなっていた。
久しぶりのTDLはとても楽しかったし、おいしかったのだけど、
次はもっと元気なときがいいなあ。

今日は今日で、友達の誕生日で飲み会をする約束していたのに、
けっきょく夕方まで様子を見ても、体調があまり好転しなかったので、
土壇場でキャンセル。
お泊りをする予定もあったのに。
おそるおそる電話して告げた。
サボったわけじゃないけれど、なんか気まずい。
本当にずけずけ言える相手ならともかく。
相手が、友達とすごすために、犠牲を払ったり努力したりしている人だと知っているから、よけいに。

いつも感じることなのだけど。
私は多分、他人のために犠牲を払ったり我慢するくらいの思いやり(?)を持ち合わせていないんだと思う。
ときどきボランティアにいそしんでみても、けっきょくは、
自分がいっぱいいっぱいのときに、他人のことなんて気遣えない。
たとえば忙しい実習のあいまを縫って、相手と会う時間をつくることもしないだろうし、そんな時間があれば、まず休みたい。
できれば誰にも会いたくない。
つくづく薄情だと思う。

そういえば、ある友人が、「自分だって本当は体が弱いけれど、
気合で健康を保っているんだ」と言っていた。
実際、腰痛でも痛そうな表情を見せずに動き回っていて。
えらいなあと思った。
その横で、病気でさえないような、たかが生理痛で、たちくらんだり、へろへろしてた私がいた。

今日だって、無理をすれば、
電車で片道3時間近くかかる友人宅へいけないこともないのだけど。
実際、企業の最終面接だったりしたら、這ってでも出かけたわけで。
それを考えれば、
友人との約束なんてどうでもいいみたいで、いやな感じだ。

いいや、もう。
そういうことを気に病んでると、体を休めていても、なんかいやな気分になる。


2001年10月26日(金)



 TDL

久しぶりにTDLに行った。
早めに入ったのだけど、プーさんに乗るためのファストパスを取るための行列がかなりできていた。
とりあえず1回は乗らないと、と並んでみたけれど、
乗った後の感想は、15分だって並びたくはないかな。
いつか飽きられて、すいていれば乗るかも。
確かにとてもかわいいけれど、
そのかわいさのために、大人が目を血走らせて何時間も並ぶという現象には
怖いものがあった。
自分もそのひとりだったわけだけどね。

とりあえずマウンテンものはすべて乗って、
キャラメルポップコーンなど、いろいろ食べ歩いた。
そういえば、メイプルとエスプレッソのミックスソフトクリームは、
混ざるとえもいわれぬ味がしたな。
単独ではけっこうおいしかったのだけど、
両方とも食べたいと欲張ったために、境目の部分を食べるのがつらかった。

ハロウィンのパレードは、見なかった。
基本的に乗り物が好きなやつと、
基本的に食べるためにきたやつと、
そもそもあまり主張のない私とが一緒だったため、
「別に見なくてもいいかっ」という結論に。
ほんといいかげんなディズニーランドファンです。

ああ、あとカヌーをこいだわ。
すんごく明るくってちょっとすべり気味のにーちゃんと、(たぶん年下?)
黙々とうしろでカヌーをこいでるにーちゃんと、(これも絶対年下、かわいかった)
胸毛を出しまくってるちょっと年のいったにーちゃんと、(さすがに年上だろー)
個性のあるひとばかり。
肝心のカヌーはどうでもよかったけど、
ああいうパフォーマンス(人を笑わせたり盛り上げたり)のできるひとを見ているのは楽しい。
いっしょに乗った年下のギャル(死語)たちのテンションにはついていけなくて、苦笑いしてたけど。
そもそも、年の差以上になにか深い溝がある気がした。
なんていうか、エイリアンに見えたもん。

夜は奮発して、「カリブの海賊」のなかのレストランで食事をした。
はじめて入ったのだけど、雰囲気は好きだな。
洋ナシのシャーベットがおいしかった。
ここでデザートを食べたために帰りの電車賃が少々足りなくなり、(ばか)
Rに借金をした。
利子つけるわよ、といわれたけど、利子は踏み倒す予定。


それにしても、平日だっていうのにやけに混みあっていた。
車椅子の人をよく見かけたので、
もしかして、そういう日だったのかな。

ほんというとね。
TDLは、そんなに好きでもなかったりするんだ。
キャラクターグッズとか、ほしいとも思わないし。
物価も高いし。
乗り物も、何度も乗ればそれなりに飽きるし。
だけどたまに来てみれば、それなりにはしゃいでしまう。
不思議。

もしも街中でそんなにたくさんの車椅子のひととすれ違ったら、
わりと気になるだろうけど、
(変な意味じゃなく、なにか手伝えることはないかなとか、つい思ってしまう)
ここだと自然に受け止めている。

ふだんの日常のなかなら、「あれ?」って思うような
ぶっちゃけていえば、人ごみのなかでも目立つような格好でも、カップルでも、
ここでは風景の中に溶け込んでしまうんだよね。
みんなが遊ぶことに一生懸命で、まわりを気にしないっていうのもあると思う。
そもそも動物たちがあんなにでかくてしゃべるという設定だから、
人間がなにしたって変じゃないとか、そんなこともあると思う。
実際、ふだん「社会」のなかでレールのうえを進むだけの人が、
このなかではまるで子供みたいに振舞えたりもする。
そういう非日常性が、
さほどディズニーのファンではない人たちをも、何度も足を運ばせてしまう、
あの場所の魔力みたいなものなのかなあと思う。


2001年10月25日(木)



 奇妙な形

猫がいないと、家の中がすごく静かだ。

後ろ足がどうも弱いというか、踏ん張りが利かないっぽいので、
獣医さんに見てもらい、原因はわからないけれど、たしかに姿勢は変だといわれ、
ショップに連れて行ったところ、
「スコティッシュフォールドっていうのは一種の突然変異で、
まあ、奇形みたいなものですから、いろいろあるとは思いますが。」
なんて軽ーくいわれてしまった。
それで、ショップがわのお医者に見せるために預かってもらったのだ。

実際、スコティッシュフォールド同士を掛け合わせると遺伝的に弱い子が生まれやすいので、アメリカンショートヘアなどとかけあわせて生ませるらしいのだけど。
なんだかぐさりとくる言葉だった。>奇形
つまりは、「奇妙な形」をつくりだして、こうしてかわいがっているわけなのね。
実際、猫としてはほんとうにかわいいんだけども。
人間だったら奇形がどんな扱いをされるか想像に難くないし、
ちょっとよたよたしていたり耳がたれてるところがかわいいとか思うわけだから、
纏足の女性をもてはやしているのと、たいして変わらないのかもしれないとか、
いろんなことを思ってしまった。
外見としぐさは掛け値なしにかわいいのだけど、
無邪気にかわいがっていていいのかなあ、とか。
うーん、いまさらなのだけど。

ほんの2日ほど預かってもらうだけなのに、
空っぽのケージを見ていると、なんだかしみじみ、いないんだなあと思う。
母なんて、もうやつのいない生活は考えられないと涙ぐむ始末。

たとえとんでもない暴れん坊将軍でも、
かなり性悪でも、かみ癖がめっぽうひどくても、
もしもはっきりとした障害が見つかっても、
やっぱりもう、やつの代わりはいないんだろーな。
たったの6日間なのだけど、すっかり居ついてしまった感じ。

2001年10月22日(月)



 猫がきた日

子供のころ、猫がほしかった。
団地住まいで無理だとわかっていても、
ダンボールのなかで何度か拾った猫を飼おうとした。
放課後、どきどきしながら、隠し場所に給食の残りを持ってゆく。
そこにいたら、今日もハッピー。
いなかったら、泣いた。
夜になっても朝になってもいっしょにいられる場所がほしいと思っていた。

一戸建てに引っ越すとき。
たったひとつの約束は、猫を飼うことだった。
だけど、事情があって、それはかなわなかった。
そのうち、猫をほしいとは思わなくなった。
自分で精一杯になり、すこしずつ鈍くなり、いろんなことを忘れた。


数日前、病院の帰り道、灰色猫に一目ぼれした。
もうあの子じゃなくちゃいらないと思った。
「おうちにつれて帰って」、と彼女の目が語っていた(気がした)。

今日、母が引き取ってきた。
お店では「スコやん」と呼ばれていたらしいので、
恵みの雨であり、気性の激しさからもぴったりな「スコール」にしようと勝手に考えた。
可憐なスコティッシュのイメージとはまるで関係のない名前で、
本人が気に入るかどうかは、また別の話。

ほんとうにまだちっちゃいので、(生後2ヶ月)
腕の中にすっぽり収まってもぞもぞしている。
とにかく好奇心旺盛で、なつきまくる。
私に頼り切って、ざらざらの舌で指をなめるそのしぐさ。
こんな小さなものが一生懸命ごはんを食べてミルクを飲んで、
一生懸命毎日生きている。
守らなくちゃ、と思った。
ダウンしてる場合じゃない。
うん。

2001年10月17日(水)



 その基準は、ほんとうに「基準」?

数年前、カウンターでお化粧をしてもらったときのこと。

要求はしなかったのに、(誰から見ても確かに思いっきり丸いが)
頬のシェーディングを怖いくらいにしてくれた。
たれ目は気弱でよくないと、アイラインを思いっきり上げ気味に書かれた。
濃い目の口紅が流行りだと、オーバーライン気味に塗ったくられた。
そうして出来上がった顔は、
ふだん見るより確かにシャープでモードっぽかったけど、
それが本当にいいことなのか、ふと考えてしまった。

いまでもブランドをめぐると、
BA(店員)さんのお化粧が定規で測ったみたいに決まっていて、びっくりする。
美の基準が、明らかにはっきりと決められてるのよね。
正しい1点に向かって、みんなのそれぞれ違うはずの顔を、
ブランドごとに研修を重ねて、見事に修正してゆくの。

バーバリーブルーレーベルの広告だったかなあ。
「去年の服じゃ恋もできない」っていうコピーがあったと思う。
今年の、正しい、素敵な、その着こなしのために、
やっぱり当てはまらない部分を切り捨てて、修正していくのよね。

雑誌とか街中を見ているうちに、
意識しなくても、自然とはやりものに目が行くようになるけど、
自分がそれを本当に「好き」なのか。
それをしてる自分を「気に入っている」のか。
自分に問い掛けてみると、ほんとうの気持ちはすごくぼんやりしている。

なんだか物欲が強い時期みたいだ。
それはたぶん今の自分がかなり気に入らなくて、
「物」でごまかそうとしているだけなんだろうと思う。
だけどそれで埋まる部分はわずかしかなくて、
けっきょく、すてきな「物」につりあわない自分を意識して、
「無難」を選ぶくせに。

2001年10月13日(土)



 たこやきの味がする

ちょっとだけ久しぶりの日記。

連休中で病院がやってなくて、
風邪を少々こじらせてしまったのだけど。
薬をもらって、すこし楽になってきた。
今日は母が「銀だこ」を買ってきたので、
おそるおそる少し食べてみたら、
ふつうのたこ焼きの味がしたので、ほっとした。
数日前、熱が高くてなにも食べたくなかったとき
好物を一口食べたら、味がわからなくて、
ただ気持ち悪い物体で、すぐに戻してしまったので。

友人たちとケーキバイキングに行く話があって、
私が体調を崩して参加できなかったのだけど、
彼女らはちゃんと雨の中行けたのかな。
すごく申し訳なくて残念だったけど、
ものを食べても味のしないふらふらの状態で
目の前においしいものを並べられたら、
ある意味拷問だもん。
また別に機会があるといいんだけど。


味がわかるっていいなあ、としみじみ思う。
食べ物の味がわからなくなったら、
私はすごく落ち込むだろうなあ。
巨峰もナシも栗も、なにもかも同じ味だったら、めちゃくちゃいやだわ。
母の料理を食べるうえでは、むしろ好都合かもしれないけど。(笑)

とりあえず、
ド近眼でも目が多少は見えて、本やメールが読めて、
きもちいい音楽や、好きな人たちの声が聞こえて、
おいしいものがおいしく食べられて、
いろんなところに行ける足があったら
それはけっこう幸せなことなんだろうなあ。


2001年10月12日(金)



 お茶


ちゃんと予防してたつもりなのに、
いつのまにか喉が痛くて、咳が出る。
とはいえ、まだまだ元気なのだけど、
5月のときと初期症状が似てるので、
早めにビタミン剤と風邪薬を放り込んだ。

なんだかあったかいものが飲みたくなって、
のんびり烏龍茶を淹れた。

このあいだ「茶語」でカレーのランチ(これも美味)を食べたとき
いっしょに出たお茶が美味しくて、
銘柄を訊いて、お土産に買って帰ったもの。
高めの紅茶よりさらに値段が高いのにはびっくりしたけど
先に味を知ってしまうと、その値段もしょうがないかなー、と。

烏龍茶なんだけど、ふんわりと甘くて飲みやすい。
ただ、自分で淹れるとお店で飲んだより味が落ちてしまう気がする。
紅茶みたいに、コツがあるんだろうか。

2001年10月07日(日)



 変化


気持ちは一区切り、ついた。



以前、サイト落ち宣言をしたとき。
当然bbsもなくした。
そのときは「履歴」というものをよく知らなくて、
リンクを切れば、誰も見られなくなると思ってた。
実際、誰の言葉も聞ける状態じゃなかった。
それでも心配してくれる人がいて、それ自体は嬉しかったけれど、
一方では、今の私に「強くなれ」とは言わないでほしいという思いもあった。
それが正論であればあるほど、
強い人の、経験から出た重い言葉であればあるほど、
強くなれない、いろんなものを捨てられない自分が浮かび上がって
悪あがきさえできなりそうだったから。
こっそり弱音を呟いてたりしたしね。


今回のはちょっと違ってた。

…なんだろう。

1年近くたつのだから当然あってしかるべきのが「変化」なのに、
気持ちだけが前のことを引きずっていて、うまく処理できなくて、
サイトをなくしたりすることで一気に整理しようだなんて、
安易なことを考えた。

つまり、以前みたいに誰かに見られることが嫌で
閉じようとしたんじゃない。
言われてみて、改めて思ったの。
ここに来てくれることじたいはちっとも嫌じゃない。

やっぱり、ずっと見てくれてた人って財産なんだと思う。
(一方的にそう思ってるだけなのだけど)
ただ出来上がった「作品」そのものをポンと提示して見てもらうだけなら、
どこにサイトをつくったって、誰が来たって同じかもしれない。
でも、私はそれだけじゃダメなんだ。
自分の気持ちをもっと伝えたいと思う人たちができて、
ここをつくることになった。
そういう経緯が前提にあるから、簡単には捨てられない。

そんなの、わかってたことなのに、
ひとりで考える時間が長かったから、
ひとりきりでこの場所にいる気がしていた。


―ほんとうに閉じたいの?

自分にどんなに聞いてみても、
すでに空気みたいなこのサイトを閉じたあとの自分は想像つかない。
もうひとつハギレ文の物置にだけしてるサイトがあるけど、
そっちは、居場所だという意識さえないのに。


たとえ、見る人が開始時とどんなに変わっても、
とりあえず、ここに分身は残しておくと思う。
でもね、変化は当然のことだと思う。
無理に変化を引き止めることは、
どちらにとってもいちばん不毛だから。
それだけは、いつも思ってる。


2001年10月06日(土)



 勧誘


マイラインの登録有料化を前に、各社必死のPRが続いている。

うちへ電話かけてくるNTTの勧誘がひどすぎ。
過去、何度も何度も私が応対しているのだけど、とにかく最低。
中年の女性らしく、声だけはやさしげだが、あとはもう…。
何度丁寧にお断りしただろう。
それなのに根掘り葉掘り、なぜ母がいないのか聞き出し、
あげくに母の不在を理由に私を責めだす。
まったく人の話を聞きやしない。

しかし特に今日はひどかった。
母がまるめこまれそうになってたので、私が電話をかわると、
申込書の書き方をいきなり説明され、
ひたすらマイラインをNTTにすること以外の選択肢はないかのように言われる。
すでに東京電話に申し込んであると伝えると、
そんなのホゴにしてしまえ、とさ。
そもそもNTTと他社を検討してうちは市内通話しかしないから、と決めたと
ちゃんと説明しているのに、
県内通話が安いからウチにしろ、だと?
ふざけるな。
こっちには選ぶ権利があるんだろーが。
あげくのはてに、非国民扱いか。
ひどすぎる。

こうなったら徹底的に逆らってやる。
フレッツは解約しないので、NTTのままのほうが面倒はないのだけどね。
そもそも、数の優位を謳ってるあのCMも嫌い。
給与振込みはやっぱり東京三菱銀行というブランドじゃなくちゃいけないとか、
そんなこと言ってる人間と一緒にしないでくれ。

なんかしみじみ最近思うのだけど、
この気の強さと頑固さで、いつか身を滅ぼす気がする。

2001年10月02日(火)
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