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今日は、友達と串揚バイキングに行ってきました。
1時間くらい待つほど混雑していて 「やっぱり歓送迎会の季節だからかな」 「いや〜、時間制限のあるバイキングで 歓送迎会はしないでしょ」 なんて話していたら、私たちの座った すぐ後ろの席で、盛大な歓送迎会が 催されていたのでした。 それとなく注目してしまったんですが どこかの会社の集まりのようだけど 全体の年代が若く、ノリが良く 都会的で自由な雰囲気 「一体どこの会社なんだろう…」 と思っていたら、友達がおもむろに 「あたし、聞いてみるわ! すみません、どちらの会社の集まりなんですか?」 と聞いてみた(積極的だ…)。 そしたらそこは某2番手 携帯電話会社だったのでした。 「携帯電話は、どちらですか? ぜひa○をオススメしますよ〜」 と、答えてくれた人は そのまま営業を展開してくれました。 ちょうど携帯を替えようと 思っていたわたしには なかなか貴重な体験でした。 最新の機種とやらで ムービーメールとうたメロを デモンストレーションしてくれたんですが これがまた流れるような映像で、音も綺麗。 なかなか感動的でした。 その人の待ち受け画面には お子様と思われる 赤ちゃんの映像が貼ってあり ちょっとほのぼのしました。 飲み会の雰囲気も和気藹々だし あ〜なんかいい会社だな、と思いました。 電話してくれたら 良い番号出しますよ と最後に名刺をもらいました…。 でも…わたしは ご贔屓さん在団中に i宝塚のサイトから壁紙をもらってくる というはずせない野望があるのだ…。 ○zwebにも宝塚の公式サイトがあったら そっちにしたいところだけど とても残念です…(・_・、)。 今日の体験で、ますます思ったけど サービス・機種・イメージ的に a○ってすごくいいんですよね…。 それにしても○ocomoもはやく 新しい機種だしてくれないかな。 6月までに出してくれないと ご贔屓さん退団しちゃう。 |
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ご贔屓さんの、本拠地での最後の日が
刻一刻と近づいてきております。 うっひゃ〜どうすればいいの? 落ち着かないですねぇ。 今日友人から なおちゃんは千秋楽に 劇場の中央ゲートから 楽屋出をすることになった というメールが来ました。 よく知らないんですが 普通トップスターが退団する 公演以外の千秋楽は 退団者は中央ゲートではなく 楽屋口から出るものらしいです。 さよならショーもして 中央ゲートも出て これを名誉なこと っていうんだろうか、 扱いが良いっていうんだろうか。 でも最後の日には ポジションとか扱いとか そういう表面的なことよりも なおちゃんの舞台から伝わるものを ちゃんと受け止めて帰ろうと思います。 けれども、改めて思います。 千秋楽の幕が降りた後 さよならショーの15分だけ 大劇場は伊織直加のものなんですね。 最後の1日、その最後の15分間 2500人の客席 新人公演じゃない なおちゃんのために作られた舞台 それがどんなに貴重か。 立場や扱いが表面的なもの と書いたばかりだけど トップスターのさよならとは 違う感慨を覚えるんだろうなと思います。 ジワジワと実感が迫ってきます。 落ち着かないですねぇ。 といいつつも 「不滅の棘」の感想を メールで語り合ったりも しているんですが… だってあの話かなりイケてます。 とにかく内容について色々 語りたくなる部類の話です。 それにしても この公演が始まる前 確か、わたし@失恋中 のはずだったのに 毎週のように、いや、毎週(^^;) 劇場に通った甲斐あって(?) 今じゃすっかり、わたし@公演中 モードになってしまいました。 幸いなことに…と思うべきなんでしょうか。 世の中では戦争が起こっているというのに… こんな風に別なこと気を取られていられるのも 幸せなことなんだろうか…。 |
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わたしったら、
ご贔屓さんの退団公演中に それもあと10日足らずで千秋楽って大事な時に ドラマシティなんて、 しかも花組のドラマシティなんて 観に行っちゃっていいんですかねぇ。 …と、自分につっこみを入れつつ 足を運んだ「不滅の棘」――――― スカステで作品紹介を見てたら これがまたわたし好みの ドラマティックな悲恋物らしい ということで、どうしても 観たくなってしまったんですよ。 観て良かったと思います。 作品や出演者がよかった ということだけじゃなく 個人的にすごくカタルシスを感じました。 これは「カナリア」に続く 宝塚・花組のパラレル・ストーリー つまりシンクロする物語 ではないかと。 こういう所には書きにくいんだけど わたしのご贔屓さんとの 利害関係…とでもいいますか… そういうのが どこかで尾を引いてて 今の花組って、どうしても 素直な気持ちでは 観られない部分があるのですよ。 そんな気持ちを持って この舞台を観たら カタルシスを感じたんです。 「不滅の棘」の主人公エリィ(春野)は 16世紀"不死の薬"を開発した父の実験台になり 図らずも不滅の命を持つことになってしまう。 それから300年生き続けるエリィ。 人間の誰もが、欲しがる永遠の命を 簡単に手にしてしまったエリィ。 でも彼は叫ぶ。 「――――僕に命を返して!」 不死の命を持ってしまった彼は もはや人間を超えた存在になってしまったのだ。 歌の才能があった彼はそれを生かし ある時代には宮廷お抱えの歌い手として またある時代にはジプシーとして、 そしてまた最後の時代には 世界をまたにかけるシンガーとして 人々の注目を集める。 でも彼は歌う。 「望もうと望むまいと スターと呼ばれる どうぞ リラックスして お気を遣わず… 望もうと望むまいと 人々の興味を惹く」 銃で胸を撃ち抜いても 死ねない彼だったが その一方で、不死の薬の効き目が 300年を経た今消えてきたのを恐れ、 その処方箋が書かれた紙を 必死で探してもいた。 彼は望んで不死になった訳じゃない。 彼は、永遠の若さと美貌を手に入れた。 そしてそれを思う存分享受しているが溺れてはいない。 なぜなら、彼は不死になった者にしか分からない 孤独と苦しみを知っているから。 彼は不死の身を呪っている。 でも死にたくはない。 そして彼はとうとう 処方箋を、愛した女性の子孫に託し それを処分させたことに満足し 塵となってこの世から 消えることを選んだのだった。 ―――――と、これがエリィの 物語なんですが それがわたしの中で うま〜く現実と重なって エリィがおさちゃんそのもののように 思えて来たんですよ。 ちょうど「カナリア」のヴィムが チャーリーそのもののように見えたように。 だから、言い訳する訳じゃないけど 今の時期に観られてよかったと思うよ。 よくできた話だな〜と思いました。 わたしのように感じた人はほかにいないかな…。 どちらも充実した舞台を見せてくれる、 結局それが一番納得できることなんですよね。 その他印象に残ったのは ユミコちゃん(彩吹)&あすかちゃん(遠野)兄妹です。 2人ともうまいっっ!!! 2人は、1930年代に判決を迎える とある事件の被告側の家族として 物語に関わってきます。 被告である2人の母親・タチアナ(梨花)は 強欲で冷酷な女性で、そのために 兄ハンス(ユミコちゃん)は 飲んだくれた不良少年に育ってしまいます。 妹のクリスティーナ(あすかちゃん)は 「兄はお母さんの愛が欲しいだけ」 と分かってはいるのだけれども 2人の間を修復することも 母や兄の乱れたくらしを 止めることもできずにいます。 それでもまだ 救われる希望はあったんですが クリスティーナの恋の相手が エリィ(春野)だったことから 事態は深刻な展開を見せ始めます。 エリィは、クリスティーナの家に伝わる 「不老不死の処方箋」が欲しいばかりに 彼女の望むまま結婚の約束をする。 クリスティーナは、エリィが自分を 愛してはいないことを感じていたが 自分の愛で彼を変えることが出来る と純粋に信じてたのだった。 ところが、一部始終を知った母親が 割って入り、娘を厳しくなじって追い払った後 「わたしなら、結婚まで求めたりはしない」 と、エリィを誘惑。 「処方箋さえ手に入れば 母子どちらでもかまわない」 と思っていたエリィは タチアナとの取引に合意し 2人は夜の闇に消えてゆくのだった…。 そして、クリスティーナは絶望のあまり カレル橋の上から身を投げ自殺した。 ここの嘆きのクリスティーナの歌は ぞくぞくするほどドラマティックです。 絶望するクリスティーナのすぐ脇の道端では 兄のハンスが飲んだくれて 母親の名前を空しくつぶやいている という演出も効果的です。 翌朝、エリィのホテルで タチアナは娘の自殺を知る。 クリスティーナは遺書を残していた。 "お母さん 私分かったわ。 これこそ人生 あの方と いつまでも幸せに" 激情に駆られたハンスが 母親に掴みかかりながら叫びます。 「この遺書を読んだか?!読んだか?!」 言葉も出ないほど激しく揺さぶられながら タチアナは悲鳴のように叫ぶ。 「…読んだわ…読んだわよ!!」 「嘘だ!この遺書を読んだら心臓が止まるはずだ。 ここには…あんたの幸せ、って書いてある。 これを読んだら生きてはいられないはずだ! これを読め!読んで死ねぇ〜〜っっ!!」 すごい台詞だと思うけど それを叫んでるユミコちゃんもすごかった。 その修羅場を、他人事のように見ながら ウイスキーを飲んでいる エリィおさちゃんの様子も含めて このシーンは、怖ろしいシーンでした。 ユミコちゃん、こういう繊細な役を やらせたら天下一品ですね。 それにまた、あすかちゃんがここまで 純粋無垢な少女を演じきれるとは思いませんでした。 「琥珀」のイメージだと、なんかこう もっと自我の強い人になるような 気がしていたんですが。 脚本的には エリィの子供を産んだフリーダ(ふづき)が どれほどエリィを愛していたのかが 説明不足で、わかりにくかったと思います。 「フリーダはエリィを愛していたからこそ 姿を消したのだ」 ということが納得できて初めて フリーダの不滅の愛が浮かび上がり エリィは、自分の命が消えてもいい と思える訳だから そこにもっと強い衝撃がないと…。 恋を拒絶するエリィを さんざん口説き落として結婚したのに エリィが不死だと分かると 突然彼を拒否し 生まれた子供を連れて失踪。 という事実だけが語られると なんだかフリーダが 訳の分からない人に思えてきます…。 演出は、衣装・装置がすべて白で 不老不死の処方箋と、エリィの血だけが赤い というのがすごく効果的でした。 人生は薔薇色、という言葉があるように。 喜びを感じたとき、人生はより色を帯びて見えます。 でも死なないエリィの人生には色がなかった。 彼の時は止まり凍り付いていたから つまり彼は、人生を生きることそのものが できなかったのかもしれません。 というわけで、ここに書いた人以外にも 健闘している人はいたと思いますが 特筆するのはそんなところでした。 |
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今日は
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」 の公開日。 「あの頃のレオ様が帰ってくる!」 との前評判の高いこの映画 早速観に行ってみました。 ほんとうに「タイタニック」以来の 少年ぽいレオナルド・ディカプリオが そこにいました。 ディカプリオは現在 たぶん28歳くらいだと思うけど 映画の中では17歳を演じてました。 まったく違和感なし。 というか、映画は 17歳の少年が28歳になりすます 天才詐欺師のストーリーなんですけど。 どっちにしても違和感なし。 ディカプリオ演じるフランク少年を 追いかけ続けるのが FBIのハンラティ氏(トム・ハンクス)。 フランクの嘘にだまされ続けながらも 彼の正体が少年だということを見破り ついに追いつめて彼を逮捕。 高校生でありながら、飛行機のパイロット 小児科医、そして弁護士にまでなりすました 彼の巧妙な手口の中で、ハンラティには どうしても解明できない謎があった。 それは、彼が現実に司法試験をパスして 就職していたことだった。 「どうやって受かったんだ?替え玉か?」 フランク少年をしょっ引きながら尋ねるハンラティ。 でもフランクはそれは秘密だと言う。 そして、ハンラティが最後に食べようと 大切においてあるエクレアを目にして 「…それを半分くれたら話すよ」 と言う。 すると、ハンラティはおもむろに エクレアを手に取り、フランクの目の前で おいしそうに全部頬張ってしまうのだった。 わたしはこのシーンが一番好きでした。 ディカプリオとハンクス両方の 愛さずにいられない子供っぽさが 出ていたと思います。この2人最高。 宝塚でやるなら直様とまりえさんだな。 この映画の話は実話で 本にもなっているそうなので 今度読んでみようと思います。 |
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父が新しく車を買ったそうなので
どんな車なのか母に聞いたら 「カチョッペない車」 と答えた。 カチョッペない…って… どんな意味なんだろう…。 ほめ言葉でないことだけは確かだけど…。 ※秋田弁らしいです。 |
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「わたくしは夢を見ていたのです。
でももう醒めました。 楽しい夢でしたが…」 という台詞が 昔の宝塚の公演にあったけど 今まさにそんな気持ちかも。 今思うと、彼のことを 尊敬する、なんて書いたことが あ〜っっっ…悔やまれる…。 わたしは何かの見栄のために 利用されたのだろうか。 それとも最初から どうでもよかったんだろうか。 でも、たぶんそれほど 酷い人ではないんだと思う。 確かに悪い人ではない。 それに、だれにでも間違いはあるし どんな善良な人でも愚かなことをする。 根は純粋で繊細なのも事実だと思う。 でも、どんな純粋さも繊細さも 人に対する誠意が欠けていたら その人を信じることができない。 信じられない人を 尊敬することはできない。 好きでも、尊敬できなければ たぶん一緒にはいられないと思う。 また、あの人なりに わたしの推し量る事のできないことを 悩んでいたのは 事実だろうけれども それは彼自身が掘った穴なので わたしにはこれ以上どうすることもできない。 ヒロイン気取りで言うんじゃなく ほんとうにわたしにできることがあれば なにか一言言ってくれさえしたら 助けになりたかったんだけど たぶんもうそんな機会もないんだろうな。 とにかく、このことで あまり怒ったり嘆いたりするのはよそう。 「わたしはなんにも悪くないのにっ」 って思いすぎると傲慢になる。 「なんて酷い人なんだ」 と思うのもやめとこう。 わたしはその人といて 楽しかったのも事実なんだから。 「楽しかったことは全部偽り」 と思うのもやめとこう。 もうちょっと落ち着いたら きっとそれなりにいい思い出になる。 それにしても悔しいな。 いつもどこか気持ちの中で 闘っているような気がしていたけど それで結局…わたしは負けたんだろうか。 確かにわたしは手の内のカードを全部見せてしまった。 でもその時相手は目の前から逃げてしまっていた。 なんて中途半端な結末。 わたしにはもうなにもするべきことがない。 ま、こんなこと世間の中じゃ 蝸牛角上の争いにも足らない出来事。 自分の世間知らずを改めて痛感してしまう。 これからは、顔を重視するのは 本当に本当に趣味の宝塚だけにしよう …分かっちゃいるけど。 なによりも大切なのは誠実さよ。 シニカルでワルっぽくて 繊細で純粋な人のなかにも 誠実な人はいる、と信じて がんばって生きよう…。 アーメン。 |
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