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週末から宝塚を観に行って
ご贔屓さん一色の日々を過ごし すっかり脳を染め変えられてしまいました。 前回の日記ではなんだかだいぶ シビアで悲観的になってるわたしがいますが 夢見心地で浮かれまくっている今、 あの時の自分の心境が まるで他人のように思える…(^^;)。 なおちゃんという言葉だけで 許容量がいっぱいで 他のことはなにも入らないような状態かも。 こうなってしまうと 無理矢理思考を遮断している時以外は 「なおちゃんって、どうしてこんなに素敵なのかな」 「だって素敵すぎるよ、なおちゃんてば」 と、この2つのことをただひたすら しみじみと考え抜いてしまう。 ─────ということで、 今のわたしは単なるばかです(笑)。 あー、ばかですねぇ。 せっかく貴重な初日を観られたので 感想を書こうと思います。 まず全体的には お芝居は最初観た時は 構成があまりに新鮮味がな主要な役の描き方も 浅いような気がして、面白くないと思っていたのですが 2回目くらいになって、割と面白いかもと思い始めました。 それでも、ほとんどすべての場面が 他の小池作品のシーンを連想させるので もともとこういうシチューエーションが好きだ という人以外、あまりにマンネリかも。 とはいえ、モノローグ的な導入部分から 華麗なダンスのプロローグへと展開する 幕開きのドラマティックさは何度観てもワクワクします。 小池作品で1番好きな導入部分といえば 1人でパソコンを打つノルさんの独白から ダンスシーンへと展開する「イコンの誘惑」や あきちゃんが客を招待する形でダンスシーンへ導く 「タンゴ・アルゼンチーノ」なのですが それに続く華麗なプロローグでした。 それと、終盤、主人公のタカちゃんが 悪夢のような未来を 幻想するダンスシーンも良くて これも「JFK」の幻想シーンに続く 印象的なシーンでした。 振り付けが外部の人みたいで うねるようで、それでいてダンディーなんです。 思わず世界に引き込まれてしまいました。 お芝居で印象的だったのは ナルちゃんのお芝居。 フランクという役もすごく面白い役で でもそう感じたのはナルちゃんが演じたからかも。 ナルちゃんのシーンは なおちゃんと同時の時がほとんどなので 実を言うとあまりちゃんと見られてないのですが(汗) それでもやっぱり、ナルちゃんの役が1番印象的でした。 特に感動したのは、レオが自殺した時 (この瞬間暗転になるので一瞬しか見られないのですが) 彼を追いつめていたはずのナルちゃんが まるで絶叫しているような 恐怖と哀しみの表情を見せていること。 それが、なんの感情の抑揚もなく 無言で死んでいったレオとよく差が出ていて 悲劇がより深まっていたと思うんです。 レオとフランクは 同じ道を歩んでもどこまでも対照的で フランクはレオのことが大嫌いで 2人の世界観は最後まで協調することはありません。 でも、皮肉にも2人の対決の象徴でもある ロシアン・ルーレットを通じ 命を奪い合っている瞬間だけは 2人はまさしく同じ世界を共有していたのですね。 だから、彼は最後のロシアン・ルーレットで レオが命を懸けている世界に真っ向から対面して それが理解できたかできないかは別として レオの弾丸をフランクも受けたのだと思います。 物語はそこで終わりフランクの人生はどうなったんだろう。 わたしはあの銃弾と共にフランクの人生も そこで終わってしまったような気がします。 うーん、ほんと、フランクっていい役だと思う。 レオナードのタカコちゃんは 飄々としたところがそれらしく 孤独だけど温かさがあり クールだけど素朴で そんなところが 最後の悲劇に結びつくんだと思います。 ハナちゃんは、小池先生の好きな ファム・ファタール役が ぴったりな人ではないかと思います。 ラスト、レオの死後出てくるシーンが 「JFK」を彷彿とさせますが ハナちゃんはその時からトップ娘役だったけど あの時タカちゃんはソレンセン役だったんだ と思うと、不思議な時代の流れを感じました。 その他は、ワタルくんの銀橋の歌がいいです。 歌詞がすごく良くて、(音程が危なっかしく 思える時もないわけではないけれど) とても心を込めて歌ってて心情が溢れるようで ここのシーンになるといつも 「アリアーヌ、、、帰ってやりなよ(泣)」と思ってしまいます。 それとアッコちゃんのステファーノ公爵夫人も好きです。 悪役好きなので(笑)。 アッコちゃんの悪役は本当にうまいし 今回はそんなにハッキリした悪役ではないけれど 仕草や言い回しがものすごく的確で 隙がないところがすごいと思います。 で、なおちゃんなんですけど(笑) コーサ・ノストラと呼ばれる イタリア系マフィアのボスの役で 主人公のタカちゃんがまだ少年の頃から すでにボスなので、年齢設定は 少なくとも40代前後だと思います。 今回のなおちゃんが 本当に素晴らしい、と感動してしまったのは まず、とても落ち着いた演技をしていて 貫禄を出すために、声のトーンや台詞の抑揚など すごく工夫しているのが分かるんです。 そして、それが成功してるんですぅぅ(>_<)。 これは、ファンの欲目ではない と、声を大にして言いたいです(笑)。 だってファンって盲目的だけど 一方では、身内感覚になって ある意味言いたい放題になれる部分ってありますよね。 それに誰よりも詳しくなおちゃんを観ているわけだし 他のファンの人の意見だって耳をそばだてますし かなりシビアなことを考えたりもしますよね。 もちろん、いつも愛情が根底にあるのですが。 アントニオはなおちゃんがよく演じてきた 発散型の役・弟分的な役とは 対局にあるキャラクター。 トップさんより年齢が上で、 しかも(顔かわいいのに)髭も付ける 等など、わたしが勝手に推察するに なおちゃんが1番苦手とするキャラだと思うんです。 もし「夜明けの序曲」の頃この役が来たら 手も足も出なかったと思います(^^;) (ファンなのにそんなこと言っちゃだめぢゃない)。 というか「夜明け」で演っていた櫛引さんも 一応トップさんより年上の役だったけど… ……イケてなかったと…思うのです(^^;)。 ああ、でも数年後には 櫛引さんより更に年上のダンディなおじさまを こんなにも押し出しよく、しかも格好良く 演じているなんて、夢のよう。 いや、ファンなので どんななおちゃんを観ても 基本的には夢見心地なんですよ。 でも、公演の1番最初には 実はだいたいなにか 「もう少しここがこうだったら」 というつっこみどころを 密かに見つけてしまうのですが 今回は、それが無いんです。皆無。 ああ、だってもうなにもかも完璧なんですものぉ〜。 (ってやっぱりファンばかか?) なおちゃんが落ち着いている。 しかも押し出しもある。 そしてそれは事実だ。感動〜! 友人とも話していたのですが なおちゃんの演技がここまで充実したのは 専科制度のおかげなのかもしれません。 デュルクハイムもキッドもアントニオも 専科になってから出会った役だし それ以前の役とはやはり一線を画する なにかがあるような気がするんです。 より客観的になっているというか。 専科という立場ははっきり言って ポジションから公演日程から なにからなにまで明日をも知れない立場だけど そういう環境にいることが なおちゃんを充実させているのなら それはありがたいとも言えると。 でもやっぱり、ファンとしては辛いですが。 (未だに2月の予定が分からないとは…)。 というわけで、1年前の6月には 怒りにと哀しみの余り錯乱してましたが(笑) 今は「専科のなおちゃん」 という立場がとても好きです。 タモさんも退団してしまったし もう花組に戻ってほしいともあんまり思いません(^^;)。 (注:新しい花組がどうのというわけではないですので)。 そしてショーの方は、ダンスづくしで はじけるようなダンスを観られ、ひたすら楽しいです。 現在「赤い人の残像」が瞼に焼き付いて離れない わたしとしては、なんといっても炎の男の銀橋が もっとも印象的でした。 そもそも1人で渡る銀橋ならともかく 若手を率いて渡る銀橋って、 「ビューティーズ」のジャングルの時や 「アジアン」のタイの舞踏会の時みたいに 芯は組のもう少し下級生(例えばミズくん辺り)が やっても不思議じゃないのに ここをなおちゃんにくれた中村B先生 先生にはもう足を向けては寝られませんわ(笑)。 しかもこんなにも妖しい振り付けを与えてくれて …でもあれって振り付けですよね、 もしこの前のアルカポネの時みたいに なおちゃんの創作ダンスだったとしたら なおちゃんって、まじで恐るべき人だ…。 ここのシーンはきっとお茶会でも 質問の的なはずだから 耳ダンボにして聞いておこ…。 あ〜、なおちゃんは何とコメントするのだろう。 (「皆さんお好きだと思って」 というコメントに、金貨で150ドル) どっちにとても こういう時のなおちゃんは まったく躊躇ということをせず ほとんど捨て身というか(^^;) 徹底的に成りきってしまう潔さが あっぱれだと思うのです。 独特のクセや濃ゆさには賛否両論だと思うけど。 絡む人絡む人美形な人ばかりなのも嬉しいです。 1番絡んでいるゆうかちゃんは星組出身で なおちゃんの濃ゆさには、なかなか合う人と見た…。 なおちゃんとゆうかちゃんなんて 今まで考えたことのない組み合わせですが 今では、この公演が終わった後も なんとかなにかの機会でもう一度 組んでくれることがないものかな と考える日々(ばかだなぁ)。 この公演、東京は役代わりがあるので このままの役でなおちゃんが行くとは 限らないのですよね。 その前に、なおちゃんが東京に 行くのかどうかも不明なのですが なおちゃんに役代わりがあってもなくても ぜひ東京には行ってほしいです。 冷静に見ても、 専科なし・脚本にも変更なしで お芝居を東京まで持っていくのはかなり無理があり そうしない理由も見あたらないし ミズくんがジョー以外の役を演ることも あり得ないと思われるので そうなるとやはりなおちゃんは 役代わりになるんでしょうか。 来年のことよりも、まずは今の大劇場ですね。 わたしが大劇場にいないのに、大劇場には 毎日なおちゃんが舞台にいるのだと思うと。辛い。 (そうとうやられてます) |
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残業…まだ残業…いつになったら定時に帰られるのか(泣)。
疲れてくると心に余裕がなくなって 色々と愚痴りたいことが山ほど出てきます。 いつも受け流せることが どうしても許せなくなってきて 誰かに言って外に出さないと 心臓がパンクしてしまいそうになる。 無能で愚かで弱いというのイコール 悪い人間じゃないのは分かってるし なんとかなると思う。でも、それに加えて 自信過剰で卑怯なところが加わったら 人間的に信頼できない。 でも1番辛いのは、なにがあっても 結局どうしても嫌いになれないことと 他人がその人の悪口を言うのにも耐えられないこと。 ほんとうの意味で一緒にいる人だけが 1番最低な部分を分かって なおかつ捨てられないんだと思う。 でもそういう意味では、わたしはまだ 離れることの出来る人間だけど。 だから、わたしの人生は そういうことに関係なく 自分の好きなことを見つけたら そちらを取ろうと思う。 というのも「わたしは犠牲だ」 とか「この人のせいで」 という気持ちになるようでは 本当に一緒にいることにはならないし 誰にとっても不幸でしかないから。 たぶん疲れているからこんなことを考えるのかも。 世の中には、もっと遅くまで必死で働いて 命を削っている人もいるのにこんなことで…。 それどころか、わたしは ただ当たっているだけなのかもしれないし 仕事以外のいろんな不安を都合のいいように 誰かのせいにしようとしているだけなのかもしれない。 心に余裕のない時に 本当に人のことを思いやるなんて 駱駝が針の穴を通る方が簡単かも。 わたしには出来ないな。 せいぜい気にしていない 振りをすることくらい。 でもそれも出来ないかも。 せいぜい…無口になることくらい。 どうしたら、いつも笑っていられるんだろう。 暗いな〜(笑)。 これをわたしを知っている人が読まないことを祈る(^^;)。 読んでもなにもつっこまないでください。 疲れた時には粉製のホットレモンがいいんだよね。 まるで残業のために作られたかのような商品。 これはあったかくて元気が出ます。 |
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今日は大学のホームカミングに行ったのですが
いや、こんなに充実した催し物だとは思いませんでした。 心が洗われたってのはこういうことかも、というくらい 行って良かったと思いました。 しまったな、他の友達ももっと熱心に誘えば良かった…。 学校に向かう電車に乗った時から 窓から見える景色はもちろん その乗り心地、ガタゴト揺れる感触・リズム すべてがほんとうに懐かしくて心がじわっとしました。 駅を降りてからは心臓破りの歩道橋・坂・階段という 3つの難関を越えなければキャンパスにたどり着けないのですが (大袈裟だって)階段は今ではエレベーター式になっていました。 わたしたちが愛用していたおとぎ話のお姫様の名前が付いた (名前とは裏腹な)地味な階段はもう閉鎖されていましたが もう1つあった階段は一部残されており その階段を上った脇にあった 「グリーンチャペル」もまだありました。 グリーンチャペルは、小さな林に囲まれた 芝生に、簡素な木の十字架が立っている空間で 昼間でもほとんど人気のない場所なんですが とても愛すべき美しい場所で気に入ってました。 キャンパスは増築されてかなり変わってしまっていましたが そこは残っていて嬉しかったです。 新しく出来ていた エントランスを兼ねた大きな建物は ホテルか?と思われるほど立派で ホテルのロビーにあたるような 小ホールではチェンバロの演奏会が 催されていたりもし その優雅な佇まいにはただただ驚きでした。 門のエレベーターも、その建物も わたしたちが卒業したあとに出来たというのが 本当に悔しく羨ましかった〜〜くぅ。 ほんと、わたしたちがいた頃は 施設に限らず講義数・学部学科の数や 学生数など、大学そのものの規模は 今の半分くらいだったのでは…。 母校の発展は嬉しいけど、でもこの施設の充実ぶりを見ると わたしたちがいたころは建設途中だったのかしら とすら思えます(^^;)。 とはいえ、気の合う仲間と 好きなことを選んで勉強出来た という日々は、何ものにも代え難いものだ というのは、今も昔も同じですね。 それなのに、あの時のわたしはそれが当たり前で 大教室の講義の時はよく寝ていたっけな… あの時のわたしに、今の瞬間がどんなに恵まれている貴重な時か 思い知らせてあげたい気分だわよ。 あの頃講義を受けた先生が 「学生の君たちよりも、外で主婦の方たちに教えた カルチャースクールの生徒さんの方が遙かに熱心です」 って怒っておられたのを思い出すんですが それが今はすごくよく分かりますね。 なにかを教わるということのありがたさ、 好きなことを探求する楽しさって卒業して 社会人になってから改めて分かるものなのかも 遅いんだけど、でも、事実だよね。 講義じゃないけど記念講演というのを 大教室で聴いていて それがまたわたしの大好きなテーマだったこともあり ほんとにこの講義を毎日受けていられたら どんなに幸せだろうと思いました。 まあ、でも趣味でも良いから 楽しんで探求したり学んだりできることを見つけて 無為に過ごさず日々を単調にしないことは きっと今でもできるはずだしね。 講義棟の掲示板の張紙、大教室の椅子の臭い 食堂のトレイ、講堂までのそぞろ歩き 身に染みる風の寒さ、などなど そういうことのすべてが その場所に行かないと思い出せない 懐かしい感覚でした。 同窓の友達とは卒業後も会っているけど ここに戻るとまた違う感覚になっている というか、ものの言い方ややりとりが 昔に戻っていくような気分でした。 この催し、学校の宣伝とか寄付集めの意味もあると思うけど 卒業生に、おかえりなさいそしてまたいつでももどってきなさいね という温かい雰囲気は、久しぶりに来た懐かしさや驚きに勝る 心洗われる心地だったのでした。 |
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