トーキョー・ハッピーデイズ
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2004年04月28日(水)  コンビニエンス・ガール

 昨日の静ちゃんとの会話のことを話すと、明子は、
「若い子は遠慮ってモノを知らないからね」
と笑ってスプモーニを注文した。
 いつもよりはゆったりしたペースで飲んでいる。
 “若い子は”なんて言うあたりが明子も次の領域に踏み込んでると思うけど、それは指摘しないでおく。
「でもなんだかんだ言って、その子だって同じ道を通るんだから」
「だよねー。3年や4年なんてあっと言う間だよねえ」
「そそ」

「なんかさ、人生の3分の1だか半分だかはもう過ぎちゃったんだな、と思うと不思議だよねえ。この先の30年か50年かを普通に何事もなく生きたとしても、今までの30年とは絶対同じではないでしょ。どうなるのかねェ」
 10日に一足早く30を迎えた明子は、連続ドラマの続きを予想するみたいに言った。
 まるで他人事だ。
「いくら若い方がいいって言ってもさ、戻りたいとは思わないんだよね」
「思わない」
 私は強くうなずいた。
 楽しいこともあった反面、たくさんの痛みや苦しみもあった。
 10代の時よりも、20代の悩みって深くてつらい。
 もう一度それを味わう気にはとてもなれない。

「ところで、どうなの、最近」
 スプモーニを手に入れた明子が、さらりときいた。
「何が」
 とぼけたところで、何が言いたいのかはわかっている。
「紺野くん。このところ名前もきかないけど、ちゃんと別れたの?」
「別れたというか、付き合ってるというか」
「何、その言い方」
「私にも、よくわかんない」
 グラスについた塩が多かったのか、唇がぴりぴりする。
 人生も、恋も、そんなに甘くない。
 これまでの約30年間で私が学んだことと言えば、それくらいだ。
「ずっと顔も見ないし、連絡もしないし、それでフェイドアウトかなと思うと、突然連絡があったりとか……」
「それで会っちゃうんだ。それ、ただの都合のいい女って言わない?」
「かもね」
「好きなの?」
「なんかちょっと家族みたいな感じ? 好きとか嫌いとかっていう問題でもないんだよね。別にずっと会わなくても平気だけど、会うっていうなら会っておこう、みたいな」
「なんだ、そりゃ」
 明子はこの世の珍品でも見るように目を丸くした。
「キープするならしといてもいいけど、一応いつか結婚するつもりでいるんなら、他の選択肢も考えといた方がいいよ」
「そうだね」
「私だって人のこと言ってる場合じゃないんだけどさぁ。開店休業ももう長いし」
 そう言われてみると、明子も長いこと恋の話から離れている。
 私の知る限りでは、前の彼と別れたのは3年くらい前になる。
「甘やかしたからなめられてるんだよ。純子なら放っといても怒らないで受け入れてくれる、って思われてるよ、きっと。男にとってこんな便利な女いないもん」
 酔いも手伝って、明子はだんだん紺野くんへの怒りを露にしはじめた。
 元々明子は、白黒はっきりしないことが大嫌いだ。
 紺野くんのように煮えきらない男とは絶対に付き合ったりしないだろう。
「便利……はやだなあ」
「必要な時だけ一緒にいてくれればいい、なんて虫がよすぎる。そういう商売があるんだから、そっちに行けばいいって話じゃない?」
「ほんとに、そうだね」
 最後の言葉はため息と一緒にこぼれた。
 明子は“すっぱり切れ”とまでは言わないけど、内心そう思ってることは間違いない。
 明子の言葉はそのまま、自分の中にある疑問そのものだった。
 おかしい、と疑問に思う気持ちだけで、はっきりとした言葉で考えてはいなかったけど。
 明子に指摘されて、突然、自覚した。
 私って、コンビニみたいに思われてたんだ、ということに。

2004年04月27日(火)  最年少の座

 今週からうちの部にも小島くんという新入社員の男の子が一人やってきた。
 この部署で最後の新卒採用の新入社員が静ちゃんで、彼女だってもう5年目だから、かなり久しぶりだ。
 先週まで人事の研修を受けていたようで、3ヶ月間実戦で見習い。
 適性と本人の希望を加味してその後の配属は決定する。

 シャツはまぶしいくらいに白くぱりっとしてるし、靴はぴかぴかに磨かれている。
 スーツを毎日着る生活にいかにも慣れてないという感じ。
 スーツ生活○十年のおじ様たちのように、隠れキャラクターのネクタイ(普通のネクタイなのによーく見るとミッキーマウスのシルエットが連続しているデザイン、とか)で遊ぶ余裕なんかないし、非常にオーソドックスで無難な柄のネクタイをきっちりしめている。
 姿勢もよくて、返事もはっきりして、会社にいる間中、常に期待と不安で緊張し通しなのがわかる。
 とにかく何もかも初々しい。

 “あんなー時代もーあったねとー”と中島みゆきのフレーズが頭をよぎるあたり、私もかなり古くさい。
 気付けば私ももう7年? とにかく数えるのが面倒なくらい長くここにいる。
 これだけいれば、十分お局さん的要素があることは否定できないんだろう。
 少なくともこの部署のことは全て知り尽くしていると言っていいし、仕事上でわからないことというのはよほどイレギュラーじゃない限りは存在しない。
 なんと言っても来年は30なのだ。
 気持ちは変わらないつもりでいても、新入社員を目の当たりにすると、フレッシュ光線炸裂で(この表現自体どうかとも思うけど)、もはやそれがまぶしくて直視できないくらい違うところまで来てしまったなと自覚せざるをえない。

 新入社員の登場に一番戸惑っているのは、静ちゃんだった。
「22なんですよ。若いですよね。どうしよう」
 何がどうしようなのかちっともわからないけど、これまで最年少の座をキープしてきた彼女にとっては一大事らしかった。
 最年少たって、彼女だってもう25なんだし、長いこと一番下で楽しめたのは幸運だったってことを自覚すべきだ。
「昨日総務の新入社員の女の子を見たんですけどォ、肌がちょーキレイでつやつやしてるんですよ。ホント、やばいですよねェ」
 まだ充分若いよ、とお情けで言ってあげようと思ったのに、続けて彼女はこう言った。
「早くカレを炊きつけて結婚する気にさせないと。私もいき遅れちゃう」
 “も”?
 “も”って何。
「……ケンカ売ってる?」
「え? ちっがいますよ、浅井さんのこと言ったわけじゃないですよ」
 首を振る静ちゃんのあわてぶりが何より本音を語っている。
 ま、いいけどね。


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