晴れたり 曇ったり
めぐみ



 東京・大阪ロマンチック(?)クルーズ

10時に東京駅で母と待ち合わせをし、またまたお出かけです。
これこそ休む間もなくでございます。
少なくなってきた薬のことだけが心配でした。
疲れがたまると皮膚にも影響があるので。

旅は息抜きでありますが、帰る頃には疲れがたまるもの。
唯一ゆったりのんびりできるのは船旅ではないでしょうか?
船に乗り込んでしまえば
寝ている間に食べている間に楽しんでいる間に目的地に到着する。
なんてイイ乗り物でしょう!でも、これは揺れなければの話です。
揺れる→気分が悪くなる→ご飯が不味い→イベントを楽しめない→寝ているしかない。
こうなったら「こんなに寝られて幸せ〜♪」と思う事にするしかありません!

今回大阪まで片道客船で行ったのですが、天候に恵まれず
高波の中走行いたしました。そう!気持ち悪くなるほど揺れたのです。

「船を楽しみにしてきたのに」

と同席した方が残念がってました。
気持ち悪くなり、トイレに駆け込む状態なのに
食べ続けたそのおばさんにあっぱれです。
流石に私はメインディッシュは頂けませんでした。コテコテすぎます。

今回乗った船を紹介しましょう!
内緒ですが違う会社に浮気をしてしまいました。
PACIFIC VENUS!
にっぽん丸より大きくて
客室数254(696名)
乗組員204名
最大搭乗人員900名
総トン数:26518トン
全長:183.4
幅:25m
喫水:6.5m
巡航速力:18.5ノット
航続距離:7000マイル


船内ではただただ寝てた親子です。
↑中の文字が変わる投票ボタンです。
↑押してくれてありがとう☆



2001年11月30日(金)



 最終日

■ラスベガス旅行記■
『めぐグランドキャニオンへゆく』を追加しました。
ここからどうぞ!

まだ読んでない方で旅行初日から順番に読みたい方は
ここからどうぞ!



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やっと過去にさかのぼれました。(12/4)
ボタン内で宣言した通り今日の出来事を:

今日は後半通いつめた英会話教室とお別れの日です。
期限は明日なのですが、出かけるので今日が最終日。
最後のカウンセリングを受けます。5時半〜
20分で終わる予定が次のレッスンにまでかかってしまい、
先生が時計を指しながら向こうで呼んでいます。
「今行くよ」と目で合図しながら最後のアドバイスを受けてました。
どこが難しいか?に対して適切なる助言をしてくださいました。
せっかくここまで来たのだから忘れないようにしたいものです。

最後のレッスンは楽しく受けられました。
「また戻って来るんだろ?」と先生は微笑みながらおっしゃいました。
「とりあえず休んでからね」

最後の日に、久々に会えた友達も居て良かったです。
話は尽きない状態で、沢山の人が私との別れを惜しんでくれ
素敵な友達持ったなぁと嬉しくなった一日でした。
それと同時に、へたするともう会えない人とかもいるのね?と
思ったらうるうるしちゃいました。
出会いには別れがつきものと申しますが幾度と経験しても辛いものです。

2001年11月29日(木)



 いつもと違う私になって

久々に行く英会話教室。
友達に会えるかな?と思ったらわくわくが止まらなかった。
ちょっといつもと違った格好で行こう!と気合いを入れる。
受付では

「どうしたの?」
(え?何か変?)

「可愛いね☆」
(ホッ!)

あぁ、なんて嬉しいお言葉。うふふ。
それからメンバースペースに走ると・・・

「今日めぐに会う為だけに来たのよ」とgacha.

これまた嬉しいことを言ってくれるじゃないか!!

明日で英会話通いもお終いです。
ここ数ヶ月楽しく過ごせたのもgacha.を始め、
私と仲良くしてくださった方々のお陰です!

☆どうもありがとう☆

この場を借りてお礼を♪♪♪


■ラスベガス旅行記■
停滞中。。。いつものことです。がはは!
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2001年11月28日(水)



 山の様なメール

東京に戻って来た。
2週間メールをチェックしないでいたら
パソコンには49通のメールが届いていた。
(なんだか嫌な数字。。。)
案の定その中に厄介なウィルス付きが3通もあったのだ。
人事と思っていたことが自分にも起きた。
怖い。。。

同じ添付ファイルはファイルでも嬉しいものもあった。
しばし放置してしまったことをココロで謝りながら開く。
それを発見したときはまるで宝探しでもしたかの様なわくわく感があった。
沢山のメールをありがとう♪

■ラスベガス旅行記■
なんやかんやで昨日から進んでません。ごめんなさい。
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これを押しても感染しません。ご安心あれ!


2001年11月27日(火)



 Read me

ラスベガス滞在記を始めたのだけど
物凄い時間がかかってしまった。
仕上がったのはたったの1日だけである。
こんな調子で最後までたどり着けるのかと時差ボケした頭で悩む。


旅行初日から順番に読みたい方は
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2001年11月26日(月)



 ◆ただいま!

困ったねぇ。。。まだあと3日分書かないといけないのに
日記帳が足りないぞ!もう帰る日になってしもうた。

。。。

ベガスから戻って参りました。
とりあえず御挨拶!
ただいま〜♪
↑中の文字変わるよ。


−−−キリトリ−−−

つづきどうぞ!

2001年11月25日(日)



 ◆CASINO

ラスベガスはまだ眠らず続き・・・
現地時刻 22th Nov.2001 になったばかりです。

+++

100ドル呑まれためぐとおばちゃんはとぼとぼ
400ドルを手にしたやっちゃんはうきうき
VENETIANを後にします。

+++

泊まっているホテルの前で
「隣のフラミンゴに行くけどどうする?」とやっちゃん。
ちょっと考えて「行くぅぅ」とめぐ。
おじちゃんもおばちゃんもぞろぞろついて行きます。

カジノには沢山の人が目をギラギラさせながら遊んでいます。
「ここにしよう!」
やっちゃんは即開始!
めぐはまたまた見学人。
「やらないの?」
のコトバにおばちゃんもちびちび始めました。

20ドル呑まれて
もう一枚20ドル札を入れた時








おばちゃんの台にが3つ!




「キャーーーーー♪」

嬉しい悲鳴です!
「おばちゃんやったね★」
「ここでやめたらとんとんだわ!」
「でも、大概当たりは続くぜ」
「でも、絶対とは言えないけどね」

「おばちゃん続けなよ」(めぐ無責任発言?)
「そうね」


と即!
またまた
7 7 7

40ドルが

200に

600

800






1000ドルに!!
スゴイよ!おばちゃん!

+++

その頃やっちゃんは・・・
100ドルを呑まれ
もう一枚つぎ込んでおりました。

「出ないなぁ」
「。。。」




















7 7 7
炎 炎 炎


途端に鳴り響く音楽♪♪♪

「スゴイじゃん!炎つきだよぉ」

めぐ、人事ながらかなり興奮!
人もどやどや集まって来て「おめでとう」と羨ましそうに言います。
炎付きの7並び、それはスロットマシンの上に常に増え続けている金額
最低1000ドルが手に入る訳です。



ドカーンと一気にお金持ち!




↑中の文字変わるよ。



2001年11月24日(土)



 ◆ラスベガスの夜

現地時刻 21th Nov. 2001 夜

グランドキャニオンから眠気眼で戻った我らは夜のスケジュールをこなすべく
16:55再集合致します。飛行機が遅れた為ゆっくりする間もございません。
セスナで出かけなかったいずみ姉さん一家とやっちゃん&し〜ちゃんと合流!
皆はショッピングを楽しんだ模様!手には沢山の袋が。

モンテカルロにて公開中のランス・バートンのマジックショーへ行く前に
しゃぶしゃぶ食べ放題へ・・・
薄暗くて、何が並べられているのか分からない。
しゃぶしゃぶというよりむしろ、闇鍋?
なんだか日本がこのようにイメージされているのかと思ったらおかしかったです。
「寂れた居酒屋スナックみたいだなぁ」とやっちゃん。
まさにそのコトバがズバリ!当てはまる店でした。がはは!

現地で<自分で>手配したらもっと安かったのですが
添乗員(?現地世話役人)さんに頼んだのでセット価格で高かったです。
まぁ、送り迎え付きで楽と言えば楽なんですがね。
「こりゃ〜喰わなきゃ損だ!」と言う勢いで皆肉を流し込みます。
やっちゃんもおじさんもベルトをゆるめる始末。
あぁ、めぐも食べ過ぎですぅ。。。

早い夕飯を取ったのちショーへ・・・
『マスター・マジシャン』ショーの主役、ランス・バートンと一緒にマジックの世界を旅してみませんか?シアターに入った瞬間から世界一のマジシャンが目の前で繰り広げる豪華なステージにあなたの五感は釘付けになることでしょう♪

てな訳で席につきます。

手先を使ったトリックから大がかりなイリュージョンまで難なくこなくショー。
年齢を問わずに誰もが楽しめるショー。


でも、これは英語ができたらの話かも。
彼のトークが完全に理解できたらもっと楽しいものになったはずです。
何に吃驚したかと言えば・・・ちびの反応です。
ちびは日本語もままならないもうすぐ3歳の男の子です。
でも、毎日英語のテレビを見て育っています。
だから「りんご」と言えないが「アップル」と言えると
英語を得意としています。
だからもしかしたら私より理解できているのではないか?と疑問を抱いていたのです。
案の定彼は分かっているようでアメリカ人と同じタイミングで



「きゃはははは!」


と笑ってました。
驚きました。
ちび、君って一体。。。何人?

+++

ショーを満喫した後はちびが寝静まるのを待ちカジノへ出かけます。
まず一度は泊まってみたいVENETIANのカジノへ。
ちびちび始めました。初めの10ドルでは結構遊べたのですが。。。
気付けば110ドル呑まれていました。

「どん!とつぎ込まないと!」とやっちゃん。

呑まれて当たり前!損して当たり前!位の勢いがないとダメです。
私みたいに、「あぁ、あのお金があったら。。。」なんて人には
大当たりなんて来ないのかもしれません。
もったいないお化けがすぐ出ちゃって・・・めぐは賭事向いてないらしい。
一攫千金を夢見、帰国後壮大なパーティー!だったのですが。
なんてことでしょう!マイナスだなんて。

次をつぎ込む勇気はなく、やっちゃんの様子を伺っていました。
100ドルが500ドルまで行きました。
7が並ぶ度興奮します!
そこでやめれば良かったのかも知れませんが、まだ続けます。
あれあれ。。。と言う間に100ドルを切ろうとしてました。

400ドルまで貯まると係りの人を呼べ、現金がその場でもらえます。
399だといちいちコインを出して換金しに行かなければなりません。
(これは1ドル賭のスロットマシンでの話です。)


と言う訳でやっちゃんは続けました。
とそこへスゴイ札束を持った男女が・・・
やっちゃんの台を挟む様に座り、途端に当てています。
どういうことでしょう?

「スゴイねぇ」と言っていると、女が
「カードを持っていないのか?」と聞いて来ました。

ポイントを貯めるカードらしいのですが、
年中プレイする訳でもないので会員にはなっていなかったのです。

「貸してあげるよ」
「これがあると確率あがるのよ」

「本当かなぁ?」とやっちゃんを含め誰もが疑っていました。

ハズレ

ハズレ

ハズレ

「ダメだねぇ」

と次の瞬間!!



7 7 7



「でたーーーーー☆」

それから当たりは続き400までアッと言う間になったのです。おめでとう☆
そこでやめることにしました。
それからこのカードはどこで手に入るのかを聞くと

「あげるわ!」と一枚私にくれました。

何か、これを持っているといいことがある!そんな予感がしました。
それが的中するとはこの時のめぐは知る余地もなかったのです。
↑中の文字変わるよ。

2001年11月23日(金)



 ◆めぐグランドキャニオンへゆく

グランドキャニオンは、河川の浸食が作り上げた最も代表的な渓谷で、河川の威力をまざまざと見せつけてくれる記念碑として世界中に知られています。コロラド河は今日まで何百年間も、容赦なく大地を削り、渓谷を掘り下げながら流れ続けて来ました。この巨大な渓谷の生い立ちを眺めてみましょう♪

と言うことでGRAND CANYONへ出発です。
集合は一階、初日にバスが着いた場所に8時55分。

プルルルル♪

「はろぉ?」(寝ぼけ声のめぐです)
「本日はオプショナルツアーにご参加頂きありがとうございます」
「現地は大変冷えますので脱ぎ着のできる格好でご参加下さいますように!」
「本日最低気温マイナス4度でございます」
「え?寒いですねぇ」
「それより今何時ですか?」
「7時5分を回ったところです」

「えーーーーーーーー」


予定としては7時に起きて朝食を隣のホテルフラミンゴで取って・・・
だったのですが、案の定寝坊致しました。
日本から持ってきたカロリーメイトなどを腹に入れ
眠気眼で空港へ向かいます。

「これを見える所に貼って下さい」

ナンバー2と書いてありました。
出発時刻の15分前には呼び出しますとのことでしたが
予定時刻になってもアナウンスはありませんでした。
しばらくすると、祖母、おじ、おば、私、そして他に2名が呼び出され
体重を量られました。

「荷物ごと乗って下さい」
「え?公共の面前で?」

体重計の数字は3桁!!!
いくら荷物と一緒でも重すぎません?
なんだ、これ、ポンド表示なのね。ちょっと安心。
計算されても困るので正確な数字は申しません。
念を押していいますが、荷物と一緒に計って3桁ですよ。

「では、この6名様はナンバー7のバッチに変えてください」

と別グループにされました。
これは一体どういうことだ?と思っていると
案内されたのはすんごく小さいセスナだったのです。客席数8名。
他の方々は大きい飛行機に乗り込んでいます。
これは酔うに決まっている!と慌てて酔い止めを飲んだのです。

プロペラが回り始めました。
すきま風が入って来ます。
足の長い人は大変苦しい小さな座席です。
パイロットはすぐ私の前に座っています。
もの凄い厚い眼鏡を掛けているけど大丈夫なのでしょうか?

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

と音をたてて走り出しました。
これ、本当に飛ぶのでしょうか?

グオオオオオオオオオオオ

空気の抵抗を感じます。
浮きました!
浮きました!
地上が遠く遠くになってゆきます。
と言ってもジャンボ機ほど高くは飛びません。
下が良く見えるよう低空飛行です。

「うわぁぁぁ」

と言ってる間も短く
めぐは眠りに就きました。
すやすやすや。
後部に座っていたおじ曰くもの凄い勢いで船を漕いでいたそうです、めぐ。

「ぎゃーーー、揺れるではないか!」
「良かった☆酔い止め飲んでおいて」

ガガガガガガガガガガガガ

「え?もう着いたの?」
「しまった!」
「ずっと寝てたよ」

このツアーって上空からの眺めを楽しむのがメインだったような。。。


がががーーーーーん。


いや〜ん。おじさん、起こしてくれても良かったのにぃぃぃ。ぐぅ。
酔い止め効きすぎです。

それからバスに乗り込んで観光がスタートしたのですが・・・
兎に角眠い。乗ればすぐ睡魔と仲良しです。
一所懸命おばあちゃんガイドが説明してるんだから聞きなさいよ>めぐ。
すみません。

2箇所で写真ストップ。

「ハーイ!撮るよぉ」
「あれ?押せない」
「もう一度」
「ハイポーズ!」
「やっぱり押せない」
「ごめ〜ん。フィルム入ってなかった」

頭ボケボケです。
しかも山ほど持ってきたフィルムバスに置いて来ちゃうし。。。
これでカメラ好きと言うのだから笑えます。
仕方なくデジカメでバシバシ♪

すごいねぇ。ここが海だったなんて想像もできないねぇ。
下はあまり見ないようにしましょう!
吸い込まれそうで怖いです。

↑中の文字変わるよ。

2001年11月22日(木)



 ◆ラスベガスの長い一日

日付け変更線を越えているので実際にはまだ前日の話なのだが
日記がだらだらと続きそうな勢いなので、日本の日付けで書くことにする。

+++

現地時刻:20th Nov.2001 夕方

ラスベガスへ到着した私達は迎えのバスに乗り込んでホテルへ向かう。
街まで約10分ととても近い。
ツアー代金にはホテル代とエアー代しか含まれておらず食事はなし。
つまり寝るだけのためのホテルなので安いのにしよう!
と行った人は御存じ五重(?)の塔の建つIMPERIAL PALCE HOTELに4連泊。
3535 Las Vegas Blvd. South Las Vegas, NV 89109
Tel:[1](702)7313311
ラスベガスマッカラン国際空港から4.8km、リムジンバス15分 4米ドル

クラス:★★
総客室数:2700
創業年:1980年
改築年:1997年
建築様式:近代的
室内装飾:オリエンタル調
建築階数:19
エレベーター数:12

チェックイン15:00 アウト12:00

レストラン・コーヒーショップ
1:THEHOUSE アメリカ料理 250席
2:MING TERRACE 中国料理 120席
3:SEAHOUSE  シーフード 120席
4:EMBERS   ステーキ  120席

プラグタイプ:American(A) Type


荷物を置き、今後の打ち合わせをいずみ姉さんの部屋でする。
そこで帰りの飛行機が早いことを知った。朝4:55分集合!
過酷スケジュールは最後まで続いたのである。

ひと休みしてから街に繰り出すことにした。
辺りはネオンが綺麗な時刻になりつつあった。
これからこの街の時間は動き出す。
どこのホテルも一階にはカジノがあり、
鳴り止まないコインの音、そして機械音。
そんな中を通過しながらBELLAGIO HOTELへ夕飯を食べに行く。
食べ放題!ここに来たら蟹を食べないと!と兄はもりもり食べて居た。
迷う程に並べられた食べ物。中には寿司らしきものもあった。
日本食は他に味噌汁があったくらいだろうか。

ホテル内をうろうろするのもまた楽しい。
泊まったホテルはそうでもないが(涙)装飾が美しいのだ。
ショッピングも楽しめるし、無料のショーもあったりして
まるでディズニーランドで暮らしている気分。

BELLAGIO HOTELのロビーは必見である。
特注のベネチアンガラスが天井を覆いつくしているのだ。

綺麗である。と同時にちょっと恐い。
「これ落ちて来ないのだろうか?」
ここで撮った写真は葉書にする予定。

外に向かうとFOUNTAIN SHOW
(ホテル前に広がる湖で音と光とともに繰り広げられるフアンテン(噴水)ショー。
570万リットルものみずが高く舞い上がり湖が息を吹いたかのように踊り出す。)

が調度やっていた。15分おきにやっているのでまた次ぎのを待つ事にした。
外はだいぶ寒くなってきた。砂漠地帯なので気温の差が激しい。
服は脱いだり着たりできるものがお勧めである。


突然大きな音で始まった。
吃驚したちび、思わず口に手が行ったまま動けなくなった。
ショーはいくつかあるようでゆったりした音楽の中繰り広げられるのもある。
湖畔沿いに歩く夜の散歩なんていかがだろう?ロマンチックでございます。

ゆっくりと外を歩きながらホテルへ戻る。
途中CAESARS PALACEのフォーラムショップに立ち寄りながら。
中はお台場みたいに天井には空が描かれており、
一体今は夜なのか昼なのか分からない。
時間を忘れてしまいそうになる。

↑中の文字変わるよ。

2001年11月21日(水)



 ◆渡米

朝になっても開いたままのトランク。
留守番の母だけがその状況を心配していた。
「起きなさい」と言葉を残し母は出勤。
祖父に別れを告げ駅へ向かう。

調度いい時間の電車がなくてバスに乗るのも余裕、
飛行機に乗るのも余裕と待つ時間の多い旅となった。

成田空港は想像以上にがらんとしていた。
人を避けて歩くこともなければ椅子だって好きな所に座れる次第。
さぞかし飛行機は空いているだろうと思いきや便数が減った為にほぼ満席。

荷物チャックは厳しかった。
まずいつものごとく機械に通した上、中を見られた。

「おっと!押しつぶさないでください」
「それお菓子です」

いつも旅行先が後進国ばかりだったのでその癖で、
つい必要以上に詰め込んで来ていたのだ。

「服と食べ物だけですね」
「はい!その通り」

なんだか恥ずかしかった一番小さなスーツケースのくせに一番重い私の鞄。

今回家族9人と言う大きな塊として国外脱出。
JALに乗るのは久々だった。
個人用のテレビが座席の前についているなんて知らなかった。
映画(ドキュメントを含む)は12チャンネルの中から選択でき、
もちろん音楽も豊富でゲームも楽しめた。
私と祖母が56D・Eであと7人は一列後ろにずらりと並んだ。
ちび(まもなく3才)は窓側。結構おりこうさんではないか!
(ただ遠いから聞こえないだけかな?)
今、電気がついているのは私の席位である。
皆眠りに就き時の経つのを眉間にしわを寄せながら待っている。
日本時刻夜10時。やっと5時間経過。
そろそろエコノミー症候群に注意である!

第1回目の機内食(乗ってすぐ)はチキンだった。
テロのせいだろう、ナイフだけがプラスチック製だった。

行きは偏西風に押され予定より一時間早いフライトとなった。
30分遅れて出発だったので実際には30分早く着いただけだが。
当初は、直行便でラスベガスまで飛ぶ予定だった。
が、先も述べた様に便数が減った為直行便もなくなったのだ。
だからロス経由。

ロスでは個人で乗り継ぎをしなければならない。
いちいちトランクをピックアップしてまた預け直す。
そしてチェックインもしなければならないのだが
その前に国際線のターミナルまで移動しなければならない。
外は想像以上に暖かかった。
ターミナルへ行くには青い看板の下でAのバスを待つ。
バスに乗る。冷たい運転手だった。

チェックインカウンター
一気に9人分やろうとしたら
「夫婦単位で頼む!」と言われいちいち面倒だった。
パスポートの顔の載っている所にチケットを挟んで個々に渡すといい。

質問事項がある。(これはチェックインする度に聞かれた)
1:誰かからの預かり物がないか?
2:自分で荷造りし、目を鞄から離してないか?
「NO」と答える。


英語の分からない祖母にも質問は飛んだ。
「彼女にも聞いてくれ!」と言うので
「ノーと言って!」
と私はまるで質問文を読んでいるかのように祖母に言った。
そばに居たちびもオウムの様に連発する「ノー」「ノー」「ノー」

無事チェックインは済んだ。
待ち時間は2時間のはずだったが乗り継ぎ便は大概遅れる。
計3時間は待ったのではないだろうか?
いつも機内で寝るので結構元気なはずなのだが・・・
今回はこの日記を途中まで書いていたり映画を2本見たりしてるうちに
到着してしまったのでほとんど寝ていなかった。

乗り継ぎ便が飛び立ったのは知っていたが
次ぎに目覚めた時はすでにラスベガスに着いていた。
1時間ちょっとのフライト中は熟睡だったのだ。

流石眠らない街:ラスベガス
空港内にももうすでにカジノが用意されており
多くの人がお金を落としていた。
カジノは基本的に撮影禁止。
子供(21才以下)プレイ禁止である。

でも、空港は大目に見てくれると言うので
数枚ここでシャッターを切った。

♪ようこそラスベガスへ♪
↑中の文字変わるよ。

2001年11月20日(火)



 獅子座流星群

今、明日の準備をしている。
バイトの疲れがピークになっている私に元気を与えているのは
もうすぐやって来ると言う獅子座流星群。
2時31分までは起きていなければ!と思いつつ
トランクの前でちびちびと荷造りを始めた。
あとちょっと!と言うところでまぶたが仲良くなりたがり
もうだめ〜〜〜と布団に潜り込む。
夢の中で星が降っていた。

「しまった!」

と目覚めた時は2時25分。
トイレに行って暖かい格好をし窓から顔を出す。
冷たい空気の壁が顔にあたり、ぶるっとした。

「うぅ寒い」

群馬の空は薄い雲がちらちら見られたが
空気は澄んでいて星はキラキラとこっちに挨拶している。

「あっ!流れ星」

それからいくつの星を見ただろう。
あまりに綺麗で願いごとなんてすっかり忘れてしまうほどだった。


「うわぁぁぁ」
(近所迷惑です!お静かに>めぐ)

寝る前にお祈り:
星が流れる度に大好きな人たちの名をあげて・・・(欲張り?)
気付けば他人の幸せを祈っていた。
「自分の幸せ祈らなきゃ!」と言われたけれど
あの瞬間はもうすでに手にあまるほどの幸せを感じていたので
これで良かったのです。皆さんお幸せに!

。。。

「ねぇねぇ、起きて!」
「一緒に見ようよ!」

と言う私の横で母は寝息をたてて眠っていた。
おやすみなさい。今日はバイト最終日。がんばろう!
何か好い事ありそうな予感。
↑中の文字変わるよ。

2001年11月19日(月)



 時間の取らえ方

日曜日。デパートへの出足は遅い。
午前中はとっても暇だった。
忙しくしている方が時間が早く過ぎていいのに。

。。。

夕方また珍しい人と再会した。
中学1年生の時の担任の先生だ。

「せんせーーーー」
「お元気でしたか?」
「あら!」
「もう何年ぶりになるのかしら?」

恐ろしく長い時間が流れていたことを知っためぐです。

↑中の文字変わるよ。

2001年11月18日(日)



 こんな所で会うなんて

昼休み、社員食堂は混雑していた。
奥の方しか空いていない。

「すいません。ここいいですか?」とめぐ。
「どうぞ!」
「あれ?」
「めぐちゃん?」

短大時代のクラスメイトだった。
驚いた。
卒業式以来である。

「変わってないねぇ」

そう言えばめぐは短大時代も今みたいに短かめの髪型だったなぁ。
久々に聞く名前が飛び交う。
↑中の文字変わるよ。

2001年11月17日(土)



 カサカサ

「どうしたの?」
母が驚いて言う。
鏡を見て吃驚。
顔にヒビが入っているではないか?
まるで古い油絵みたい。
これからもっと乾燥した地へ行くのに心配だわ。
疲れかなぁ???
ホント仕事に向いてない身体ねぇ。

今の望みは黒い服を着れるようになること。
日焼けした人みたいに皮膚がボロボロ落ちて
それが目立つ黒いは着れない。汚らしいのだ。不潔に見えるのだ。
あぁ、毎朝毎晩お風呂入ってるのになぁ。
私のことを知らない人は怪訝な目線を今日も送る。。。

食品を扱うのでとっても気になります。
好い補湿液知りませんか?
皮膚に好い食べ物知りませんか?

↑中の文字変わるよ。


2001年11月16日(金)



 色んな客を相手に

今回は思ったほど喉にダメージを受けていない。
去年なんて
「風邪ですか?」
「お大事に」
なんて客に言われる始末。
「ど・どうも。。。」

+++

デパートはやっぱり遊びに行く場所です。
働きに行く場所ではありません。
ちっとも楽しくないです。
時間が早く流れないか?そればかり考えています。

何十万と言うお金がいくら目の前にあっても
それは自分のお金ではないのでちっともわくわくしません。
まぁ、雇われている側としてはそうでなければ
信用問題にかかわりますから、いいんですけどね。
そうそう!ねこばばしちゃだめです。
(英語で習ったけど「ねこばば」ってなんだったかなぁ?)

+++

客の中には迷惑な奴います。
前日買ったらしいそのおばさん、
わざわざ「美味しくなかったわ」と言いに来ました。
「そうでしたかぁ」「申し訳ございません」
味覚は人それぞれです。そう感じる人もいるでしょう。
でも、今買おうとしている人に向かって
片っ端から「美味しくないわよ」を連発するのはやめて下さい。
営業妨害です!

早く帰れ!このくそばばぁ

心の声、聞かないふりするのは大変です。
顔がひくひくしてしまいます。

その後やって来たおじさんにめぐは救われました。
「これ旨かったよ」
「だからまた買いに来た」
「10本くれる?」

どうもどうもありがとうございますぅ。
笑顔を取り戻しました。

追伸:ギターの音っていいですね。癒されます。

↑中の文字変わるよ。

2001年11月15日(木)



 お仕事

今日からもぐら生活開始。
ホコリ舞う、外からの光の入らないデパートの地下で売り出しの手伝い。
久々の立ち仕事。9時半から閉店の7時の間に足は完全に棒になった。
今日はまだ行き帰り自転車をこがずに済んだからいい。
明日は、冷たい空気を切って通勤なのね。。。とほほ。
仕事してないからこそHPは管理できるのかもしれない。
めぐに両立しろ!と言うのは無理のようです。あしからず。

↑中の文字変わるよ。

2001年11月14日(水)



 東京→高崎(その過程で)

実家に戻る。
でもいつもよりもっと面倒臭い。
バイトを6日間したのち東京に戻らず旅行にゆくからだ。
そう!旅に必要な物全て持参しなけらばならないと言うこと。
ただでさえ、部屋を留守にするのは面倒。
ゴミ出して、ガス栓閉めて、電気を消し忘れず・・・
と確認事項+することが多いから。
数時間空けるのとは訳が違う。
どうろぼうが入る前から入った様な状況にはしておけない。
片付け+片付け。。。
面倒なことに直面するとボーッとする癖があるらしい。
しばし、大して面白くもないテレビをじーーっと見て居た。
「まずいまずい!」とやり出したものの、
予定の時間をオーバーし、危うく会いたい友達にも会えないところだった。
明日から旅行に出かけるあかね(仮名)にはどうしても会いたかったのだ。
英会話教室の仲間なのだが一足遅れで教室にはもう居なかった。

「あかねは?」
「さっき帰ったよ」
「え?」「さっき?」「。。。」(汗ダクダク)

電話をかける。でも出ない。。。ぐぅぅ。
しばらくすると運良く彼女から連絡がもらえ、居場所をつきとめ
無事会えた。良かった☆良かった
たっぷり喋ったあと、再会を約束して笑って別れる。

「気を付けて行ってきてね☆」とめぐ。
「そっちも」

うぅん、めぐの方が危険なのかもしれない。
↑中の文字変わるよ。

2001年11月13日(火)



 早起きしたのに

今日学校はお休み。
でも、早起きした。朝食の用意。久々に卵を使う。
「卵って単語忘れそうだったよ」と弟が言うほど食卓にのぼってなかった。
細かく切った人参、トマト、ベーコンそしてチーズを入れてオムレツにした。
外国のホテルの朝食でよく目にするメニューだ。
米は、先日から切らしたままなのでトーストにジャム。
コーンスープ。グレープジュース。でご馳走様。

弟を送り出した私はゆっくり入浴。
昨日痛めつけた皮膚を癒す。ぐぅ、しみるなぁ。
やはりお酒はアトピーに良くないみたいです。
身体が酸性になるからでしょうか?
飲み過ぎ注意です>めぐ

のほほーーんとしてたらいつの間にか寝てました。
次に目覚めた時は、とっくに笑っていいともも終わってて、
外はすぐに暗くなりました。

明日は実家に戻ります。
そして立ちっぱなしのバイト生活突入。
そして疲れた身体でベガスです。
荷造りしなくっちゃ!
ここに忘れものすると面倒だよ、めぐ。

↑中の文字変わるよ。

2001年11月12日(月)



 恐怖

今日は大好きな先生の授業だった。
先週、取れなかったのでレベル3になってからは
初めての受講。
先生は私の姿を教室で見かけると
「ようこそ!」と手を差し出し握手を求めてきた。
嬉しかった。先生の手は柔らかく温かかったなぁ。
がんばろう!と思った。

今日のトピック:"Fears"
noum the feeling that you have when sth dangerous,
painful of frightening might happen
:He was shaking with fear after the accident.

verb 1 to be afraid of sb/sth or of doing sth
:We all fear illness and death.
2 to feel that something bad might happen or might have happened
:Thousands of people are feared dead in the earthquake.

私は、小さいときにあめ玉を喉につまらせて以来
錠剤がうまく飲み込めない話をした。
保育園生だったと思う。飴が死の恐怖を私に与えた。
息ができなくて、、、
祖母が慌てているのを涙の向こう側に見ていた。
母に電話をする。仕事を投げ出し母が帰ってきた。
その途端、飴が小さくなって胃に流れた。
母は神様のように思えた。
私は覚えていないけどもらしたらしい。(恥ずかしい)

それから何度となく錠剤を飲む機会があったが
水だけが流れどうしても飲めなかった。
困った母は、砕いたりしたが
錠剤を砕くと最高にまずい。飲めた物じゃない。
で、結局飲まないわたし。母の努力も空し。
終いにはご飯に紛れ込ませたこともあった。
調度お茶碗にある時に発見し、「何コレ?」と怒ったなぁ。
しばしご飯を食べるのもおそるおそるだった。

いまだに引きずってる幼児期の嫌な想い出ありますか?
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2001年11月11日(日)



 一週間

上のレベルになってもう一週間。早いものだ。
また今日も頑張って2つ取る。:"Crime&Punishment""Opinions"
もちろん、終わる頃には脳味噌どろどろ。

今日のアドバイス:
私は英語が読めない。
どうもフラ語みたいに発音したくなるので
英語を見るとどう発音していいのか分からなくなるのだ。
そこで先生が「僕を信じて欲しい」と話を始め

■英会話・ぜったい・音読■ 國弘正雄[編]
 講談社パワー・イングリッシュ
ホームページ http://www.kodansha-intl.co.jp

を勧めた。
頭の中に英語回路を作る本らしい。
英語もダンスの様に、ピアノの様に身体で覚えるものなんだって。
だから「100回繰り返す」ようにと私に助言した。
先生も「鬼の居ぬ間に洗濯」など
外国の方が言うと『おぉぉぉ!』とか思ってしまうコトバを
繰り返し口にしたそうな。

早速、帰りがけに本屋に寄って購入。
CD付で1200円です。
電車の中ではいかにトレーニングするか?しか読めなかった。
でも、話せるようになる気がしてわくわくした。
続くかが大きな問題ね。うぅぅ。

。。。

今日は友達にも会えず、デジカメの出番がなかった。
明日は会えますように♪

↑中の文字変わるよ。

2001年11月10日(土)



 こんな日は

外は雨です。
寒そう。
出かけたくないねぇ。

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+++

結局今日は、昨日撮った写真を加工して終わった。
アイディアが浮かぶにも時間が掛かるうえ、
どう操作するのか分からないからまた時間が掛かる。
「できたーーー☆」と言う時にはぐったり。。。
早速送信しましたが、銀座の皆さん気に入ってもらえました?


2001年11月09日(金)



 再会

今日は珍しく授業が終わってからも学校に居た。
初めは立ち話をしていたのだが

「座りません?」
と腰を下ろしたが最後。
ぺらぺらと口からは日本語が・・・

「English please!」
通りかかる先生が言う。

「HA HA HA」
居なくなればもちろん日本語ですよ。
言いたいこと沢山なんですから。

1時間位口を動かし続けた頃だろうか?
ObaachanSメンバー(過去日記参照)の1人が目の前に!!
彼女は一ヶ月前に期限が来てやめてしまったんだ。

「復活しないの?」とメールのやり取りをしていたのだが
まさか今日、復活するとは思いもよらなかった。
びっくりした!
嬉しかった!

もうすぐお別れなので写真を!と思っていたので
今日はデジカメを持参していた。
もちろん復活祝いに彼女と一枚!
いやいや、めでたいねぇ。

更新を考えようかとまた思い始めためぐでした。
↑中の文字変わるよ。

2001年11月08日(木)



 愚痴ってスッキリ

今日は、カウンセリングを取った。
本当に病院とかのカウンセリングみたい。
「先生聞いて〜」状態。
「あのね」
「この間ね」
「先生に泣かされたの」
・・・と愚痴ってしまった。
(面白い話題でなくて先生ごめんね。)

そして、いかに今のクラスについて行ったらいいのか相談した。
映画を繰り返し見なさい!とのことだった。
ハリソンフォードはGood Englishだそうな。
ニュースはレポートだから会話はマネしないように!
あんな話し方したら「つまらない」と言われます。
アクション映画で使われる言葉も授業中使わないように!
お下品でございます。

先生もここぞとばかりに愚痴ってたな。だはは!
「ここだけの秘密だぞ!」
「ぺらぺら」
「べらべら」

先生も色々あるのねぇ。
注)ここでの会話はトップシークレットです。
  書けません。ごめんなさい。

私のことを少し分かってもらえて良かった。
授業もカウンセリングをしてくれた先生ので
泣きべそかいてから初授業だったけど無事終了。

今日はこれと言って私事では何もイイ事無かったなぁ。
でも、友達がもうすぐレベルアップできそうで
とっても嬉しい☆一次試験合格おめでとう!
早く上がって来てネ♪>みなちゃん gacha.

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2001年11月07日(水)



 底に居る私に一本のロープ

久々に友達に会えるかと思っていたのだが
体調を崩してしまったらしい。残念。
慌てて出かける必要のなくなった私はパソコンをカチャカチャ。

授業はない!いや、正確にはさぼる!
今日は泣かされた先生の授業だから行かないのだ。
情けないと笑って下さっても結構!
ただ、つまらない授業に乗り気のない授業にお金を使いたくないだけです。
コレ、言い訳か?まぁいい。そのうちそのうち・・・

そこへ一通のメール。
飛び上がる程嬉しい内容だった。
谷底から救いあげてくれるメールだった。
わくわく♪どきどき♪が止まらない。
人生辛いことばかりじゃないねぇ。うんうん。
顔に『幸せです』と書いて出かけた。

この先は・・・
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2001年11月06日(火)



 浮かんでは消える

今日は、何をしただろう?
やる気のなさ、そして失望感は昨日から続き
「よっしゃー!」と気合いを入れるものの
すぐにうち消される。
ろうそくの火を消すがごとく簡単に。
ふ〜っと。。。

「勉強してやるぅ!」
そんな気になったのも高校以来だろうか。
憎しみから生まれた感情では素直に喜べない、やる気。
図書館にでも行ってと寒い外に出たが
心配していた通り休館日だった。
入り口で今月の休みだけをメモしてとぼとぼ帰る。
今夜のおかずを買って・・・

今日の発見:
近くにこんな大きな公園があるなんて知らなかった。
暖かい日、写真を撮りに来よう!

↑中の文字変わるよ。

2001年11月05日(月)



 泣いて泣いて泣いて分かったこと

今日はまんまと打ちのめされました。
10時半と12時半に予約を入れた私。
もちろん2つともチェックインいたしました。
初めの先生の授業はとても×100心配でした。
何故ならいつも授業終了時には自信を喪失してしまうからです。

「今日もかも。。。」

その暗い空気は私を冷たく包み込み・・・
開始5分後から地獄のようでした。
渡されたプリントの字はミニミニです。
知らない単語ばかりです。
でも、周りの人はよく理解出来ているようです。
なんだか恥ずかしくていちいち意味を聞けなくなってしまいました。

「みんなの足引っ張ってる。。。」

話を中断し分からないことを追求するのは
他の人の時間のロスだと思った私は沈黙。
考える力はゼロ。
聞く力さえありませんでした。
宇宙語。宇宙語。

今思えば私の為だったのかもしれないのですが
いじめとしか思えない先生の攻撃が始まりました。

「分かってるのか?」
「分かるか?」

何度この質問をされたことか。苦痛です。

「○○、はい!これ日本語で何?」と<日本語>で聞いてきます。
「分からない」
「どうして聞かない?!」(怒)
「。。。」

他の人が助けてくれました。「△△だよ」
え?その日本語も分からない。。。

授業の内容は先生の得意分野:哲学でした。
(たぶん。←理解出来てませんので)
日本語でも理解できなかったと思います。
私、短大時代フラ語しかやってきてませんから。。。ぐすん。

もう何が分からないのか分からなくなってました。
パニックに陥った私は涙でしか落ち着けることができず
授業中に泣き出す始末。恥ずかしいです。
弱い人間だと思いました。
語学力の無さを感じ、情けないと思いました。
悔しいと自分自身に感じました。腹立たしいです。

泣いたのはタマネギを切った時以来で
止め方を忘れてしまったかのように
止まりません。止まりません。
何が悲しいのか、分からない状態です。
こんな調子だったので大好きな先生の次の授業は欠席。
でも、チェックイン後なのでまるまる1レッスン損しました。
先生、めぐが上がったこと喜んでくれたのになぁ。
出ると言って休んでごめんなさい。

。。。

授業後お昼行こう!と誘ってくれた友達がいました。
教室で泣いている私を見つけとても心配そうでした。
「どうしたの?」と言われると余計止まりかけた涙が出ます。
ぐすんぐすんしながらランチ。ごめんね。
でも、付き合ってくれて嬉しかったです。ありがとう!

。。。

友達は引き続き授業なので角で別れ銀座の町に繰り出します。
通りは歩行者天国になっており
ハーモニカを吹く人、絵を描く人、一休みする人・・・人ひとヒト。
人が群がっている所に顔を出すと
墨でコトバを綴る人に出会いました。
ほんわかする絵とコトバ。
すぐその場でオリジナルのカードを作ってくれます。
レベルアップして浮かれ、そして底へ突き落とされた私は
また続けられる元気が欲しかったのです。
見せてもらっているうちに
ココロに降る雨が上がり、太陽が遊びに来た気がしました。

「何かこんな私にコトバを下さい」と頼むと
スラスラスラと書いて下さいました。

夢追う
私の向上心・・・
無限階数の
エレベーターに乗り
各階の扉の外
景色をながめ
はてしない
空に

遊ぶ。

[松丸智子]




私はまたそこで泣いてしまいました。
くじけちゃだめだよ!と思ったのです。
しばしお話を松丸智子さんとしました。
素敵な出会いでした。
あなたに出会えて幸せです>智子さん
元気をありがとう!

。。。

なんでこんなに泣けるのだろう?
1人部屋に着いてまた泣きました。
友達に聞いて欲しくて電話しちゃいました。
いつも「ふんふん」と何でも聞いてくれる大切な友達です。
今日も私の涙に付き合ってもらいました。
いつもそうなのだけど話しているうちに笑いを取り戻せます。
辛くても笑えるものなんですね、人って。
ココロを支えてくれてありがとう♪

話していて気付いたことがひとつ。
フランス留学した時のこと。
2年間勉強してきたのにも関わらず
口からは全然発することもできず
もちろん聞くことなんてさっぱりでした。
でも、テスト(筆記)では結構上のクラスになってしまって・・・
レベルをさげるなんて恥ずかしい。。。
悔しい。。。と思った私は必死だったのですが
やっぱりきつくて、先生が鬼の様に思えてきました。
泣かすつもりはなかったと思いますが私あの日も泣いてました。
で、教室で目を赤くしたこと
「あれれ、初めてのことじゃ無かった」と思ったのです。
で、友達が
「最後には話せるようになったんだろ?」
「笑えたんだろ?」って聞いたんです。
「うん」
「最後に笑えればいい」って言ってくれました。
英語嫌いにならないようにしなくっちゃ!

色んな人に支えられめぐは幸せ者です。
最後に:励ましメールありがとう>優美ちゃん&雪実ちゃん

↑中の文字変わるよ。

2001年11月04日(日)



 初レベル3

今日は早速1つ上のクラス(レベル3。あと1つ上があります)
の授業を受けました。クラスには知らない人ばかり。(当たり前です)
なんだか誰もが頭がよさそうに見えます。
私は一日にして変わる訳がなく昨日の延長でレベルは2のまま。
かなりチャレンジャーって気分です。

2つ授業を受けたのですが、
まず一発目は知らない先生でますます不安です。
ずっとレベル3に居た人と一緒にされては困ります。
でも先生は私のことを知らない訳で・・・
あぁぁぁ、神様〜!へるぷみぃでございますよ。

いつもとたぶん変わらぬスピードで先生は話していたと思います。
だけど何故か早い気がして、おどおど。
生徒さんたちの口から出る英語も2に比べスラスラで
しかもなんだか知らない単語ばかりを発し、
宇宙語に聞こえてまいります。くらくらくら。

「分からないところがあったら聞くように!」

誰も聞きません。じゃんじゃん答えを記入してます。
あっちゃ〜。分からないのは私だけかよぉ。

「すいません。私には難しすぎるみたいです」
「じゃ〜皆で答えを見ていこう!」

この時点でほとんど空欄の私。まいったね。
世の中まだまだ知らないことだらけですよ。

。。。

2つ目を受け終わった時点で頭は壊れてました。
「どうだった?」と聞いてきたのは昨日「地獄」発言をした先生です。
「もう死ぬ〜」
「そうでしょう、そうでしょう」(にやり)
「。。。」

毎日通わないと期限までにこなせない私は強制的にも明日も出席!
こんな状況じゃなかったら、きっとお休みすることでしょう。
しばらく英語いいや!って感じです。
↑中の文字変わるよ。

2001年11月03日(土)



 テストの行方

何かやるべきことがある時に
他のことをしたくなるのが私の性格。
今日は5時からレベルアップするための2次試験と言うのかな?
それがあった日だ。だから「勉強しろ!」
って感じなのに手をちっともつけようとはしない。
滅多に時間を掛けない料理に時間を費やし
朝から豪華だった。
弟の「うぉぉ!」って声が頂けるほどに。

お腹の皮が突っ張ると瞼の皮が弛むのはいつもの話で
起きてから数時間しか経っていないのに
弟を送り出した私はベットに潜り込んでしまった。

夢を見る。
場所はもう学校へ歩いて数分と言う所まで来ている。
どきどきした足取りで、顔は憂鬱そのもの。
テストを受ける。
夢の中で予行練習をしてしまった。

いつの間にこんなに寝たのだろうと慌てて起きる。
そして今までの復習をする。
ノートをひっくり返す。
覚えてないことだらけ。
そして、即諦めた。
天任せ。

スクールには30分前からスタンバイ。
皆、「頑張って!」「リラックスすれば大丈夫!」「幸運を祈る!」と
優しい励ましのコトバをかけてくれた。ありがとう>皆さん

時間になった。
カウンセラーは現れない。
どきどきはつのる。
来たーーーーー!

ぎょっ!

これは

完全に










ずどん。。。

いつも彼の授業を受けると自信をなくすんだ。
急に真っ暗になった。
案の定、テスト中、

「帰っていいよ」

と2度ほど言われ。。。

「うぅぅぅ」

と泣き出しそうだった。
いじめられること20分。
でもなんとか合格出来ました。うっぴー!!
晴れて明日から上のクラスです。

「おめでとう!」とある先生が声を掛けてくれました。
「ありがとう!」

−−−しばし沈黙の後−−−

「明日から地獄だよぉ」
「え?それってどういう意味ぃぃぃ」

「幸運を祈る!」
「。。。」

急に不安です。
ノックアウトされる日がそこまで来ています。

↑中の文字変わるよ。

2001年11月02日(金)



 バランス

ストリートボーイズのペアチケットを
オークションに出してもらっていたのですが
今日がその締め切り日でした。

朝「入札あったよぉ」と姉からのメール。
一気に私を花園へと連れてってくれました。

嬉しいねぇ。るんるんです。
チケット売れなかったらどうしよう?って
本気で悩んでしまってました。無駄なエネルギーでした。
でも、売れてしまうとおかしなもので
「もったいない」と言う気がしてきます。
元から預かりモノなのでめぐのじゃないのですが(あはっ!)
テレビで音楽が流れてると行けたら良かったのにと思うのです。
こんな事書くと友達が後悔するよね?ごめんごめん。。。

めぐはこんな性格なのでモノが捨てられません。
たまるたまる。あ〜。。。(金ならいいのに。う〜む。)
でもこの世の中うまくできているもので
逆に一緒に暮らす弟はモノを持たない派。
惜しげもなく捨てられる性格です。
だから何とかこの狭い部屋で暮らしてゆけるのかもしれません。

そんな所に、いとこのみなちゃん(仮名)が下宿(?)に来ることとなりました。
一体どんなセイカツが待ちかまえているのでしょうか?

↑中の文字変わるよ。

2001年11月01日(木)
はじめ いま いろいろ ひとこと


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