SS‐DIARY

2020年12月22日(火) (SS)冬至



もの凄い喧嘩をした翌日、当然朝からひとことも口をきかなかったし、棋院で会っても完全無視だった。

だから食事当番もやっていないだろうと思ったら進藤はちゃんと夕飯の支度をしてくれていて、無言でぼくの前にかぼちゃのいとこ煮を置いた。

お風呂に入ればゆず湯になっていて、ぼくは我慢できずに笑ってしまった。


(これだから…勝てない)




「進藤」


風呂から出て声をかけても他所を向いている。


「デザートを食べないか? かぼちゃのムースを買って来たんだ」


途端にくるりと振り返り、進藤はなんとも言えない顔をした。


「そんなんだから、おまえはさぁ…」

「何?」

「…狡い」

「それはこっちのセリフだ」


昨日は殴り合い寸前まで行ったというのに、同じ部屋でぼく達は二人で仲良く冷たいデザートを楽しく美味しく食べたのだった。


end



2020年12月16日(水) (SS)裏番



「いいか? 初手でぶん殴れ!」


神妙に聞く岡におれは言った。


「相手の鼻をへし折るつもりでど真ん中を殴るんだ」

「そう。それから反撃の隙を与えずに殴り続ける。これは全力でなくてもいい」


隣に居る塔矢がおれの言葉を引き取って続ける。


「でも決して自分は殴られるな。そして徐々に弱らせろ」

「はい」


素直に頷く岡におれ達はさらにアドバイスを続けた。


「選択肢があるように見せかけて追い込め、最後は必ず土下座させろよ」

「そして二度とふざけた口がきけないように中途半端に許すな。必ず息の根を止めるんだ」

「…わかりました」


ありがとうございましたと言って岡は去った。

何かと言うと嫌がらせに対する対処法だ。

最近実力をつけてきた岡は同世代や少し上の年代の棋士に嫌がらせをされているという。

なので、相談を受けたおれ達はどうしたらいいのかを伝授してやったというわけだ。

何しろおれも塔矢もその手の嫌がらせは沢山受けて来ている。

ぶん殴って黙らせるのが一番だよなと、そこでおれ達の意見は一致した。もちろん『碁』で、であるが。


「岡くん、上手くやれるといいけれど」


心配そうに塔矢が言う。


「大丈夫だろ、あいつあれで結構男気あるし、実力で相手を黙らせるだろうよ」



そう。岡は実力で嫌がらせを抑え込んだ。

しかしそれは『碁』ででは無かった。なんと本当に待ち伏せして相手を殴り倒したのである。

謝罪する相手を更に殴りつけ、最終的には土下座させたという。



「進藤さん、塔矢さん、おれやりました!」


後に最高の笑顔で報告されて、おれ達は慌ててアドバイスを訂正したのだけれど、時すでに遅し。噂は一瞬で広まり、おれと塔矢と岡は一か月の謹慎処分を受けた。


「…まったく、なんでこんなことに」

「仕方無いだろう、ぼく達も言葉が足りなかった」


自業自得と言うものの、それから長い間おれと塔矢は日本棋院の『裏番』として名をはせることとなり、皆に道を開けられるようになったのだった。

end


※裏番は死語ですね💦



2020年12月15日(火) (SS)欲しいもの/塔矢アキラ誕生祭19様参加作品

指輪も花もケーキもいらない。

ワインも少し贅沢な料理も財布もコートも手袋もいらない。

ついでに言えば傘もハンカチも手帳もいらないからと言ったら進藤は困った顔をした。

それらは今まで彼に貰ったものだからだ。


「なんだよ、いらなかった?」

「いや、嬉しかった。キミが選んでくれたんだと思うとそれだけで幸せだったよ」

「だったら何で今年はそんなこと言うんだ」
「言わないとキミ、用意してしまうだろう。だから先に言っておいたんだ。親切だよ」

「はあ? おれは今困惑の海を泳いでるけど」


九月の進藤の誕生日には靴をプレゼントした。いつもスニーカーやスポーツタイプの靴ばかり買う彼にスーツに合う革靴を贈ったのだ。


「言っておくけど靴はいらないよ。もう充分持っているし、好みがあるから」

「じゃあ…旅行とか?」

「いや、行く暇がないだろう」

「車!」

「張り込むなあ。でも免許を持っていないし」

「じゃあ家…とか?」

「買ってくれるのか。それはそれで嬉しいな」

「えー。おれローンの審査通るかな」

「通るだろう。王座、棋聖のタイトル持ちに貸してくれない銀行は無いと思うけど。でも残念ながら家でも無いよ」

「だったらなんだよ」


ため息をついてお手上げと進藤が言う。


「そうだな、実はキミを貰おうと思ってる」

「へ?」

「言葉通りだよ。キミの一生をぼくにくれないかな。他の誰にも分け与えず、ぼくのために生きて、ぼくのために死んで欲しい」

「重っ」

「だから今まで言えなかった。キミは結構冗談ぽく言って来たけれど、ぼくにはこれくらいの覚悟がいることだから」


三十四歳の誕生日にどうかキミを貰えないだろうかと言うと、進藤はすっと真面目な顔になって「いいよ」と言った。


「その代わりおまえの一生もおれにくれよな?」

「それは次の誕生日にでも指定して貰わないと」

「はぁぁぁぁぁぁぁ?  ほぼ一年後じゃん!」

「九月に先に言わなかったキミが悪い。で、どうする。くれるのか? くれないのか?」


キミも長い付き合いで解っていると思うけれど、ぼくはこんな風に重くて面倒な人間だよと言ったら進藤は笑った。


「嫌ってほど知ってるよ。でもそれでもおれ、おまえが好きだから」


不束者ですがどうか貰ってやって下さいと言われてぼくも笑った。


良かった。貰えた。

人生で一番欲しかったもの。

子どもの頃から欲しくて欲しくて餓えていたものをやっと手に入れることが出来た。


「本当に申し訳ないけれど」


手放す気は無いからねと言ったら、進藤はさらに良い笑顔になり「捨てられたら困る」と言ったのだった。



end


塔矢アキラ誕生祭19様参加作品
http://ar.flowerjelly.com/1214/2020.html


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