| 2010年09月16日(木) |
(SS)骨まで愛して |
塔矢アキラは老け専だった。
当人に老け専という自覚は無かったが、幼い頃から常に年長者に囲まれて過ごして来たために、『格好いい』の基準がかなり人とはズレていた。
もちろん、アキラにとって理想の最高峰は父であり、あの渋い重厚な年の取り方には憧れた。けれど一方、一柳先生のような禿頭にもストイックさを感じて好ましく思っていた。
(一柳先生は、ユーモアがあるのがいい)
座間先生の苦み走った顔もかなり好みのタイプであったし、進藤ヒカルの師である森下先生も無骨で好きだと思っていた。
アキラにとっては緒方もまだ若すぎて、芦原も若すぎる。なので同年代などは幼児にも等しく思えてしまうのだが、その中でただ一人、ヒカルだけは別で同い年に関わらずアキラはヒカルの容姿は好きだと思っている。
(でも、年を取ったらもっと格好良くなるに違い無い)
暇な時、年を取ったヒカルの姿を想像して楽しむこともよくあった。
「進藤は油物が好きだから、もう少ししたら倉田さんのようになるかもしれない」
倉田はもちろん若すぎるが、けれどパンダのようでかわいいなといつも思っている。
「芹澤先生のような感じにはならないと思うから、老けた倉田さんに一柳先生を足して割ったような感じだろうか」
それとも意外に桑原先生のようになるかもしれないとも思う。百戦錬磨、戦い抜いた怪老は父とは別の意味でアキラにとって格好いいの最高峰だった。
「うん、それもいいな。進藤には桑原先生のようになってもらおう」
本人の知らぬ所で密かに決めて、これから過ぎる年月を楽しみにしていたところに思いがけずそれを早く経験する機会があった。
棋院の催しで若手が芸をすることになり、哀れな生け贄に、ヒカルが籤で当たってしまったのだ。
その内容は特殊メイクで老人に化けて、一般参加者に潜り込み、指導碁をして貰っている最中に正体をバラすという所謂ドッキリものだった。
その企画をアキラは全く知らなかった。アキラは催しのスタッフとして忙しく立ち働いていたので若手の集まりに顔を出す時間が無かったのだ。
それが当日、控え室で休憩しているとふいにそこに老人が入って来た。
倉田さんのように太り、桑原先生のように腰が曲がり、座間先生のように渋みのある顔をして、けれど一柳先生のようにつるりとした禿頭の老人だった。
「あ、一般の方ですか? ここは関係者の詰め所なので立ち入り禁止になっているんですよ」
アキラは老人には非道く優しい。
「入ってすぐの所に受け付けがありますからお送りしましょう」
そう言って手を取ろうとした時にいきなりどっと若手がなだれ込んで来て大爆笑した。
「やった、塔矢でも気がつかないぜ! これなら大丈夫だ!」 「すげえな、進藤」 「いやー、さすがにプロの仕事は違うな」
口々に言う皆の顔を見渡して、それから改めてじっと目の前の老人を見る。
皺の寄った顔の中、埋もれる目には確かに見覚えがあった。
「もしかして…進藤?」 「うん…籤で負けちゃってさぁ、おまえにこんな格好悪い所――」 「カワイイじゃないか!」
ヒカルの言葉はアキラの歓喜の声でかき消された。
「へえ、キミ、年を取ったらこんな感じになるんだね」 「いや…だから…」 「いつものキミも好きだけど、年をとったキミも可愛くていいな」
もしかして今よりも魅力的かもしれないと、予想外の大絶賛にヒカルはもちろん皆も引いた。
どん引きだった。
「なんだったらこれからずっとこのままで居てくれてもいいよ」
上機嫌でつるりと頭を撫でられたヒカルは後にさめざめ泣いたと言う。
「…あいつの感覚がわからねえ」
取りあえず年を取っても捨てられる心配は無くなった。けれど逆に今の自分が捨てられる可能性があるのではないかと、その後かなり悩んだらしい。
そんなことも露知らず、アキラはその時のヒカルの写真を未だに大切に携帯の待ち受けにしていると言う。
「楽しみだなあ」
惚れ惚れと見詰めるその顔に、塔矢アキラは変人だという認識が、今までにも増して皆にすっかりすり込まれたのだった。
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