SS‐DIARY

2007年02月16日(金) (SS)見える人

一度、色々「見える」という人が家に来たことがある。

もちろん本人が吹聴していたわけではなく、一緒に来た彼の友人が彼をそう紹介したのである。

「…え?見えるって?」
「まあ…色々」

それきり口を濁してあまり喋らなかったのでこちらも追求することは無く、そのまま普通に研究会になったのだけれど、一通り打って検討もして食事でもするかとなった時にその彼が何故か外食がいいと言い張ったのだった。

「?別にいいけど」

幸いぼくと進藤が住むマンションは周りに結構飲食店がある。

だから買って来て食べることもあれば外食することもあるのでさして疑問にも思わずに皆で外食しに出かけたのだが、食べて戻るその道の途中でその彼がぼくと進藤を呼んで、そっと小さな声で言ったのだった。

「すんません、我が儘言って。でもどうしてもあそこでフツーにメシとか食えなくて」
「何で? そんなに汚くしていたつもりも無いんだけどな」

ぼくはそうでも無かったのだけれど、進藤は少しむっとしたらしく口を尖らせて尋ねた。

「なんかあの部屋マズかった?」
「あ……いえ、その……本当は黙っているのがエチケットだと思いますが、それじゃおれ覗きみたいだから」
「???」
「おれ、さっきあいつが言ったみたいに『見える』んデスよ」
「え?」
「人の心ん中とかはわからないけど、色々人に見えないものが見えたりする」


特に強い意識とか込められた想いとか強烈な感情や印象などはまるで写真のようにその場所で見えてしまうことがあると。

「えー……と?つまりそれって…」
「すみません。本当に見るつもりなんか無かったんですけど見えちゃって。でももちろん誰にも口外するつもりなんかありませんから」
「えー?うわっ…」

進藤は額に手を当てるとそのままみるみる赤くなった。

「え……なに?」
「だからつまりこいつ、見ちゃったんだって。おれらがあの部屋でヤッてること」

言われた意味を納得するまでに随分時間がかかった。

「えっ?それってつまり…」
「そうだよ!」

ぼく達は寝室だけでは無く、台所やリビングで愛し合うこともある。それを彼は見てしまったというのだ。

「すみません」

ぺこりと頭を下げられて、でも別に相手が悪いわけでは無いので責めることも出来ない。

「あ……いや、こっちこそ大変な失礼を」
「悪かった、結構あからさまにスゴいよな?」

確かにそんな野郎同士が抱き合っているシーンを見ながらメシなんか食いたく無いよなと進藤は先程のむっとした表情から一転して申し訳なさそうな顔になった。

「それってこれからもずっと見える?」
「さあ……時間が経てば薄くなるかもしれませんが」

上書きされればもちろんそれも見えるということだ。

「えーと、取りあえず寝室以外でスルのはやめて、研究会も当分はうち以外でヤルことにする」

もしかしたらおまえみたいに見えるヤツが他にも居るかもしんないもんなと、進藤は言ってそれからふと思いついたように言った。

「あのさ……色々見えるってさ、もしかしてユーレイみたいなもんも見える?」
「はあ…時と場合によっては」
「あの……おれさ……」

進藤は彼に何か尋ねかけて、でも途中で言葉を飲み込んでしまった。

「いや、いい。なんでもないんだ」
「……進藤?」

尋ねたいなら尋ねればいいのに、もしかしてぼくが居るからそれが出来ないのでは無いかと側を離れようとしたらぎゅっと腕を掴まれた。

「あ、ごめん。違うから塔矢。そういうことじゃないから」
「いいんですか? 何か見て欲しいものでもあるなら見ますけど」

彼の言葉にも慌てたように手を横に振る。

「いい、いいんだ。ほんと」

会える時にはきっと会えると思うからと、言って進藤は彼が見るというのを断った。

「それよかさ、さっきの話で行くとこのまま部屋に戻ったらまたおまえ見るんじゃねーの?」

おれたちが生々しくこー色々とヤッてるシーンを見てしまうんじゃないかと言ったら彼もさっと顔を赤く染めた。

「まあ…そういうことになりますね」
「このまま帰ってって言ったら怒るか?」
「進藤っ!」
「いや、だっておれが見られるんならいいけど、おまえのああいう所人に見られるのはおれ絶対に嫌」

だから悪いけどと進藤が言うのに相手も苦笑しつつでも怒らずに頷いた。

「最初からそのつもりです。急用が出来たってこのまま帰らせていただくつもりでした」

おれ自身、本人達を目の前にそれを見るのはキツいのでと、本当に世の中には色々な人がいるものだと思った。

「それより進藤さんって、おれの話聞いてもちっとも驚かないですね。塔矢さんもそうだけど、そういう人って珍しいです」
「ぼくはただ驚きすぎて思考がついていかなかっただけだよ」

進藤はじっと彼を見つめて、それから苦笑に近い笑みを浮かべた。

「おれは……うん、そうだな、あんまりそういうのは不思議じゃないんだ」

目に見えるものだけが全てでは無いって知っているからと、それは時々見せる彼の彼らしからぬ部分だった。

「じゃ、おれここで帰りますね」

途中、道の分岐で彼はそう言って別れた。

「悪いな、またな!」

手を振る進藤に手を振り返し、それから思い出したように振り返ると言った。

「部屋ではさっき言ったモノ以外見ませんでしたけど、今通りすがりの人に伝言頼まれたので」

きょとんと事情がわからず見守る皆の中で進藤だけがはっとしたように彼を見た。

「『大丈夫ですよ』って、それでわかります? それから『ヒカルにしては上出来です』って」

一瞬目を瞑り、それから目を見開いた彼の表情は子どものように泣き出しそうなそんな顔に見えた。

「うん、わかった。わかったってもしその人にまた会ったら言っておいて『よくわかったから』って」



そして彼は帰って行き、その後もう二度とぼくたちの研究会には来なかった。
心苦しいからと、別の場所で会った時にそう言っていた。

進藤があの日、誰からの伝言を受け取ったのかは知らないけれど、なんとなくぼくにはそれが誰だかわかるような気もする。




「見える」というそれが本当に真実なのかはわからないけれど、取りあえずぼくたちはその日以来、決して寝室以外で交わることをしなくなったのだった。

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だから何って話ですがすみません(−−;

成田美○子の漫画で「花より○花の如く」というのがありまして、その中に学ちゃんという「見える人」が出てくるんですよね。彼みたいな人がヒカアキの家に行ったらそりゃ大変だろうなあと思ってただそれだけで書いた話なんでした(汗)


…すごいと思うけどなあ……家中至る所で(ごほっ、げふっ)



2007年02月14日(水) 15150番キリリク「ダークビター・バレンタイン」



「お預かりするのはいいんですが、でも返事は無いかもしれないですよ」
「いいんです、渡せるだけで私はいいから」

面倒なことをお願いしてごめんなさいと本当に申し訳なさそうな顔の彼女にまだ言い足りないような気がして「すみません」とつい謝る。

「塔矢さんが謝ることじゃないのに……」

本当にあなたって良い人ねと言われて思わず苦笑してしまった。

「それじゃ、確かにお預かりしましたから」
「はい、進藤さんに渡してください」

そう言って手渡されたのは綺麗にラッピングされたバレンタインのチョコだった。

渡したのは最近取材などでよく顔を合わせる雑誌記者で、インタビューをきっかけに進藤に好意をもったらしい。

こんなふうに数日前からぼくは彼宛のチョコレートを女性から幾つも受け取っている。

というのも彼は直接渡されるのを嫌うと「ぼくが」噂を流したからなのだった。

進藤ヒカルはチョコを面と向かって手渡されるのを嫌う。

それは非道く嫉妬深い恋人が居るせいで、それが元で何度も派手な修羅場になったことがあるからなのだと、もっともらしい嘘の出所はもちろんぼくとはわからなくしてある。

けれどさり気なく尋ねられれば肯定はしないものの決して否定はせず、やんわりと当たり障り無く事実であると匂わせるような言い方をしていた。

なので多少なりとも進藤に気があり、近づくきっかけを狙っている女性は直接渡す危険を避けて彼の「親友」であるぼくにチョコの仲介を頼んでくるのだった。


(それにしても強かだ…)

いつのまにか結構な数になってしまったチョコレートを見つめながらぼくはぼんやりと思った。

というのも、恋人の噂だけで無く、ぼくは彼の人格を貶めるような非道い噂も結構流しているからなのだった。


女性に汚い。

本気では決して付き合わない。


まともな女性ならばこんな誠意の無い男とは付き合いたくは無いと思ってしまうようなえげつない噂まで様々な手を使ってぼくは流し続けている。

なのにこうしてまだチョコを渡したいと思う女性がこんなにもいるのだから女性というものはわからないとしか言いようが無い。




「あ、なに?おまえチョコもらったん?」

待ち合わせた棋院の一階。

先に来ていたらしい進藤はぼくの下げている大きな紙袋を見て、くるりと目を回して見せた。

「相変わらずおまえ人気あるよな」
「キミだってあるだろう。キミ宛のチョコが結構届いたって事務室で聞いたよ」

見れば進藤もぼく程では無いが小さな紙袋を下げている。

「…こんなん、みんな本気じゃねーもん。チロルとか板チョコとか、そりゃ貰えるのは嬉しいけどさぁ」

一度でいいからおまえが貰ったみたいな本気チョコをもらってみたいと羨ましそうに言われてそうか、それは気の毒にと返した。

「キミは遊んで居るようなイメージをもたれてしまっているから本気と受け取って貰えないんだよ」
「って……おまえまであんな噂真に受けてんの?」

進藤の耳にも彼が女にだらしないとされている噂は当然入っている。そして顔に出すことは無いが実はそれに深く傷ついているということもぼくはよく知っていた。

「まさか。キミは全般的に女性に親切で優しいからそんなふうに誤解されてしまうんだと思うよ」

ぼくはちゃんと解っているから大丈夫と言うと進藤は強ばったような顔からゆっくりと嬉しそうな笑顔になった。

「なら…いいかな。おまえがわかってくれてんならいいや」

それは本当にぼくを信じ切った笑顔でこの笑顔を裏切っているのだと思ったら胸の奥が少しだけ切なく痛んだ。

「あー、でもチョコ。もうちょっと値の張る美味いチョコが食べたいっ」
「なんだ。女性の好意じゃなくてチョコレートの方が問題なのか」
「違うって! 別にそういうわけじゃないけど、でもやっぱ、たまにはおれも手作りチョコとか高級本命チョコとか食べてみたいんだって!」
「だったら碁会所に行けば市河さんがチョコレートケーキを作っていてくれるよ」
「マジ?」
「うん。お客さんとキミとぼくの分を焼いて待っているからって昨日メールが来たから」
「やった!嬉しいっ!市河さん最高っ」

早く行こうぜと、子どものような切り替えの早さに単純だなと思いつつ、いやそれは違うなとすぐに自分で否定した。

単純なんじゃない、進藤は強いのだ。

非道い噂を流されている、そのことに傷ついていてもだからと言ってそれで卑屈になったりしない。

ごく普通に恋をしたいと願いつつも、そういう流れにならないことを何かのせいには決してしない。

いつかきっと流れが変ると良いことにだけ目を向けて生きる。ポジティブなそれはむしろ大人な思考だとぼくは思った。

(…子どもなのはぼくだ)

進藤をどうしても誰にも渡せず、そのために好きな相手を醜い方法で貶めている。


「…なんだったらぼくからもあげてもいいよ?」
「人のチョコを恵んでもらうほど落ちぶれてねーよ」
「そうじゃなくて、ぼくからキミにあげてもいいって言っているんだ」

この間指導碁をした人から聞いたけれど最近は友人同士で送り会う「友チョコ」というものがあるらしいじゃないかと、言ったら進藤は「そりゃ女だけだって」と苦笑のように笑った。

「そうなのか? なんだ…そう聞いたから実は用意してしまったんだけど」
「え? そうなん?」
「うん。キミは結構甘いものが好きみたいだしね、せっかくだから割と良いものを用意したんだけど」

いらないなら碁会所のお客さんにあげることにするよとわざと萎れたように言ってみたら進藤はさっとぼくに手を出して来た。

「貰う。そんなイイチョコ、オッサン達には勿体無いって」
「そう? じゃあやっぱりあげようかな」

買って用意したものは進藤の好みを考えて吟味に吟味を重ねて決めたものだった。


「あー、いつかおれも誰かに本命チョコ貰いてぇ」
「貰えるよ、きっと」

心にも無い笑みで優しく返す。

「いつかきっと本当にキミを好きで、キミにチョコを送りたいって思う人が現われるよ」


今だって本当は山のように届いている。

キミに憧れ、キミを好きで、少しばかりの悪い噂にもびくともしない。強かな女性が本当はたくさん彼の周りにはいるのだ。

ただそれをぼくがせき止めて、彼に届かなくしているだけで望めば本当は彼は幾らでもチョコも女性の好意も受け取ることが出来るのだった。


(でも絶対にそうしてなんかやらないけれど)

決して知らせる事無く、預かったチョコレートも想いも全てゴミとして捨ててしまう。

もしいつか知られたら軽蔑されるだろうけれど、でも、それでもその日までは――。


彼にも彼以外の人間にも精々良い親友を演じ続けてやるのだと思いながら、ぼくは心から優しく微笑んで、自分の想いのこもった「本命チョコ」を彼に手渡したのだった。


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15150番を踏んでくださったまろんさんからのリクエスト、「毒針仕込みのアキラさんの陰謀めいたエピソード」でした。(バレンタイン仕様にしたのでタイトルはこちらでつけさせていただきました)

百題の「ねがい」のアキラが好きとのことで、そのようなテイストで書いてみました。でもあまり毒針仕込みにならなかったですね(汗)すみません。


私はヒカルにだけ寛容で他は全く目に入らない、そしてヒカルを得るためには手段を選ばない真っ黒いアキラもとても好きです。なので楽しく書かせていただきました。まろんさん素敵なリクをありがとうございました。


そしてちょっとアキラ語り。

原作を読むたび思うのですが、元々の原作のアキラも「ヒカル以外どうでもいい」みたいな所がありますよね。それでもって目的のためには手段を選ばないような所も(−−;


でもそれ以前のヒカルに出会う前のアキラは、更に偏って欠けている人だなと思います。自分より弱い相手の名前は覚えない。人に対してまるっきり関心が無いですよね。本当に碁が一番でそれ以外はどうでもいいような感じじゃないのかな。

だからこそ本当に腐った意味じゃなく、アキラはヒカルに出会って良かったなあと思ってしまうわけです。

ヒカルに出会って初めて感情的になったり、何かに執着したりという人間的な感情を得たのじゃないかな。もしあのままヒカルに出会わないで育ったアキラを想像すると私はすごく胸が痛みます。

孤独だと言うことすら気が付かないで生きて行く。それでもって、「そういうものだ」と思っているから適当な年齢の時にお見合いでもして結婚するんじゃないかな。相手を愛するとかそういうことも知らずに。

そうならないで良かった。ちゃんと人に対して感情を動かせる人間になって良かったと。アキラはヒカルに出会って初めて欠けた部分が埋まったのだとそう思います。

だからちょっとくらい奇行が目立っても(爆)、黒くてもいいと思うんですよ。アキラが生き生きと楽しそうならそれでいいです(笑)


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