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2007年01月24日(水) 11111番キリ番「月の独り言」

(注)この世界の中にリュークはいないものとして読んでください。

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一刻も早く帰りたい。夜神月はそう思っていた。

というのも朝も早い時間から千葉にあるねずみの国に竜崎―Lと遊びに来ていたからだ。しかも二人きりでは無く、もう一組男同士のカップルも一緒だった。

母の友人の息子だという進藤ヒカルと、その恋人と一緒に何故かWデートをすることになってしまったのだ。

(まったくなんでこんなことに…)

最初、話をもちかけられた時には月は非常に軽い気持ちだった。絶対にLが断ると思っていたからだ。

キラであることを見破られそうになり偽装婚約したLは、元々部屋に閉じこもり気味で、人であふれる休日のねずみ国に来たいと思うなどとは夢にも思わなかった。

しかし、行かないよね、断ろうかと話しかけた月にLはあっさりと「行きましょう」と言ったのだった。

「思えば月くんとは恋人同士の契りを交わして以来、それらしい行為を何もしていません。普通の『恋人同士』らしいふるまいというものにも興味がありますし、ぜひここは一つ、そのねずみの国とやらに行ってみようじゃないですか」

楽しい思い出を作りましょうと言われては反対することも出来ず、渋々Wデートを承諾したのだが、来て早々に後悔した。

何しろ進藤ヒカルという人間は無駄にパワフルでねずみ国内を引きずり回されてしまったからだ。

次はどこのファストパスを取る。合間に空いている所を観る。更にパレードなどの時間もちゃんとチェックしているようで右へ左へと休む間も無い。

月も決して体力が無いわけでは無いが普段部屋の中に閉じこもり頭を使う作業の方が多いので昼になるころには疲れはててしまっていた。

「なーなー、次は何乗る?何?」
「次は…ってまだ何か乗るのか」

(ちょっとは休め体力バカが)


「えー?だってまだカヌーも乗ってないし、ホーンテ●ドマンションにも入ってないし」

プ●さんのハニーハントも乗ってないよと言われてあんな黄色い熊のことなんか忘れろと思わず言いたくなってしまった。

「進藤、自分の乗りたいものばかりじゃなく、夜神くんたちにも聞かないと」

さすがに見かねたのだろう、進藤ヒカルの恋人の塔矢アキラがやんわりと会話に割って入って来た。

「すみません、彼はこういう所が大好きで暴走してしまうんです。でもきっと夜神くんや竜崎くんも行きたい所がありますよね。遠慮なさらず言ってください」
「いや、ぼくは別に……」

何か乗りたいものがあるわけでは無く、それを言ったらただひたすら家に帰りたいだけなのだがそんなことを口に出せるはずも無い。

「ただぼくは竜崎が疲れたんじゃないかなって」
「私は別に全然疲れてなんかいませんよ、月くん」


裏切りもの――――――――!


「結構体力あるんだな竜崎。でも塔矢くんも歩き通しで疲れたんじゃないですか?」

何がどうして進藤ヒカルとくっついたのかわからないこの美貌の人なら線も細いしきっと疲れているはずと、水を向けてみた所があっさりとにこやかに「いいえ」と言われてしまった。

「対局の時は丸1日飲まず食わずで打ち続けることもありますから」

それに比べたら全然疲れませんよと、職業は囲碁棋士だと聞いていたが、囲碁というものは想像以上に過酷なものなのだなということがよくわかった。

「もしかして疲れたんですか?月くん」

じっと布袋に空いた穴のような瞳でLに見つめられて口ごもる。

「いや、だからぼくは別に疲れては―」
「そうですか、それでは私はさっき乗ったカリ●の海賊というものにもう一度乗ってみたいのですが」
「あ、おれもまた乗りたい」

今居るのはトゥモロ●ランドでまるっきり反対側じゃないかと思いつつ、結局皆に引きずられて月はねずみ国を渋々横断することになった。





「そろそろ昼にしようか」

進藤ヒカルがそう言ったのはそれから更に幾つかのアトラクションをこなし、パレードを見た後で、正直月はほっとした。

「本当だもう一時半になってしまったね。どうする? どこか適当な所に入って―」

月が言いかけたのに少し照れたような顔をして塔矢アキラが言った。

「あの…実はお弁当を作って来たのでピクニックエリアで食べませんか」
「ああ、それは別にかまわないけど、僕たちは何か買って来ないと」
「大丈夫です、月くん。私もちゃんとお弁当を作って来ましたので」
「竜崎が!?」
「はい、昨夜、塔矢くんからメールを頂きましてそれで相談してお昼にお弁当を作ることにしたんです」

せっかくのWデートですから思い切り恋人同士らしくということで腕を振るいましたと言われ、Lにも少しはかわいい所があるじゃないかと思った。

「かさばるからロッカーに入れてあるんだよな。さっさと取って来て昼にしようぜ」

そしてロッカーから大きなバスケットと紙袋を回収してピクニックエリアに行ったわけだが取り出された弁当を見て絶句した。

鶏の唐揚げ、卵焼き、ウィンナーにポテトサラダ。おにぎりとサンドイッチに果物。

非常に美味そうなその弁当は進藤ヒカルの前に並べられ、月の前には何やら形容し難いモノが並べられたからだ。

「りゅ…竜崎……これはなんだ?」
「羊羹のハチミツがけです」
「こっちの一見サンドイッチ風のものは…」
「ういろうのピーナツバターサンドです」

饅頭のジャム煮や、かりんとうのチョコがけなど人類の食べるものとは思えないラインナップに手を出すことも出来ずに躊躇っていると脳天気な声で進藤ヒカルが言った。

「いやあ、夜神って本当に甘党なんだなあ」
「竜崎くんに伺いましたが、夜神くんは本当に甘いものがお好きなんですね」

進藤呼び捨て!

いやそれよりもどうして自分が甘党ということになっているのか。


「竜崎くん、夜神くんのためにメニューを一生懸命考えていたんですよ」
「塔矢さん、やめてください。恥ずかしいじゃないですか」

照れたように言われてぞくっとする。

「いや、めっちゃ愛されてるよな夜神は! ってもおれも塔矢にめちゃ愛されちゃってるけどさ」

呼び捨てやめろ!

っていうか、なんだこのほのぼのとしたムードは。


「さ、月くん。遠慮せずに食べてください」

Lはそう言ってハチミツがけ羊羹に更に一回し、ハチミツをまわしがけて月に差し出してきた。

ぼくは試されているのか?



交際を申し込んだ時にはこれと言って疑うそぶりも無かったが、その実Lはやはり自分の本心を疑っていたのではないかと月は思い、どっと汗が吹き出した。

(食べないと偽装婚約を疑われる)

それどころか自分がキラだということもLに疑われてしまうかもしれない。

仕方なく月はLの差し出した羊羹を受け取り、目を瞑りながら一気に口に放り込むとほとんど噛まずに飲み込んだ。


「美味しかったですか? 月くん…」
「あ、ああ。最高だったよ。腕を上げたな竜崎」
「そうですか、少し甘すぎたかと思ったのですが」
「いや、ちょうど良いくらいかな。最近忙しくて疲れていたから、この脳が痺れるような甘さがたまらないよ」
「そうですか、疲れているならもう少し甘い方がいいでしょう」

そう言って竜崎が残りの羊羹に更にハチミツをまわしがけているのを見つめながら、これはもしや拷問なのではないかと月は思ってしまった。




「さ、そろそろ戻ろうぜ」

喉元まで砂糖が詰まったような気分にさせられた昼食の後、再びねずみ国に戻る。

「次はどれに行く?」
「進藤くんのお勧めはなんですか?」
「そうだな、スプラッシュマウンテンなんかどう?」
「面白そうですね。月くんどうします?」
「ぼくは別に、竜崎が乗りたいならなんでもいいよ」

どれって言うかもうなんでもいいからとにかく早く帰りたい。

そんな気持ちを必死で隠しつつ、表面上はいかにも楽しんでいるかのようにふるまっていると、ふいにLが手を差し伸べた。

「なんだ? また腹が減ったのか?」

だったら何か買ってきてやろうかと言う月にLはゆっくりと首を横に振った。

「手を繋ぎましょう月くん」
「は?」
「進藤くん達はずっと手を繋いでいます。午前中観察していた限りでは恋人同士はこういう場所では手を繋ぐのが常套のようですよ」
「手……手をか?」

言われてみれば進藤・塔矢ペアは見苦しいほどいちゃいちゃと手を繋いで歩いているではないか。

「し、しかし男同士で手を繋ぐのは目立つんじゃないか?」
「私も彼らのように見苦しいほどいちゃいちゃと手を繋いで歩きたいです」

やっぱり試しているのか?

っていうかその前に心読んだ????

「手ぇつないでやれよ夜神、可愛い恋人の頼みじゃん」

それに絶対手ぇ繋いで歩いた方が楽しいからさと言われて余計なことをと思った。

「…仕方ないな」
「それから月くん。私はあれもお揃いでつけてみたいのですが」

そう言ってLを指さしたものを見て月は凍った。

「ね……ネズミの耳をか……」

屋台のように道の端に売っているネズミ耳のカチューシャは、確かにねずみ国の中を歩いている人達が大勢つけている。

「あ、いいじゃん。おれ達も買ってつけて歩こうぜ♪」

いかにもデートって感じになるもんなあと言われてこいつはバカかと思った。

(仮にも新世界の神になる自分がねずみの耳などつけて歩けるものか!)

「し、しかし少し子どもっぽいのでは…」

言葉を濁しつつ月は進藤ヒカルの恋人を見た。

(頼むからあんたの恋人をなんとかしてくれ)

少なくとも常識は遙かにありそうな塔矢アキラだったら進藤ヒカルの行動を止めてくれるものと思ったのだ。ところが…。

「皆でつければそんなに恥ずかしくはないと思いますよ」

塔矢アキラはにっこりと微笑むとそう言って、恥じらいながらミ●ーのカチューシャをつけたではないか。

こいつもバカだーーーーーーっ!



揃いも揃って脳が煮えている。

こんな子どもだましの国で常識のある大人なら考えられないようなあんなものを嬉々としてつけて歩くなんて。

しかし三対一では抵抗することも出来ず、月は仕方なくねずみ耳をつけ、竜崎としっかり手を繋ぎながらねずみ国内をまわることになったのだった。




その後のことはもうよく覚えていない。

月はひたすら帰る時間になるのを待ち、何かの修行をしているかのような気持ちで竜崎と二人で一つのソフトクリームを舐め、ミッ●ーやミ●ーやドナ●ドと記念写真を撮り、土産物屋でみやげを買いまくった。



「いやー楽しかったなv」
「本当、すごく楽しかったね」
「私も大変興味深い一日でした」

やっとのことで閉園時間になった時には月は心底ほっとした。


「今日は楽しかったよ進藤くん、塔矢くん」

誘ってくれてありがとうと、本当はもう倒れる寸前くらいに憔悴していたが、月はかろうじて笑顔でそう言った。

「でも時間が無くてシーの方まで行けなくて残念だったな」
「そうですね、またそれは別の機会に」

だれが行くか馬鹿野郎と思いつつ、にこやかに応える。

とにかくもうこれでこんな茶番ともおさらばだ、家に帰ったら絶対にこのネズミの耳も無理矢理買わされたアヒルの口も全部捨ててやると月は心の中で思っていた。

「あ、そうだ、おれ夜神達にやろうと思って持って来たもんがあるんだ」

エントランスの前で別れ、別々に歩き出そうとした時にふいに進藤ヒカルが言って追いかけて来た。

「ぼくにくれるもの?」
「ん、そう。今日の記念にと思ってさ」

進藤ヒカルはそう言うと、背負っていたデイパックの中から何やら平べったいものを取り出して月に差し出した。

「はいこれ、荷物になるかと思って最後に渡そうと思ってたんだけどうっかり忘れる所だった」

言われて手渡されたのは真っ黒いノートで、表紙には汚い文字で何とかNOTEと書いてあった。


これは!


「進藤くん……これ…」

内心の動揺を抑えつつ月が尋ねるのに進藤ヒカルはあっけらかんと言った。

「交換日記! へへへ。いや、おれ達さ、つきあい始めた頃からずっと交換日記ってやってんだよ。毎日あったこととか相手への想いを綴っちゃったりしてさ」

アナログだけど定番だし、結構愛情深まるからと言う進藤ヒカルの言葉に塔矢アキラも照れたように頬を染めている。

「なんつーか…LOVE NOTE? 良かったら竜崎と二人で使って」
「ほう、交換日記ですか。それは楽しみですね月くん」

さっそく今日はあなたが書いてくださいとLに言われて月は顔が強ばるのを感じた。

「あ、ああ、わかった」
「そうそう、それ書いたら二十四時間以内にまわさないと(相手に)殺されるから♪」
「それから書く時は相手の顔と名前を思い浮かべながら書いてくださいね」

その方が心がこもりますからと進藤ヒカルと塔矢アキラに交互に言われて月は更に顔が強ばった。

「行きたい所とか、デートの予定とか書いておくと大抵その通りになるから」
「でも有り得ない希望は書いても現実にはなりませんから気をつけてくださいね。『本因坊になった後、そのまま棋院で塔矢と披露宴』とか」
「なんだよう。本因坊にはなったじゃんか!」

デートの時には先に書いておいた予定にキスまでの詳細を書き足しても有効と言われ顔は強ばるのを通り越して引きつってしまったが、それでもなんとか笑顔を作ろうとした。

「そ、そう。わかった。その通りに書いてみるよ」
「あ、それから一番大切なこと! このノートを失くしたら所有権を破棄したことになって恋人でなくなっちゃうから」
「怖いノートですねぇ……」

ぼそっと竜崎に言われて月は思わず飛び上がる所だった。


こいつら何か知っているのか!?



「なんてね、まあ今のは冗談だから、竜崎と仲良くな」
「今日はお疲れ様でした」

にこやかに進藤・塔矢ペアが去ってしまった後も月はしばらく動けなかった。


「月くん……私たちもそろそろ引き上げましょうか」
「あ……ああ」

寒風吹きすさぶ中、気がつけばネズミの国は真っ暗で、もうまわりには誰もいなくなっていた。


「楽しみにしてますよ、月くんとの愛の交換日記」
「……ああ」
「そのネズミ耳も本当に似合いますね」
「……ああ」
「せっかくですからこのまま手を繋いで帰りましょう」

疲れすぎたのか、それとも帰り間際のLOVE NOTEに肝を冷やされたせいなのかわからないが、月はネズミ耳のカチューシャをつけ、アヒル口も装着したままぼんやりとLに手を繋がれて家に帰ってしまった。

「どうして言ってくれないんだっ!竜崎っ!」
「いや、ああいう月くんは初めて拝見して新鮮だったもので」

大変興味深かったですと言われて大切な何かを喪失したよう気持ちになった。

「楽しかったですね、Wデート。またそのうち進藤くんたちと…」

どこかに遊びに行きましょうと言われ、月は思わず二度と行くかと絶叫してしまったのだった。


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すすすすす、すみません。これがおれに出来る精一杯……というわけで、11111番を踏まれたアッシュさんのキリリク「月の独り言」でした。

アッシュさんすみません。がんばりましたがご期待には添えなかったかもしれないです〜〜〜。


とりあえずWデートクリアということで、デスノコラボはこれでお終いです(汗)お見苦しいものをすみませんでしたー。



2007年01月23日(火) 9999番キリ番「想紅・おもいくれない」


彼の頬を叩いてしまったのは、内心の動揺を隠すためだった。

雪の日、いつものように二人で碁会所で打って、帰るその帰り道で唐突に抱きしめられたかと思ったら、次には唇を奪われていた。

キスをされた。
それもいきなり。

何を考える間も無く相手の体を押し退けると、そのまま手を振り上げて殴っていた。

ぱあんと、思っていたよりもずっと派手な音をたてて頬を張った手は、下ろした時にもまだ痛く痺れているかのようだった。

「なんでいきなり―」

こみ上げてくる怒りに身を震わせながら言う。

「どうしてこんな所でいきなりっ!」


彼はぼくを好きとも何とも言っていない。

それなのにいきなりこんなことをするなんてと思ったら腹が立って仕方無かった。

「殴らせろ!」

怒鳴りつけてもびくともしない。

「進藤っ、ぼくにキミを殴らせろ」

もう一度殴ろうと手を振り上げたら進藤にその手を押さえられてしまった。

「ぼくは……ぼくは怒っているんだ!」

だから殴らせろと、そう怒鳴りつけたら進藤はしばらく黙り、それからぽつりと「ごめん」と言った。

「今更謝られたって――」
「ごめん、おれが悪かった」

そう言って進藤はまだ振り上げたままの格好のぼくの手を口元に引き寄せると、そっと指にキスをしたのだった。

「何を―」
「痛むだろ、ごめん」

おまえをこんなに怒らせるつもりじゃなかったんだと、言って再び口づける、ぼくの指の付け根には擦り傷があって、見れば赤く血が滲んでいるのだった。

「いつの間に切れたんだろう…」

思わず怒りも忘れて呆然と眺めるのに進藤が傷を撫でるようにして言った。

「たぶんさっき殴った時におれの歯に指が当たったんだと思う、本当にごめんな」
「それは……別にいいけど……」
「おれなんとなく、なんの根拠も無くおまえもおれと同じ気持ちで居るような気がしててさ」

だからつい先走ってキスをしてしまったけれど、殴られても仕方の無い行為だったと、進藤は萎れたように俯いて言った。

「いきなり男にキスされたら怒るよな」
「別にぼくはそんな…」
「友達だと思ってたヤツにいきなり抱きしめられたら気色悪いよな?」

フツーに考えて、そんなことしたヤツのことは嫌いになるよなと、彼が言った瞬間、雪の上にぽたっと赤い色が落ちた。

一瞬、ぼくの切れた指から血が流れ落ちたのかと思ったけれど位置が違う。

血は彼の俯いた顔の真下に落ちていたのだ。


「キミ、口の中を切ったんじゃ…」


ぼくは思い切り怒りにまかせて彼の頬を打った。

ぼくの指が切れるくらいだから彼もまた口の中を傷つけていて当然だった。

「進藤、ちょっと見せてみて」
「さっきの返事聞かせてくれたら」

そうしたら見せると、言っている側からまたぽつと血が雪の上に落ちた。

「進藤っ!」
「おれ、おまえが好き。だからいきなりあんなことしちゃったけど、もしおまえもおれのこと好きでいてくれるなら…」

すごく嬉しいと、ぼくは彼が話すたび、雪の上に散る赤い色から目が離せなくなっていた。


ぼくの切れた指に滲んだ血と同じ赤い色。
あれはぼくの怒りでもあり、同時に揺れ動いた心でもあった。

ずっとずっと隠していた心をいきなり引きずり出されてしまったその動揺の色。

「好きだよ―ぼくもキミのことが」

切れた指と雪の上に落ちた血を交互に見つめながらぽつりと言う。

「ごめん、驚いて殴ってしまったけれど、ぼくもキミが―」

好きだと言う前に進藤がぱっと顔を上げ、いきなり飛びつくようにしてぼくを抱きしめた。

そして息をする間も与えず深くキスをする。

「好き、塔矢、好きっ!」

ずっとずっと大好きだったんだと叫ぶように言ってからぼくをまた再び貪る。

「ぼくも……好き」

キスとキスの合間、息継ぎのように顔を離してそれだけ言った。

「だからすごく嬉しかった」



きっと

ずっと

一生忘れられない。

大好きな人と思いがけず両思いになったこの日のキスは、錆のようにしょっぱい、赤い血の味がした。

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10000番のニアミス賞、9999番の三枝さんからのリクエストでした。

三枝さんのリクは、その月ごとの色の名前の中から好きなもので書いて欲しいというもので、どの月のどの色の名前も素敵で随分迷いました。

「想紅・おもいくれない」はその中でもぱっとイメージが浮かんだもので、これにさせていただきました。

色のお題というのも趣があっていいですね。三枝さん素敵なリクをありがとうございましたvv



2007年01月22日(月) 10001番キリ番「満天の星空のもとで」


「キミが見たいって言ったんじゃないか」
「そうだけどおまえも見たいって言ったじゃん!」

真っ白に息を凍らせながらおれと塔矢は言い争いをしていた。

「なのにさっきから寒いのなんのって文句ばかりで」
「だって本当に寒いんだから仕方ないだろう」


冬の清んだ空に映る満天の星が見たい。
確かにそう最初に言ったのはおれだった。

仕事で行った囲碁イベントの休憩時間。置いてあった雑誌を何気なくめくっていたおれは美しい星空の写真に思わず手が止まった。

見開きのページ一杯を使ったそれは、近郊の山の上から撮ったもので、引き込まれる程深い黒に散らばる砂のように星が輝いていてとても美しかった。

(こんな星空…もうずっと見てないな)

「何? 何を見ているんだ?」

傍らからのぞき込んだ塔矢も写真を見るなりしばし黙り、それから「綺麗だね」とため息のように言った。

「おれ、こーゆー星空見たいかも」
「いいね、ぼくもたまにはちゃんとした星空が見たい」

それで見に行こうと決めたおれもおれなら、じゃあぼくも行こうかなと乗った塔矢も塔矢だと思う。

その翌日がたまたまオフだったこともあり、おれ達は深く考えもせずに仕事の帰り、まるで映画でも見に行くような軽いノリで地方へ向かう下り電車に飛び乗ってしまったのだった。



時間は思ったよりもかからなかった。

降りた駅の周辺も観光地ということもあって思っていたよりは栄えていて、でもいざ星を見ようとケーブルカーに乗った辺りから自分達の計画がいささか無謀だったことに気がついた。

なにしろ寒い。とにかく寒い。

もちろん冬用のスーツにコートもちゃんと着ているわけだが、そんなものではカバー出来ない程冬の山は寒かった。

そして少し考え見れば当然のことだが、ケーブルカーもバスも電車も何もかも、終わる時間が東京のそれとは比べものにはならない程早かったのだ。

最初は暢気に山の上から星を見ようなどと言っていたのがケーブルカーが五時半で終わりと聞いて星も現われないうちにそそくさと降りるはめになり、それじゃあ駅の近くで茶でも飲みながら暗くなるのを待っていようなどと甘いことを言っていたら店は皆ぱたぱたと閉まって行ってしまい、寒空の下放り出されるような形となった。

「まあ…観光地だから」
「そうだね、観光地だしね」

結局、駅のベンチに二人並んで座り、二時間に一本の上り電車が来るまでの間、星を眺めようということになったのだが、風は吹き抜けるは人の姿はほとんど無いわと、肉体的にも精神的にも非常に寒い事態になってしまったのだった。



「あー……寒い」
「仕方ないだろう、冬なんだし」
「それにしたってめっちゃ寒いじゃん。おまえなんでこんな寒いのにそんなじっとしてられんだよ」

黙って座っていることに耐えきれなくなり、その場で軽く足踏みしたらじろりと塔矢に睨まれてしまった。

「ぼくだって別に寒く無いわけじゃない。でも寒い寒いって言ったって仕方ないから黙っているんだ」

そもそもこんな所に来るのに、ちゃんとした防寒の用意もしないで来たのが間違えだったんだよと言われてカチンと来た。

「なんだよ、それ、おれが悪いってそう言いたいわけ?」
「別にそういうわけじゃないけど、キミはいつも後先何も考えずに行動するじゃないか」
「おまえだって来たいって言ったんじゃん」

おれは確かに考え無しだったかもしれないが、星を見たいと一緒に着いて来たのは塔矢自身なのだ。

「おまえだって結構迂闊じゃんか」
「何?」
「おまえも結構迂闊だって言ったの! おれがバカだと思うんなら、おまえが止めればいいじゃんか」

冬の山は寒いよと、もう少しきちんと計画立てて星を見に行きましょうと言えば良かったんじゃないかと言ったら塔矢の顔も険しくなった。

「それじゃキミはこうなったのはぼくの責任だって言うのか」
「そんなこと言ってないけど―」
「言った!どうしてそういう責任転嫁をするんだっ!」

そしておれと塔矢は寒風吹きすさぶ駅のベンチでしばらくの間醜く言い争いを続けてしまったのだった。



「まったく…」

散々言い合って争うタネも尽きた頃、ぐったりとうなだれていた塔矢が顔を上げた。

「まったくもう、なんでこんな所でこんなこと…」

どうしてぼくたちは言い争いをしているんだろうかと、言われておれもなんだか情けない気持ちになった。

「全く。なんでおれらこんな所まで来て喧嘩してんだろうなぁ」

そもそもなんでここに来たんだっけと尋ねられて星を見に来たんだろと投げやりに答える。

「なのにぼく達肝心の星を見ていないじゃないか」
「あ―――――」

言い争いを始めた時にはまだほんのりと西の空に薄く赤い色が残っていた。
それがいつの間にか辺りは漆黒の闇に落ちていた。

そして顔を上げたそこには――――あの写真で見たのと同じような星空が広がっていた。

「なんだもう―星出てんじゃん!」
「ずっと出てたんだよ。ぼく達が見ていなかっただけで」

ため息をついて、それから塔矢がおかしそうに笑った。

「この星空を見に来たのにね」

もう少しでそれすらも見逃してしまう所だったと、言ってからそっとおれの手を握って来た。

「キミの手…温かいね」
「ああ…うん。おれ体温高いんだよ」

ガキだからと言ったら塔矢は今度は苦笑のような笑いをこぼし、それからぴったりと体をくつけて来た。

「もしかしてこうすれば良かったんじゃないか? そうしたらちっとも寒く無かったし、つまらない喧嘩なんかしなくても済んだかも」

そして絡めた指をぎゅっと強く握られて思わず同じくらい強く握りかえす。

「そうだな、そうしたらもう少し…」
「もう少し何?」
「もう少し…」

恋人同士らしくロマンチックに星を見るってヤツが出来たかもと、顔を寄せてキスをしたら塔矢は驚いたような顔をして、それからみるみる赤くなった。

「せっかくおまえと星を見に来たってのに勿体無かった。もう少しで電車来ちゃうし」
「いや、今からでもまだ…まだ大丈夫だと思うけど」

電車が来るまでの間、ロマンチックに星を見ることは充分出来ると思うと、今度は塔矢の方からキスされておれの頬も赤くなった。

「結構…実行出来てる?」
「なにが?」
「ロマンチック」
「出来てるんじゃないかな」

出来ているといいなと思うよと、三度目のキスは同時にしようとしてお互いに顔を見合わせて笑ってしまった。

まったくどうして最初からこうすることが出来なかったのか。


「キミ…冬の星座のこと少しは知っている?」
「いや、全然」
「だったらぼくが教えてあげるよ」

それもまた結構ロマンチックなものだからと、塔矢は言ってはにかむように笑い、それからおれ達は降るような満天の星空のもとで、互いの温もりを感じながら、やっと本来の意味での「星を見る」を楽しむことが出来たのだった。

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10000番のニアミス賞の10001番のありそんさんのリクエスト、「満天の星空のもとで」でした。

ありそんさんには他に二つリクの候補を頂いたのですが、これを使わせていただきました。

すみません色っぽいシーンは入りませんでしたが(汗)それでもって死語の世界になっていたりもしますが〜(滝汗)

素敵なリクを本当にありがとうございました。



2007年01月21日(日) (SS)ヒカルの独り言


学生時代の友人の夜神さんのお宅の月くんがちょうどお前と同い年くらいで、やはり男のお嫁さんをもらうらしい。

まだまだ世間的にそういう夫婦は少ないだろうから一度会ってきたらどうだと、ある日母親に言われて塔矢を連れて夜神家に行った。


「あらあらあらあらいらっしゃい」

機嫌良く迎えてくれた母親の友人は塔矢をちらりと見ると少し驚いたような顔になり、小さくため息をついてからすぐに元のような機嫌の良い顔に戻った。

「月に話したらヒカルくん達にすごく会いたがって、今日も朝からずっと楽しみに待っているのよ」

聞けば相手も一緒に居ると言う。

「二階に居るからそのまま上がってちょうだい」

そう言われて階段を上がりかけたら塔矢は何やら手みやげを渡していて、挨拶が長くなりそうだったので先に上がった。

言われていた部屋のドアをノックして開けると最初に顔の綺麗な男が居て、ああこれがその噂の「月くん」だなと思った。

「こんちはー」
「進藤ヒカルくん?…悪いね、来ていたのに気がつかなくて挨拶もしなくて」
「ああ、そんなん別に全然気にしなくていいから」

母親が絶賛していたのも納得の当たりの柔らかい、頭の良さそうな男だった。

で、その相手の男はどこかいなとじーっと部屋の中を見据えてベッドの上に蹲るように座る姿を見つけた。

「竜崎、お客さんだよ」

うながされて振り向いたその顔を見た瞬間におれは思わず叫びだしそうになっていた。


えーと。

えーと。

えーと………。


勝ったーーーーー!!!



塔矢が誰かに負けるとかそういうことは一切考えていなかったけれど、でも無意識に引き比べてしまっていたらしい、その相手という男の顔を見た瞬間に迸るように思っていたのだった。


塔矢のが可愛い、塔矢のが美人っ!!

やっぱりおれの塔矢が世界一だっ!!!!!



そんなおれの内心の葛藤も知らずにその竜崎と言う男はおれに向かってぺこりと頭を下げた。

「こんにちは。お噂はかねがね」
「どうぞ、そんな所に立っていないでこちらに来て座ってください」

勧められて部屋の中に入りながら、この月ってヤツはものすごくマニアックな趣味なんだなあと思った。

「あの……失礼します」

おれが椅子に座るか座らないかのうちに、小さく声がして、やっと挨拶が終わったらしい、塔矢も部屋の中に入って来た。

「塔矢アキラです。はじめまして」

どうだ美貌にビビれ!おれの可愛い塔矢におののけと思ったのだけれど予想外に相手には特別な反応は現われなかった。なんだがっかりと思った瞬間だった。

「あの……無理ですよ」
「え?」

唐突に傍らのベッドから声がして、竜崎がおれに向かって言った。

「今、進藤くんは自分の恋人の美しさに月くんが驚き、反応することを期待した。でも思ったような反応が出なかった。そうでしょう?」
「あ…ああ」
「月くんはアイドルの弥海砂さんをフッて私のような非常に癖のある男を選んだ。それで導かれる結論は彼の趣味が常人のそれとは違うとういうことを意味します」

つまり私のようなタイプが好きだということだから、美しいあなたの恋人には何ら反応しないわけですよと、蕩々と言われてほうと思った。

「へー、すげえ。やっぱマニアックだなあおまえ」

思わず本音がぽろりとこぼれた。

「進藤っ、失礼だぞ」

やり取りを見ていた塔矢が目の下をほんのりと染めておれの側に来た。

「確かに彼は個性的だけれど、人の好みはそれぞれなんだから、マニアックだなんて言うのは夜神さんの人格を否定するようなものだ」
「…おまえのが結構失礼なこと言っていると思うけど」
「なんだと、ぼくはただ、キミがあんまり人に気を遣わないから……」

あわや喧嘩という寸前に夜神月がやんわりと割って入って来た。

「すみませんおっしゃる通り、確かにぼくの恋人は少し個性が強くて」
「非道いですね月くん」

裏切りですと言う竜崎の横で、にこやかな態度のまま月は続けた。

「でもこれで結構可愛い所もたくさんあるんですよ」
「……その言葉でさっきの失礼な言葉は相殺にしてあげても良いですよ」

なんだか妙なカップルだなあと思い、でも聞いていた通り仲は良さそうだなと思った。

「塔矢さんもどうぞお掛けになって。直に母がお茶を持ってくると思いますから」

その間、お二人のなれそめやお仕事のことについて伺わせてもらおうかなと、人懐こい笑顔で言う。

「おれとこいつ?」

こいつがおれのストーカーだったんだと言った瞬間に殴られた。

「子どもの頃に知り合って…何しろ彼がぼくが初めて負けた『子ども』だったので」

それからずっと追いかけて今でもライバル関係にあるのだと言う塔矢の説明に月は深く頷いた。

「追いつ追われつ」
「まるで私達の関係のようですね、月くん」

どうやら目の前の二人も同じような流れで付き合い、恋愛感情が芽生えたらしい。

「そういうスリリングな関係は自然恋愛に発展しますよね」
「さあ、どうでしょうか。でも確かにそういう傾向はあると思います」
「心理的な面からこういう関係を分析していくと――」

何故かその場で塔矢と夜神月はディスカッションを始めてしまった。

そういえばこいつ頭が良かったよなあと、こういう議論系が好きだったっけと目の前で頬を紅潮させながら話し込むのを見てぼんやりと思う。

「…進藤くんは話に加わらないんですか?」
「いや、おれ難しい話はさっぱりだし、それにあいつこういう話始めるとどんどんはまって行っちゃって長いから」

とてもついていけねえと、ため息まじりに言ったらすっと目の前にケーキの皿が差し出された。

「月くんも議論が大好きなんですよ。たぶんこのまま二時間は話していると思いますね」
「あんたは加わらなくていいん?」
「私は仕事以外で脳細胞を働かせないことにしているので」

もし進藤くんが嫌で無ければ、菓子でも食べて待っていましょうと、見ればケーキだけで無く後から後から幾つも菓子が出てくるのだった。

「この『うまい棒キャラメル味』は結構イケるんですよ」
「あ、それおれ知ってる。『うまい棒』はしょっぱい系が多いけど、たまにこういう甘いのもあるんだよな」
「私はもっぱら甘いものを食べています。駄菓子系が嫌いで無ければチロルも全種類ありますよ」
「うわ、マボロシの杏仁味じゃん」
「お好きですか?でしたらたくさんありますのでどうぞお食べになってください」


そしておれは塔矢が夜神月と何やら難しい議論を戦わせている横で、恋人だという竜崎と様々な菓子を食べながらレアものの菓子の話や、駄菓子のことなどをのんびりと話したのだった。


「それじゃすっかり長居してしまって」
「いや、こちらこそお引き留めしてしまって」

竜崎が言った通りきっちり二時間後、ようやくキリがついたらしい塔矢と月は話を止めた。

時間も結構遅くなっていたのでそのまま帰ることになったのだが、次にはぜひ一緒に食事でもということになった。

「なんでしたらWデートっていうのはどうですか?」
「いいですね、ぜひ」

おれはおれで竜崎に山ほど駄菓子をもらってほくほくと夜神家を出た。

「………楽しかった。彼はとても頭の良い人だね」
「なんでも東大に一位で入ったってことだぜ?」
「へえ…もしやったら囲碁も強くなりそうなのに」
「やらないんだって?」
「自分がしたいことの中には含まれていないみたいだよ。でもまた今日みたいに話が出来たらいいな」
「竜崎もすげえいいヤツだったぜ」
「キミもずっと楽しそうに話してたね」
「だってあいつ菓子と海外の猟奇殺人の話とかすげえ詳しいんだもん」

おまえらが議論戦わせている間、おれらはのんびり連続殺人犯の話を聞きながら羊羹食ってたと言ったら苦笑されてしまった。

「同性同士のカップルに会うのは初めてだったけど、いい友達になれそうだよね」
「そうだな。少なくともおれ、竜崎は好き」
「月くんは好きじゃないのか?」
「おれはおまえと仲良く話しているヤツはみんな嫌い」

でも羊羹にハチミツかけて食うような男を可愛いと公言してはばからないんだから、結局やっぱり好きかもと言ったら今度は苦笑ではなく笑われた。

「そうだね、二人ともとても良い人だったよね」
「今度本当にどこか遊びに行くか」
「海とか山とか?」
「いや、遊園地とかディズニーランドとか」

どうせWデートをするなら、そういう思い切りそれっぽい所に行くのがいいとおれが言うと、塔矢は一瞬考えてそれからにっこりと嬉しそうに笑った。

「ぼくたちは男同士だから、そんなふうに普通の恋人同士みたいなことが出来るなんて思いもしなかったよ」

今度休みがとれたら思い切って二人に連絡してみようと、本当に嬉しそうなその顔が愛しくて思わず抱きしめそうになりながら、夜神月にとっての竜崎もこんなふうに可愛く見えるのかなと思ったりした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

もういい加減怒られそうなのでこれで最後。
かなり前になりますが、かわいい新妻のLにいそいそと料理を作る月というのを夢想していたことがありました。

家事全般、月がやってるんです。で、Lが何をしているかというと何もしていない。なぜなら「可愛い」担当だから(爆)


昨日の三兄弟夫婦。全員で集まった時に話していると、若島津、アキラ、月で固まってしまって、日向さん、ヒカル、Lは三人で菓子を食べていそうです。いやこれもなんとなく夢想なんですが。






2007年01月20日(土) (SS)美津子の独り言3

塔矢くんは可愛い。聡明で良く気がつくし、女の自分から見てもとても綺麗な顔立ちをしていると思う。

そこらのちゃらちゃらした女の子よりも百倍も千倍も良い、そう一度は納得したものの時間が経つとまた少し心が揺らいできた。

いくら可愛くたって性格が良くたって男は男。男同士の結婚というのは、やはり今時のこの世の中でも普通では無いのではないだろうか。


「…鳥取の叔父さん……きっと驚くわよねぇ」


いざ結婚となると親類縁者に知らせないわけにもいかなくなる。


「佐賀の叔母さんも福島の従妹の照ちゃんもみんなきっと驚くわよね」


よりにもよって男の嫁など聞いたことが無いと何を考えているのだと罵られること必須だと思う。


「やっぱり……ご近所にだって体裁が悪いし」


この間はマシだと思ったけれど、やっぱり夜神さんの月くんの方が相手が女の子だし良かったかもしれないとそう思い始めた頃だった、思いがけずその夜神さんから電話がかかって来たのだった。



『こんにちは、進藤さん』
「あら、こんにちは。この間はどうも」


差し障りない挨拶から始まり、それから話は思いがけない方向に進んだ。


『あの…実はちょっと相談に乗って欲しくて』
「なに? 私で力になれることだったら」
『実は息子の…月のことなんだけど』


この間遊びに行った時にちらりと姿を見た、海砂さんというお嬢さんと月くんが別れたということなのだ。


「あら、それは…」


良かったわねという言葉をかろうじてかみ殺す。


『それで…新しい恋人を連れてきて結婚したいって言うんだけど』


その相手が男なのだと夜神さんの声は限りなく苦い。


『今時、そういうこともあるって言うのは知っていたけれど、主人の立場もあるでしょう?』
「ああ……ご主人は警察にお勤めでしたっけ」
『硬い仕事だから、息子が同性愛者だって言うのはマズイんじゃないかって』
「でも家庭の問題は仕事には無関係だし」
『でも主人の立場が悪くなるんじゃないかって私、心配なの』


それに相手の男性もかなり癖があるらしく、祝福してやるべきなのかどうか迷っているという。


『お噂に聞いたんだけれど、進藤さんのヒカルくんも恋人が男の方だって…だから色々ご意見を伺いたくて』


とにかくぜひ一度家に来て相手を見て欲しいと言われ、動揺しつつ夜神家を訪ねた。




「……で、どんな方なの?」
「同い年で、大学で入試の成績が月と一緒でトップだったんですって」
「あら、じゃあ頭が良い方なのね」
「ええ、とても頭が良いみたい。実を言うと主人の仕事にも関わりがあるのよ」


どうやらその明晰な頭脳で警察の捜査などに協力しているらしい。


「すごいじゃないの」
「ええ…すごいはすごいんだけど」


それでもちょっと癖があってと、そこまで口を濁すというのはどういう人なんだろうかと興味が沸いた。

「二人はずっとライバル同士で、それがいつの間にか恋愛感情になってしまったらしくて」


どこぞの誰か達に似ているなと思わず苦笑してしまった。


「話も合っているみたいだし、悪い方では無いんだけど…」
「やっぱり世間体とか気になりますものね」
「ええ、どうして女の子を選んでくれなかったんだろうって、どうしても思ってしまって」
「わかる、わかるわそれ」


つい気持ちがよくわかって夜神さんの手を握ってしまった。


「本人達の意志が何よりだけど、でもどうせならごく普通にどこかのお嬢さんとご縁を結んで欲しかったって」
「そう、そうなのよ、うちのヒカルだって相手の塔矢さんはとっても良い子なんだけど、それでも男の方でしょう? 近所の目とかどうしても気になっ
て」
「わかる、わかるわ進藤さんっ。親類にもなんて言われるかともう胃が痛くて…」


こんなこと他の方にはとても打ち明けられなくてと涙目で言われて自分も思わず目頭が熱くなった。


「こんなことでこういうふうに言うのもなんだけど、私、夜神さんが居てくださって良かったわ」
「私も、進藤さんが居てくださって本当に良かった」


これからも慰め合って生きて行きましょうと話している時に玄関で気配がした。


「……あら、月が帰って来たみたい」


きっと相手の方も一緒よと言われて思わず背筋が伸びた。


あの成績優秀な月くんが選んだお相手はどんな人なんだろうかと、無意識に塔矢くんの顔を思い浮かべつつドアが開くのを待った。


「あ、母のお友達の方ですよね。こんばんは」
「こんばんは月くん、お邪魔しています。お元気そうね」


さあ来るぞ来るぞ、どんな男の子なの――――――?

にっこりと愛想良く頭を下げた月くんの後ろ、ひょっこりと顔を覗かせた相手の姿を見てしばし絶句してしまった。


「あ、彼はぼくの婚約者の竜崎です」


うながされて頭を下げる竜崎さんという方を見てそれまで色々と考えていた全てのことが吹っ飛んで一つの言葉だけが頭に浮かんだ。


……

……………

…………………


勝った!!!!




なんとなく無意識に塔矢くんのような線の細い綺麗な人を期待してしまったのだと思う。

ヒカルでさえ連れて来たのが塔矢くんなのだから、月くんのように容姿に恵まれた人が連れてくる恋人は更に格段に綺麗な人だろうとそう無意識下で思ってしまっていたようなのだ。


「………こんばんは」


ぼそっと言って頭を下げる。
二人が消えた後、しばらく夜神さんも自分も何も言えなかった。


「ね?……癖の強い人でしょう?」


癖が強いって言うより、あの人はなんなの?

そもそも

人間なのー??????


そう心の中では叫びながら、あまりにも失礼なので口には出さなかった。


「で、でも、とても仲良さそう」
「そうなの、仲はとても良いのよ」
「だ………だったらいいんじゃないかしら」


やっぱり本人達の幸せが一番だものねと、なんとなく上滑りする言葉で受け答えしながらそそくさと帰り支度をする。


「わ、私そろそろお夕飯の仕度があるから帰らないと」
「そう? 御免なさいね愚痴ばかり聞かせてしまって」


でもこれからも出来たら相談に乗って欲しいと言われて「いいわよ」と答えた。


「本当に進藤さん、これからもよろしくお願いしますね」
「ええ、本当にお互い苦労は多いかもしれないけれどがんばりましょうね」


そう言い合いながら別れて、でも帰り道ずっと心の中で叫び続けていた。


良かった!

ヒカルが選んだの塔矢くんで良かった!


だって塔矢くんは男の子だけど、美人で可愛くて頭も良くて気だてが良くて、なによりもなによりも

人間だもの!!!



違うのよ夜神さん、夜神さんとウチは違うのよーーーーーーーー!!!






もうホモでもなんでもくそくらえ、下手に反対して竜崎さんのような男の人を連れて来られるくらいなら一刻も早く塔矢くんと結婚してもらわなくちゃと、帰ったら早速式場の空きを問い合わせてみようと思いながら高笑いがもれてしまい、押さえるのに非道く苦労したのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ホーホホホホ、同じホモでもうちの塔矢くんは竜崎さんなんかよりずっと綺麗で可愛くて、純粋で可憐でとっても良い子なのよ〜〜〜〜〜♪
ヒカルはさすがに目が肥えているわ〜〜♪(美津子スキップ)

という感じで………………………すみません。こんなもん書いておいてなんですが、私はLが大好きです。

なんて言うか……うちに一人いたらいいなあって感じでとってもかわいいと思います。


脳内ホモ三兄弟の自分がもし母だったとしたら長男の嫁には若島津さん、次男の嫁にはアキラをそして三男の嫁にLを貰いたいくらいです。


なんのフォローにもなってはいませんが、もし不快になられた方がいらっしゃいましたらごめんなさい(土下座)

でも、でも、繰り返しますが私、Lが大好きなんです〜〜(汗)



2007年01月19日(金) (SS)百年プリント2


その時実はぼくは偶然彼のすぐ側に居た。


「えー? 松山さん何で? おれは十年たっても二十年たっても全然気持ち変らないと思うけどな」


棋士同士の懇親会で、最初はかなり離れた所に座っていた。

それが場がほどけて皆てんでばらばらの所に座るようになり、気がついたら背中合わせに座っていたのだけれど、彼はぼくに気がついていなかったと思う。


「奥サンのこと好きで結婚したんでしょう? なのになんでヤらないでも平気なんですか?」


信じられない、おれには考えられないと、ざわつい場の中でそこだけぽんと耳に飛び込んで来て、それからぼくは気がつけば彼とその年上の棋士の話に耳を欹てていた。


「だってそんな新婚の頃ならまだしも、もう十年も経っちゃ向こうの腹も出てくるしさ、顔だって小じわが出てきてとてもじゃないけど女を感じないしね」


寝室も分けているし、もう半年はしていないかなと言うのにぼくも驚いたけれど、彼はもっと驚いたようだった。


「えー? そんなのおれ絶対無理だなあ、好きな相手だったら一日に三回くらいヤッたってまだ全然足りないけど」

「それは進藤くんがまだ若いからでしょ」


結婚して可愛かった相手が年老いてくたびれてくるのを見たら気持ちがわかるよと言われて彼は少し黙った後、でもおれにはわからないと言った。


「だって年を取るのは当たり前だし…。おれは皺が寄ってもどう変ってもきっと相手のことがずっと可愛く見えると思う」


年を取って皺が寄った顔もきっととても可愛いし、太っても禿げても例えば事故に遭って顔形が変ってしまったとしてもおれにはやはり相手のことが美しく見えると思うと、彼が誰を思い浮かべながら言っているのかよくわかってぼくは一人赤くなった。


「まあそれじゃ十年たったらその時にでもまた意見を聞かせてよ」


その頃にはきっと君も結婚していて、その結婚相手がくたびれて来ている頃だからと、先輩棋士は酔って少しろれつのまわらなくなった声で進藤に言った。


「そうしたらきっと進藤くんも、おれの言っていることがよっっっくわかっているはずだからさぁ」

「はいはい、わかりました。なんだったら五十年後でもいいですよ」


そして話は今度は別な棋士の噂話へと変って行ったのだけれど、ぼくは茹だったように赤くなったまましばらく身動きすることも出来なかった。

上手く酔っぱらいをあしらいながら、でもぼそっと彼が呟いた言葉が、真後ろにいるぼくの耳にだけはよく聞こえたからだ。


「わかるかっての、だって絶対に百年たったってあいつはおれにとって誰よりも可愛い」


ずっとずっと、可愛くて美しいままだからと、その言葉はぼくを痺れる程に幸せにした。



所構わず触れたがり、時に鬱陶しいくらいに求めてくる。

恥ずかしくて居たたまれなくなるくらい耳に愛の言葉を吹き込む彼は、たぶん本当に老人になってもぼくを求めてくれるのだろうと思ったからだ。

例えどんなに醜くなっても、例え世界中の誰もが見向きもしなくなったとしても、彼だけはきっと変らずぼくのことを愛し続ける。

可愛くて綺麗だと、何十年たっても言ってくれるのだろうと、そう思ったら自分でも驚くくらい嬉しくて、自分の恋人が彼であることがしみじみと幸せでたまらなかった。


(どうしてもう…キミは)


聞いた台詞を反芻して、自然に口元が緩んでしまう。


(どうして、そう、いつも…)

ぼくを幸せにしてくれるんだろうか。




恥ずかしくてとても後ろに居ることを知らせることは出来なかったけれど、そっと場を離れながら、ぼくは心の中で呟いていた。

ありがとう。

ぼくもきっと絶対に、百年たっても何があっても変らずにキミのことが大好きだよ――と。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

昨日の続き、アキラが実は聞いていました編です。アキラもヒカルが太っても禿げてもしわくちゃになっても、何十年たっても「進藤は格好良いなあ…」とぽーっとしてると思います。



2007年01月18日(木) (SS)百年プリント



知り合った先輩棋士が、飲んだ話の合間にセックスレスだという話をした。


「いや…だって女なんか可愛いの最初の内だけだし、毎日見てれば見飽きるし」

もう女って言う気がしないんだよねと、相手も同様らしくこの半年余り寝室も別でそういう行為に至ったことが無いという話にかなり驚いた。


「へえーそうなんデスか。おれなんか絶対無理だなあ、好きな相手だったら一日に三回くらいヤッたってまだ全然足りないけど」

「それは進藤くんが若いからでしょ。年とって来るとすること自体も面倒臭くなってくるしね」


皮膚のたるんだ女房の体見ても欲情のよの字もおこらないよと、言うのを聞いて更に驚いた。


「えー? 松山さん何で? おれ、十年たっても二十年たっても全然気持ち変らないと思うけどなあ」


年を取るのは当たり前だし、老いたとしても気持ちはかわらない。

皺が寄ってもどう変ってもその都度その都度可愛く見えるはずだし、きっと自分には美しく見えるはずだと言ったら一笑に付された。


「だからね、進藤くんはまだ若くて結婚もしてないからだよ」


おれだってまあ、女優や逆に援交の女子高生にだったら幾らでも勃つし、優しくもなるけれどねと、そのうち君にもわかるよと言われて心の中でわかんねーよとつぶやいた。

だって、おれはもう何年もずっと塔矢を見ている。

子どもだった頃のあどけなさの残る顔も可愛かったけど、十五、六歳の少し大人びた顔も綺麗だと思った。

そして二十歳前後のすっかりと大人びた顔も美しいと思い、今、三十半ばになった落ち着きのある顔もとても可愛いと思う。

きっとこの先あいつがどんなに変ってもこの気持ちは変らないと思う。

皺が寄っても太っても禿げても、非道い怪我を負って今の顔形と変ってしまっても、今抱いている気持ちは変らない。

もっともっと好きになるだろうとそう思える。


それも目の前に居るこの人に言わせれば人生経験が足らない故と言われてしまうのだろうけれど、それでもほとんど確信のように気持ちは変らないとそう思える。


「まあ、後10年たったらその時の意見を聞かせてよ」


アルコール臭い息でそう言われて苦笑しつつ答える。


「わかりました。なんだったら五十年後でもいいですよ」


きっとその時もおれは塔矢を変らずに愛してる。


綺麗で可愛くて大好きだと惚気られる。


毎日でも抱いていたくて、顔を見るだけで勃って、とんだエロジジイだと呆れられているだろう。


それでも―――。


それでもきっと塔矢は、そんなおれを嫌だとは言わないだろうと、これもまた確信のようにそう思えるのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

某新聞の人生相談を読んで、いささかむかっと来て思いついた話。

その内容とは↑ちょっとズレていますが、まあヒカルだったらアキラが大好きで仕方なくて、死んでもあんなこと言わないんだろうなあと思ったから。

ねえ、ヒカルは言わないですよね?Tさん。(と、ここ見てないか 笑)



2007年01月09日(火) (SS)フロイト的にはどうなんだろう。

進藤が、雑誌に載っていた夢占いをやってくれると言うので、気がすすまなかったけれど見た夢を話した。

「えーと…それは、へー……」

開いたページを見つめながら感心したように頷いているので気になって促したらにやっと笑ってこう言われた。


「その夢は、ストレスが溜まっていたり、欲求不満を現してたりするんだってさ」

進藤は欲求不満に力を込めて言ったのでぼくの頬は赤く染まった。


「それは…この頃忙しいから」
「そーそー、忙しくてずっとヤッて無いから」
「違う!」


だったらここしばらくの夢の解釈もしてみようぜと言われて、数日分の夢を話した。

「えーと?一昨日の夢は…………………わあ、Hな欲求が高まっていますだって」
「違っ……」
「それでもって、その前の日は…………へー……恋人が居る人は一つになりたいという欲求が大きくなって居る証拠……へー…」

その前は、その前の前はと悲しくなる程、ぼくの見た夢はどの夢も「欲求不満」「性的な欲求が高まっている」という解釈で聞く度にぼくの顔は赤くなった。

「…おまえ淡白そうで意外に溜まってんだな」

ぱたんと雑誌を閉じて可笑しそうに笑われて、ぼくは思わず怒鳴ってしまった。

「違う!」
「でもおまえがいくら違うって言ってもさ、無意識のおまえはそういう欲求があるみたいだし」


ついでに言えば今日はこれから予定も無く、明日も二人とも予定が無い。
これはヤッた方がいいんじゃないでしょうかとしたり顔で言われて、ぼくは言い返すことが出来なかった。

「ほら、おまえのココもヤリたいって言ってるし」

ぽんと前を叩かれて反応してしまう。

「な? こっちのおまえのがずっと素直だって」
「違……」


でも実際嫌になるほど素直に体は反応してしまったし、実際ずっとそういうことを出来ないでも居たし、本当にぼくは欲求不満になっているのかもしれないと、彼に促されるまま、もつれるようにその場でぼくは抱かれてしまった。

…………………………………が。



翌朝、清々しい夢を見て目覚めたぼくはその夢の解釈も知りたくなって雑誌を拾い、中を読んだ瞬間、彼にハメられたことに気がついたのでした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

つまり嘘の解釈ばかり伝えていたと。普通なら気がつきそうなものですが、アキラは変に素直なのでそれを鵜呑みに信じてしまったのでしょう。

策士の勝ちということで。


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