日々の呟き

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2007年11月11日(日) 今日は麺の日

11月11日って、『麺の日』なんですって。理由は日付を見ての通り。(笑)

別にそれを意識したわけではないんですが、今日のお昼がうどんで、夕飯が豚鍋で昼に残ったうどんやら、先日食べ損ねた中華麺をシメに使ったから、結果的に麺づくしの一日でした。(笑)


最近、日記が週一ペースなのは、平日に日記を書く体力が残ってないからなのです。
仕事がちょっと本気で忙しくなりそーで、つか、本気で首が回らないくらいになる予定で、もうその余波が来ておりまする・・・orz
いや、私の身体は一つだからね!と言いたいんだが、こればっかは本気で首が回らなくならないと、周りが理解してくれないから(実際、今でもピンと来てない)、とことんやってやろうじゃんか、と鼻息荒いです。(笑)でも、年末に倒れるのは御免被りたいので、そこは調整しますが。(数年前にマジにぶっ倒れまして、1ヶ月くらいヒィヒィ言ってました・・・)

しかし、このお陰で


冬コミへの道が断たれました。orz


うわぁぁぁん、仕事のバカー!!!!!!!!(激涙)


ああ、今年も職場で、ああ、今頃お城(ビックサイト)では舞踏会(コミケ)がっ!!!と、臍を噛みつつパソコンに向かってるんだろうなぁ・・・
そう思うと、くそう、今日あった1059オンリー、行っておけば良かった!!(資金は底をついてるケドね・・・)

1月の大阪は参加する予定ですが、新刊は非常に微妙です。本気でメドが立たないので、出せるとも出せないとも言えません。ごめんなさい。多分、12月に突入したら、日記すら書けなくなると思うので・・・
それまでに、サイト、どうにかしたいにゃー・・・(涙)


さて、今週の風林火山です。

桶狭間でした。

前回、越後の宇佐美と、駿河の寿桂尼の策略で、由布姫の弟である寅王丸が信玄への刺客に仕立てられた事に怒り心頭の勘助が、その代償を今川家に求める話になっておりました。

信玄は織田信長から使わされたと思われる僧に目通りし、信長の人なりを聞きます。『大うつけ』と思われている信長が、実は情報を重要視する策略に長けた武将である事を知った勘助は、軍の規模からすれば太刀打ちできない今川家に対し、織田信長がとるであろう行動は大将首を取る為に奇襲をかけるしかないと推測します。
伝兵衛が、織田方が桶狭間に何度も馬を通らせているという情報を伝えると、勘助は信長の意図を察し、今川義元を罠に掛けるべく駿河へと赴きます。

いやぁもう、この義元との対面する勘助の 胡散臭いこと!!(笑)

義元が最も嫌う表情、媚びへつらいながらも、どこかおぞましくも見える下碑た笑みを浮かべ、義元に伝えたのは、信長が義元に対して最も取って欲しくないであろう行動、道筋。勘助は義元が自分を毛嫌いし、自分が授ける策には絶対に従わないであろう事を分かった上で、あえてそれを口にします。ダメ押しで雪斎の名前まで出したのは、義元が雪斎にも反発していた事を見抜いていたからでしょう。そして、そんな義元の考えをたしなめられる雪斎はすでにおらず、寿桂尼では力不足だという事も。

寿桂尼は勘助の言うことも心に留めよと言いますが、義元は反発するばかり。そして、まんまと勘助の張った罠の中へ飛び込んでいくはめに。
勘助は、自分の張った罠をわざと寿桂尼に気付かせるような事を言い、寿桂尼は慌てます。この時の2人の対決がまたもー、コブラVSマングース(?)の様な恐ろしさ!
思わず画面に向かって、ひぃぃぃ、恐ろしや〜と叫んでおりましたのことよ。

義元は桶狭間にて織田勢に討たれ、首級を上げられてしまいますが、その後、今川方の武将が織田方へ脅しをかけて首は今川家へ戻ってきます。要するに、桶狭間の戦いは大将が討たれただけであって、今川軍本隊をうち破ったわけではないので、織田方としても無理はできなかったのでしょう。

戻ってきた義元の首を前に、寿桂尼さまは毅然と武田と北条の動き次第では、一戦あるやもしれぬと家臣団に渇を入れます。コレ、本当なら嫡子がやるべき事なんでしょうけど、義元自身、『あ〜あ、(松平)元康が俺の息子だったらなぁ〜』と思う程、頼りない息子のようで、結局はゴットマザーである寿桂尼様が指揮をとる事に。

でも最後の最後に、誰もいない広間で首桶を抱きしめながら涙する寿桂尼さまは、ただの母親でございました。ちょっと、泣けた。

武田家は直接的に関わらない桶狭間。元康は出るけど、信長様はシルエットのみという演出。
今週もまた、目の離せない面白さでございました。

・・・ねぇ、エヌエチケェさん。再来年の大河、やっぱ寿美男くんに書かせない?(苦笑)


秋山まり