あたくしは4月生まれな故、4歳になった時にはもう、保育園の年中クラスにいた。 なので、当時の記憶は断片的ではあるが、かなりハッキリしている。
周囲の人に聞いてみると、保育園や幼稚園の4歳児クラスにいた頃の記憶となると かなり曖昧で・・・・というのも、例えば早生まれの子なんかは、このクラスで 凡そ、3歳の時を過ごすわけだから、納得できる。 あたくしだって3歳の頃の記憶となると、既に危うい。 物凄くはっきり覚えていることもあるが、4歳になってからの記憶に比べればかなり断片的。
この前となると、もうさっぱり覚えていない。 あたくしがどういうセンスで創ったのか知れない造語や歌なんかはこの頃できたものが多く、 親が反芻するもんだから、何となく頭の片隅に残ってはいるものの、 まさかコレが自分で作ったものだと知らされたのは、それから随分後になってからのことだった。 よく言われるのが、この頃だともう言葉を話すことが出来るので、 「お母さんのお腹の中にいた時、どうだった?」などという質問に 実に克明な答え方をするんだという。 これ以後、この頃の記憶は薄れていき、代わりに外界からの刺激による記憶が占領するといったわけだ。
昨日の日記で、あたくしは4歳の時にせりふ付きの舞台デビューをした・・・・と書いた。 で、そのせりふもキッチリ覚えている。 保育園での発表会みたいなものだったが、5歳を間近に控えたあたくしの記憶だから、 かなり確実で、忘れようにも、親も反芻するし、 自分でもそのせりふを言ったことを覚えているので、強烈な記憶として頭に残っている。
「リセットをするなら、多分、4歳まで遡らないとダメだわ・・・・。」
あたくしは昨日、そんなことを口走った。 4歳・・・・。 あたくしにとって最初のターニングポイントがあるとするなら、多分ここだ。 弟もまだ小さいし、あたくし自身も人見知りと愛嬌でカバーできる何かを持っていた。 この後からだ・・・・何だかどんどん狂っていったのは。 無論、「芝居」に出会ってしまったからなんだが、 世の中に、こんなに面白いものがあるのかぁ・・・・と多分思ってしまったのだろう。 以降数年のブランクが空くものの、結局は、芝居の世界に舞い戻り、 演劇部がなかった中学でも芝居を年に1本打ち、高校、大学は正に芝居三昧の生活になった。
4歳の頃の感覚が、今でも染み付いているということだ。 先天的に、「演ずる」能力が長けていたとは思わないが、多分、好きだったのだろう。 声を出したり、奇妙な刺激を受けるのが。 奇妙な刺激・・・・あたくしは懲りもせず5歳の頃にも芝居に出ている。 楽器の演奏会では、一番目立つポジションにいた。 もう、平仮名を全部覚えて、本を黙読するかわいげのない子供だった。 そして、自分でも書くようになった。 5歳の子供がだ。 物語の起承転結を構成したというのだから、今の感覚でいくと卓袱台をひっくり返したくなる。
もし、4歳の頃に戻って全てをリセットできるとしたなら、 あたくしは今、どんなことがしたいのだろう・・・・? やっぱり書きたい? 演じたい? それとももっと別の世界に飛び込んでいるのか?
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