注文を繰り返したくせに豚汁つけるの忘れたとか、おにぎりの種類を聞き直しにきたとか、まあそんなことはどうでもいい。時給680円絶賛見習い中のメガネっ娘バイトに何も期待はせん。
今憤るべきことは、ナポリタンだ。
そもそも、イタリアンを標榜する食い物屋がこれだけ氾濫している世の中で、人が「ナポリタン」というシロモノをあえて注文する時に、何を期待するのか。アルデンテにこだわるよーな店ではけしてメニューにのせたりしない、この得体のしれない胡散臭さ漂う、しみったれた響きのナポリタンに求めるもの。 それは、ジャンクでチープで大雑把でいい加減な庶民性ではないのか? 何の肉が原材料かよくわからない合成着色料色のハムや魚肉ソーセージのいくばくかの欠片と、火の通りがまちまちのタマネギ、くたくたになったピーマン、2割増しになった太麺、そして、素材の個性を無に帰す濃厚なケチャップ。時に、仕上げに無造作に振り掛けられたコショウがあちこちに密集する。炒め過ぎた麺と早くいれ過ぎたケチャップは、フライパンに焦げをつくり、適当に回し入れた油が全体に絡んで胸ヤケを予感させる。 そんな、見るからに味に期待のできそうにないナポリタン。しかしそれが王道のナポリタンじゃあるまいか? ああそれなのに。 目の前に置かれたナポリタンと称するスパゲチーは、あらびきポークウィンアーを惜し気なく使い、ピーマンの色も鮮やかに、そしてあろうことか、茹で具合もバッチリな麺に絡むのは、ヤボったい赤色をした安物ケチャップなどでなく、ホールトマトを煮詰めました的リッチさを醸し出すトマトピューレ。いかがなものか。ナポリタンとして。 もちろんこれが、「あらびきウィンナーのトマトソース」とかいう御大層なお名前がついていたら問題はない。しかし、今日、今まさにこのとき、私が食べたいと願うのは、飽食の舌が求める洒落たパスタでなく、あのこってりとしてインチキくさいケチャップ麺なのだ。
ああ郷愁さそう「ナポリタン」が食べたい。
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