日記×エッセイ...みち

 

 

福島県 - 2011年03月14日(月)

郡山市在住です。
電話回線が昨晩より回復。ありがとうございます。インターネットつながりました。

地震があった時、わたしは職場にいました。
最近ずっと地震が多かったから、初めは、また揺れてるねーくらいだったのですが、だんだんだんだん大きくなって、あ!やばいぞ、機械が倒れないように守らなきゃ!と押さえました。
だんだん押さえるというより自分がそれを拠り所にする揺れになり。

あまりその前と最中の記憶がありません。

気づいたら、わたしの横に冷蔵庫が倒れていて(全く気付かなかった)、まだ揺れているのかと思いきや、本当に揺れていることもあったり、自分の手足が震えているだけだったり。

自分の状況、その場の状況を把握していきました。
それでも、自分の目に見える範囲以外がどうなっているのか、という情報は全くわからないまま。

情報が欲しくて仕方がありませんでした。
テレビがつかなかったので、とりあえずツイッター。繋がってる人のワンセグ。

不安をあおるものや文句などを見たいのではなく、本当に正しい情報、今どうするか協力し合えるか、っていうかそもそも自分は何をするか、それを考えられる情報が欲しくて仕方がありませんでした。

メールやツイッターは地震が起きた日あたりはつながることに問題はありませんでした。通話はできませんでした。
これはわたしの機種がそうであるだけで、他社の場合は同じ場所でもこの時点でメール送受信すらだめのようでした。

自分の地域、周りがどうなっているのかが知りたくて仕方ありませんでした。
知ったら知ったで何が起きているか認めたくありませんでしたが…。
自分の知っている地域、なじみある言葉の方々。

郡山の被害は屋根のかわらが落ちたり、壁が崩れたり、ゆがんで窓が閉まらなかったり、ドアが開かなかったり、地割れ、地盤沈下等あります。
店の看板等も崩れ、足もとは安全とはいえない状態のままです。
わたしのアパートの裏にもマンホール大の穴が開いていて、下に水が見えます。

茨城の報道があります。郡山もそうですが被害が少ない場所でも物流が途絶えているので、個人で言えば食料が困難。
地震当日でコンビニの棚に食料がなくなり、次の日は店を閉めているところもありました。
当然ですが、コンビニの弁当やおにぎりを作っている工場も稼働できない状態。
車が無事でもガソリンも給油できないし、情報は人伝えという感じで今の情報じゃない場合もあって、貴重なガソリンを使って水を給水所に受け取りに行ったりお店に行ったりしても、もう残っていなかったりしているようです。

関東などでも買占め等起きているようなのが、なんだかなあですが。。。
不安なのでしょうね。

医療の仕事をしていますが、水が何とかなれば処置ができるようです。透析も水があれば。ただしベッド数の限界がある…。
新幹線が止まっているので、家に帰れないままの方もいます。

郡山市は水はなんとかできているようなのですが、他の地域はどうなのでしょう。
星総合病院さんでは、入院機能が完全にストップしているそうです。

医療資源も不足しています。薬も検査するための試薬も。
流通が仙台からだったり、医療機器のメンテナンス等も仙台が多いし。

天気は晴れている。とてもありがたい。
それでも寒くて仕方がないです。わたしの場合は身体が緊張している分が大きいですが。

今もまだ大きい余震がたびたび起きるので、落ち着きません。こたつの近くに掛け布団を持ってきて寝ています。

早くゆったり湯船に入れるようになりたい。
余震があるためというのもありますが、アパートのタンク内の水がなくなり水が出ない。
風呂と洗顔、はみがき、洗濯とトイレ、食器。水っていろいろやってたな。飲料分だけと考えるなら備蓄あるんだけど。

最後になりましたが、届いていたメールも読みました。
みなさんのやさしいお言葉に涙が止まりません。ありがとう。パワーにしてます!


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