日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2011年02月02日(水)

今朝、シャワーを浴びてたらいろいろ頭に浮かんできた。

うわー。こんなにいっぱい風呂で出てきても、メモ取れないよー。
ブログネタいっぱいだけど、恐ろしい文字数になるよー。

と思った。
我が家でいちばんスピな場所は風呂であろう。。。

で、午前中は母を病院に連れて行ったりしてなんやかやして、午後に家に帰ってきて、さあてゆっくり書きますか、と思ったら、あれだけ出てきたのにひとつも覚えてない。
まじか! すげー(^o^)

でも、一度出てくればもう大丈夫だってこともわかる。
わたしはよく自分にQ&Aをするけれど、一度答えを出しきったものは、その後でまた解決したはずのものが出てきて、そして一度出したはずのその答えを忘れてしまっていても、ただその時に出た感情を感じればいい、みたいな気分。

例えれば、一度クリアしたゲームをもう一度やってるみたいな感覚w
まだクリアしてない時の感じ、初めての時の感じがない。

まあ、もうクリアしなくても、前クリアしたしねー、しようと思えばまたできるだろうしー、みたいな気楽さ&自己信頼がある。

ゲームなんだなあ、わたしにとって。
要は、考えちゃうんじゃなくて考えるのが楽しいことなわけね。
推理とか、アドベンチャーとか、RPGとかを「わたし」でやっている。



なんか、思いきりサポートされている。
1月は、やれることやる、って思ってたからだろうか。
やったけど限界があったことが、他の方のサポートで限界がなくなったり、そして母の通院も4月からはスクールあるし、わたし1人では無理と兄に相談してサポートを実現可能にしたとたん、これまで4週に1回水曜日の通院だったのが、8週に1回水曜日の通院でよくなった…。

ちょっと呆けますな。



どうやらわたしは「いいひと」に見られるようだ。
引き寄せるひとにいいひとが多いので、そう思う。

でも、時々わたしの好みとは違う「いいひと」も引き寄せることがあった。
今は何が起きていたかがわかるけどね。
わたしを見てそう見えるものが、わたしはそれをしたいものというわけじゃなかったりね。
違うお目当てのためにやってた結果がそれなだけなんだけど、みたいな。

タロットもそうだな。
占い師になりたいとかでなく、わたしは精神的なものだったり、自分の内面を見ることだったりが好きで、だから人を理解できたりとか自分を見つめたりするのにいいツールのタロットに興味があって、習いに行ったり本読んだりしている感じ。
興味が結果じゃないんだよね。一方で、その結果に惹かれるひとを引き寄せてることもあって、それに気づけたことはよかったなあと思う。

わたしはスピも好きなのだけど、ときどきどうも真綿で首を絞められるような気持ちのするものがあった。
やわらかいんだけど、息ができないというか。やさしいようで圧力が、という感じというか。

ロハスもそう。決して嫌いじゃないし、むしろ好きなんだけど。あれ?この人のロハスはあまり惹かれないかも?みたいな。

何かなーと見てて、好まないものの引き寄せでなにが起きてたかがわかった。
ある部分は共鳴している、でもある部分では共鳴していない。
どこが自分と共鳴していて、どこが自分と共鳴していないのか、ってわかっていれば何も問題がないということがわかった。

スピやロハスで共鳴しなかったものは、大抵これ。
何かに反対しているもの。何かを拒絶しているもの。何かを警告しているもの。

反対とか拒絶は、まあ「戦争反対」とかね。
何かを警告は、まあ「わたしは危険人物ではありません」とかね。

そうじゃないといいながら、その質を持ってる感じがある感じ、わかるかなあ。それが嫌い。

えーと、ある考えに反対したり拒絶したりするから、そもそも戦争って起きるんじゃないの?みたいに思うわけ。なのに戦争反対ってどゆことー。

たとえば、信頼している人に「わたしは危険人物ではないですよ」と言われたらぎょっとするであろう。
え!あなたをそんな風に考えなきゃいけなかった?みたいな。
だから、危険人物ではないですよと言われて安心する人が近づくのだろうなあと思う。うまくできてる。みごと引き寄せ。
あと、危険人物かどうかくらいわたしに決めさせろ!と思うのであります。


...




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