日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2011年01月10日(月)

母に会いたいという積極さが少ないのはなんでかなーと見つめた。
出てきたのは、これを言われたくないから。

1、「これをやらないで行っちゃったでしょう?」
母が感じるわたしの不足を指摘すること。

2、「ごあいさつの品を買って、ああしなさいこうしなさい」
「○○ちゃんにお祝いをしないといけないから、ああしなさいこうしなさい」

なにがいやなのかなーと見つめたら、2の場合は「やらせられる」感があるなとわかった。

そしてこれまでしてきた方法は、
A、本気で聞かない。スルー。耳日曜。
B、自分のいやだなという気持ちを無視してやる。ごあいさつとかお祝いとか正しいし、とやる。

でも、もうこの方法はやめたい。

とすると、やることは。

1の方では、
「これやらないで行ったでしょう?」の時の感覚を思い出して、そう言われるのいやだなあ〜、と感情を感じる。
そして、なんでそれがいやなのか問う。

2の方では、
「ごあいさつの品を買って…」「○○ちゃんに…」の時の感覚を思い出して、やらせられるという感情、やってもやっても次から次へと終わりがない感じを、いやだなあ〜、と味わう。
そして、なんでそれがいやなのか問う。

2の方を感じていたら、気づいてきた。どうしていやなのか。
「わたしは自分では決められない」と感じる模様。
「自分では決められない自分にされる」と感じる模様。
だから、いやだ。

そうなのか、と味わったら、どうやら1の方も同様だということに気づいた。
「今のまま、ありのままで充分ではない自分にされる」と感じるらしい。

なんで充分じゃないと感じることになるの?
お母さんの言葉で。

わたしが充分だとわかっていれば充分だよね。

ということで、やることは。
感情を感じること。そう言われるのはいやだなあ、って感じること。
そして同時に、「わたしは自立を望んでいる」と自覚していること。

以上〜。
ほんと、答えが早くて助かる。(胃腸が)

ちなみに、「わすれたくない」って感覚がよくあったのだけど。
今回も潜んでた。
2の方で、次から次へと言われる時に、「覚えられない!」とぷんすかモードが来てた。
ぷんすかするのは、わすれなかったらほめられる、があるなあ、って。

でもそれ、ほんと?
これまでを思い返すと、わすれなくても次を言われてるだけだよね。
いつほめられるの?
ほめられるまでわすれないようにがんばりつづけるの?
うわー。やだね。

自分で自分をほめよう。


...




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

MAIL