つらつら - 2010年11月26日(金) 自分の成り立ち、ざっくり理解。 もともと自分にとってとても幸せな状態にあった。 でも思春期に入り、そこは心地よいけれど自分がやってみたいことや友達と遊んだりそっちのが優先になった。 そして、覚えてる。ある時、切り離した感覚。 行動として何をしたわけでもないけれど、ただわたしの中の感覚として。 わたしは、自分の土台を切り離してた。 自由だった。土台のことを何も考えなくてよくした。 そうしてしばらくして今。気づいたのは、そうではなかったということ。 そこで得た自由は確かにおもしろいし好きだけれど、わたしの求めているものではなかったかも、ということ。 わたしが居心地よくあるには、土台あっての自由だったということ。 しばらく自由ばかり優先させてきたけれど、わたしのもっとも居心地がいいものを求めて、これからは「自由と人との繋がりの両立」を意図することにする。 ある人に、なんかあるオーラを感じて、あーなんか言いたくないなーと思ったので他の方と話してたりするし、割り込んだりせず話しかけなかった。 でも言うつもりではいたので「ありがとうございます」と言ったのだが、「朝一に言いなよ!」と怒られた。 以前だったら、「ああ、早くわたしが言わないから…」と自分を責めたものだけど、それはその相手の方の表現で…と最近は思うので、ああ労わってほしかったのだなあとかそういうことがわかる感じ。 そして、わたしはわたしで今のわたしの表現をしているだけなので、それなのになんでこの人は怒ってるんだろう?と思ったりする。。。 今日のわたしが自分を見るものは、「なんか言いたくないな」って予兆に気付いたにも関わらず、どうして無視したかってとこかな、と思ったので見つめた。 感覚として、自分が操作されるように感じた。 んー、なんで被害者意識?とさらに見つめた。 そうしたらわかったのは、自分に制限があること。 「労わってくれることを期待してはいけない」 はあ。だから、それを相手の方がそれを望んでいるのがわかって、でも自分から欲しいというわけでもないのにそのまま望み通りにするのはおもしろくなかったと(^_^;) OK。 労わってもらいたいよね〜! うん。それだけでいいのだー。 なんかこれ、わたしが空気読めオーラが嫌いな理由にも繋がりそう、と思ったのでさらに見る。 あった。 「みんなそうすることを期待してはいけない」という制限。 OK。 みんなそうなら平和だな〜なんて期待しちゃうよね〜。 …楽だなw 母からお金を借りること。もう一歩来た。 お金を借りること。わたしは負担に感じてた。んで、返さなきゃ!みたいなプレッシャーを自分にかけてた。 でもさ、と思った。 借りることができて、ありがとう。貸してくれることに、ありがとうだよねー。 ありがとうという気持ちだから、それを返すことはうれしいし楽しいし楽ちんなんだよね。 その通りです。 ...
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