日記×エッセイ...みち

 

 

つらつら - 2010年11月22日(月)

幼い頃、実家近くの親戚の家に寝泊まりしていた。
わたしの記憶ではわたしが居心地が良かったから、母の記憶では伯母がわたしを離さなかったから。同じ状況を見ても、違う人が見ると違う記憶。
その親戚の家の伯父が亡くなった。

夜中に電話が鳴った。
怖くなった。
夜の電話、とても嫌い。もともと電話が苦手だけれど、夜の電話は嫌なことしかないような気がしてしまう。今のところ。

怖い気持ちに正直になって、取るのはやめた。

そして、朝になってから、かけなおした。
そうしたら、昨日亡くなったという連絡だった。

とても、よくしてもらった。
伯父さんにありがとうを送ろうと思う。


伯父が亡くなって、わたしは「現実的なことをやることがわたしは楽しい」ということを改めて知った。
昨日、この電話が来る前、何が原因と言うこともなく、つまらなくてつまらなくて息が苦しくなった。
そして、ああ知ってるこの感じ。前もこのフィーリングを味わったことがある、と思った。

そして電話が鳴り、発信者の名前を見てたぶんこういう内容だな、と予想がつき、取らなかった。
怖い、怖い、つまらない、つまらない。じっくりそれを味わいながら眠った。

朝起きて、身体がしっかりした。気持ちも。
やることがはっきりして、怖くもないしつまらない気持ちもなくなった。
そして電話をかけた。


なんか、わたしの今までを振り返った。すごく似てるものに思い当たった。

20代後半で、つまらなくてつまらなくて、こんなにつまらないで生きていけるだろうかと思ったことがある。
その後、父が他界した。
そうしてその後にわたしは、それまでは自分とは離れたものとして見ていたスピ的なことを自分が体験してみよう、と始まった。
そして、つまらなくなくなった。

そして今。
突然あの頃のようにとてつもなくつまらなくなって息苦しく感じて、そうしたら育ての父ともいえる伯父が他界した。

今後、わたしがどうするかがとても見える。
知識や経験を求め、それをわたしの日常、今ある現実に組み込む。そんな時期になる。そんな時期にする予定。焦点が合う。

20代後半の感覚を思い出す。初心に戻るじゃないけど、なんか本気になれる感覚。
本当に脱したかった、あの感覚。なにがあった、というわけじゃないからどうしていいかわからなかったあの感覚。
あの時の本気さを今、感じている。

やらないと話にならない。わたしが生きていくためのものだった。そんな感覚。

そして、同時に明日掃除をしようと思った。
きっと楽しいから。現実的なことをするのが楽しい、だから掃除をする。つまらなくなる前に、楽しい掃除をしようと思った。


今日、友達と遊んだ。
よくそんなぺらぺら、すらすらと言葉が出てくるね、と言われた。
わたしはその友達を見て、よくそんなに話題がすらすらと出てくるなあ、と感じる。


...




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