小さい頃、實家の飼ひ犬によく僕は聲をかけてゐた。
 僕が何かを言ふ度に犬は何かもごゝゝと返事を返し首を横や縱に振り、細かい意味は互いに通じずとも何と無く會話が成立したから。

 「おはよう。今日も暑いな。」なんて挨拶から「僕もお前のように厭な性格の年寄りになるのか。」なんて問ひまで。僕は樣々な言葉を彼に投げ掛けた。
 僕と同時期に引き取られ、僕を育てた人間達に育てられた彼は、物心のつかぬ内は本當に素直で無邪氣な子犬だった。だが、引き取られて半年も經つと彼は其の頃の僕と同じやうな我儘な性格の子どもになり、そしてひねた性格になっていった。
 僕と同じ樣に育ち、でも確實に僕よりも早く彼は年老いていった。
 捻くれた厭な性格の成犬に育った彼は、いつしか人間を常に馬鹿にする厭味な性格の老犬になっていき、以前の樣には返事を返してくれなくなった。その老いた彼にも僕は聲を掛け續けた。

 まるで僕の樣な性格の彼が老いる樣子を傍で見てゐた僕は、彼が僕の未來像のやうに思はれてゐた。
 あのやうに僕は人間に期待し、人間を愛し、そして何もかもを信じられなくなっていくのだらうか。あんな風に僕も自分を包む周りの世界全てに諦觀し、努力も向上も何もかもを投げ捨てて諦め切った儘年老いる事になるのだらうか。と、僕は彼を見る度考へ込んだ。
 彼はただの犬だったが、餘りに僕によく似た性格の犬だった。意地っ張りな癖に諦め易く、何事も試す前から諦めてゐた。偶にほんの少し挑戰した冒險が成功すると有頂天になり、自分がその何十倍もの價値ある役割を果たしたかのやうな態度を示した。自分の要求は通さないと容赦しないのに他人の願いは中々聞き入れず、面倒臭い事にも取り組みたがらなかった。その癖、自分より上の立場の人間には尻尾を振り、自分をより賢く見せる事に慢心した。
 彼は本當に僕によく似た犬だった。

 彼は最期には母に教へられた笑ひ顏を浮かべて逝った。
 苦しみと痛みに呻き聲を漏らしながらも、齒を食ひ縛り横長に薄く開いた口からニィッと齒を見せ、耳をピンと立てて死んだ。
 以前母が「ほらこうやって笑って御覽なさい。」と、全然表情を變へ無い彼に何度も何度も教へた通りの顏を作って彼は最期を遂げた。
 彼は知ってゐたのだらうか。最初に彼の死に氣付くのは母である事を。
 そして、彼の死に泣き出す母が、彼の表情を見て泣きながらも笑顏を浮かべる事を。

 僕はあの犬のやうに年老いていくのだらうか。
 僕はあの犬のやうに死ねるだらうか。
2004年07月05日(月)
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