思考過多の記録
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2002年11月20日(水) 強烈な違和感〜拉致被害家族にもの申す〜

 北朝鮮に拉致された人々が日本に戻ってきてから1ヶ月あまりが経った。当初は期限付きの帰国であった筈が、日本政府の「毅然とした」「断固たる」意思により、それは事実上の永住帰国となった。ただし、彼等の現在の家族は今も北朝鮮に残っていて、その帰国(というのだろうか?)問題が焦点のひとつになっている。
 僕はこの1ヶ月間、この関連の報道に接し、拉致被害者の家族達の発言を聞く度にイライラさせられ通しだった。それは北朝鮮という国家に対する苛立ちや怒りではない。当初からのこの問の取り上げられ方や、あの家族達の言動や態度に対する違和感や苛立ち、怒りであった。
 断っておくが、僕は北朝鮮のシンパでもなければ、工作員でもない。れっきとした一日本人としてそういう感覚を持っているのである。



 現在日朝国交正常化交渉は暗礁に乗り上げている。その原因は日本国内の強い世論、すなわち拉致を犯した北朝鮮に対する批判と、事件の真相究明を最優先とすべしという世論が背景にあるためだという。しかし、その「世論」とは、あの家族達が誘導する形で形成されている。というよりも、あの家族達の主張を大きくクローズアップすることによって、恰もそれが日本全体の「世論」であるかのように見なされ、やがて反論すら許さないたった一つの「正しい意見」となって外交方針すら左右するようになっているというのが実態なのではないだろうか。
 僕は拉致被害家族の心情を理解しないわけではない。彼等が現状に苛立ち、北朝鮮に対して敵意すら抱いてしまうのもやむを得ないところもあろう。けれど、そのことと主張している内容の妥当性は別問題だ。前にも書いたかも知れないが、彼等の主張の根底には北朝鮮=悪い国という単純化された図式があり、それに対して自分達の属する国=日本の存在をクローズアップし、国と一体化して北朝鮮と対峙するという構図が作られている。その根拠は、あの国は自分達の身内を拉致するという国家的犯罪を犯しており、その元凶は金正日独裁体制にある。それに対して我が日本は自分達が生まれ育った「国」であり、自由で豊かな体制なので圧倒的に正しい、という信念にあるように思われる。そんな正しく、しかも犯罪被害者たる立場の日本が、加害者である北朝鮮に対して強い態度で臨むのは当然なのだ、ということなのだろう。



 マスメディアに連日露出する彼等の思想は徐々に浸透しており、世論調査では多くの国民があの国との国交正常化に慎重な姿勢を見せ始めている。また、例の嫌朝国会議員の集団「拉致議連」の平沢勝栄自民党代議士はある雑誌で「ガタガタいうなら叩き潰せ」「びた一文やるな」と品位の感じられない北朝鮮批判をしていた。また先日は石原東京都知事が「あんな国とは戦争をしたっていい」とまで発言している。
 こうした「反北朝鮮」の風潮を煽り、あまつさえこれを利用してナショナリズムを喚起しようとさえしているのは勿論各メディアだが、その大元にはあの拉致被害家族達がいることは否定できない。事実、「家族の会」の増元氏は拉致問題で北朝鮮を厳しく批判し、日本に強い態度をとるように求めた新聞の投書記事を「日本よ、真の国家たれ」という言葉で結んでいる。また、地村氏はインタビューで「北朝鮮に負けるな。日本はびくともしないぞ!」と叫んでいた。
 家族達はまた、「この事件を風化させないように」という理由から、講演会や署名活動などを行っている。最近では何も知らない学生を相手に「対話集会」を開いて自分達の主張を若者に直接訴えるという行動に出た。この作戦は今のところ功を奏しているようで、この対話集会に参加した大学生が目を潤ませながらインタビューに答えている映像が流された。
 「悲劇に耐える家族」というイメージが彼等への同情を誘い、それが彼等の主張への賛同を広げることにつながっている。多くの人間は印象論で物事を理解したがり、分かりやすいストーリーを好む。



 しかし、僕は彼等の意見や行動に対して全面的には賛成しない。彼等があの国に対して敵対心や嫌悪感あるいは憎悪を抱くのはいいとしても、それを他の人達に押し付ける権利は彼等にはない筈である。また、当然彼等の意向を100パーセント日本政府の外交政策に生かさなければならないということはない。何故なら、「世論」も政府もメディアも彼等のためにだけ存在しているのではないからである。「悲劇の主人公」に祭り上げられているうちに彼等はそのことを忘れてしまったようだ。
 彼等は大変な思い違いをしている。確かに彼等は国家的犯罪の犠牲者だが、そのことで全ての「正しさ」と「国」と「世論」が全て自分達の味方をするのが当然だと思い込んでいるのである。けれど、彼等の「正しさ」は、実は様々なことを置き去りにした、または忘却した上での「正しさ」なのだ。たとえ金正日体制がどんなに酷い体制だとしても、また彼等が四半世紀にわたって苦しんできたという事実があったとしても、また彼等がどんなに強い使命感を抱いていたとしても、それは彼等の立場の絶対的な正しさを担保するわけではない。
 この問題は紛れもなく国際問題なのであり、彼等の都合だけで解決できる問題ではないし、そうすべきでもない。彼等はそのことを自覚すべきなのである。



 今日もメディアは彼等の主張、そして北朝鮮の罪業を暴く記事や報道であふれている。この国の住人は、みなあの国に対する嫌悪と憎悪を募らせるように導かれている。それはあの家族達の鬱憤晴らしにはなるだろう。しかし、それは本当に望ましいことなのだろうか。
 けれど、僕はこのうねりに対して強烈な違和感を持っている。明らかに彼等は間違った方向にこの国と僕達を誘導しようとしているのだ。そしてそれは、日本を含む国際関係にも決していい影響を与えないだろう。そのことに早く彼等は気付いてほしい。
 この話はまだ続く。


hajime |MAILHomePage

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