思考過多の記録
DiaryINDEXpastwill


2002年06月16日(日) 亡命願望

 サッカーの日本代表チームが初の決勝トーナメント進出を果たしたということで日本中がわき返っている、という報道が、あの日どの局でもされていた。スタジアムは勿論、至る所で「ジャパンブルー」と呼ばれる代表チームのユニフォームを着て顔に「日の丸」をペインティングした人々が狂喜乱舞するシーンが繰り返し放映される。熱狂を通り越して殆ど「狂乱」といってもいい光景である。



 けれど、僕の周りでは、街は平静だった。道行く人々の中には試合の結果を知らない人もいただろう。会社を出て家に着くまでの1時間半、電車の中でも街角でも、サッカー中継の音声が流れている場所もあるにはあったが、誰も狂喜乱舞してはいなかった。



 繰り返しになるが、僕はメディアの「日本中が喜びにわいています」という報道の仕方に強い違和感を覚える。日本代表の活躍ぶりに声援を送った人は多かっただろうし、その結果の快挙を喜んでいる人も、サッカーファンであるか否かを問わず多いだろう。だからといって、日本代表が勝ったら、日本人の誰もが飛び上がって喜び、涙さえ流し、夜は祝杯を挙げて盛り上がらなければならないわけではないだろう。
 同じ日本人であっても、人によって日本代表の勝利に対するテンションは違って当然だし、無関心な人、喜ばない人がいても全然かまわない筈だ。しかし、この間のメディアの報道ぶりは、結果的にそういうスタンスを許容しない空気を日本のあちこちに作り出してはいないだろうか。まるでワールドカップ(というよりも日本代表)に対して無関心である人は変わり者であるかのような見方を、少なくない人達が無意識のうちにしているのではないだろうか。そういう人達の多くは、ワールドカップ開催直前までサッカーなど見向きもしなかった人達なのにもかかわらず、である。



 日本代表の勝利は喜ばしい。選手の活躍ぶりには目を見張るものがある。僕もそれ自体に文句を付けるつもりはない。日本のサッカーが世界レベルに達したことは、事実としては素晴らしいことだと思う。しかし、この熱狂に僕は別の危険性を感じてしまう。
 案の定、試合当日の記者会見で民族派の代表・石原東京都知事が、
「国家や民族を体感する非常にいい機会だ」
と発言した。大多数のサポーターや応援していた人々は、そんなことを意識してはいないだろう。けれど、まさにその無意識の中に問題は潜んでいる。



 一部の純粋なサッカーファンを除いて、「ニッポン!ニッポン!」と叫んでいる人々の大多数は、「日本代表」というチームのイレブンに声援を送り、その勝利を称えているのではない。自分達「日本人」の代表である「日本」チームの活躍に声援を送り、それと一体化しようとしているのである。つまり、彼等の熱狂はサッカーの試合内容、もっといえばサッカーそれ自体と殆ど関係がない。純粋なサポーター以外の人々は、「ニッポン」という実体のない大きな「概念」に対して熱狂しているのだ。そして、「ニッポン」によって見知らぬ日本人同士、そして「ニッポン」それ自体との一体感を味わい、高揚することの快感に酔っている。少なくとも、僕にはそう感じられてしまうのだ。
 逆にいえば、「大衆のスポーツ」と言われるサッカーは、そうした一体感・高揚感を起こさせるのに最適のスポーツなのである(バレーボールに全国民は熱狂しない)。彼等が喜んだのは「日本代表チーム」の決勝トーナメント進出ではなく、「ニッポン」のそれなのだというのは言い過ぎだろうか。



 このワールドカップが終わると、熱狂は1ヶ月も経たないうちにこの国から姿を消すだろう。しかし、これを通して日本人の中に「民族=国家への熱狂」という精神的回路ができあがってしまったことを、僕は憂慮する。その対象がサッカー等のスポーツであるうちはまだ罪がない。しかし、もしある種の意図を持った個人や政治団体が登場し、その回路を自分達の政治的・民族的野心を押し進める方向に向かって開かれるように誘導したとしたらどうか。
 これまでの(特に若い世代の)日本人には、「民族」「国家」といったものへの免疫がない。あまりに無関心に来てしまったがために、一度火を付けられると今回のように燃え上がる危険性がある(小林よしのりの主張が若い世代に一定のアピールをするのがこの証左である)。それを杞憂だという証拠は、少なくとも今回のメディアの報道ぶりや、僕の周囲の反応を見る限りどこにも見出せない。



 「ニッポン!ニッポン!」の大合唱の中、少なからぬ僕の知り合い・友人がそれに巻き込まれていくのを見て、僕は非常にいたたまれない思いである。
 もし語学が堪能で生活力もあったなら、僕はとっくにこの国を離れているだろう。このまま日本にいると、僕は日本と日本人がますます嫌いになっていきそうだ。
 僕にとって、この国は生きにくい。


hajime |MAILHomePage

My追加