にのらです。 食べてばっかりです。食べなくてもいい分まで食ってるので、大層 無駄が多い。ボッコちゃんみたいに、食った物を引き出しから出して 食べなおすなどができれば、資源に無駄がないと思われます。
甥っ子が生まれて10日経ちました。いつもお風呂に立会うのですが、 もう甥姪も三人目となると妙に落ち着いてしまっていてうっかり していたので、今日ビデオを撮ってやりました。お湯の中でたゆたう 薄い大判のガーゼからチョコリと見え隠れするあのかわいいモノが、 いつの日か見た大聖堂の壁画のエンジェルのようで、そんな天使の お年玉がいつの日かあんなものに育つのだと思うと悲しくてなりません。 しかしかわいいな!
ところで、高山右近のお父さんがちょっとホットににのらを 襲いだしました。なんか、ものっそ情熱的で暑苦しいほどまでの 人情家でありつつ激しいロマンチストでありながら、子供を大事に していて・・・ステキ、ステキよパパ!!!
そしてやっぱり右近と忠興のダチっぷりがいい。2人とも個性が強烈 で。右近はちょっと現代にいたらウザい要素(すぐ布教)があるの ですが、そんな彼に対する時、他の大名達は、多分右近をどこか 一段高いところにいる立派な人とみるか、逆におかしな男だと引いて しまうか、熱烈に愛してしまうかどれかが多くみられます。
所詮新史太閤記のイメージだけで話していますが、利休の兄弟弟子かつ 親しい友人であるという立場が忠興くらいしかいないのです。古田は 義兄ですし。おお・・萌える・・・友誼・・。右近が日本を出る時に 一番最後に遺言と遺品を残したのが忠興(らしい)という友誼・・。
「たとえおおせであるとも、行かれるな」「いらざる差し出口を」 ていう会話が萌える・・・。あれ、高山パパの話題のつもりが。
で、そんだけ仲良くて、自分が右近から伝え聞いた話で妻まで キリシタンになっておきながら、まったく改宗しなかった忠興が すごい。やはり一番信長タイプと呼ばれた由縁がそれなので しょうか。
そして忠興のパパは息子より断然有名人なのですが、この人がまた、 塚原卜伝に剣術を学び、歌は古今伝授の継承者、茶道は千利休の 兄弟弟子で弓の名手で将軍のご落胤説まで持ってて京都の路上で 突進してきた牛の角をつかみ投げ倒した伝説を持ち、料理上手で 政治はマキャベリ。という華やかさがまぶしい人なのです。
つまり、高山右近や細川忠興らや黒田長政にせよそこそこ名前の 挙がっている人ってのは、お父さんがエライのだなあという お話でした(そうやったんか)
とうとう連休も残すところあと1日となりました。別に激しく仕事を したいわけではありませんが、早く友達に会いたいなぁ・・・と 恋しくなって来ました(学校気分で通勤しています)そして、今日は やっと預かっていた4歳の姪っ子が京都の父方の家に遊びに行って くれたので、子守から開放されて浮かれています。久々に本を沢山 読んだりできました。江戸城の宮廷政治、ありがたい御本でした。
そしてそろそろトップをお年賀仕様にしたいなぁと思いつつ、 描いても描いても、自分の中の小西行長像市丸ギンになる自重。 行長は堺の商人の出なので、きっと言葉遣いも
「せやかてはなから勝ち目なんかあるわけおまへんやろ」 「自害は禁じられておま。首刎ねてもらえまへんやろか」 「八郎はん!八丈島から泳いでは参られまへんよ!!」
とか言うのだろうか。でも
「ええ夢見さしてもらいましたわ。おおきに治部殿」
とは思ってなさそうです。司馬先生いわく、江戸以前の商人は、 商売のために自ら荒波を越えてマニラあたりまで漕ぎ出しす ような屈強さと堤防作るのに土俵いくつ要ると聞かれて即座に 計算して「7,593,750俵いりますな」と応えられる数字に明るい 明晰な頭脳に加えて整った容姿に立派な身体。商人の明るく 陽気なイメージに惑わされてボーっとしてたら、宇喜多直家の 正使というダークホース。たまらん、魚屋弥九郎・・・。
ああ・・・おもしろい。 昨日、のだめ観ようと思ってたら同じ時間に戦国特集やってた ので、そっちを録画してのだめをみようと思ってたのに、録画 しながら戦国特集を最後まで見てしまいました。ええわあ〜・・・。
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