| 2007年11月14日(水) |
こうして、こうすりゃ、こうなるものと、しりつつ、こうして、こうなった |
にのらです。
城塞も残るところ数ページとなりました。 ふと、思うと、にのらはこの日記で拳を振り回しながら戦国武将の 愛らしさを叫んでみたり、していたわけなのですが、いったい何人の 人がそれを読んで、にのらを阿呆と思わなかったのだろうと思うと、 皆無ではなかろうか、自分が好きならみんなも興味あるに違いない と思い勝ちなこのオタク世界、戦国武将に浅はかな知識で立ち向かい なんかよくわからん内に強引に納得している自分が、ある日ふと 急におバカさんに思えてきたりするのですが、そんな中にも 今日、パパが茶色の封筒を渡してきて
「万里子の大好きなモノだよ」
と中を開けたら歴史街道が2冊入っていました。
9月号、天才軍師、最後の挑戦「黒田如水と関ヶ原」 11月号、真田幸村と後藤又兵衛 大坂の陣に男達は何を賭けたのか
不甲斐ない娘で申し訳なく、涙が出そうになりました。 中身を見て、さらに涙が出そうになりました。 歴史検定クイズがたかが月刊誌の余興のくせにめったやたらに難しい。 この花押は誰のもの?知るか!あ〜でも正解者には抽選で 長曾我部携帯クリーナーがもらえる。欲しい…欲しいい井伊直政!
戦国検定1級をめざして頑張ることに決めた。
司馬遼太郎の話で申し訳ない、というより、誰が聞いてくれんだよ こんな話、で申し訳ないのですが、にのらの日記なのでにのらの 日々を書き綴ります。
今朝の電車の中で、後藤又兵衛と木村重成が相次いで戦死したのを 受けて、にのらの目の奥の熱い泉がコンコンと湧き上がったぜ畜生。 もうね、凄絶な死を遂げることで死ぬことしか考えてないのですよ みんな。でもその死を美しく終わらせる権利しか持ち得なかった 彼らに対して、家康はどこまでも周到に追い詰めてくるわけなの ですよ。結局、豊臣家は滅びるしか道を残さないのにも関わらず 巧みな内部操作で死の覚悟さえ挫こうと細工する家康め・・・。 家康の事が嫌いではなかったのに、幸村の最後の決心が挫かれた あたりから嫌いになってきちゃったよ!もうバサラの時愛でて やんねえ!!幸村でボコってやんよ!!
そして藤堂高虎がマブかったのですが、後半の高虎はあんまり マブくねえなあ、と思ってたら、家康の陣にまで押し寄せてくる 幸村と毛利勝永(彼は毛利家の人ではありません)の部隊に アワアワする様子がマブかった。好き、高虎。
長曾我部盛親(元親の息子)が大坂城に入城するのを聞きつけた 土佐の武士達が、現土佐領主を振り払い、刺し違え覚悟で逃げ出し、 時には一族全員で船を用意して追撃されて沈没させられてなお 長曾我部の元に集まったその数3000と読んだ時、まじ泣いた。 しこくのおにたぁこのおれよーちょーそかべもとちかよー!
あと、明石全登率いる、家康を殺すことだけを目的に結成された 恐ろしきキリシタン部隊が何気にかっこよかった。300騎が 全員キリシタンで、十字架の意匠を凝らした装備で戦ったって!
そういえば、ここにきてようやく、真田幸村と伊達政宗の接触を 確認できました。幸村が自分の娘を養ってくれと政宗のもとに 差し出すシーンがあってびっくり。そうなのかそれでいいのか。 結局幸村の娘は、片倉小十郎(の息子で同じく小十郎)に娶られる ことになるのですが、それまで幸村と接触したこともない政宗は 「?」という感じだったようです。ちゃんと理由はあるわけなの ですが。今まで、なんで政宗と幸村なのかがよくわかってなかった ですが、ようするに、政宗は幸村がちょっぴり羨ましい、という のは伝わってきました。いつも家康の前に燻って、反抗心は旺盛 なのに、結局従うしかない自分の魂そのものが、あたかも幸村 に乗り移ったかのように、家康に肉薄する彼を見て嫉妬を覚える 政宗なのでしょう・・・。見てきたかのように情景が捏造されて いきます。それを考えると、兼続の存在が希薄になってしまうのが 残念なのですが、とりあえずそういうことなのでしょう。
上の行のいい加減な締めくくり方は、急に気温が下がってくしゃみ 連発でやる気がなくなってきたからに他なりません。
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