| 2002年08月04日(日) |
今日一番勉強になったこと |
今世間はすっかり夏休み。 あたしの働くホテルにも、オコサマ連れのご家族様が たくさんたくさんになっています。
あたし、ホテルで働く人間として、昔からコドモがダイキライ。 でもね、仕事を離れるとそんなことないんです。
あたしという人間は おそらく「コドモギライ」ではないと思う。
じゃぁどうしてホテルで働く人間としてコドモがきらいなのか・・・。
それはね、「お客様」になってしまうからなんだよね。
大人だったら、コドバ遣いや気遣い、そういうものを サービスとして感じてくれ、評価してくれる、 そしてお客様の評価(うれしそうな顔だったりありがとうの言葉だったり お手紙を頂いたり)も返ってくる。
あたしは、大人のサービスマン(マンかよ)として 仕事が出来るわけです。
でもねぇ、子供にはそれが通用しない。
だからあたしはサービスマンとして、お客様である子供に どう接していいのか心の中で確たるものがなかったんだと思う。
今までアタシは、子供といる時は たくさんたくさん笑って(子供でなくてもそうですが) 優しい優しい言葉をかけて、 たくさんたくさん話しかけて・・・。 ひとなつっこい子や素直な子はそれで喜んでくれてるのがわかるけど そうもいかない子も多い。 話しかけても迷惑そうだったり。 返事をしてくれなかったり。
子供って難しい・・・ またホテルで働き始めて、昔悩んでいた思いが蘇り始めていた。
でもねぇ、今日あるホテルマンのHPに、 こんな言葉を見つけた。
「大人のお客様にはホテルマンとして接する。 でも子供には、ホテルマンとしてではなく 一人の人間として接する。」
はっ・・・!!!としました。 そうか、一人の人間として・・・。
確かに。子供は、お母さんお父さんとホテルに泊まりに来て 「施設がいいね」 「サービスがいいね」 「このホテルはスバラシイね」
・・・なんて客観的な目でホテルをみないだろう。 そうだ、子供にとって私達サービスマンができることは、 素直に喜んでもらうこと、楽しんでもらうこと、 本当にただそれだけだ。
そうかぁ。
あたしは今までお客様として子供を見て、 どう接すればいいのか戸惑っていた。
でもこの言葉を聞いてぱっ、と霧が晴れて 頭の中が明るくなったような気がしました。
あしたからは、「山中綾」として子供とお話しよう。
そして、お客様に幸せになってもらうプロになりたいと、 同じキモチで働く人がここにはいなく、 あたしのつくりあげたいサービスのできる環境に まず持っていけないことに 毎日ストレスとこの希望への無力感を感じて いましたが、
自分の日記に あの言葉を(コドモには一人の人間として接するというコトバ) 書こうと考え、本当に書くほど サービスについて真剣に考えている人に出会えて (勝手に見ているだけですが(;´Д`))
ウレシイです、しかもモノスゴク。
早く、そういう世界に行きたい。
・・・余談ですがウチのホテルのヒトはね、 みんな子供に対してもね、マニュアル通りの対応しかしないんですよ。
ちーっちゃい子が勇気を振り絞って 「トイレは、どこ、ですか・・・」って不安そうなカオして近づいてきてもね、 さっと前に立って早歩きで 「こちらでございます」とかいっちゃって、ございます、とかいっちゃって。 その後ろから子供は早さに着いて行けなくて一生懸命はしってるの。
あたしは、勇気を振り絞って声を掛けさせるまで その子がトイレに行きたいけど場所がわからなくて困っている 事に気付かない仕事人でいたくないし、 いてもらいたくない。
不安そうなカオをしてる・・・?ってこっちから気付いて どうしたの、トイレ行く?って 歩み寄ってあげなきゃ。
子供が不安そうなカオを見せたらまず、トイレですよ。
コドモが夕飯食べ終わって食事会場から出ていく時、 大人にいうのと同じように、(ココのヒトは)ニコリもせず まるでカセットテープみたいな声で 「ありがとうございました」って言ってほしくない。
「いっぱいたべた?」 「なにが一番おいしかった?」
ってしゃがんで聞いてあげたい。
はっ、余談の癖にこのまましゃべってしまいそうな勢いなので この辺で。
そんなわけで、 「オトナにはサービスマンとして、(この中にはあたしの人間性も含んでますが) そしてコドモには一人の人間として、接する」
ということを学びました。 今日。いつものように仕事をしてきましたが 一日ホテルで働くという実体験よりも あるホテルマンの日記の中の一言の方が あたしにとって確実に重く、勉強になったのでした。
そう考えるとアタシは、今確かにいろんな意味で ホテルにて学んでいることに間違いはないのですが 到達点からはダイブ離れた道を歩んでいるなぁとも 再確認しました。
もっと、確かなものを学びたい。 毎日毎日。
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