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良いことだけ聞く
2005年03月19日(土)

今まで、幸せにならなくともべつに構わない、と考えていたけれど、
いや、やはり私は幸せになりたい。
それに、自分のことを大事に思いたい。
などと、最近、素直に考える。

この前、大学のときの後輩の女の子が、私のことを、
「もっと素直な人だと思ってました」と言ってくれたのを聞いて、
ああ、私はここのところ、ひねくれてしまっていた、と痛感。

私はあと、50年以上は生きるつもりなのだけど、
いじけて過ごしても50年、ひねくれていても50年経つ。
反対に、やりたいことをやって自分のことを大切にして過ごしても50年だ。
だったら、やりたいことをやりたい。
自分のことを大切な人間と思っていた方が、周りの人のことも大切な人だと思い易いような気もする。そうしたい。

それから、
自分のことを好きそうな人や、気に入ってくれそうだったり、自分に良いことを言ってくれそうな人が言ってくれることだけを聞いていればいいんだ、
ってことも、思う。

辛い言葉は、
たとえそれが真実であろうとも、
正面から受け止めると、自分の芯がねじ曲がり易く、
自分をプラスに持っていく力には変えにくい。

親友でも恋人でもない人が、自分に対して親身に大事なことを言ってくれることは稀だ。
自分に対する言葉でも、私に対して何か言いたい訳ではなくって、
私をネタにして他の誰かに何かを言いたいみたい、
という場合も多々ある。
そういったことに律儀に真向かいから受け止めると、身がいくつあっても足りないようだ。

いじけたりひねくれたりしていると、人に対しても変なことを言ってしまって迷惑をかけたり、百害あって一利なし。
人にどう思われたって死ぬこたあない。
誤解は放っておいて、自分の強さを信じること。
自分はたくさんのことができる、強く、そして人に対して思い遣りのある人間だということ(あるいはこれからそうなれるということ)を忘れたくない。

人の言ってくれることで、
何が真実で、何が嘘なのか、何が本当で、何が気を遣って言ってくれてるだけなのか、
そんなことに関係なく、
自分が何を受け止めるかで、自分をプラスの方向に向けられるかそうかが決まるのだから、
良いことだけを受け止めちゃうのが一番、と思う。

疑心暗鬼になって「本当はこの人はどう思っているのだろう?」などと考えても、いつか、その人が本当に思っていることがわかる訳じゃない。わかったところで良い力に変えられる訳じゃない。
疑心暗鬼は不毛だ。

私は自分のことを大切な人だと考えたい。
みんなから好かれたい。
ちやほやされたくって、何がわるいの? って感じだ。

こういうのは、自分に対する自信のあるなしには関係ない。
私が思うのは、
女の子は誰だって、自分のことをちやほやしてくれる人というのがいるもんなんだってこと。
だから探す。

みつかるまでは自分で自分のことをほめまくる。
あと、周りの人や、友だちや、良くしてくれる人の言ってくれる良いことだけを聞く。

自分のことを大事な人間と思っておいた方が、人のことも愛し易いはずだ。




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