Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2019年05月30日(木)




『言語もまた親が子を育てるという関係から生まれたことは、それが先天的能力であるか後天的能力であるかにかかわらず、疑いえない。なぜなら、自分で自分に話すということがすでに他者を、他者としての自分を前提にしているからである。
私とは繰り込まれた他者のことであり、その場合の他者とは、何よりもまずもっとも身近な他者、養い親とりわけ母にほかならない。
母がまず子の身になって、子の身になったその母の身になった子が、私という現象なのだ。言語はこの原初的な入れ子構造ー他者の成立基盤ーから始まったのであり、そうである以上、入れ子構造いわゆるリカーションをその性質の第一とするのは当然のことなのだ。
したがって、相手の身になることができるようになった瞬間、人はこの入れ子構造が無限に続きうるということー母、その母、その母の母、つまり自己の背後には無数の死者がいるということーをも会得してしまっているはずなのだ。現実にはしかし、この会得は、ただ、私という現象が、私から離れた視点なしには成立しえないという事態に代替されてしまっている。
孤独が寂しさをともない優しさを求めるところに、その隠れた出自が暗示されているといっていい。
孤独は母の懐から生まれたのである。』
孤独の発明ーまたは言語の政治学 三浦雅士 講談社 2018



るいべ、ってオレら喰っていたっけ?札幌の妹にきく、ママが植えて咲かないとボヤいていたテッセンが白い花をつけたと写メを送ってきた、介護福祉士の労務状態改善に頼られている毎日のようだ、パパの遺伝子かなと言う、



オレなんか身体はパパそっくりのパーツばかりなんだが、言語と情緒はほぼほぼママで出来ているんだ、背中からアンタ言ってやんなさいとハッパをかけられるから、電車の中でクソなジジイに文句を言う、クラシックコンサート会場では太ってて息の音を自分で抑えられないひとは帰ってくださいと当人に言う、がんばれマサノリ、わかったママ!、



子どもも孫も母親のものだろうよ、すべてのひとは母の子であること一点で平等、母であるとか父であるとかの属性を捨てようぜ、ダーリン、それは罠だ、






Niseko-Rossy Pi-Pikoe |編集CDR寒山拾得交換会musicircus

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