日記...マママ

 

 

子どもの友情3 - 2008年09月14日(日)

まだまだ書きますよ。

さて結論から言うと、またとあるコミュニティで追憶をまとめたところ「誰も見ないでひっそりと落ちていってほしい」と書いたにもかかわらずものっそい数のリンクが張ってあってあわわわわ、となりました。

なんでここに書かないかって言うと、見苦しいからです。

だいぶ前、うつ病がひどかったころに同じような内容の日記をここに書いたことがありますが、そのときは我ながら本当に見苦しいと思いました。なんていうか、矜持とか美学とか信念とかそういうものがまるでない。弱さとかずるさとかねたみとかそねみとか、そういうのが本当に丸出しで、みっともないことこの上ない。

まあそういう内容の文章を再びよそで書いたわけですよ。
だってもやもやしてて、気持ち悪かったから。
吐き出してすっきりしたかったんです。

そしたらなんだか多くの人から共感を得てしまって、もちろんうれしいのはうれしいのだけど、これでまた更に考えざるを得なくなってしまった。
果たしてわたしは、小学生のころの同級生に「友情」を感じていたのか。

学年ごとにクラスが変わったので仲の良い友人も変わっていくんだけど、なんとなくうまくいかなくなったのは6年からで、あー。いかん。なんだか思い出してはいけないことを思い出した。そう、仲の良かった子からハブにされたんだ。理由はわからない。何かしたんだろうと思うが、何をしたのか思い出せない。わたしは彼女たちにとってよき友人であったのかどうか、もしかしたら彼女たちの中には何か小さな不満が積み重なっていたのかもしれない。たいていの女というのはそれを小出しにしないで、ある日突然ぷつっと糸が切れたように態度を変えてしまうのだ。わたしも多分そういうところあるし。
よく振り返ってみると、このことを後々まで引きずっているのではないかという気がする。転校先の中学校でもわたしは何か異様におびえていてなかなか仲のよい友達をつくることができなかったが、それはもしかしたら転校生という普通にアウェイな状況のほかに、そのときの傷がまだ生々しく残っていたのもあるかもしれない。そうか、うん、そんな気がしてきた。もちろん彼女たちには彼女たちの事情があったわけで、責めるつもりもないしそもそもそんなことは不可能なんだけど、もしかしたら、ずっと、今までずっとわたしは、それにおびえていたのかもしれない。おおお。ちょっと今カタルシスですよ。封印していた過去から、今解き放たれる!!(?)

ということで、たぶん最終的に、わたしはわたしをハブにした子たちには、友情を抱いてはいない、ということがわかった。
それではその騒動の外側にいた子はどうだったのかというと、ひとり、学校のクラスも同じで英会話教室でもいっしょだった子のことを思い出す。5年のころ、先生からも信頼される優等生でありながらいじめの首謀者になったりしていた彼女の裏の顔と表の顔の両面を知っているわたしは、最初その子が苦手だったのだけど、6年の卒業間際のころの彼女からは裏の顔らしき面影はなくなり、友だちとの触れ合いをとても大切にしていたように思う。少なくとも英会話教室での彼女は、どこにでもいる普通の小学6年生の女の子だった。
わたしが最終的に信頼していたのは、その子ぐらいだったと思う。
うん。他にいるかって言うと、いなかった。


はぁ。
なんて貧しい小学生時代だったのだろう…。


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