日記...マママ

 

 

子どもの友情 - 2008年09月11日(木)

遠方に引っ越す友人と連絡を取りやすくするため、2年ぶりぐらいにmixiをきちんとやってみた。
マイミクを追加し、コミュニティを検索し、いろいろしているうちに楽しくなってきてどうにも止まらない。

過去に向かって糸をたぐってゆく作業は、一度始めるとどこまでもどこまでも続いていく。大学のころの友達は今も普通に友達(のつもり)だから過去の人扱いにはならないのだけれども、中学校、小学校までさかのぼり、名前すら記憶から消えかけていた同級生たちのことをなぜだか最近毎日のように思い出す。代わる代わる夢に出てきては、わたしにいろいろな感情を投げかけて消えていく。わたしは元来依存心が強いからだと思うのだが昔の知り合いのことをやたらと覚えている。向こうがわたしのことを忘れてしまっていてもわたしは結構覚えている。さすがに完全に忘れられている場合はともかくとして、もしわたしが覚えているのと同じくらいに覚えていてくれる人がいるのなら、会ってみたらおもしろいだろう、と思う。特に話すこともないし、そんなに長い時間をともに過ごすことはかえって無理があるのだけれど、ちょっと顔を見るぐらいなら、きっと楽しい。思ったが、小学生の子どもにとっての「友だち」とはどんな存在なのだろう。わたしの場合、同窓生と再会する機会があるとして、上に書いたように「おもしろそうだな」とは思うがそれ以上の感慨とか懐かしさとか、こみ上げてくるものは何らない。記憶の中の小学生たちが今では自分と同じように大人になって働いたり育児をしたりしている様子を見るのはきっとおもしろいだろう、という、そういう興味でしかない。もうちょっと情緒的な懐かしみを感じてもよいのではないか、と我ながら思うのだが、ひとつは転勤族の子どもだったことがあるのかもしれない。深入りするとそのぶん別れがつらくなる、ということを体感的に知っていたのだろうか。また、こっちがメインだと思うが、本当のところではその土地に染まりきることができていなかったのだと思う。周囲の気持ちか自分の気持ちかはわからないが、常にどこかで「よそもの」である自分を意識しながら生活していたように思う。今でこそこうして客観的に自己分析できているものの、思春期を迎えたばかりの小学生当時にはそのような自意識に自ら疑問を呈することもできなかったし、そもそも、転勤族の子どもであること以前に、わたしは当時からすでにあまのじゃくで理屈っぽく、悲観的で、同世代からすれば実に接しづらい種類の人間だったのだ。そんなわけで気がつけば「本当の友だち」ができないまま、わたしは小学校を卒業してしまっていたのかもしれない。
子どもの友情というものはもちろん実在するし、小学生のころに「本当の友だち」ができる人もいるはずだ。
でもその一方で「友だち」とは「遊び相手」のことであり、それはすなわちけいどろとかかくれんぼとか陣取りとか人生ゲームとか、集団で遊びたいときの面子であって、それ以上でもそれ以下でもない、と(あえて冷徹に言うのであれば)いうふうに認識していたのが子どものころのわたしだと思う。

教室に来ている子どもたちを見ていると、彼らをつないでいるものはいったいどのような感情なのだろう、とまじめに思う。
他愛もない雑談やふざけ合いっこで笑い合っている光景の記憶は、彼らにとって宝物になるのだろうか。
それとも大人になれば、今の私のように忘却のかなたに追いやられてしまうのだろうか。



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