日記...マママ

 

 

- 2008年01月22日(火)

もうだめだ。帰りの車の中で、もうだめだ、と判断した。だめだというのは減薬の件で、医者と話をして、毎日3錠飲んでいた錠剤を2錠に減らす試みをしていたのだ。始めたのが土曜日のことで、土、日、月。3日やってみた。ゆるやかな坂道を下るように、調子がじょじょに下降していくのが自分でもわかっていた。しかし、しばらくすれば安定してくるということもわかっていた。いちばん多い時期は4錠飲んでいたが、それを3錠に減らしたときもそうだったからだ。だから今回も、数日やり過ごすことができれば大丈夫だと思っていた。けれど、もうだめだ、と思った。今日は3錠飲んだ。「調子を見てみて、もし以前のようなこれこれこういう抑うつ感が出てくるようならばすぐに3錠に戻しなさい」と言われていたので、今日は戻した。頭が痛くて吐き気がする。風邪と似た悪寒と手足の震え、抑圧していた記憶が、追い焚きされる浴槽のお湯のようにぐるぐると下のほうからせり上がってくる。薬を飲んで楽になるのなら、わたしは薬を飲み続ける。けれど薬を常用していて困ることがひとつだけある。一日中眠いのだ。この眠気の正体は、いまだによくわからない。変調性障害の症状なのか、薬の副作用なのか、体力がないのか、怠け者なだけなのか。2錠に減らすと明らかに眠気は減る。だから要因のひとつではあると思う。けれどまだ眠い。生活のリズムが崩れているのだろうか、とも思うが、それとも違うと思う。でもしょうがないのだ。100点満点は取れないのだ。もうこれ以上元気になることは求めてはいけないような気がする。わたしはこのぐらいで満足していなくてはならないような気がする。これだけ元気になれたのだから、もうそのへんにしておきなさい、と、そのへんを着地点としなさい、と。でも本当は、もうちょっとてきぱきと動けるようになりたい。仕事の場で人並みに動いていると、休みの日は本当に何もできない。でも本当は、休みの日こそ、いろいろなことをやりたいのだ。本当は。だからスイミングスクールに通おうと思った。わたしは子どものころ、スイミングスクールに通っていた。幼稚園のころはなんだかよくわからないがやたら熱が出る子で、幼稚園3年間のうち、合わせて2年間分しか通っていないらしい。高校生なら留年の危機である。しかも毎度毎度、38度から39度にかけての高熱を出していた。一度などは真夜中、看病されているさなかに熱にうなされて何か見えないはずのものが見えたらしく、それをつかもうと必死になったことがあったらしい。焦点の定まらない半開きの目で「ない、ない」とつぶやきながら必死に空をつかもうとするわたしを見た父は、高熱が脳障害を引き起こしたと勘違いしたらしい。「これから俺は知的障害児の父親になるのか…」と暗澹とした気持ちになったという。閑話休題。さすがに危機感を覚えた両親が選んだのがスイミングスクールで、小学校入学とともに通い始め、それからぱったりと原因不明の熱はなくなった。子ども心に「わたしのからだ、すごく丈夫になったな!」とうれしく思ったのを覚えている。5年生になるとき、英会話教室に通うためにスイミングをやめた。続けていればよかった、とときどき思う。スイミングスクールは好きだ。泳いでいる間は気持ちが落ち込まない。ただ泳ぐだけ、ただただ。水の中でゆらゆらと揺れる視界。ぼわーっと拡張して聞こえる先生たちの笛の音、号令。ビート板なしで泳ぐほうが好きだった。ビート板は楽だけど、動きにくい。背泳の練習のときにおなかに巻きつける浮き具もそうだ。あれはターンがしにくい。
スイミングスクールに行こう。

教室で、生徒が帰った後になにげなく目についた本を読んでみた。
兵庫県西宮市で飼われていた雑種の柴犬ジローの話。飼い主一家が一戸建てから同市内に新築されたマンションに引っ越すことになり、ジローは滋賀県大津市の親戚のもとに預けられることになった。ところが預けられてまもなく、ジローは首輪から抜け出して脱走する。ジローはそれまで西宮から出たことがなく、大津に預けられるときにも高速道路を移動したので、二地点間の地理感覚はまったく構築されていない。はずなのに、ジローは西宮まで独力で戻ったのである。距離にして70キロ、親戚宅を逃げ出してから故郷にたどりつくまで、なんと2年間の年月が経っていたという。ときに心ある家族に拾われたりしながら流浪の旅を続け、ついにはもとの飼い主のもとへとたどりついたのだ。引っ越し先のマンションのことをジローはもちろん知らない。なのに、父親がある日の夜遅くに会社から帰宅すると、マンションのエントランスにジローがなぜかちょこんと座って待っていたというのである。ジロー!!!!!おまえってやつは!!!!!!!
実はわたしはこういう本は巻末から読む癖があり、最初に読んだのはジローの死の場面だった。痴呆が出て心身ともに衰えていくジローの描写がもうたまらなくていきなり号泣。少しずつ死に向かってゆくジローを最期まで見守り続けた飼い主の愛情の深さにも泣かされる。でも無粋な突っ込みだが、犬や猫には、死期が近づくと群れから姿を消すという習性がある。うちで飼っていた犬たちもそうだった。老衰がひどくなってくると、ある日忽然と姿を消してしまう。友達犬のところや秘密の隠れ家にもいない。いつもならば1日も経てば戻ってくるのに、戻ってこない。保健所に出向いて探してもいない…。そういうことがあった。後ろ足が衰えて動かなくなってしまったジローが、前足だけで必死に動こうとしてばたばたともがき、自らの口を傷つけて血を流すシーンがある。そのときのジローは作中で「動けないのが歯がゆくてそんな行動をとってしまった」と解釈されていたが、もしかしたら「行かせてくれ!」と言いたかったのではないか。わからんけど。

とにかくそこから「ところでジローって何者だ。」と、前へ前へとさかのぼるうちにその出自を知った。本当に、どうして飼い主の居所がわかるんだろう。ジローは偉大な犬だと思う。


-




My追加

 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail Home