日記...マママ

 

 

続き - 2007年11月12日(月)

中学生の由利香(以後、「小由利香」とする)が、殺人犯の由利香(以後、「大由利香」とする)の想像上の存在と仮定したとき、小由利香が独立した自我を持って行動するというのはどういうことなのだろう。大由利香の想像がそこまで詳細に、小由利香の言動をシュミレートしたものだったということなのだろうか。

別のお話だが、ほんの一瞬の間に思い描いた夢が、少年の力によってまるで永遠に続くかのように引き伸ばされた物語がある。
縁側でくつろぐ老夫婦。彼らは若い頃に駆け落ちをして結ばれた。ふたりめの孫が生まれたときに父は娘を許し、娘婿といっしょに写真に写った。「父さんもあなたも、緊張してるわね」「そうだな」と、アルバムを見ながら穏やかに微笑むふたり。
これは夢である。
結婚してから家を持ち、ふたりの子どもを産み育て上げ、互いの両親と和解し、今こうして縁側でくつろぐ年老いたふたり。結婚してから今日までの長い年月のことを、ふたりは一瞬で夢見た。
本当は、駆け落ちしたその足で飛び乗ったバスが不幸にも交通事故に遭遇し、ふたりは命を落としている。
ふたりがいまわの際に見た夢が、この物語である。

一瞬の夢が永遠のように長い時間を描き出す、という感覚を考えると、由利香の話も合点がいく。バスジャック事件を起こした大由利香は、警官によって射殺され、その人生を終える。横たわって血を流す大由利香には、あの少年が寄り添っている。こと切れる寸前の大由利香が一瞬で思い描いた夢が、小由利香だったのかもしれない。しかし先の老夫婦と異なるのは、小由利香が自分の出自を知らず、自分の存在自体に違和感を覚えてしまう点である。「わたしは本当はここにいない?」小由利香は、友達がいない。登校時間に「おはよう」とあいさつを交わす相手がいない。そのことに小由利香はふと疑念を抱く。わたしは本当にここにいるの?



ぐるぐる回りそうなので別のお話。
ソクラテスが出てくるお話がある。
なんというか、チャレンジャーだなあ。山下和美。
毒杯を仰ぐシーンで、逃げようと思えば逃げられたのにソクラテスがなぜそれをしなかったのかの理由がさりげなく描かれている。少年が「逃げ出すのはバツが悪いということですね」と一刀両断したときには冷や汗をかいて星を当てられたような狼狽した様子だったが、それは本当の理由ではない。今までさんざん言い尽くされてきたことなのは知っているが、それでもなお、そのときのソクラテスは魅力的だと思った。

ちなみに「おおおお!!!」と思わず声を上げて食いついてしまったのが、「誰かと話をしたい。」と願うソクラテスを、少年がカントのもとに連れて行くシーンである。
カント対ソクラテス。
夢のツーショット。
山下和美は果たしてこのふたりに何をしゃべらせてくれるんだ!?と本当にわくわくしたのに、なんとカントにそれを断らせてしまうのである。理由は「散歩の時間です。」カント→散歩の時間って、ベタすぎます…。がっかりしたソクラテスは他に対話できる人を探しに行くわけですが、山下和美にとってカントはソクラテスとの対話に値しない人なのかしらん?あんな登場のさせかたはないと思う。カントとソクラテスをしゃべらせてほしかった。


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