日記...マママ

 

 

まんがを読む - 2007年08月18日(土)

陽一君が「おもしろい」と言うのをもう10回ぐらい聞いた「not simple」を読んだ。陽一宅にて。
深いところにしこりが残る作品だ。
「華麗なる一族」と「カリフォルニア物語」を合わせたような話。
ずっしりしたものをただそのまま押し付けられ、読後感というべきものは何も残らない。
読み進めながら、ただひたすら、淡々と「そういうものだろう」と思う。
それ以上でもそれ以下でも、ない。たぶん。
カリフォルニア物語のイーヴと同じくイアンも死んでしまった。
最後まで善人であり続け、他者のろくでもないエゴに殺される人たち。
そういう人たちを食いつぶしながら、世の中というのはうまく回っている。
べつに社会派なことを言いたいわけではなく、わたし自身をミクロな観点で振り返ってもそう思う。

印象に残ったのは、イアンと女性の
「楽しくなさそうだったわね」
「あなたが楽しくなさそうにしていたから」
「今は笑っているわね」
「あなたが楽しそうだから」
という意味の遣り取りが行われるシーンで、注目すべきは、その女性よりイアンのほうがはるかに過酷な状況に置かれているのに、イアンのほうがずっと大きなまなざしで女性を見ており、自身の気まぐれで家出してきただけの恵まれた立場の女性のほうが、不幸の塊のような境遇のイアンに精神的に寄りかかっているということだ。

この構図。
この構図は恐ろしい。
自動的にそういう立ち位置になってしまうことを嘆くことを知らない人がいる。
本当に純粋な人というのは、きっとそういう人のことを言う。
そういう人を踏みつぶしながら生きていないだろうか、と考えると恐ろしくなる。
生きていくのが恐くなる。

「幸せとは何か」ではなく「不幸とは何か」を考える。
不幸とは、たぶん、自分は不幸だと思ってしまう、あるいは、思わされてしまうこと、そのもの。

だから、イアンとイーヴにだって「不幸」ではない時期はあったはずだ。


「よつばと!」の人は絵がうまいなぁと思った。
それに観察力がすごい。
よつばのモデルがいるのなら見てみたい。
何気に父親もかなりの変人だというのがよい。


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