揺れ動く - 2007年07月09日(月) 「波」と呼ぶにふさわしい、小刻みな周期の感情の起伏が起こっている。 高揚感と絶望感を行ったり来たり。 せわしない。 このような起伏に揺られるときは、とりあえず女性ホルモンのせいだということにしてもよいだろうか。 あるいは薬が効きすぎているか、あまり効いていないか。 そう思っておくことで自分を客観視できるので、まぁどっちでもいいや。 本当は違っていたとしても、そういうことにしておこう。 バガボンドの又八は、妄想の中で武蔵の姿を肥大化させている。 肥大化された武蔵は又八の劣等感を具象したものにほかならず、肥大化された武蔵に、又八の自信、自尊心、そういったものはじわじわと押しつぶされてゆく。 あぁ。 覚えがあるなぁ。 あんなことや、こんなこと。 数え切れないくらいに、たくさんの、自分の中で肥大化された他者の姿。 それらはわたしのアイデンティティを容赦なく蹂躙し、「誇りの欠片」さえも踏み潰してしまう。 もちろん、わかっている。 現実の当人に、わたしの自尊心を踏み潰そうという意図はまったくないことぐらい。 だから「妄想」なのだ。 相手はただの人で、ひとりの人間で、自分と本当はいくぶんも違わぬ存在であるはずなのに、山と蟻のような圧倒的な存在の大きさの差。 山々に押し潰される蟻。 山はそこにいるだけで、傍らの蟻を踏み潰す。 山は崇高で、偉大で、手の届かない存在である。 傍らの蟻を踏み潰していることに、どうか気づいてほしい。 そしてできることならば、踏み潰さないようにうまくやってほしいと願う。 蟻はそう願う。 でも、足元の蟻を踏み潰すことの重大さに気づき、それを恐れたときから、山はもはや山でなくなる。 そこに蟻のジレンマがある。 蟻は、偉大で崇高な山に、山のままでいてほしいと願うなら、踏み潰されながらもそれを是認するほかないのかもしれない。 自分のようにちっぽけな蟻の、手の届かない存在でいてくれる山は、そのような山であるからこそ、蟻にとって崇高で、偉大なのだ。 自分の存在を時折むしょうにみじめだと感じることがある。 理屈抜きで、ただそのような感覚が襲ってくる。 今夜はもう寝よう。 一晩寝たら、明日はたぶん、よくなっている。 -
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