実写鬼太郎と外山恒一と - 2007年04月21日(土) 誰がこんなことを考えついたのだろう、とずっと思っていたし今も思っているが、もうぜんぜんだめ。ぜんぜん夢がない。夢も希望もありません。 猫娘パンツ見えそうだよ。 ウエンツはよくがんばったと思う。きっとよくがんばったに違いない。 雨降りの休日、思索にふけると言ってもあまりたいしたことは考えない。 仕事のことは頭からまるっきり追放しているのでいいとして。 生活をよりよくするためには何をすべきかと思う。 もっと健康に、元気に生活したい。 だから生活習慣を変えなければいけない。 たとえば衣類、食生活、住環境。 改善すべきところがたくさんあるなぁ、と今振り返ってつくづく思った。 そのへんをちょっとがんばってみよう。 開票速報にずっと張りついているのだけれど、熊本市議選はなかなか経過が出てこない。 はやくー。はやくー。 最初は地元の新人候補に入れる予定だった。 それがいろいろ変わってこうなった。 土曜は一日、外山恒一の追っかけをしていた。 最終的に写真まで撮らせていただいた。 わたしの二個下、26歳の野崎さんという女性が立候補しているのだけど、高校、大学とわたしの後輩にあたる人のようだ。昨日外山恒一の追っかけをしていたときにこの人の選挙カーが走っているのを見かけた。選挙カーの窓からは、慣れない様子で懸命に投票を訴えている素朴な雰囲気のおじさんが見えた。目頭が熱くなった。ああ、この、不安と期待の入り混じったおろおろした声色は絶対に父親だなぁ、と思った。「父親として最後のお願いでございます」と途中で自分が父親であることを明らかにしてはいたけれど、そう言われなくともあれは父親に違いあるまい、そう思わされる声色だった。こういうことを思うことのできる自分は本当に恵まれている、幸せ者だ、と思う。だって、自分の父親が自分に対してどのように愛情を注いでくれるかを思い出してこそ、こういう想像をめぐらせることができるのだ。そういう実感がないと、わたしは、こういう想像はしにくかっただろうと思う。わたしが昨年実家に戻るまではずっと深刻な不仲が続いていて、幼い頃から、感情が高ぶった拍子にではなく至極冷静に「もうお前はいてくれないほうがいい」「死ねばいい」などと何度も言われたことのあるような関係で、その心理状態で野崎さんの父親の訴えを聞いてもわたしの場合は心に響かなかっただろうと思う。今は変わった。父はわたしを愛してくれている。だから、心に響く。 高校、大学と同じ空間にいた人だというのもあるし、とどめにこの父親の訴え、あぁ、もう野崎さんに入れよっかな、と傾きかけていた。 そこに外山さんの街頭演説ファイナルである。 なんとなんと。 YouTubeで話題沸騰の、あの政見放送をライブでやってくれたのだ。 あちこちで明言しているように、外山さんは当選するつもりで立候補しているのではない。 安穏とした世間を引っ掻き回し、同志を発掘することが目的なのだ。 下手なきれいごとなど言わず、徹頭徹尾そのスタンス。 だからこちらも安心して楽しめる。 「持ちネタを披露します」と、そのライブは始まった。 冒頭で、支援者のひとりが「いまどき政治犯として」という例の紹介アナウンスを真似していたのも芸が細かかった。しかも上手やったし。 ポイントを、本当にもう、余すところなくきっちりと押さえに押さえた、完璧なパフォーマンスだった。 陽一君に報告した。 「外山さんはおもしろいが票は入れない」 と前から言っていたのだけど、 「もう、そこまで楽しませてくれたんだから、一票入れてあげなさいな。」 と繰り返し説得された。 考えた。 いくら楽しかったとは言っても選挙は選挙だ。 当初考えていた地元の新人に入れるのが筋なのだと思った。 けれどわたしは外山さんに「善意の一票」を投票することにした。 供託金回収できるといいね、という、それだけの動機である。 感覚としては募金に近い。 あるいはストリート・パフォーマーへの投げ銭。 わたしのこの一票、広い意味ではやはり悪意の一票なのかしらん。 今度会ったとき、何か運動をしようという話になった。 「ドッヂボールやるで」 「ふたりで?」 「体中にボールぶつけて、ものっそい痣だらけにしたんねん」 「やめてよそんなん、痛いし」 「んじゃ野球でええわ」 「ふたりで?」 「僕バッター、真理さんピッチャー」 「よかった。逆だったら怖い」 「いや、ピッチャー返し!!ってど真ん中に打つし」 「やだよ、もうバドやろう、バド」 「ええでー。額にパシーッてぶつけるし。まんまるい痕つくで」 「女相手なんだから、手加減してよ」 「わかってるで。好きな女相手にやるようにやるし」 「つまり陽一君の場合、ものすごいいじめてくるわけやね」 「よくわかってるやん」 ひどい人です。 -
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