コバルトの静かな広島生活ブログ  メトロポリタンカメラ  ツイッター  広島カフェ案内  コバルトのプロフィール・サイトの情報  メール  静かな広島生活掲示板


前のページへ月別日記リスト過去の日記リスト
2010年04月23日(金)
嫌いの定義








午後、おもいがけず雨が降った。
職場から、ちょっと外に出ると、さっきまでの雨が嘘のような快晴に。虹も出ていた。すべてが洗い流されたからこそ、新緑の深い色合いが、より一層目に焼き付けられる。水滴を載せた黄色い花も、こころなしかうれしそう。


きょうもおつかれさまでした。


私は普段、「嫌い」ということを、人前ではいうことがあまりない。
なにかを「嫌い」ということで、自分にとって、プラスになることって、あまりないような気がして。

たとえば、何かが「嫌い」といったとして、それを聞いただれかは、それを「好き」だったりすることって、ありえるわでじゃないですか。

「嫌い」という言葉で、簡単にかえしてしまうのは、たしかに自分に対して正直ではあるけれど、相手に対しての配慮とか、大人の対応として、どうなんでしょう?と考えることがよくあって。

言葉のひとつひとつの中に、「嫌い」という言葉が入ることで、人から誤解を受けたりすることだってあるし。それでこころが離れてしまうこともありますから。


物事、人との関係も、なかなか白黒付けられないことってあります。


ただ、僕は社会的なルールや常識を犯してる人には、厳しいかな(笑)


とはいえ、私にも嫌いなものはあります。
まわりの人に公言していて、誰しも笑い話にできるくらい、冗談っぽい感じで、みんな知っていることではあるけれど。

はい、私は、ずーっと「アンチ巨人」」です。
どんなに原監督がすてきな人であっても、生え抜きや若手を起用するようになっても、ジャイアンツだけは苦手です。


たまに放送される、大家族を取り上げた番組も、すごく苦手。どうしても、親のエゴにしか見えなくて。すべてが。


でも、嫌いというのとは、ちょっと違うんですよね。
全否定ではないから。


こと、想うのは、あまり、人の好き嫌いを、あからさまにしてしまうのは、きっと自ら損をするのでは?って思います。特に、自分に関りのある人に対してね。




きょうも、ありがとうございました。
あしたも、いい1日になりますように。



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

文筆依頼、感想などは、メールでよろしくお願いします
メール⇒こちら




My追加