コバルトの静かな広島生活ブログ  メトロポリタンカメラ  ツイッター  広島カフェ案内  コバルトのプロフィール・サイトの情報  メール  静かな広島生活掲示板


前のページへ月別日記リスト過去の日記リスト
2007年12月10日(月)
本音

本当のことを言うと
ことしの春前くらいからだろうか
ほんとこころにぽっかり穴があいたような感じでして・・・

それを埋められない分、ほんと仕事に懸命になり、くたくたになったあと、ひとりでぼんやり考えごとして、休日過ごしたり。だから、あまりどこか遠くへでかけたということもなく。ひとりでいることがほとんど。
7月はこと忙しくて、また仕事中にケガをして大変でした。でも、バカみたいな明るさでなんとか乗り切ったけれど、やはり、「から元気」でした

そう、むなしさとか、寂しさとか。でも、そういうもの以上に、「過去」と同じことをしてはならないというプレッシャーが大きかったのがしんどかったです。

この日記も、なるべく、読み手にとって、元気になれる、ここちいい、笑えるものにしようと、ことさら努めて書き綴ってきましたが、やはり更新がしんどかったのも事実です。



=裏日記1=

私は、自分のことを話すのが苦手です。嫌いです。
悩みとかを人に相談することが出来ない
相談できる人もほとんどいない
人を信じない性格が、ある出来事以降、トラウマとしてずっと染み付いているから
だから、常に聞き手でありたい。静かに聴いてあげたい。そしていっしょに考えたい

そもそも、悩みを相談しても、
私の周りにいる人間は、こと話したところで・・・って人ばかりです。

たとえば、悩みを話すとしよう

すると、最初はいいけれど、そのうち、「自分も昔は・・・」といったような、こと自分の経験談に話が移り、相談者そっちのけで、ずーっとそれらをしゃべりつづける。以前、私はこうだったとか。、自分はこうしただとか、自分ならこうするとか。そんなくだらないことを聞きたいわけじゃないのに。(いつのまにか自分の悩み相談に話をすりかえるひともいる)

「結局、自分がしゃべりたいだけじゃん!」

と、突っ込みいれたくなる

でも、意外とそういう人、多いんですよね。
また、悩み相談しても、精神論で一蹴するやつ。「気の持ちよう」だとか、「ガンバレよ!」とか、「そんなことでクヨクヨして」とか。そんな、ありきたりの精神論しかいえない人間を、私は、鼻から「人間」として相手にしない。自分が正しいことを言っている。だからそれを強要する言い方する人って感じでしょうか。そういう人は、私から見ると、「じゃあ、あんたはどうなん?そんなに立派な人間か?」って言い返したくなる


あと、「バカ」がつくほど、ポジティブな人。(本人は悩むことがないのだろう)なにを話しても、うすっぺらい答えしかしない。重い話していても、突然笑い出したり。最近でいう「空気の読めない人」といいましょうか

空気が読めないといえば、相手が話したくないことまで、ねほりはほり聴きたがる人も、たまにいますよね。「私が無理やりでも聞き出さないと、相手は吐き出せない・・・」と想うのでしょう。それはちとピントがずれている
勘違い甚だしい

上で述べた人たちに共通するのは、
人を一面だけみて、簡単に決め付ける傾向が強い。傍らで、その分析を聞いていて、「よくそこまでその人のことを言い切れるな」と想うものです。


そういう人たちに、こころの中では、辟易している
こういうところで、私は人を見ています!


人間関係の基本は「聴く力」ですからね!!



とにかく、私は、誰に何をいうこともなく、もうひとつの自分で生活している。この日記は、本音というか、自分のこころの中の想いの一部分を出している。けっして、人前では、ここで記してることを話すことはない。そういう意味での役割を担ってきた


人を信じられないから、孤独になる
信じられる人がいても、信じようとしない。
これは、かなりの重傷かもしれません
私の欠点です

ただ、自分をとことん理解いしてくれ、ずっとそばにいてくれる人が、ひとりいてくれれば、それでいい。大切な人を、ずっとずっと、いっしょにいて、大切に出来れば。シンプルなことなのです。


=裏日記2=

恋愛をしていたとしてね、
「ずっとそばにいるから」
「ずっと、そばにいたい」

そう、いう人は、結局いなくなってしまう
そんなもののように、僕は想います。
だから、まともにその言葉を信じられない

人のこころは移ろいやすい
でも、それを責めるのは、大人げないかもしれない
時がたては、相手の状況も、気持ちも変わります
この人とは、もう付き合えないと想うのも、理由があるわけだし
不変の愛は、なかなかないものです



私は、変わらないことが愛だと想う
出逢ったときのまま。
私は、出逢ったときから、人間不信なところがあるから、マイナスから入って、少しづつ、相手のことをプラスで積み重ねていく。だから、相手に理解されるまで、時間がかかります。だから、信用や理解されるまでに、人は去っていく。でもね、好きという気持ちの急激な抑揚がない分、相手が、どういう状況になっても、自分はブレないでいたいと思う。たとえ離れてしまっても、逢えなくなっても。ずーっと平均値で。(そうなくてはいけないと想います)結婚するとなると、なおさら。結婚を考えたとしても、ひとつひとつ、確実にクリアすることはたくさんあるし。きちんと状況を整備して積み重ねて。だからあせることはいけない。それを乗り切るためには、時間は多少かかっても、お互いが信じあって、変わらないことであるし。その中で訪れるチャンス・・・いや決断の時期をしっかり逃さないことです。結婚してずっといい夫婦でいるってことは、そういうことが根底にしっかりないと、難しいと、僕個人は考える


何か判断を求められたとき、私は、相手に判断を任せる。
それを尊重してあげることをしたい。

「去るものを追わず」
ある意味で、一番の相手への優しさ。愛情の言葉でもあるように想う。
ほんとうに自分にとって、大切な人だからこそ、
相手が選んだことを尊重したい。
決めたことを、責めたり追ったりしないほうがいい

ただし、私がダメなところは、
そうなる前に、自分の意見や想いを押し殺してしまうことである。
「好きなら好き。」「ずっといっしょにいてほしいならいてほしい」
それを、きちんと伝えられていれば・・・
後悔することがたくさんです。
ただ、別れが嫌いだから。
自分からはなにもいえずにいる傾向は強い。
本心とは裏腹に
無論、現実というものは、いろいろあるわけですし

=裏日記3=

ひたむきに、生きていれば
きっと想いは届きます
ひたむきに、人を愛せば
きっと、それに答えてくれる

私も、ひたむきに、生きていきたい
大切にしたい人を、大切にできないことは、なにより悲しいことです

自分にとって、大切な人、好きな人、かけがえのない人
そういう人が、こころ離れてしまう、コロッと変わってしまうのは、本当に悲しい。

私にとってこれほど「しんどい」ことはないのです。
でも、それが現実であり、やはり、こと、その原因は自らにあるものです。

私は変わらない。
大切な人が、「ただいま」って、戻ってこれる
そんな立場で私はいたかった。

自分にとって、かけがえのない人を、
ひとりを、変わらず大切にしたいけれど
やはり、その中で、「誤解」や「嘘」や、「裏切り」・・・
そういうものもあるかもしれません。
失うこともあります
その時、自分自身の人間性が試されるわけです。
どう、捉え、どう選択し、どう動くか



時間は、容赦なく過ぎていきます
いや、時間は容赦なくやってくるもの。
のんびりしているわけにもいかない



すぐ最後だから、この際、ちょっぴり辛口に言いたい放題言わせてもらっていました。最後くらい良しとしよう!

そもそも、辛口な本音はたくさんあるけれど、あまり書くと、問題があるので(笑)





きょうもおつかれさまでした
みなさん、体調大丈夫ですか?
年末ということで、私もかなりお疲れです。バタバタ追い立てられるように、仕事もあって。



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

文筆依頼、感想などは、メールでよろしくお願いします
メール⇒こちら




My追加