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2007年11月10日(土)
「恋」と「愛」との境界線

恋って、「いま、いっしょにいてほしい人」

愛って、「ずっと、いっしょにいてほしい人」

その差だと想うんです。


いま、そのときの自分にとって、いてほしい異性。
寂しいとき、そばにいてくれる人、
抱きしめてくれる人
想いを同じように共有できる人
美しさや、こころのおおらかさに惹かれる。
そして、もっとその人を知りたいという欲求が強い状態

つまり、感性で求めるもの。それが恋。

(たとえば、不倫なんていうのは、愛ではなく、恋なんじゃなかろうかと、ぼんやり想ったりする。限られた時間で、こころと身体で共有する。ひそかに、スリリングに。不倫で一生を考えるカタチは、稀であろう。もちろん、そういう形で、お互いが高めあうというのもあるのだろうけれど。社会的ルールには反しているわけだしね)


恋は、愛への前段階です。
恋から愛へのステップを踏む過程で、
大きな壁がある。
だからこそ、恋をしたり別れたり。
それを繰り返す
だから、恋はひとつじゃなくてもいいと想うんです。
いくつしても。
長い人生の中ではね。
なんどでも、やり直しが出来る
恋する対象の基準なんて、そのときで変わっていくし



では、愛とは?

愛とは、重いものなのです。
一生、この人を守りたい。幸せにしたい
ありのままのその人を自分が受け入れるということになる。
覚悟も、甘えも許されない
精神的な部分で深く、かけがえのない結びつき
どんなときでも、その人の味方でいられるか
ある意味、十字架を背負う覚悟で。

(要は、恋する人は、この世界で何人もいると思う。だから、別れがいくつもあったとしても、それは当然のことなのかもしれない。だけれど、この広い世界で、愛を捧げる人は、限りなく少ないわけで。)


最近、その愛の意味を、
履き違えている人が、軽々しく考えてる人が
あまりに多いと想うのは、
僕だけだろうか?
いろんな意味で。

ほんとうの愛は、ムダな言葉はありえない
ごくシンプルで、強いもの。
その人の眼で分かり合える
ぬくもりですべてを感じあえる
ただひと言の、生きた言葉で、通じ合えると想う。

本当の愛というものは・・・



コバルト

広島在住
文筆とカメラとここちよい暮らしが好き
ホームページ⇒http://www.geocities.jp/cobaltblue21jp/

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