橋本裕の日記
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2007年09月22日(土) 子どもを虐待する母親(2)

 子どもを虐待するのは、自分に薄情だった母親のせいだと考え、彼女の気持が軽くなったのはつかの間だった。よくできた親だと考えていた母親が、じつは彼女に対して、いろいろと冷たい仕打ちをしていた。そのことが思い浮かぶと、しだいに恨みがこみ上げてきた。

これまでもささいなことで子どもを叱り、体罰を与えたりしたが、心のなかで自分を情けなく思い、悔悟する気持があった。ところが住職の話を聞いて、「これも、母親が種をまいたことだ」と考えるようになった。

そうすると、歯止めがきかなくなった。母親のことを思い出し、怒りに駆られるたびに、彼女は子どもにつらくあたった。こうして子どもの手足には、以前より青あざがふえた。

その青あざを見て、さすが子どもがかわいそうになったが、それでも彼女は虐待をやめることができなかった。住職は彼女のそんな話に耳をかたむけたあと、口をひらいた。

「あなたが母親について、一番許せないことは何かな」
「あまりにたくさんありすぎて……」
「そんなにたくさん、思い出したか」
「母は私を愛してはいなかった。私はだまされていたのです」

 住職はお茶をすすめ、自分もひとくちすすって、しばらく考えごとでもするように、縁側のほうを眺めた。開け放たれた障子戸の向こうに、よく手入れされた庭が見えた。そこにツツジが咲き始めていた。蝶が二、三匹、初夏の日差しをあびて舞っていた。住職は視線を彼女の方に戻すと、

「子どもは可愛くないのか」
「憎いのです。だから虐待をしてしまいます」
「そんなに憎いか。どうしてだろうね」
「夜中におもらしをしたり、他の子をいじめて、私が学校に呼び出されたりもしました。それからすぐに熱を出します。次々と厄介な問題を持ち込んでくるのです。私がいやがることばかりして、私を困らせます。」
「あなたはそうではなかった。模範生だったからな」
「従順な子どもで、母にも迷惑をかけませんでした」
「そして今ごろになって、母親に反抗しはじめた」
「反抗ですか」
「相手はこの世にいない。だから、よけいに腹も立つ」

 そういって、住職は大声で笑った。彼女もひきこまれて笑った。「反抗」という言葉が意外だったせいだろうか。それとも「相手はこの世にいない」ということが、何だか痛快だったせいか。いずれにせよ、笑ったのは久しぶりだった。

「これから法事があるので、出かけなければならん」
「お忙しいときに、愚痴を聞いていただいて」
「いや、楽しかった。久しぶりにあなたの笑顔をみた」
「はあ?」

 彼女が戸惑っていると、住職はほほえんだ。

「これに懲りずに、またいらっしゃい。あなたのお母さんについて、大事なことを教えてあげよう」
「母について、何か知っているのですか」
「お母さんもここにきて、いろいろな話を聞かせてくれたよ」

 住職はそれだけ言うと、立ち上がって着替えを始めた。彼女はあわてて、住職の前を退いた。母が住職に会いに寺に来ていたとは、意外だった。(続く)

(今日の一首)

 湯につかり体を洗う何となく
 愛しくなって我が足を見る


橋本裕 |MAILHomePage

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