橋本裕の日記
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2006年10月05日(木) 英語早期教育の是非

 小学校から英語教育をするのがよいのかどうか、専門家の中でもいろいろと議論がわかれているようである。しかし、どちらかというと、英語早期教育に異議を唱える人が多い。その理由は母国語の日本語が心配だということだ。たとえば、同時通訳者の米原万里さんは、「真夜中の太陽」(中央公論新社)のなかで、こう書いている。

<言葉は己の考えや感情を伝える手段であるだけでなく、ものを考える手段でもある。生まれてから8〜10歳までのあいだに人間の言語中枢の基礎がほぼ完成する。

 この間に、母語とは異なる体系と原理の言語を幼児の頭に詰め込むと、混乱を来し、成人してからも思考力の不安定な人が多いと、多くの学者たちの観察報告がある。幼児期に外国で暮らした人とか、両親の母語が異なる人などに、しばしばこの傾向がある。つまり、早期英語教育は、英語どころか、母語である日本語さえも、しっかりと身につくことを妨害する要因になってしまうのである。

 それに、どんな外国語も、最初の言語である母語以上に巧くなることは絶対にない。日本語が下手な日本人は、それよりもさらに下手にしか英語もフランス語も身につかない。言語中枢の基盤ができていないからだ。親の役目は、わが子になるべく早く英語を習得させることではなく、しっかりと日本語能力をつけてやることだ。それが、外国語が巧くなるための最低の条件でもあるのだから>

 私も母国語ができるということが、外国語が旨くなることの最低条件だと思う。母国語もできないで、外国語に堪能になるということはありえない。国際人になるためには、まずしっかりした日本人になることが大切だろう。平川祐弘さんは「日本をいかに説明するか」(葦書房)の中で、こう書いている。

<そもそも自分が日本人であることに自信のない人は外国できちんと自己主張できない。自分自身に語るべき内容のない人は日本語でもまともな話ができない。

 ではどうしたら海外へ出て堂々と振舞える、バランスの取れた日本人になれるのか。それには自分自身が日本人としてすなおに自信があることが必要だ。そのためにも、ひとつで良いから日本的教養を身につけておくことが大切だ。

「源氏物語」が好きであるとか謡曲に通じているとか「万葉集」の和歌を幾首かそらんじているとか、俳句をたしなむなど日本の文化を自分のものとして感じている人は外国に対して気おくれがないとは言わないが、怯えることが少ない。

 また贅沢な注文かもしれないが、英語以外の外国語にも通じていると三点測量ができる。そうした人は自然体で外国の文化に対し自分なりの判断を下せるものだ。それは歴史についても同じだ。

 日本人の美徳は謙譲だ。しかしきちんと自己主張しないのは謙譲ではなく、自己卑下だ。その自己卑下も度を過ぎると由々しき問題だ。悪質な外国がそれにつけこんでくるからだ>

 たしかにその通りだ。しかしこうした正論もあまり融通がきかないと問題である。日本語を完璧に習得してから外国語に手をつけるというのでは、永遠に外国語の習得はできない。

 私はある程度母国語の基盤ができたところで、外国語に触れるのは母国語の習得にあたってもいいのではないかと思う。そしてそれは小学校の上級生の頃ではないかと考える。

 この意味で、小学校の頃から英語に親しむことは悪いことではない。ただし、それによって日本語の習得が犠牲になるようであってはいけない。あくまで日本語の習得に有利になることが条件である。

 小さい頃から外国の文化や言語に触れることで、かえって自国の文化や言語にも意識的になることができる。そうした体験を小学生のことから経験することは悪いことではない。

 バイリンガルという点で、もっとも先を行っているのは、フィイリピン人ではないかだろうか。フィイリピンでは小学校1年生から英語を習う。というより、すべての教科が英語で教えられる。

 だからフィイリピン人は小学生でも英語が話せる。実際にフィイリピンの子供を捕まえて会話をしてみたが、私よりはるかにうまい。英語でものを考え、英語で話すことがある程度できているようだ。

 しかし、彼等も家に帰ればフィイリピン語を使う。私がセブでならった先生も、先生同士の会話はフィリピン語が多かった。やはり英語よりもフィイリピン語の方が自然な会話ができるということなのだろう。

 フィリピンの人たちは小学生から英語を、それもかなり徹底的に習っているわけだが、母国語がそれによって破壊されているというわけでもなさそうだ。知的な活動は英語で行い、日常的な身の回りの話題は母国語を使うという風に、それぞれの長短を補った棲み分けができているようにも見えた。日本における英語教育を考える上で、フィイリピンの事情は参考になりそうだ。


橋本裕 |MAILHomePage

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