橋本裕の日記
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2005年04月15日(金) 父の遺言

 父は死ぬとき、「屋敷の木をきるな。杉の木と、欅をきるな」と言い残した。屋敷には大きな欅があり、父はこれを家の守り本尊だと思っていたようだ。杉の木は父と私が植えたものがかなり大きくなっていた。

 しかし、後に残された私たちはこれを守らなかった。まず、屋敷の杉の木を人に言われるままに斬ってしまった。まさかこれで土地を失うことになるとは思いもよらなかった。しかし、あとで考えてみれば、父の植えた杉の木が残っていれば、私たちはその所有権を主張できたはずだ。そう簡単に土地を奪われることもなかった。

 それではどうして、父の遺言に逆らって、屋敷の何百本という杉を切ってしまったのか。それは料理屋をいとなむ親戚のYさんが「最近、屋敷にゴミが投げられている。このままだとそこがゴミ捨て場になってしまう。何とかしてほしい」と苦情を言ってきたからだ。

 そこで「ゴミ捨てるべからず」と立て札を立てたが、効果はなかった。困ったものだと頭を抱えているところに、Yさんやってきて、「私の方でもいろいろ対策を考えてみました。実は耳寄りな話があります」という。

 それは屋敷の杉の売って、その費用でそこを更地にするというのである。きれいな更地にすればもう人はゴミを投げたりしない。それに、将来、土地が高く売れるかも知れないという。ある業者にかけあったら、今なら仕事のついでにやってあげてもよいという。

 Yさんのこの提案を私たちは受け入れた。私たちは今さら田舎に住む気はなかったし、ゴミの不法投棄に頭を悩ませていたので、更地にすればこの厄介な問題が解決するだけではなく、将来高く売れるかもしれないというのは魅力だった。

 工事は迅速に行われた。盆に墓参りしたついでに寄ってみると、千坪もの土地がきれいな更地になっていた。そして大きな欅が一本だけ残っていた。やがて、この欅を売って欲しいという人が現れて、これも斬ることにした。

 すっかり更地になった土地を眺めて、「父が生きていたら怒るだろうな」とは思ったが、田舎で生まれ育った父に比べて、私たちは先祖の土地や山に対してほとんど愛着をもっていなかった。Yさんがゴミを不法投棄させないように、そこを臨時の駐車場として使いたいと言ってきたとき、これでゴミ問題が片づいたと、私たちは胸をなで下ろした。

 やがて、ゴミを不法に投棄していた張本人がYさんだという情報をつかんだ。私たちは「なんだ、そういうことだったのか」と納得した。Yさんに失望したが、非難まではしなかった。これがもっと大きな計画のほんの一部だとは気がつかなかった。Yさんの立てた計画の全貌を知るのは、二、三年もあとのことだった。


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