橋本裕の日記
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2005年01月18日(火) サバイバルだけが人生じゃない

 オーストラリア出身の現役ピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴットの半生を描いた映画「シャイン」(スコット・ヒックス監督)をDVDで見直してみた。封切りと同時に映画館で観て、その後、レンタル・ビデオでも見ているから、今回が3回目である。

 主人公の青年は留学先のイギリスでラフマニノフの「ピアノ協奏曲第3番」を弾き終わった直後に昏倒し、やがて精神を病んでしまう。今回は英語の音声と英語の字幕で見たが、主人公の少年に対して、父親が「サバイブ」という英語を何度か使っているのが印象に残った。たとえば、父親は主人公の少年にこう言う。

< No one can hurt me! Because in this world only the fit survive. >

<The weak get crushed like insects.
Believe me, if you want to survive in America you have to be fit and strong,
like me.>

<That's right, David. No one will love you like me.
You can't trust anyone but I will always be there…
always be with you, forever. Do you understand?>

 そして、主人公の少年に、ことあるごとに、次の言葉を呪文のように復唱させる。

<.Only the strong survive>

 父親は「俺が生き残ったのはおれが強者だからだ」「弱い奴は虫のように潰される」「この世は残酷だ」「他人を信用するな」と主人公に言い続ける。<survive>とならんで、<cruelty><can't trust anyone> というセリフが効果的に何度か使われていた。

 父親の言葉には、幼い頃に父親に虐待され、好きな音楽をあきらめ、移民として世間の辛酸をなめてきた彼自身の過酷な人生が投影されている。父親は自分の果たせなかった音楽家になるという夢を子どもに押しつけ、子どもをコンクールで優勝させるために全てをささげ、それを「愛情」だと自分にも息子にも言い聞かせる。

「お前は幸せだ。音楽ができるから。家族がいるから」といい、「僕は幸せだ」と何度でも主人公に復唱させる。家族の他の人間はみんな敵で、彼等をうち負かして世間の栄冠を勝ち取ることだけが人生の目標だと説き続ける。父親にとって音楽もまた世間の荒波をサバイバルするための手段だった。

 父親のこうした偏狭な芸術観と人生観が、主人公の生き方を重苦しくさせ、ついには廃人寸前まで追いつめる。しかし、映画の後半で、彼は街の人々の暖かい愛情につつまれるなかで、音楽の喜びに目覚めて、見事、街のピアニストとして更生する。

 そして再び舞台に立つ。彼を見守り、拍手を送り続ける多くの人たちのなかには、母の姿があり、姉や妹の姿があった。そしてかっての音楽の恩師や、彼の妻になる人もいた。みんなが彼を愛していた。人々の拍手に包まれて、涙を流し続ける主人公。それは彼がこれまで見せたことがないような晴れやかな笑顔だった。

 これはとても感動的な結末である。人生はたんなるサバイバル・ゲームの舞台ではなく、人々と悲しみや喜びをわちあいながら、支えあって生きる場所である。映画「シャイン」はこの大切なメッセージを、ラフマニノフの音楽に乗せて私たちの心に送り届け、人々とともに生きる人生の美しさをしみじみと実感させてくれる。


橋本裕 |MAILHomePage

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