橋本裕の日記
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「教育とは、学校教育に邪魔されないで身につけなければならないもののことだ」とは米作家マーク・トウェインの言葉だそうだ。昨日の「天声人語」はこの言葉を冒頭にひいて、国際学力調査の結果が各国にひきおこした騒動について書いている。
日本でも「学力低下」を心配する声があがっているが、アメリカでも「危機が近づいているのではなく、危機のまっただ中にいる」「私たちは技術の戦争に敗北しつつある」などと、新聞がさかんに書き立てているようだ。
「学力低下」を言う前に、そもそも「学力」とは何かということも抑えておかなければならないだろう。「学力」にはさまざまな要素があり、どうした側面に光りを与えるかによって、その評価もちがってくるからだ。
たとえば、世界の小学4年生を対象にした学力テストで、レンガの重さを量る問題が出題されていた。秤の上にレンガを置くのだが、横に置くか立てておくかで、重さが変わるかかわらないかを問う問題だった。
日本の小学4年生の6割が「変わらない」と答えていたものの、この問題の世界の正解率が7割である。こうした問題で間違うのは、「重さとは何か」ということをよく理解したいなからで、日本の子供たちの学力の貧弱な一面を特徴的に示している。
こうしたことを理解するには、実際に教室でレンガを手に持ってみたり、秤に掛けて実験してみる必要がある。単に紙の上の知識だけではほんとうの理解とはいえない。実際の体験から学ぶ必要があるわけだ。しかし、体験させるだけでもいけない。
レンガを横に置いたときに比べて、立てたときにレンガが「重くなる」と答えた生徒は、ある意味で体験からくる実感を重視している。底面積が小さくなると、物体が重くなったように感じることがあるからだ。
しかし、それは「重さ」が変わったのではない。単位面積当たりに加わる力、つまり「圧力」が変わっただけである。この問題につまずいた生徒は、「重さ」と「圧力」の区別が曖昧で、それぞれの概念がしっかりしていなかったわけだ。同様の混乱が、「学力」をめぐる大人達の議論でも見られるのではないか。
総合1位のフィンランドの秘密は、「何をどう教えるのか」という教育コンセプトの明確化にくわえて、良質な教師集団による「徹底した少人数教育」にある。「天声人語」の結論の部分を引用しておこう。
<結論は、「小さいことはいいことだ」。生徒7人のクラスがある。数学のクラスは17人だが、先生2人で教える。最多のクラスで19人だった。あの国に新規の移民が少ないことを指摘する記事もあった。現れる悩みは多様だが、大切なのは何のために学習するのか、させるのか、という問いではないか。それを忘れて順位に一喜一憂しては実り薄い>
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