橋本裕の日記
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| 2004年12月16日(木) |
メディアの社会的責任 |
毎年、この頃の季節になると、NHKが受信料を徴収にやってくる。今回も夜遅くに、NHKの集金係の人がやってきた。私の部屋は玄関横にあるので、妻の声が聞こえてくる。
「あなたのところの会長は私たちの受信料で豪勢な旅行をしているらしいわね。それに幹部の不祥事が続いているけど、弁明もいい加減で反省もしていないようだし、視聴者をないがしろにしていながら、よくこんなに高額の受信料がとれるわね」
これにたいして、係員は「まことにすみません。NHKでは近々特集番組でこのことをしっかりお伝えすることになっています」と、なかなかそつのない答えをしている。マニュアルがあるのかもしれない。
今回もしぶしぶ1万5千円ほどの視聴料を払ったが、妻も私も割り切れない思いが残った。NHKは口座からの自動引き落としにしてほしいようだが、私も妻もこれに応じるつもりはない。いつでも不払い運動ができる余地を残しておくためだ。
世論調査によると、日本のマスメディアで一番信頼されているのはNHKらしい。5割り以上の人々が信頼すべきメディアの筆頭にNHKを上げている。次いで新聞が来て、民放がくる。雑誌になると5パーセントそこそこと、かなり信頼度が落ちる。
たしかにNHKや新聞は「まちがいをしない」という点で、他のメディアより優秀かも知れない。しかし、単に間違いをしないということや、「中立、公正」という観点だけで、メディアの信頼度は計られるものなのだろうか。
むしろ、リスクを背負いながら「真実」を伝えることこそが、メディアの社会的責任ではないだろうか。こうした観点から見ると、NHKや日本の大新聞がはたして信頼に足るメディアかどうか、大いに疑問である。
最近読んだ『日本マスコミ「臆病」の構造−なぜ真実が書けないのか』という本は、この点を鋭く追求していた。著者のベンジャミン・フルフォードさんは世界的に定評のある『フォーブス』のアジア太平洋支局長で、マスコミでも活躍している著名なジャーナリストである。
フルフォードさんが一番信頼している情報源は何かというと、暴力団の街宣車だという。この国ではやくざくらいしか本当のことを語らない。彼によると、メディアの信頼性は、雑誌、民放、新聞とくるにつれて下がり、そのどん尻がNHKだ。親方日の丸で、視聴者の受信料の上にあぐらをかき、信頼に足るような顔をしているNHKが一番たちがわるい。
私がフルフォードさんの本のことを知ったのは、政治評論家の森田実さんの講演を聴いたからだった。犬山へ講演に来る途中、新幹線の座席で彼はこの本を読みふけったのだという。森田さんはHPでもこの本をぜひ多くの人たちに読んでほしいと訴えている。
<フルフォード氏のこの本は、全国民に読んでほしい本です。日本のマスコミの堕落をきびしく指摘しています。日本国民は、毎日、臆病で堕落したマスコミ報道を見せられ、読まされています。これは、あたかも毎日毒を飲まされているようなものです。本書を読めば、マスコミの毒で頭脳が冒されないようになるでしょう。>
ベンジャミン・フルフォードの本から引用したいところだが、私は書店でこの本を得意の速読術を使って立ち読みしたので、本が手元にない。そこで、森田さんのHPから孫引きさせていただくことにする。
<隠然と横たわる日本の『タブー』。皇室、ヤクザ、右翼、警察、差別、政治家、創価学会−彼らはそれらについて、知っていることを書けないでいる>
<臆病な日本のメディアは沈黙を続け、国民の前に真実は明らかにされない。そして壮大な『フィクション』はつづいていく>
<なぜその地位 にとどまっていられるかという点について、現在最も追及される人物は、小泉純一郎である。この口先だけの改革男は3年以上にわたって総理大臣の座にすわり、歴代総理の中でも長期政権の仲間入りをすでに果たしている。はっきり言おう。これは、日本の恥である>
<小泉にとって、新聞・テレビは麻雀で言う『安牌』だ。秘書官の飯島勲のメディア・コントロールに一任すれば、何の心配もいらない。飯島が番記者を集め、懇親会を開けば、何も言わなくても記者たちはメモを見せ合い、翌日にはお揃いの記事も大きく書いてくれる>
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/
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