橋本裕の日記
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足し算、引き算、かけ算、と来たので、次は「割り算」の話をしよう。6を2で割ったらいくつになるか。まずは一円玉で考えてみる。
○○○○○○=○○○+○○○
2で割るということは、2等分するということだから、答えは3である。式で書くと、6÷2=3ということになる。それでは6を3で割ったらどうなるか。これは6を3等分すればよい。
○○○○○○=○○+○○+○○
これより、6÷3=2であることがわかる。しかし、一々割り算をするのに一円玉を並べていては不便だろう。何かうまい工夫はないだろうか。そこで、一円玉を3個ずつ積み上げてみよう。そうすると、2段に積み上がる。
○○○○○○=
○○○ ○○○
これより6÷3=2がわかる。そしてこの図は、3×2=6であることを表している。つまり3で割るということは、3に何を掛けたら6になるかということである。そうすると、割り算の問題はかけ算の問題として扱うことができそうだ。
たとえば、12÷3の場合だと、「3に何を掛けたら12になるか」を考えて、3×4=12より、4という答えが得られる。ここでまた、「九九」が威力を発揮する。
12個の饅頭を3人で分けるとき、一人何個ずつ取ればよいかと訊かれたら、私たちは3人が何個ずつ饅頭を取れば12個になるかと考える。このとき私たちは3X=12という式を暗算で解いているわけだ。
そこで、どうして割り算の問題がかけ算の問題になるのか、もう少し論理的に考えてみよう。そうすると、「割り算とかけ算がそれぞれ相手をうち消すような逆の働きをしている」ことがその根底にあることがわかる。
減少は増加の反対であり、より小さいことはより大きいことの反対である。そして、「足すこと」は「引くこと」の反対であり、「引くこと」は「足すこと」の反対である。足し算と引き算はこのように相手をうち消す逆の働きをしている。
そして、「掛けること」の逆の働きをするのは、「割ること」である。しかし、このことは「足すこと」と「引くこと」ほど自明とは言えない。「割ること」はどうして「掛けること」の反対であるのか、まずこのことから説明しよう。
そのためには、「反対」ということの意味をはっきりさせておく必要がある。「あること」をしたとき、その「反対のこと」をしたらどうなるのか。たとえば、3を加えた後、3を引いたらどうなるだろう。答えは「もとに戻る」ということだ。
「3を掛ける」ことをしたあとに、「3で割る」ことをしても元に戻る。つまり、何もしないのと同じである。そしてこれは3だけではなくすべての数にあてはまる。したがって「割り算」は「かけ算」の逆のはたらきをしていることがわかる。
どうように、「かけ算」が「割り算」の逆であることもわかる。 12を「3で割る」ことをしたあとで、そうして得られた数に「3を掛る」ことで、またもとの12に戻る。
○○○○ ○○○○ ○○○○
→(12を3で割る)→
○○○○、○○○○、○○○○
→(4に3をかける)→
○○○○ ○○○○ ○○○○
12→(12を3で割る)→4→(4に3をかける)→12
前半は<12÷3=X>という式で表され、おなじXを使って、後半は<3X=12>と表される。そして、後半の式を解くことで、X=4という答えを求めればよい。
「割り算」の基本概念は「分けること」である。これに対して、「かけ算」の基本概念は「組み立てること」である。12という数字を3つのパートに分けた後、またこれを合体させて12というもとの数字を復元することができる。
「割り算」と「かけ算」がこのように「分解」と「合成」というように、それぞれ相手とは逆の働きをしている。こうした視点に立つことで、「かけ算」と「割り算」の働きや意味がより深く理解できる。数式の向こうに、「割り算」や「かけ算」の豊かなイメージが浮かんでくれば、算数や数学も楽しくなるに違いない。
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