橋本裕の日記
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6個のリンゴから2個のリンゴを取り去れば4個のリンゴが残る。これを数式で表せば、< 6−2=4>である。
それでは、6個のリンゴから6個を取り去ったらどうだろうか。リンゴはなくなってしまう。これをあえて、リンゴが0個になったと言うことにしよう。そして、<6−6=0>という式で表すことにする。
それでは、2個のリンゴから6個を取りさることはできるだろうか。現実問題として、そんなことはできない。したがって、2から6を引くことはできない。だから、<2−6>という式は答えを持たないことになる。
しかし、問題をリンゴからお金に変えてみよう。2万円持っている人が6万円使うことはできないだろうか。リンゴの場合とちがって、誰かから4万円借金すれば使えないことはない。この場合、次のような式が考えられる。
2万円−6万円=借金4万円
ここで、借金4万円を<−>という記号を用いて、−4万円と書くことにしよう。そうると、次のような式が書ける。
2万円−6万円=−4万円
考えてみれば、リンゴの場合も、<4個不足する>という意味で−4個と書けないことはない。そうするとリンゴの場合も、次のような式で書くことができる。
2個−6個=−4個
数直線の場合はどうだろうか。<2−6>の場合は、原点<0>から右に2だけ移動したあと、左に6移動しなければならない。途中の<0>で立ち往生しないためには、数直線を左側に延長し、−1,−2,−3,−4,・・・・という目盛りを付け加えればよい。これはこれまでの0と正の整数(自然数)に、さらに負の整数を付け加えるということである。そうすると、数直線上でも、足し算にくわえて引き算までが自由にできる。
2−6=−4 5−6=−1 3−8=−5
ここで左辺の式の中の−記号は、<引き算>を表している。そして、右辺の−記号は、それが負の数であることを表している。便宜的にこの両者を同じ−記号で代用することにする。以上で負の数がいかに誕生したか、その概略を説明したが、数学史を繙いてみると、道はそれほど平坦ではなかったことがわかる。
負数の存在を初めて意識したのは中国人だといわれる。1〜2世紀頃に成立したといわれる「九章算術」において、連立1次方程式を解く際に「正負術」として、赤黒の算木の使い方が示されている。この正負という言葉が今も使われている。しかし、中国の算術はその後、本格的な数学へとは発展しなかった。
インド人もまた早くから負の数を意識していた。たとえば7世紀のインド数学者バースカラは方程式の根として正根負根を与え、「しかし、第二の値(負数)はこの場合採用していない。なぜなら、世人は負根を是認していないから不適当である」と述べている。ちなみに、ゼロ<0>が初めて使われたのはインド(867年)である。
ヨーロッパでは、フィボナッチが1202年に「そろばんの本」を書き、負の数を表したが、一般的には、<2−6>は不可能と見なされていた。過不足をあらわす+−の記号は、1489年にドイツのウィドマンが使った。和と差を表す+−の記号は、1540年にイギリスのレコードが使った。−4などの負数が市民権を得てひろく使われるようになったのは16世紀の終わり頃になってからである。
もともと数字(自然数)は「物の個数」を表すものだった。さらに1cmとか1gとか、1立方メートルとかの「単位量」を決めることによって、その物が「単位量」の何倍あるかによって、「物の量」を表すものだった。
しかし、0やマイナスの整数が自然数に加わることで、数字が「物の個数や量」を表すという素朴実在論は成立しなくなった。数字が表すのは、「ものがどのくらいあるか、ないか、不足しているか」という「物の数量的な状態」と考えるべきである。
もう少し補足すれば、<2−6>の「引き算」が理解できないのは、「2から6を取りさる」という実体的概念に囚われているからであって、「2は6よりも4だけ小さい」という風に、「大きいか、小さいかを比較」することだと考えればよいのである。
つまり、数字を実体概念としてではなく、状態概念、もしくは機能概念として捉えることが必要になるのだが、多くの子供たちはこうした飛躍についていけない。それはこの「飛躍」を明確に意識させようとしないからである。
私は子供たちがおかれている困難な状況の原因の多くが、こうした貧困な数学教育のあり方に由来していると考えている。思考上の「飛躍」を意識せず、その存在すら知らないまま、算数や数学を単なるドグマとして子供たちに押しつけている教師がほとんどではないだろうか。これは私自身への反省でもある。
ギリシャ人は0や負の数の存在を認めなかった。そこには数を「実体」だと考える強固な意思が感じられる。インド人は0を発見したが、それはインド人が「空」の思想をもっていたからかもしれない。すべての存在は実体を持たず、「お互いにお互いを支え合って存在する」という思想はきわめて現代数学的である。
(参考文献) 「数学入門上下」 遠山啓著 岩波新書 「文化としての数学」遠山啓著 国民文庫 大月書店 「数の現象学」 森毅著 朝日選書 朝日新聞社 「やりなおし基礎数学」 小野田穣二 ちくま新書 「数学を愛した人たち」 吉永良正 東京出版
(参考サイト)「算数教材リンク集」 http://www.nsknet.or.jp/~katchi/comp/link/sansuu.html
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