橋本裕の日記
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2004年11月28日(日) 橋本流算数入門

 もう二十年近くも前になるが、名古屋市の夜間定時制高校に勤務していたころ、40歳代のKさんから、「先生、私はなんでマイナス掛けるマイナスがプラスになるのかわかりません。教えてくれませんか」と、質問を受けたことがあった。

 Kさんは中学校を出た後、電気工事関係の仕事についていたが、40歳を過ぎてから、「もう一度勉強したくなって」定時制高校に入学したのだという。そして久しぶりに数学の問題を解いてみたが、これがなかなか難しい。そのうちに、いろいろな疑問がたくさん押し寄せてきた。

「マイナスやゼロという数は、ほんとうに存在するのか」
「マイナスを掛けるということはどういうことか」
「なぜ、マイナスにマイナスを掛けるとプラスになるのか」
「分数を分数で割るということはどういうことか」

 こうした質問に教師はどう答えたらよいのだろう。私はこれまでこうした質問を受けたことがなかったので、少し戸惑った。ふつうの高校生はまず、こんなラジカルな質問はしない。「よくわからないが、そういう規則になっている」ということで、自分を納得させているのではないだろうか。

 それが証拠に、私はその後勤務した全日制のいくつかの学校で、1年間の最後の授業で、授業の感想を書かせると同時に、こうした質問を並べ、「自分に小学生や中学生の弟や妹がいると思って、そして、彼等がこうした質問をしたと思って、わかりやすく説明してください」と、生徒達に問いかけてみたが、一番多かったのが、「それが規則だから」というものだった。

 算数や数学では、しっかり公式を覚えて、それを使って答えを導くことが大切である。そして実際、そのテクニックに習熟することで、テストで高得点をとることができる。「マイナスにマイナスを掛けるとプラスになる」というのも、「九九」と同じように、公式の一つとして割り切ればよいのであって、あれこれ考えるのは時間の無駄だということだろう。

 まあ、これが普通の「健全な高校生」の考え方であり、実は多くの数学教師も、生徒達のこうした健全さを内心は期待しているのである。微分や積分の授業をしなければならないときに、「なぜ、マイナスかけるマイナスがプラスか」と問われても困ってしまうだろう。私も一瞬困惑した。しかし、私よりも年上のKさんの真摯な問いかけを無視することはできない。

「とても、いい質問ですね。しかし、今、咄嗟にここでお答えすることができません。放課後、残っていただけますか。一緒に考えてみましょう」

 私はその日、Kさんに残って貰うことにした。といって、こうした質問にどう答え、Kさんにわからせたらよいのか自信があるわけではない。私自身が、じつはあまりよくわかっていないのだ。よくもまあ、これで数学の教師をしていたものだ。

 頭を抱えて職員室に戻ってきた。さいわい、一時間ほど、空き時間がある。その時間を有効に使えば、考えがまとまるかもしれない。私の頭がこの瞬間から、おそろしい勢いで回転し始めた。

 私がラジカルに算数や数学の問題を考え始めたのは、このときからである。明日の日記で、私がどのように自分自身を納得させ、そしてKさんを納得させたかを、「橋本流算数入門」として書いてみよう。


橋本裕 |MAILHomePage

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