橋本裕の日記
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2004年07月11日(日) 自由な個人であるために

「私は貝になりたい」という映画があった。戦争中、上官の命令に従って、捕虜を殺したため、戦犯として処刑された男の物語だ。上司の命令であっても、罪は罪である。

 B級、C級戦犯にしめる朝鮮半島出身の兵士の割合が高いのも、彼らが最前線で捕虜監視の仕事をまかされていたからだ。彼らは日本人の上官の命令に従い、戦後は罪を問われて処刑された。

 イラクで捕虜虐待があかるみにでたが、罪に問われているのは最前線の下級兵士達だ。上官の命令だとしても、それで彼らの罪が消えることはない。それが欧米流の民主主義の考え方だ。

 こうした考え方を確立したのは、ジョン・ロックだが、彼の「市民政府論」には「抵抗権」という概念が提起されている。たとえ命令や法律に違反しても、市民はその信じる正義や良心にしたがって行動する義務と責任があるという立場だ。

 同じような思想をすでに孟子が述べている。彼は為政者が間違っていたら、人民はこれを改めることができるという革命思想の持ち主だった。この孟子の思想を学んだ人々によって明治維新が断行された。吉田松陰は国禁を侵してアメリカに渡ろうとして捕らえられたが、その弟子の伊藤博文は国禁をおかしてイギリスに渡っている。そして岩倉使節団の派遣となり、ここから日本の歴史が動いていった。

 しかし、その後、日本は道をあやまり、軍部によって天皇制が絶対化され、治安維持法がつくられて、市民の自由が制限された。戦争に負けて、軍部が崩壊し、自由と民主主義が復活したかに見えたが、それは表面上のことで、そうした理念が血肉化して私たちの内面に根付くことはなかった。独立と自由、協調を重んじるバランスのとれた個人の育成という教育の理想も達成されたとはいえない。

 日本の場合は、たて社会といわれるように、上下関係ですべてを考えてしまう。こうした封建的な考え方が現代も生き残っていて、上司の命令は絶対と思ってしまうのだろう。民間、官公庁をとわず、さまざまな組織ぐるみの不祥事が多いのもこうした体質と関係があるのだと思う。

<自由というものは単なる「内心」だけのものではない。自由とは決してプライベートなものではなく、すぐれて政治的・公的なものだ>

<思想・信条の自由を保障するとうことは、ただ心の中だけで好きなことを考えていていいよということではなく、当然ながら身体的な自由も含まれる>

 私の8日の日記からの引用である。この文章を書くにあたり、具体的に脳裏に浮かんでいたには、あらゆる法律の最高位に位置する憲法の、たとえば次のような条文だ。最後にこれを引用しておこう。

第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。
     又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、
     その意に反する苦役に服せられない。

第19条 思想および良心の自由は、これを侵してはならない。

第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
     何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に
     参加することを強制されない。
     国及びその機関は、宗教教育その他いかなる
     宗教的活動もしてはならない。

第21条 集会、結社および言論、出版その他一切の
     表現の自由は、これを保障する。
     検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、
     これを侵してはならない。

第23条 学問の自由は、これを保障する。

第31条 何人も、法律の定める手続きによらなければ、
     その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の
     刑罰を科せられない。

第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を
     奪われない。


橋本裕 |MAILHomePage

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